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-chapter6- 背徳の男
 ブリッジ内は、氷を額に当てたサクヤを頂点に、ぴりぴりとした空気に包まれていた。キリエ、シリンはおろかクラまでがびくびくとサクヤの表情を伺いながら、自分の作業をしている。
あの後目が覚めたサクヤはシトゥリたちに大目玉を食らわせ、キリエたちの性的嗜好の異常さをののしった後、いたいけな少年であるシトゥリくんが可哀想と泣き始め、次は愛について神父のように語りだした挙句、休日は取り消しとなった。そして今、日曜だったにもかかわらずブリッジに全員が詰めている。
「あ、あの、サクヤさん」
 パネルを叩いていたシリンが、恐る恐る言った。じろり、とサクヤが視線を向ける。
「何?」
 その眼差しに身をすくめつつ、シリンが続けた。
「うう……エンジンルームに微反応があります。検出は3分前です」
「なんで早く言わないの。3分間何してたか言いなさい」
 シリンは口ごもった後、サクヤさんに声をかける心の準備をしてました、と言った。ため息をつき、サクヤが指示を出した。
「シトゥリくん、一応行って見てきてくれる?」
「はい、わかりました」
 ブリッジのこの空気から開放されるためなら、一生エンジンルームに住んでもいいと思った。シトゥリは二つ返事で立ち上がり、エンジンルームへ向かった。
 全長300メートルのタケミカヅチのほとんどが、バリアとエンジンのために使用されている。従来、艦の大半を占めていたような機関は、すべてが言霊機関によって肩代わりされていた。しかもバリア、エンジンともに3基あり、通常の航行では1基しか使用されていないと言うのだから、壮大な無駄のようにも思える。
 エンジンは艦の心臓だ。もっとも最深部にエンジンルームはあった。しばらくのんびりしていくつもりで、シトゥリはゆっくり巨大なその中へ入っていった。
 巨鳥の卵のようにも見えるメインエンジンが、低い唸りを上げている。それを挟んで左右に黒い、不思議な形をしたエンジンが鎮座していた。その名前を思い出そうとして思い出せず、シトゥリは呟いた。
「サブエンジンの……名前はなんてったかな」
「『析雷(さくいかづち)』と『伏雷(ふすいかづち)』さ」
 まさか、独り言に答えがあろうとは。シトゥリは驚いて声の方向を振り向いた。シトゥリの右へ少し行った柵にもたれ、一人の男がエンジンを見つめていた。
「邇芸速水、大葉刈、析雷、伏雷、この4つが同時に稼動した時、タケミカヅチはその真の姿を現すことになる」
「だ、誰?」
「密航者だよ、少年」
 男は顔をシトゥリに向け、唇を上げた。どこか皮肉っぽいながら、ダンディズムのある微笑だ。密航者と言った割に、着ている服はシトゥリと同じ連邦艦隊のブラウンに近いダークレッドのジャケットである。歳はサクヤたちより少し上程度に思えたが、顎に伸びた不精鬚のせいか、下がり気味のまなじりのせいか、歳以上にくたびれた印象があった。髪はキリエと同じ輝くような銀髪。それをバサッと言った感じで切っていた。
シトゥリはどうしていいかわからず、混乱してもう一度同じことを訊いていた。
「え~と、どなたですか?」
「名前はトウキ=ラシャ。よろしくな、シトゥリくん」
「え?何で僕の名前を」
「君はもう少し、自分の運命について興味を持った方がいいと思うよ」
 トウキと名乗った男は、渋い声でそう言うと、シトゥリの隣まで歩いてきて片手を差し出した。とりあえず敵ではないと判断し、シトゥリは握り返した。思ったより大きくて厚い手のひらだ。シトゥリとは二十センチほど身長が違うだろう。顔を見るためには見上げねばならなかった。
「でもいつ、ここへ?」
 それは当然の疑問だ。宇宙空間を泳いで乗り込むなど出来はしない。
「前に君たちが補給を受けたときさ。もうすぐ2週間になるか?正直、さっさと見つけて欲しかったな。こっちが合図を出さなくてもいいように、もう少し警備を強化すべきだ」
 2週間、ここに隠れて居たと言うのか。トウキは肩をすくめ、ブリッジに行こうか、と歩き始めた。シトゥリは慌ててその後を追う。
「なんで隠れたりしてたんですか、トウキさん。今になって出てくるなんて変ですよ」
 トウキに危険はないと言うのはわかるのだが、その掴み所の無い雰囲気のせいか信用は出来ない。悪びれた風もなく、トウキは返した。
「タイミングってやつさ。やっと辞令が出てね」
 それきり黙って、2人はブリッジの入り口にたどり着いた。先に行ってくれ、とトウキはシトゥリの背を押した。シトゥリはなんて報告しよう、と戸惑いながらブリッジに足を踏み入れた。それに気づいたサクヤが、振り返って言った。
「おかえり。どうだった?」
「え~っと、……なんと言うか、その、侵入者でした」
「侵入者!?」
 サクヤが叫んで立ち上がる。シトゥリの後ろから、ぼりぼり頭を掻きながら、トウキが言った。
「あ~、もう。もっとカッコいい紹介の仕方は出来ないのかぁ?」
「その声は――」
 そこで、トウキは姿を現した。壁に片手を突き、もう片手を軽く上げる。
「や。みなさん、お久しぶり」



「帰って!出てって!この裏切り者!」
 サクヤの放った第一声はそれだった。手近にもし枕でもあれば、投げつけかねない勢いだ。予想していたのか、トウキは人を食ったようにもみえる微笑を深めただけで、動じない。胸元からカード型の電子装置を取り出し、それをかざしてみせる。
「連邦軍からの辞令だ。本日午後3時付けで、おれはタケミカヅチの副操舵手に配属された。帰れと言われても帰れないぜ」
「そんな、ウソ」
 サクヤが呆然と言った。キリエとクラは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ってなわけで、またよろしくな」
 片目を瞑ると、トウキは1つ空いているコンソールに向かい、勝手に腰掛けた。シトゥリはなんだか取り残されたような気分を味わいながら、自分の席へ戻った。隣のクラへ囁き気味に訊ねる。
「……よかったら、説明してくれませんか?」
「……実は1年前まで、あの男がこの艦に乗っていたの。操舵手としてね。あたしがその補佐だったわ。でも実のところは、諜報部の監視役だったの。恋人だったサクヤ、いとこのキリエを裏切ってね」
「――!!」
「あの男がここに居た理由は3つ。暗殺部隊を辞めたキリエにも、諜報部を首になった私にも、監視が必要だった。もう1つは、サクヤに近づくためだったらしいけど、そこの詳しいところは分からないわ。最後の1つは――」
「キリエを殺すためだよ、シトゥリくん」
 聞こえていたらしい。さらっととんでもないことを、トウキは言った。
「親代わりだった師匠を、キリエは殺したんだからな。でもまあ、今回はそれは置いておく。任務があるんでね」
 シトゥリはキリエに視線を向けた。それに気づいたキリエが目をそらした。
 どう言うことだ。キリエが人を、しかも親代わりだった人間を殺した?
 それを最後に、ブリッジは死んだような沈黙を漂わせ、終業まで口を開く者は居なかった。時折トウキの方へ視線をやると、コンソールは使わず自前の小型コンピューターをなにやらいじくっていた。その横顔はどこまでも不敵に見えた。
 急に元気のなくなったサクヤが夜勤を申し出、一同は終業時刻を迎えると解散した。トウキはシトゥリの横の、物置になっている部屋に入っていった。元自分の部屋だったそうだ。深夜になっても、シトゥリは眠れなかった。思っている以上に、トウキの存在と、過去の話はシトゥリに動揺を与えていた。
 ベッドから起き上がると、シトゥリは決心して部屋を出た。トウキに話を聞かない限り、眠れそうに無かった。ガウンを羽織り、その部屋の前に行くと、インターフォンを押した。
 しかし、返事は無かった。もう眠ってしまったのだろう。悶々とした気分を持て余して、シトゥリはブリッジへ向かった。夜勤のサクヤと、少し話をしようと思った。
「ん……。やめて、よ。んくっ」
 入り口近くまで来たとき、中から抑えた声が聞こえてきて、シトゥリは足を止めた。跳ねるように高まった心臓を思わず手で押さえ、そっと中を覗く。
「そんなこと言っても、君の肌は燃えるように熱いぜ?」
 後ろからトウキがサクヤに抱きついていた。左手は顎を固定し、右手は制服の隙間を巧妙に縫って胸元へ差し入れられている。顎を後ろに向けさせ、トウキはサクヤの唇を吸った。抵抗していたサクヤの手が、徐々におとなしくなっていく。絡み合った唇が離れ、サクヤが擦れた声で言った。
「……ひどい男」
「最低な、の間違いじゃないのか?サクヤ。おれは君を利用するために近づいて、そして捨てたんだ」
 相変わらず、トウキの口元にはあの笑みが浮かんでいる。それはシトゥリをひどくいらだたせた。
「本当は分かってたわ。あなたが、わたしにある何かを得ようとして、近付いてきたことは。そして、本当に愛してくれたことも分かってた。……でも何故?どうして、あの時――」
「おれは逃げたんだ」
 一瞬、トウキから笑みが消えた。
「自分の運命から。君の運命からも。だが今回は違う。全ての清算をするため、ここへ戻ってきた。許してくれとは言わないよ、サクヤ。だが理解してくれ」
 その目を見つめ、そしてサクヤは睫毛を伏せた。
「……あなたは変わってないわ。そうやっていつも、わたしの心を掻き乱すのね」
「――君は変わったよ。また少し、女らしくなった」
 トウキの右手がサクヤの胸の中で動き、熱い吐息をサクヤに吐かせた。トウキが舌を首筋に這わせると、サクヤは指を震わせて喘いだ。
「……は……」
 トウキはサクヤの体を反転させると、艦長席のコンソールに押し付けた。鮮やかな手つきで制服のボタンをはずし、その下のシャツもはだけさせて、ブラジャーを露出させた。
「……相変わらず、綺麗な胸だ」
 サクヤの双球は丸く豊かな張りを紺のブラジャーに包んで、桜色に上気していた。その谷間にトウキは顔を埋め、パチン、と歯でブラジャーをはずした。フロントホックだったそれは、桃が割れるように左右に開き、中の果実を晒けだした。
「もう少し、大き目のカップを付けたらどうだい?収まりきってないように見えるぜ」
「バカ、ほっといてよ。あっ」
 その頂点にある突起をトウキが口に含んだ。それを数度転がされただけで、サクヤは観念したように薄く目を閉じ、コンソールの上に横たわった。亜麻色の髪がさらりと流れ、流砂のようにコンソールの縁からたぎり落ちていく。
 2人はもう何もしゃべらなかった。次は何をしたらいいか、お互いにそのタイミングまで知り尽くしているようだった。十分にサクヤの乳首を味わったトウキは、コンソール・チェアに腰掛け、ズボンのジッパーを下げた。その前にひざまずいたサクヤが、自らその中へ手を入れ、固く猛ったものを取り出し、霞みがかった目で少し眺めてから、口に含んだ。
 あのサクヤが男の股に潜り込み、股間をしゃぶっている。それは普段の凛とした顔つきからは想像も出来ないことだった。だが、シトゥリは昂ぶりを覚えることは無かった。逆に、大事にしていたものがなくなってしまったような、悲しみに近い感情が心を波立たせていた。
 しばらくするとトウキは立ち上がり、再びコンソールの上にサクヤの体を乗せた。今度はコンソールに腰掛けさせるようにし、手早くスカートの中身を足から抜き去る。サクヤはコンソールに座って後ろに両手を付いて支えにし、されるがままに足を開いた。そのスカートの中に、トウキが顔を埋めた。ああ、と呻いて、サクヤは太腿でその顔を挟み込み、天を仰いだ。足からパンプスが抜け落ち、からりと床を転がった。
 耐えられなくなって、シトゥリは視線をはずし、入り口の壁に背を預けた。ヂー、と言う常夜灯の明かりが放つ音がひどく耳につく。
心臓が鼓動を打つたび、絞られるように痛んだ。やがてブリッジの中からは、服が擦れ合う音と、サクヤのため息のような喘ぎが低く流れてきた。それを聞きながら、熱くて、苦しくて、締め付けられるようなこの感情はなんだろうと考えた。
 それが嫉妬であることに、シトゥリはついに気付かなかった。




 ブリッジからなんの音もしなくなって、しばらく囁くような会話が聞こえた後、足音がシトゥリの居る入り口へと向かってきたが、シトゥリはそこを動く気にはならなかった。一応普通に歩いて来たのでは気付かない死角に立っていたが、やってきたトウキはぴたりとその前で足を止めた。
「……おれに訊きたいことがあるんだろ?」
 前方を見据えたまま、シトゥリの方に視線は向けていない。最初からここに居ることを知っていたのだ。シトゥリは小さく、はい、と言った。
「なら、君の部屋にお邪魔してもいいかな。マイルームはまだ倉庫なもんでね」
 サクヤに聞こえないように低く言ったトウキが、確認も取らずに歩き出した。シトゥリはその後を、逆に案内されるようについていった。
 シトゥリの部屋に入ると、トウキはまるで自分の部屋であるかのように、ベッドに腰掛けた。シトゥリは椅子を引いてきて、その前に座る。それと同時に、トウキが口を開いた。
「で、シトゥリくん。君はサクヤが好きなのか?」
「えっ!?」
 突然そんなことを訊かれ、シトゥリは完全に出鼻をくじかれて焦った。好きか嫌いかの2択なら、間違いなく好きだが、トウキはそんな意味で聞いたのではないだろう。
「愛してるか、ってことさ。どうだい」
「わか……わかりません……」
 考えてみたが、本当に分からなかった。心の中は昼間から続く出来事に乱れていて、そこを覗いてみて何かを得ようとするのは、ほとんど不可能だった。トウキはうなずき、両手を組み合わせ、開いた膝の上において身をかがめた。口元に、あの微笑は無い。真剣な顔つきのトウキは、表情一つでこれだけ違うのかと思うほど、男前に見えた。
「そうか。君はまだ、恋愛をしたことがないんだな。他人からこんなことを言われるのは釈然としないかもしれないが、君はきっと、サクヤを愛しているよ。おれもまた、彼女を愛している。だから、わかるのさ」
 愛している。サクヤを愛している。
 それは自分自身、にわかに信じられないことだった。思えばブリッジの中、ぼーっとしている自分に気付くと、サクヤを見つめていた。てきぱきと動くその姿を見ていると、自然と幸せになれた。
 それは憧れのせいだと思っていた。サクヤはその優秀さからだけでなく、美貌でも一躍世を湧かせた存在だ。女性雑誌だけでなく、グラビア誌でも特集が組まれたことすらある。船に乗ることに憧れていたシトゥリにとって、その存在は神話のように頭の中へ刻み込まれていた。
 そのせい。そのせいだ。だが、本当にそうだっただろうか?
 トウキの言うとおり、恋と言うものをシトゥリはしたことがなかった。だから人を好きになると言う感情がどのようなものか、わからなかった。これがもし、愛という感情だったら。シトゥリの心臓は、急に早く打ち始めた。
 おそらく呆然とした表情をしていたのだろう。トウキが苦笑すると、言った。
「気付いてなかったんだな。よし、じゃあこうしよう。君とおれは、ライバルだ。恋敵と書く。どちらがサクヤのハートを射止められるか、勝負しようじゃないか」
「そんな、無理ですよ」
 思わずシトゥリは笑った。昔の恋人で、今も体を許す存在である男に、太刀打ちできるわけが無いからだ。だがトウキは、いつもの微笑を口元に戻すと、肩をすくめた。
「まだ、よりを戻したわけじゃないさ。君にだってチャンスはあるぞ」
 不思議な男だった。シトゥリは初めて、トウキを少し好きになれた気がした。苦笑して、言う。
「わかりました。じゃあ真剣勝負、恨みっこなしですよ」
「ああ、約束だ。男と男の、な」
 シトゥリとトウキは拳を打ち合わせ、誓った。トウキが立ち上がって、言った。
「ところでライバルよ、おれは風呂に入りたい。記念に一緒にどうだ?君が訊きたかったことは、そこで聞くよ。明日もあることだしな」
 時計は午前3時を指そうとしていた。シトゥリはもう風呂に入っていたが、うなずいた。
 浴場は居住区の階段を下りた先にある。男女の別はないが、サウナまで付いた本格的なものだ。4,5人で入っても大丈夫なくらい浴槽にはゆとりがあったし、体を洗う洗い場も数人分ある。
 脱衣所で服を脱ぎ、トウキがのしのしと浴槽へ向かっていった。シトゥリも裸になってその後を追う。湯はエンジンの余熱で沸かしているため、24時間いつでも入ることができた。
「正直、今の君ではおれに勝ち目は無いが――」
 浴槽につかり、トウキがやや憮然と言った。シトゥリは少し離れたところで湯に入る。
「ただ一箇所、おれは負けているようだ」
 目線を下げ、シトゥリの股間に目をやる。それに気付いたシトゥリは赤くなってタオルを腰に当てた。こんなところだけ勝ってもうれしくもなんともない。おれだって小さくはないんだぞ、とトウキがぼやいた。
「で、結局何が訊きたかったんだ。サクヤのことはこれ以上話すことはない。諜報部のことなら、あの2人はすでに監視対象外になっている」
「キリエさんのことです」
 シトゥリは言った。トウキの顔に再び真剣な表情が宿る。
「親代わりの人を殺したって、本当なんですか?」
「……ああ」
 うなずく瞬間、トウキの目はまるで別物のように恐ろしい光を帯びた。
「諜報部で知ったよ。おれとキリエは、孤児だった。それぞれの才能を見抜き、孤児院から拾ってくれた人が、師匠だった。あの人がなかったら今のおれたちはあり得ない。思えば――」
 と、トウキは過去を思い返すように、浴場の天井を見上げた。
「あの人は、いずれ自分の役に立つと思っておれたちを拾ったんだろう。連邦の暗殺組織の師範役だったあの人は、実はテロリストだったんだ。だから、訓練を終了したキリエに与えられた、組織からの最初の任務は、その師匠を暗殺することだった。組織は既に知っていたんだ。おれは師匠の死を探るうちに、その指令書の存在に行き着いた」
「……そのお師匠さんは、どうなったんですか」
 何かの間違いだったらいい。そう期待を込めて、シトゥリは訊いた。
「……指令書が発行された日付の翌日、道場ごと爆破されて死んだよ」
「…………」
「キリエは正しかったんだと思う。死後発見された師匠の計画は、連邦を転覆させる危険なものだった。だが、おれは許すことが出来ない。師匠を殺した奴を見つけ出し、おれが殺してやる。師匠の死を知ったとき、そう誓ったんだ。その犯人がたまたま、キリエだった。だからあいつを殺さなくてはならない」
 淡々としゃべるトウキの口調は、どこか疲れているようだった。もう何度となく自分の中で繰り返した言葉だったのだろう。今まで隙がないほど理論的なことばかり言う男だと思っていたが、これにはどこか論理を欠いた部分がある気がした。だがそれをもし見つけたとしても、シトゥリに何か言える訳がなかった。
「感想は?」
 妙なことをトウキが訊いてきた。シトゥリは感じたことを言った。
「哀しい、と思いました」
「そうか。その通りだな」
 トウキの呟きは、低く湯船の底へと沈んでいった。じっと水面を見据えるそのまなざしは、見るものが痛みを感じるほどの孤独と、寂寥が滲み出ていた。思わずシトゥリは、慰めのような言葉をかようと口を開きかけた。
 その時、低いサイレン音が艦内に響き渡った。非常召集の合図だ。反射的に湯を蹴って立ち上がったシトゥリは、サクヤのアナウンスを聞いた。
『邪神の接近を確認!敵クラスA+と見られる!各乗員は至急戦闘配置へ付け!』
「トウキさん!?」
「……任務開始、だな。行こう、シトゥリくん。おれが神の剣の使い方を教えてやろう」
 不思議なことを言い、トウキが湯船からあがった。その横顔に、さっきの面影はない。
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