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最後の向こう側
 ルルル……ルルル……ルルル……。
 明かりを落とした室内に、シンプルな着信音が響く。
(あの人からだ……)
 栞(しおり)はベッドサイドに置かれたハンドバッグへ視線だけ向ける。
 もどかしげに着信を告げる携帯は、帰りが遅いことを心配した婚約者がかけてきたものに間違いない。
 いますぐ取り出して、通話ボタンを押さねばならなかった。
 だけど……。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
 子犬のように荒い息遣い。
 栞の胸に顔をうずめるようにしながら、小柄な少年が腰を振りたくっている。
「あっ、はっ、し、栞姉ちゃん……!」
 ぶるるるるっ!
 少年の背筋がゾクゾクと震えて、膣の中の剛直が何度もいきんだのがわかった。
 射精している。
 もう、何度目だろう……。
 数えることは簡単だ。
 足元へ無造作に捨てられた、使用済みのゴムが三個。
 いま膣内で少年の精液を受け止めているのが一個。
 枕もとに未使用の、最後の一個……。
(なんで、こんなことになったんだろう)
 ギュッと抱きついている少年を、いますぐにでも突き放すべきだ。
 でもどうしたって一生懸命射精する姿がかわいくて、押し返すどころかやさしく頭をなでてしまう。
「あぁ……」
 ため息のような吐息をついて、少年の身体が弛緩した。四回目とは思えない、元気な射精は終わったようだ。
「はい、おしまい」
 ポン、とその肩をたたき、つとめて明るく栞は言う。
 だが少年はもぞもぞと動き、枕もとのコンドームに手を伸ばした。
「あっ……、ダメよ」
「最後……最後だから……」
「慎ちゃんお願い、聞き分けて。お姉ちゃんもう終電だから……。お泊りはできないのよ?」
 いつの間にか着信音は止んでいる。婚約者に心配をかけているだけでも、手ひどい行動なのに……。
「ほんとにもう最後っ」
 だが泣きそうな顔でお願いされると、栞はどうしても弱い。
 そもそも、年上の自分が最初からいさめるべきだったのだ。
 そう言う弱みもあって、なかなか強くは拒絶できない。
「もお……、さっきもそう言ったでしょ」
 許可の調子を含めて言うと、慎介はうれしそうに顔を輝かせ、膣内から剛直を抜き取って、いそいそとゴムを付け替え始めた。
 相手は十歳年下の、まだ中学生の甥だ。
 二、三年前まではこの実家でいっしょに住んでいて、本当に弟のように思っていた。
 就職してひとり暮らしするようになってからは会う機会も減っていたけど……。
 いつまでたっても、子供のころみたいに、お姉ちゃんと結婚したいと言い続けていると思ったら、まさか、本気だったとは。
 女としてずっと愛されていた。
 そのことに気づかなかった自分にショックで、罪滅ぼししたい気持ちになったのと、あきらめてもらうきっかけになれば、そう思ったのと。
 求めてくる慎介を受け入れたのは、そんな理由からだった。
(でも……)
 こんなに何度もするつもりはなかった。
 栞が折れなければ、最初の一回でおしまいだっただろう。
 くるくるとゴムが巻かれていく、慎介の股間に目をやる。
(やっぱり……おおきい)
 将来の夫のモノしか栞は知らないが、それより幾段も太くて長く、カリ高のかっこいい形をしている。つい今朝まで子供だと思っていた存在の、しかも中学生が備えているものとは信じがたい。慎介は身体も小さいので、包皮にちんまりと包まれたのを想像していたのだった。
「栞姉ちゃん……」
 装着し終えた慎介が股間を密着させる。
 ずぶずぶと、肉ひだを掻き分けて、雄々しい男根が侵入してきた。
「最後……、最後だからね」
 言い聞かせるようにしながら、それを受け入れる。
 さすがにコンドームなしでセックスする気はない。バースコントロールに慎重な婚約者とも生ですることはないのだ。これ以上は拒絶できる、と栞も思っている。
 だから最後の一回……。
「ああっ、栞、姉ちゃん……! はっ、はぁっ」
 カクカクと腰が動き始めた。
 幾分慣れてきたようだが、まだまだテクニックもなにもない。ただ男が気持ちよくなるためだけの動作。
 いくら子供離れしたものを持っていたって、そこは童貞の少年にすぎなかった。
 だから、栞は理性を持って相手することができているのだ。
(でも……五回も……。信じられない……)
 淡白な婚約者はいつも一回出せばおしまいだ。
 しかも、すこし気合を入れてフェラチオしたり、自慢の胸でパイズリしたりすると、すぐイってしまって、そんなとき栞はお預けを食らったまま、悶々としなければならかった。
(慎ちゃんなら……何回でも……)
 もしこの肉棒を自分好みに躾けることができたら。
 たくましくて、太くて、熱い……。
 この雄々しいものが、愚直に出入りするだけじゃなく、膣内の気持ちいいポイントを、的確に突いてくるようになったら。
 胸に顔をうずめるだけじゃなく、乳首を吸ったり、クリトリスを転がしたり、責めの方法を覚えたら……。
(なっ、なにを考えてるの、わたし……!)
 あわてて、心の中で首を振る。
 無意識のうちに考えてしまったことが本音に思えて、栞はすこし怖くなった。
 このままだらだら関係を続けてしまう……。
 それだけは回避しなくてはならない。
(はやくイかせないと……!)
 いますぐにでも終わらせないと、癖になってしまいそうな恐怖が芽生えた。
 栞はマグロ状態で横たわっていた体勢をずらし、腰を持ち上げ気味にして、本格的に男を受け入れる姿勢を取った。
さっきから膣の浅いところばかりを男根は行き来していて、それではあまり気持ちよくないだろうと思ったのだ。全体を深く包み込めば、すぐにイってしまうだろう……。
「あんっ!」
 だがそれが間違いだった。
 膣奥の天井を亀頭がこすった瞬間、栞の身体に電流が走ったのだ。思わず高い声が出てしまう。
「……栞姉ちゃん、これ、気持ちいいの?」
 はじめて上げた嬌声を、慎介が聞き逃すはずがない。
 何度も同じところを繰り返し小突きながら、そう訊いてくる。
「そっ、そんな……こと、ないよ?」
 うそだった。
 そこは栞をオルガスムスへ導いていく場所。婚約者が唯一見つけてくれた、快感の集約点。セックスであまり絶頂へ達したことのない栞が、そのすくないオルガスムスの経験を味わった場所だった。
 喘ぎ声を必死でがまんしながら、取り繕うように答える。
 だが、慎介にはわかってしまったようだ。
 それまでの単純な動きから、えぐるように深いストロークへ……相手を気持ちよくさせようと言う意思を込めた腰使いで、栞を責め始めた。
 ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ!
 必然、腰と腰は密着度を増し、肉のぶつかりあう音が高く鳴り響き始める。
 いくら声を押し殺しても、身体は正直で、蜜がどんどん溢れてくるのは止めようがない。
 もはや栞の耳にも届くほど、水音が混じっている。
(ちょっと、まずっ、まずい……!)
 このままではイかされてしまう。
 イかされてしまったら……。
 イかされてしまったら、どうなるのだろう?
 仄かな期待感……、しかし、それよりも怖さが勝った。
 この男根を身体が覚えてしまったら。味を占めてしまったら。
 もう二度と、婚約者とのセックスでは満足できない。
 きっとまた、コレを求めてしまう。
(いけない、それだけはいけない!)
「くっ」
 必死に下腹へ力を入れ、膣を締め付ける。もっと肌がくっつくように、身体中で慎介を抱きとめる。
 それはくらくらするほどの快楽を栞にもたらしたが、それ以上に効果があった。
「うあっ!」
 慎介は驚いたような声を出すと、射精しないように腰を離そうとした。
 すばやくその尻に両脚を巻きつけ、自ら腰を持ち上げで、離れようとする男根を追いかける。
「うあ、あああっ!」
 そしてあっけなく、慎介は暴発した。
 我慢しようとした分、余計気持ちよかったのか、情けない声を上げながらへこへこと腰をくねらせて、最後のコンドームを消費していった。
「はぁっ、はぁっ」
 力が抜けた慎介を抱き寄せて、軽くおでこにキスすると、そそくさと栞は男根を抜き去り、身を起こした。
 秘所の火照りは信じがたいほど熱く、ぼたぼたと滝のように愛液を垂れ流しているんじゃないだろうか、と栞に危惧させるほどだった。
「そ、それじゃ、お姉ちゃん帰るから……」
 ゴムに包まれた慎介のイチモツは、まだ隆々と反り返っている。
 ごくりと喉が鳴るのを感じながらも、栞は背を向けた。
「あと始末しないと……。ティッシュ、どこにあるかな。慎ちゃん」
「……そこ、ベッドの棚のところ」
「ありがと。慎ちゃんもお片づけしよう。ね?」
「……うん」
 背後で慎介はコンドームをはずしにかかったようだ。
 これで終われる。
 おおきな安堵と、一抹の残念な気持ち、そして、身を焦がす火照りを覚えつつ、栞は四つん這いになってティッシュへ手を伸ばす。
 油断してしまっていた。
 そのかっこうは、慎介の目前に、自らの秘所を見せ付けるものだったのだ。
 ぬらぬらと濡れ光った、ちっとも満足していない女の部分を……。
「栞姉ちゃん!」
「きゃっ!?」
 飛びついてきた慎介に、後ろから押し倒される。
「姉ちゃん、姉ちゃん!」
「だ、だめよ。やめて、おこるよ!」
「姉ちゃん、いかないで、姉ちゃん!」
 逃れようと栞は身じろぎする。今度は紛れもなく、本気で拒絶の力を込めた。
 しかし、背中にのしかかって肩を押さえる慎介を、跳ね除けることができない。
(え……?)
 その力強さに呆然としてしまう。
 慎介は小柄で、栞よりも身長が低い。その力だって、たいしたものじゃないと、頭から思い込んでいた。
 いま、栞を押さえつける慎介は、その想像を軽く打ち砕いた。
 まさしく……男の力だった。
 ドキン――!
 荒々しい筋力を認識した瞬間、栞の心臓を、まったく異種の感情が昂ぶらせた。
 相手は子供ではない……弟でもない……。
 自分を求めて雄の本能を滾らせている、一人前の男なのだと。
 それは、慎介をひとりの男として理解してしまったことから来る、胸の高鳴りだった。
「あ……」
 脳髄の奥から発せられた光が、チカチカと頭の中を染めていく。
 肩にかかる手の圧力。
 うなじに吹きかけられる荒い吐息。
(だめ……だめ……!)
 子供だ。弟だ。そういう垣根が、膜をはがすように取り払われていく。
 抗おうとする身体が押さえつけられるたび、徐々に、すこしずつ、気持ちの奥底が見えてくる。
 その膜の向こうにある、栞の真の想い――。
(それはだめ……!)
 栞はギュッと目をつぶる。自らの心を垣間見ないために。
 それはけっして気づいてはいけないものだった。
 もうすぐ結婚するのだから。
 一生を共にする人と添い遂げるのだから!
「栞姉ちゃん!」
 ――ずぶり。
 まことにあっけなく、栞の努力は破壊された。
 尻肉を掻き分けるようにして到達した男根が、膣口を押し開いたのだ。中途半端でくすぶっていたそこは、歓迎するようにぬめりながら慎介を迎え入れていく。
「あ、あ、あ、あ」
 押さえつけられながらも、かろうじて自由になる喉を反らして、栞は自分でもわからない声を漏らした。
 いままでの自分を喪っていく絶望感。
 そしてあたらしい自分に塗り替えられていく期待感。
 心が、認識が、作り変えられていく。
 世界が変わる。
 慎介を愛していると言う世界に……。
「栞姉ちゃん!」
 叫んだ慎介が、膣口から一気に腰を突き入れた。
(――ッ!!)
 その瞬間、栞は絶頂した。
 恥丘の裏側付近に、文字通り亀頭が突き刺さっていた。
 そこはGスポットと呼ばれる性感帯――うつ伏せと言う体位で初めて刺激された、栞の知らない場所だった。
「はああぁぁぁぁん!」
 遅れて嬌声が喉からほとばしった。
 頭の中が真っ白になった。
 慎介がその様子を察知して、何度も何度もGスポットめがけて腰を振り下ろしてくる。
「あんっ! あんっ! あんっ!」
 もはや迷いも恥じらいもない、素直な喘ぎ声が飛び出て行った。
 抜き差しのごとに古い自分がカリのえらに掻き出されて、亀頭の先に乗ったあたらしい自分を詰め込まれていく。そんな錯覚すら覚えた。
「栞姉ちゃん、いいの? これいいのっ!?」
「いい、いいっ! すごいっ」
「もっとしてあげる! 好き、姉ちゃん好きだっ」
「わたしも好きぃ! ああーーーーっ!」
 また絶頂の波が襲いくる。
 こんなのは知らなかった。
 こんな快楽も、セックスのすばらしさも、人を愛する喜びも。
(もう戻れない……!)
 明滅を繰り返す法悦境で、栞ははっきりと思った。
 いままでを喪うことに哀しまなくたっていい。
 これからの不安におびえなくたっていい。
 自分の人生に、慎介が深く入り込んでくる。なんてうれしいことだろう。
「慎ちゃん、奥、奥もちょうだい! 奥ほしいのっ」
 なにもかも受け入れてしまえば、おねだりが自然に口を突いた。
 若さに任せた勢いで男根が差し込まれ、ごりっと子宮口が押し返される。
 浅く浅く、深く、浅く浅く。
 緩急をつけたコントロールで、慎介は責めはじめる。
 そのどちらもで、栞は性感帯を直撃され、数十秒ごとに軽いアクメを迎えた。数回の軽いアクメは、より深いアクメを呼び込んで、そのたびに喉は嬌声をしぼりだした。
「はっ、はっ、僕、もう、出そう」
「あ、えっ? なに」
「出そう、イっちゃう」
「あ――」
 その瞬間、どうしてかたくなに生を拒んだのか思い出した。
 排卵日。
 たぶん、一番危ない日なのだ。
 それを説明しようと言葉を捜すが、快楽に滅多打ちにされた思考は喘ぎ声以外の表現をなかなか見つけてくれない。
 ぐずぐずしているうちに、慎介の息はますます荒く、切羽詰っていく。
「出、出るっ! イくよ、栞姉ちゃん!」
「だ、だめ、膣内は――っ!」
「あ、ああぁーっ!」
 びゅくびゅくびゅく!
「なかっ、ああぁぁぁ! はああぁぁ!」
 はっきりと熱いものがお腹の中に打ち出された。
 その熱が栞をまた絶頂へ導き、膣内を痙攣させ、より精液を搾り出してしまう。
 奥へ奥へ、もっと奥へ――。
 雄の本能がそうさせるのか、慎介は尿道口を子宮口にディープキスさせ、子宮へと精子を放出してくる。
(でき……できちゃう……!)
 いや、間違いない。
 妊娠してしまった。
 これだけ激しく、一途に、思いの丈をぶつけられたのだ。
 それにきっと、慎介の精子も、本人に似てすこし強引で、想像以上に力強いに違いない。
 そんな精子に、自分の卵子が抗えるとも思えなかった。
 どく……どく……どくん……。
 最後の一滴までを子宮へ飲ませてから、満足したように男根は膣内から出て行った。
 さすがにふたりともぐったりとして、折り重なるように息を整えるしかできない。
 このけだるい感覚は、でも幸福感に満ちていた。
 膣内に出されて、かなりの確率で婚約者以外の、しかも近親の子供を妊娠してしまったと言うのに、栞の心はおだやかに透き通っていた。
 ルルル……ルルル……ルルル……。
 ハンドバッグから、ふたたび着信音が響く。
 脱力した身体を動かし、携帯を取り出すと、やはり婚約者からのものだった。
「……はい」
 慎介が不安そうに半身を起こした。
「はい。ええ、だいじょうぶです。ご心配をかけました……。ひさしぶりの実家で、くつろぎすぎたみたいで、気がついたら眠ってしまっていて。……はい。そうですね、そうします。今日はこっちに泊まることにします。ええ……」
 子犬のようにおどおどと揺れる瞳に、そっと微笑みながら、
「それと、お願いが……。結婚してもときどき、こっちに戻ってもいいですか? いつまでも姉離れできない、困った弟がいるので……」
 栞はやさしく、頭をなでるのだった。



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