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-chapter10- シーン4
 ディラックは静かに半身の構えを取った。
「時間がねえんだ。あんたの世迷い言に付き合ってる暇はないね」
「時間がないのはおれも同じだ。押し通るか?」
「怪我しねえうちに失せろ!」
 ディラックは光の弓を形作り、牽制のつもりで軽く射た。まばゆい光がレーザーのように手元から発射され、ライアの顔の横をかすめて行き過ぎる予定が――そこでぴたりと止まった。
「おれは失せろとは言わん。ディラック、せっかく戻ってきたばかりだが、もう一度スサノオの元へ帰れ」
 光はライアの片手につかみとられ、細かく振動しながら掻き消えた。
 押さえきれないほどみなぎる神殺しの力をあっさり相殺するとは。ディラックは片目に力を込め、にらみつけた。
「中将――あんた、何者だ!」
「おれたちと言っただろう? お前と同じだ。おれもスサノオの現人神……力の制御も出来ぬ輩とは一味違うが」
 ライアの右手が淡く光り、そこから長い剣状の光が形成される。
 ディラックと同じ神殺しの力。
 すずしい顔でそれを操っている。
「これが『生太刀(いくたち)』。さあ、受けてみろ」
 来る。
 瞬間的にそう判断して、ディラックは横っ飛びにその場を離れた。光の剣は数メートルの距離を埋めて、ディラックの居た場所を薙ぎ払った。
 千切れ飛んだ畳のいぐさが宙を舞う。不思議な静けさがフロア全体を覆っていた。畳の破壊される音も、ライアの踏み込みも、ディラックの着地も、すべて無音。
 ただ自分の鼓動だけがうるさいくらい感じられる。
 それは集中のあまり時間の感覚が緩やかになったせいかもしれない。
 とっさに反撃の弓を引いたのは、ライアが瞬時の踏み込みから剣を振り下ろした、まさにその瞬間だった。
 弓から光の矢が数十もほとばしる。今まで撃てた最大数の数倍に当たる本数が、ライアめがけて四方八方から襲い掛かった。
 光の中に塗り込められてしまったように、ライアの姿が消える。
 やったか――と判断したのも一瞬、ディラックは脳裏の警鐘に従ってその場をもう一度横っ飛びに離れた。
 空間に爆音がはじけた。
 ディラックが着地までのわずかな時間に見たのは、放った光の矢がライアの光の剣に受け止められ、一瞬にして収束しこちらめがけてはじき返された様子だった。
「マジかよ」
 畳は雷が横なぎに払ったかのように断裂している。
 ディラックはこれ以上の攻撃方法を持たない。つまりそれは、自分にはライアが倒せないと言うことを意味している。
「現人神は一人しかいらん。スサノオの悪しき力を継いだ貴様を地上に留め置くことは許されない」
「悪しき力だと?」
「その体を見ろ。それとも、見えないのか?」
 一瞬だけ鉄面皮なライアの表情が、なんとも言えず歪んだ。
 嫌悪とも憐憫とも取れるそれに訝しさを覚え、ディラックは自分の体を見下ろす。
 そして息を呑んだ。
「これは……!」
 体から溢れ出していた神殺しの力、今までは神々しい輝きを放っていたのに、どす黒く禍々しいものとなってディラックを包み込んでいた。
 再生の力が働かないはずだ。これは、黄泉の力だ。
「人は死の穢れからは逃れられん。貴様が黄泉に落ちたかどうかは知らんが、もはや元のお前ではないと知れ」
「…………」
 言葉を失ってライアを見上げる。手に握り締めていた光の弓――光だと思っていたそれは、黒いエネルギー塊だったのだが――は、いつの間にか気味の悪い触手のツルに覆われていた。
「さあ、おれの太刀を受けろ。貴様は地上に存在してはならん」
 葛藤がディラックの中に生まれた。
 自分の存在は間違いなくこの世に因果の狂いをもたらすだろう。この穢わしい力は地上に在るべきものではない。黄泉の負が身体中から溢れるこの身で、世に留まる事などとうてい許されない。
 今、振り下ろされるライア剣を、かわさずに受けるべきだ。
それは人としてのディラックが持つ常識が、瞬時にはじき出した理性的答えだった。
「――ッ!」
 ディラックは動かなかった。
 動かずに、禍々しい形状に歪んだ弓で、ライアの剣を正面から受け止めた。
「貴様……!」
 ライアが目を細め、唸る。ディラックは歯を剥いた。
「てめえの世話にゃならねえ!」
 パンッ、と破裂音が鳴り響き、ふたりの間の空間で力の拮抗がはじけた。ディラック、ライア双方ともその反動で軽く後ろへ飛ばされ、距離ができる。
 光の剣と闇の弓が対峙した。両者じりじりと譲らず、戦況は膠着する。
「ディラック……」
 半死半生のシリンが上半身を起こし、弱々しく手を伸ばした。はっとしたディラックはそちらを振り向いた。
 指先がぽろぽろと欠け、塵のように落ちていく。
「シリン……」
「もう、やめてください。あなたが戦うのは、その人じゃないの……」
「――そうだな。その通りだ」
 力を抜くと、掻き消えるように手の弓は消えた。シリンの姿を思い出した瞬間、すべてを悟ったようにディラックの瞳は澄んでいた。
 ライアに背を向けると、ゆっくりとシリンの元へ歩いた。
 歩を進めるたびに畳が焼け焦げたように、紫色に変色して腐っていく。
 見上げるシリンの手を取り、ディラックはささやく。
「お前が黄泉に落ちるなら、おれも行こう」
「…………」
「いま、ようやくわかった。おれはスサノオの現人神であり――お前はクシナダヒメの現人神。遠き神代の時代に、スサノオが愛した女性だ。そうだろ?」
「わ、私は――」
「因果とは、神にも操れぬ壮大な運命の奔流。おれは、おれたちは勘違いしていたんだ。因果は神の下にない。神の上で回っている」
 ディラックはライアを振り返る。光の剣を提げた長身の金髪は、突如戦闘を放棄したディラックの処遇を決めかねているようだった。
「望みどおりおれは常闇の世界へ戻ってやる。スサノオは二面性を持つ神。創造と破壊を司る。お前が創造するならおれは破壊しよう。愛しい姉君が、再び岩戸へ隠れるまで」
「ディラック!」
 ディラックの表情から何を読み取ったか、ライアが大きく踏み込んで剣を振るった。
 凄まじい射程を誇るその剣は、しかしディラックの手前で霞のように消え、畳の手前とディラックを越えた向こうの壁に断裂を刻んだのみだった。
「っ……」
 予期せぬ事態に今度はライアが息を呑む。二の太刀を振るうまでの躊躇に、部屋全体を地鳴りが覆った。
 ォォォォォォォン
 魂を揺さぶり、骨身を振るわせる雄たけび。
「こ、これは」
 ライアの焦燥した呟きは、それが黄泉の声だと気づいたからだった。
 ロォォォォォォォォン
 黄泉の声は声量を増し、部屋のどこかから鳴り響く。ライアの剣が、明滅を繰り返し、瘴気の溢れ始めた室内に明かりを灯そうとしている。
 真っ黒な薄霧が立ち込めたように、部屋全体が黒く沈んでいく。
「まさか、災禍がここに」
「おれもお前も、因果に抗っているつもりが、その線の上で踊っていたのさ」
 ディラックは笑った。シリンの身体を抱き上げる。持ち上げたひょうしに、ぽろりと腕が落ちる。
「すべて穢き常闇へ還らん」
 巻き起こった風が顔に下りていた髪を舞い上げる。ディラックの右目は丸い穴となって輝いた。
 それは正常な光ではない、闇の凝縮してできた紫の輝き。
 爆発するように瘴気が渦巻き、突風となって荒れ狂う。ライアは剣をかざし、必死に耐えている。
「そうか貴様、その右目が根の国と繋がっていたのか!」
「はははははあ……」
 ディラックの嘲笑めいた笑いが真の闇に沈もうとした室内へ轟き、そしてその余韻が消えると同時に、ふっと夜中に電燈でもつけたように、部屋の中は元の平穏を取り戻した。
「…………」
 ひとり、ライアだけが死に物狂いの体勢で立ち尽くしていた。
 ライアはしばらくして直立の姿勢に戻ると、ディラックもシリンもいなくなった室内をちらっと見渡し、なにごともなかったようにきびすを返した。
 切り刻まれた畳だけが、戦闘の生々しさを残していた。

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生太刀:古事記ではオオナムヂ(オオクニヌシ)が根の国でスサノオから奪った刀。
同時に生弓矢、天詔琴という神器も持ち去っている。
生弓矢はディラックの武器。対になる存在といえるだろう。
2008/08/07 (木) | URL | 七輪 #grGQ8zlQ[ 編集]
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