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死体預かりマス
 蒸し暑い。Tシャツが汗ばんでくる。
 そろそろ、冷房の季節だろう。かさむ電気代を考えると頭が痛いが、それを含めて商売だから仕方ない。
 おれは冷えた缶コーヒーを両手で包む。
 陰鬱な顔をした目の前のおばさんは、せっかく出した缶コーヒーに手もつけない。まあ、飲まずに帰ってくれるなら使い回しが効いていいのだが。
おれの顔を見るとどうもみなさん食欲をなくすらしく、開けるだけ開けて舐めるように啜って終わり、ってな客が多くて困る。
「で、それ、娘さん?」
 おれは顎で床の物体を指す。
 すごい形相だ。腹を中心にどす黒くこびりついた血、何色と表現していいのかわからない肌。目を見開いたまま断末魔の表情で、死後数日は経っている。
「あんた刺したの?」
「せ、詮索するんですか!」
 何を訊いても反応の薄かった母親は、おれの不用意な一言に目を剥いた。おれは手を振り、NOを体で表現する。
「ただの世間話ですよ。信用してくださって結構。じゃ、まあ、さっさと商談に参りますか」
 用意してある書類を手渡す。クリップ止めしてあるだけのわら半紙だ。
 おれは順に上から繰ってみせる。
「契約書、誓約書、それからパンフレットね。パンフレット以外は捺印後こっちで預かるから、そちらさんの手元にはなにも残りません。パンフレットはご友人でお困りの方が居たら、どうぞってね。あんたもそうやって、うちのこと知ったでしょ」
 母親はまじまじとパンフレットに見入る。
『死体預かりマス』
 大きくゴシック体の太字で印字してある。下には細かい説明。と言っても大雑把なものだ。死体の状態の保障はしませんとか、人間の死体に限りますとか。動物は嫌いなのだ。
 料金の説明をして、契約書と誓約書に印をもらって、頭金をいただいて、それで終わり。母親は帰っていった。あれも、もう取りに来ないクチだろう。
 見送りがてら玄関の戸を開けたついでに、おれはそこからの風景を見渡した。
 気持ちよく晴れた空。えんえんと続く緑。視界の七割が緑色だ。二割くらいが空。いや、もっとか? とにかくここは山深い人里離れた一軒家だ。
 大学を出て就職に失敗したおれは、なんだか自分を全否定された気がして、山奥へ隠居することにした。残念なことに、引き止めてくれる友達が居なかった代わりに、あまるほどの金はあったのだ。親の残した金だった。それを使って、地の利も生かしたなにか商売は始められないものかと考えて思いついたのがこれだった。
 死体保管所。
 きっかけは深夜番組か何かで、一時預けの私書箱で成功した人物のドキュメントを見たからだと思う。そいつはロッカーを部屋においただけの出費で、月に何十万も儲けていた。直接自分のところへ送られては困る荷物を代わりに預かり、あとで依頼人が引き取りに来ると言う簡単なシステムだ。
 もちろん預かり物の中身が白い粉だったり、謎の札束だったり、妙にゴツゴツした封筒だったりするわけだが。
 これなら出来るとおれは思った。だが、同じ事をするのでは地の利が生かせない。その点死体ならおれの厭世をもうまく生かしてくれる。
 ビラを刷って適当にばら撒いたのが一年とちょっと前。この情報化社会にそれはないだろうと思うかもしれないが、どっこいここは携帯の電波も届かないような山奥のボロ屋だ。
 おれは戸を閉めると居間へ向かった。
 最初の客は普通のサラリーマンだった。病気がちの妻が死んだと言う。葬式にお出しなさいよとおれは言ったが、どうしてもそのままにしておきたいと主張するので預かった。今でも月に一度会いに来ては、預かり料を払ってくれるいいお客さんだ。
 居間のテーブルの脇には骨みたいになった妻が布団の上で寝ている。
 隣の和室の桟には首吊り死体がぶら下がっていた。
 これがまた変な客だった。
 今から自殺するが、誰にも死体を見られたくない。だからここでずっと自分の死体を預かってくれ――おれと同じくらいの若者だった。じゃあ適当に死んでくれ、と言うと、あそこで首を吊った。そろそろ腐って落ちてくる頃だろう。
 パンフレットはそれほど出回ってないはずなのに、おれの商売は繁盛している。ただ問題は、当初の予想通り引取りにくる客が少ないことだ。と言うよりゼロに近い。月々の費用も半年の契約期間終了後の延滞料もほとんど払ってくれない。まあこっちもそれは分かっているので、頭金だけで商売が成り立つようにはしているのだが。なにせ相手にとっては最終手段だから、こっちの言い値でいいのだ。
 とにかく場所がない。
 おれはだんだんと生活の場所を死体に占拠されてきていた。
 台所ではたえ子とか言うばあさんが干物になっているし、押入れの中にも数人入っている。一番邪魔なのは書斎のやくざだ。丁寧に頼みやす! と言われたので、へい、おひけえなすって! と答えたら、変な目で見られた。気まずかったので丁寧さを表すため書斎に入れたのだが、ことのほか邪魔になる。普段から読書漬けのおれは隠居生活に耐えられるよう図書館でも開けそうな冊数を蔵書していた。そこへやくざだ。今ではやくざか本か分からないような状態になってしまっている。
「あとであのねーちゃんも移動しとかないとな」
 腐られると厄介だ。玄関と応接間は信用に関わるので、死体は入れないことにしている。ただ便所に行く客がいるとヤバイ。花子さんと勝手に名前をつけた奴が便座の向こうでこっちを見ている。
 その時インターフォンが鳴った。
 一日二回の来客は珍しい。と言うよりうざい。面倒だから出ないでおこうかとも思ったが、さっき玄関へ姿を現したのを目撃されていても困る。
「はいはい」
 面倒臭さを前面に押し出しながらおれは玄関へ戻り、戸を開けた。
 まずおれの目を引いたのは、白黒で赤いのが上に付いた車だった。パトカーだ。視線を上げると、制服が帽子のつばを持ち上げた。
「警察ですが」
「あー、はいはい」
 見りゃ分かる。おれはつっかけを引っ掛けると、外へ出た。
「わかってると思いますが――」
「わかってるわかってる」
「では」
 おれを追い抜いた警官が後部座席のドアを開けた。おれはそこへ顔を入れる。
 後部座席には眉間に一発食らった中年が寝そべっていた。
「何日?」
 おれは警官を振り仰ぐ。
 警察はいい。必ず取りに来てくれる。まったく、世の中ってのはどういう風に回ってるんだか、計り知れないものだ。
コメント
この記事へのコメント
能書き
きちんと落ちもついてて、けっこうまとまってると思います。
アイデアは、いつぞやに5人くらいの死体とずっと暮らしながら隠匿してた女の事件を見て、死体と同居する生活はどんなものかと想像してみたのが元です。
日常描写がもっと多くてもよかったですね。
2008/08/07 (木) | URL | 七輪 #grGQ8zlQ[ 編集]
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