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-chapter8- 神殺しの力
 敵襲のサイレンが鳴り響く中、シトゥリが連邦本部の玄関に駆け戻ると、そこはさらに混迷の度合いを増していた。
「なんだあれ……」
 呆然と空を見上げ、呟く。本部の敷地はその門をぐるりと囲むように、金色の膜のようなもので覆われていた。
 人々は右往左往しているが、見たところ膜を突破するのは不可能なようだ。
「閉じ込められたわ」
 いつの間にかキリエが隣に居て、そう言った。さすがに表情は厳しい。
「シリンさんは?」
「たまたまディラックが居合わせて、連れて行った。運よく脱出できてるはずよ」
「サクヤさんがここにいるんです」
「サクヤが!?」
 シトゥリはエレベーター前での出来事を語った。キリエは舌打ちする。
「いずれにせよここからは出られない。シトゥリくん、あなたはここで待ってて。なんとかサクヤを連れてくる」
「僕も行きます」
「悪いけど、邪魔になるの」
 却下したキリエの顔に、シトゥリは突然拳を放った。
 不意を付かれたキリエは、首を逸らしてかわしざまカウンターの拳をシトゥリの腹へ叩き込む。
 派手な音が鳴った。キリエの表情にしまったと言う焦りが伺える。思わず反撃してしまったのだ。
「僕も戦えます」
 キリエの拳は、シトゥリの手によって腹の直前で受け止められていた。
「シトゥリくん、あなた……」
「今の僕には、トウキさんの戦闘技術と、ジークさんの情報処理能力が受け継がれています。現人神とはそう言う意味だったんです。キリエさん――あなたのことも、僕はトウキさんと同じように知っている」
「…………」
「行きましょう。邪魔にはなりません」
「……わかった。考えるのはあとね。非常用の階段から上へ――」
 その瞬間、すさまじい地鳴りと揺れが本部を襲った。中庭が冗談のような亀裂を走らせ、立っていられない人々を飲み込んでいく。
「黄泉が!」
 誰の叫びだろう。まさしく黄泉が地上へ溢れだそうとしていた。亀裂の奥から光を飲み込みつつ漆黒の闇が噴き出してくる。
「急ぐわよ」
 シトゥリは頷いて、駆け出したキリエの後について走った。
 非常用の階段は玄関先の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
 薄暗い誘導灯の光だけが足元を照らしている。靴音と息遣いだけが反響して重なり合っていく。
 各階には防壁が固く降りていたが、脱出用の非常扉を潜り抜け、数階上にたどり着いた。キリエは廊下を走りながら、シトゥリに言った。
「まずは武器の確保よ。行きは大丈夫でしょうけど、帰りには邪神との戦闘も覚悟しておいて。サクヤも銃くらいは使えるけど、民間人も一人連れて行かなくちゃならない。厳しいわよ」
「はい。でもなんで、災禍なのにユマリさんを連れて最上階なんかへ……」
「本人に聞けば済むでしょ。ほら、ここ」
 キリエは突き当たりの扉の前で立ち止まった。プレートには、非常持ち出し用武器庫とある。キリエがIDカードを脇のカードリーダーへ差し込んだ。
 ビー、とブザーが鳴り、エラーの赤いランプが点く。眉をひそめて数度繰り返すも、全てエラーで扉は開かなかった。
「どういうこと?」
「僕のIDカードでも試して見ます」
「ええ。本部職員なら、誰でも非常時には使用可能なはずなのに」
 シトゥリのカードもエラーを示す。しばし考えて、シトゥリは辺りを見回した。
 隣の部屋にはパソコンが数台並んでいる。
「少し待っていてください。本部のネットに繋がっていたらいけるかもしれない」
 隣の部屋へ行き、パソコンを立ち上げる。内部LANは幸い稼働中だった。シトゥリはアクセスを繰り返す。
 キリエは後ろから、ものすごい速度で動くシトゥリの指を眺めていた。
「あった、これだ」
 やがて小さく呟くと、シトゥリはパソコンの前を離れてカードリーダーへ向かった。カバーを外し、パスワード入力用の端末を引き出す。
 内部LANより入手したパスコードを入力すると、扉のロックは解除された。
「……冗談でしょ」
 呟いたキリエを振り向き、シトゥリは笑いかける。
「信じる気になりましたか?」
「……ええ。今のあなたの顔、ジークによく似てたわ」
 シトゥリはジークの人となりは知らない。自分が自分で無いような空恐ろしい感覚を感じはするが、今はどんな力でも使いこなさねばならない。一つうなずき、シトゥリは扉を開けた。
 キリエがロッカーから無造作に武器を選んでいく。シトゥリはマグナム拳銃を手に取ろうとして、キリエに止められた。
「そんなの、あんたの細い腕じゃ扱いきれないわ。こっちにしなさい」
 渡されたのはS&W社の平凡な銃だった。確かに扱いやすいが9ミリでは邪神に対して蚊に刺されたようなダメージしか与えられない。キリエはシトゥリから取り上げた銃を自分のホルスターへ差し込む。
「弾丸には対邪神用の物を使うからかなりの効果はある。でも拳銃はあくまでサブウェポンよ。あたしはサブマシンガンをメインに使うけど、シトゥリくんは持たない方がいいと思う」
「どうしてです?」
「いくらトウキの技術を持ってても、体力が追いつかないでしょ。階段を今から50階以上登るの。いざと言うときに息切れされちゃ困るから」
 確かにその通りだ。シトゥリの体力は暗殺部隊の厳しい訓練で鍛えられたキリエとは比べるくもない。
 キリエは手早く戦闘用スーツに着替え、予備弾倉やナイフなどをポケットへ詰め込んでいく。シトゥリはどうしようか考え、結局拳銃一つだけ持っていくことにした。足手まといにならないよう徹するのがよさそうだからだ。
「おっけ。行くわよ」
 パンパンと腰を叩き、サブマシンガンを抱えたキリエが走り出した。シトゥリはその後を追う。
 また非常階段へ戻り、上を目指していく。無機質な光と質量が圧力すら感じさせる。
 気のせいか上へ登るにつれ、あたりの空気が重くなってくるように感じられた。シトゥリの現人神の感覚が何かを告げている。
「キリエさん、気をつけてください」
「どうしたの」
 階段を駆け上るキリエに息の乱れはない。シトゥリを振り返る余裕すらあった。
「何か嫌な感じがするんです。その先――あっ」
 シトゥリはキリエの腕をつかんで引き止める。先の防壁は固く閉じているが、しつらえられた非常扉が薄く開いていた。
 その隙間からうごめくのは、不気味な触手の群れ。キリエが眉をひそめて舌打ちした。
「どうしてこんなところまで。ルートを変えるわ」
「はい」
 下の階まで戻り、フロアへ移動する。本部ビルの四隅に設置された非常階段の別ルートへ向かう。
 ふと、ガラス張りの一角から下の様子が見えた。同じく覗いてみたらしいキリエが足を止めた。
「なんてこと……」
 地上は瘴気で満たされていた。黒い波のようなものは黄泉の闇だ。そこからタコかイカのような触手が無数に泳いでいる。あれだけいた人間たちの姿は見えない。
「みんな……本部の中へ避難したんでしょうか」
「だといいけど。サクヤと合流しても下には戻れないわね」
 じわりと汗が沸いた。
 知らぬ間に抜き差しならぬところまで追い詰められていたのだ。
「今は上を目指しましょう。こっちへ――」
 進行を開始しようとしたキリエが、息を呑んだ。
 いびつに歪んだ虫のようなものや、植物めいた黒い塊がいつの間にかあたりを取り囲んでいたからだ。
 邪神。人に仇名す黄泉の神々。
「一体どこから!」
「理由はいい。突破するわよ」
 キリエがサブマシンガンをフルオートで連射する。連邦特製の対邪神用弾丸は、打ち抜かれたその黒い影をことごとく粉微塵に粉砕した。
「いけるわ。低級な連中ばかりのようね」
「後ろは任せてください」
「頼んだわよ」
 シトゥリはじりじりと前進しながら道を開くキリエに背を向け、銃を構える。近づいてきた一匹に発砲すると、命中した部分から弾けるように爆発した。言霊を刻んだ弾はかなりの威力を誇るようだ。
 キリエの発射した弾の薬莢があたりへ散らばっていく。邪神はどうやらその薬莢も避けているようで、散らばった後方にはあまり寄ってこない。
「薬莢には結界の言霊が刻んであるの。もちろんそれで防御なんて出来ないけど、虫除け程度にはなるから」
「考えてあるんですね」
「人間は知恵を使う生き物よ――よし、走るわ!」
 前方の邪神はあらかた撃ち抜かれ、そこにできた通路をキリエは走った。シトゥリはサイドをカバーしつつそれに続く。
 ガラス張りのフロアを抜け、通路に入った途端、曲がり角から人形のような黒い影が大量に歩いてきた。後方の退路を確認すると、フロアから追いかけてきた邪神たちによって塞がれている。
「射的用の人型を寄り代にしたのね。お望みどおり的にしてやる!」
「キリエさん、借ります」
 サブマシンガンを構えたキリエのふとももから、シトゥリはコンバットナイフを抜き取った。拳銃の弾倉を取替え、ナイフと共に背後へ向き直る。
「3,2,1で前方へ掃射してください。弾が切れたら僕が前に出て進路を確保します。その間に装填と後ろへの攻撃を」
「いい作戦ね。OK、カウントを」
「3…2…1…」
 邪神たちは遠巻きにもせず、無機的な動きで二人に迫る。人間の根源はDNAなら、神の根源は言霊であると言う説がある。DNAは有機的な情報、言霊はプログラムに応用されるように、無機質で呪術的な情報。
 ならば神は機械と同義になるのだろうか。
「GO!」
 シトゥリの声に合わせて、キリエがサブマシンガンを掃射する。シトゥリは後ろへ拳銃をあらん限り撃ちまくった。サブマシンガンの排莢もあいまって、背後の足止めはうまくいっている。
 しかし前方を見ると、黒い影のような人形は弾を貫通させて進んでくるようだ。
 発射音に紛れてキリエの舌打ちが聞こえた。
「連中、小さい弾じゃあまり効果がないわ!」
「借りますよ!」
 シトゥリは拳銃を捨て、キリエのホルスターからマグナム拳銃を抜き取る。弾の切れたキリエが弾倉のリチャージをしているうちに、シトゥリは前方へ回った。
「くらえっ!」
 逆手にナイフを持つ手で銃底を支え、シトゥリはマグナム弾を発射した。
 古くはリボルバーでなければ小型化出来なかった大口径マグナムも、いまや熱処理技術の向上と弾詰まり(ジャム)の改善で、オートマチックでありながら通常の拳銃より一回りほどのサイズに収まっている。もっとも、実弾以外の銃も発達しているが、弾に言霊を刻む技術が進歩したおかげで、対邪神においてはアナクロな銃の方が効果的とも言える。
 44マグナムの弾はサブマシンガンでは貫通するだけだった人形の体を半分に引きちぎり、その後ろ、さらに後ろまで無力化して突き抜けた。
 跳ね上がる銃身を押さえるのに精一杯で、とても連射は出来ない。数発発射した時点で、キリエの叫びが聞こえた。
「横!」
 人形がすぐ近くに迫っていた。銃を向ける暇は無い。シトゥリはナイフを下から上へ切り上げた。
 影の飛沫を散らして、人形は真っ二つに裂けた。ナイフの刀身には何か言霊が彫ってある。その効力だろう。
「突破します!」
 シトゥリは叫ぶと、前方へ猛然と特攻した。
 襲い掛かる人形の腕を避け、ナイフでかわしざまの一閃を見舞う。二つになった下半身を蹴りつけ、進行方向の数体の足を止める。その間に銃を構え、マグナムを発射した。
「右へ!」
 キリエの指示で突き当たりを右に折れる。すぐ向こうが扉になっていた。シトゥリは扉の前の一体を最後のマグナム弾で排除すると、銃を捨ててノブを掴み、勢いよく開いた。
 その先はオフィスのようだ。幸い邪神の姿はない。キリエに手で合図すると、勢いよく弾をばら撒いて後方の敵を始末した後、部屋へ入ってきた。
 鍵がかかるのと同時に、扉の結界が発動する。これで低級な連中は入ってこれない。
 ふっと息を吐き、キリエが力を抜いた。
「なんとか突破したわね」
「先が、思いやられます」
 シトゥリは荒い息を繰り返していた。体力面、精神面でもそうだが、そう言う基礎となる部分はシトゥリ本来のものしか持ち合わせていない。シトゥリはトウキの、あの不遜とも不敵とも見える笑みを思い出す。トウキならどうするだろうか。この八方塞がりな状況でも一笑に伏して進むだろうか。
「……少し休憩しましょ」
 無理はさせられないと判断したのか、キリエがそう言った。お茶でもないか見てくる、と湯沸し室の方へ向かい、中を覗いた瞬間叫ぶ。
「セーコ!?」
 シトゥリは慌ててそこへ向かった。なんだか嫌な予感がする。
 湯沸し室では、すでにキリエが一人の女性を抱きかかえていた。確かに下で会った女性だ。
「セーコ、どうして」
「わからない……黄泉に飲まれたと思ったら、ここに居たの」
 薄く開いた女性の目は遠くを見ている。意識は朦朧としているようだ。キリエは肩を支えて湯沸し室からセーコを引っ張り出し、明るいところへ移動する。
「大丈夫、しっかりして」
「ええ……。少し、休めば大丈夫」
「下は? 下の様子はどうなの」
「本部の中からも……邪神が。みんな次々とやられたわ。私も――たくさんの触手に絡め捕られて」
 その瞬間、シトゥリの背中に怖気が走った。叫んでキリエに手を伸ばす。
「離れて!」
 突き飛ばすようにセーコを離したキリエはさすが元暗殺者だが――遅かった。セーコの下半身から突然触手がほとばしり、キリエを巻き込む。
「キリエさ――わっ!」
 かろうじて掴んでいたキリエの服をもぎ離され、シトゥリは机をなぎ倒しつつ吹っ飛ばされる。
「セ、セーコ……?」
 恐怖に歪んだキリエの声が届く。触手はキリエの身体を舐めるように巻きつき、その中心でセーコがふらりと立ち上がった。
「うう、う……はぁ……」
 千切れかけた連邦の制服のスカートの中から、まだにゅるにゅると触手は伸びてくる。セーコの呻きはどこか官能的だった。
「セーコ、いやよ、邪神に取り込まれないで!」
 もう遅いのは、シトゥリから見ても明らかだ。立とうとしてもシトゥリの身体にまで触手が絡み付いている。紫と黒が入り混じったような、整理的に受け付けがたい色彩の触手が、セーコの中から部屋中に溢れ出してきていた。
「ああっ、あ――」
 絶頂に達するような声を上げ、セーコが天井へ向かい首を逸らした。
 ずるっと最後の触手がスカートから抜け落ち、ぼたりと床へ落ちる。それは意識ある管のようにキリエの足元へ向かい、その足首からふくらはぎ、ふとももへと螺旋状に巻きつきながら這い登っていく。
「キリエさん!」
 こちらの声に応じる余裕もなく、キリエは身もがいているが、完全に自由を奪われてしまっていた。私服のジーンズが、触手の出す体液によってか、まだらに溶けて肌がのぞいている。
「キリエ……」
 セーコが呟いた。乱れた髪を手で撫でつけ、隠れていた表情を露わにする。
シトゥリはぞくりとした。セーコの放つ色気のせいだった。
凡庸な顔立ちのはずだったのに、いや、顔立ちは今も変わっていないのだが、下で会った時とは比べようのない淫靡さを放っている。しかしそれは、甘い匂いで虫を寄せる極彩色の花のような、毒のある色気だ。
「聞いてくれる? キリエ……」
 バンザイの格好で拘束されているキリエの頬を、セーコはいとおしげに撫でる。キリエの目に霞がかかっているのを見て、シトゥリは再び叫んだ。
「駄目です、支配されちゃいけな――っぐ!」
 首もとの触手が締まり、シトゥリは呻いた。
 シトゥリの声で正気に返ったキリエの口を、セーコはすばやくキスをして塞ぐ。キリエは身をよじったようだが、それが最大の抵抗だった。重なった唇と唇の間で何が行われているのか、苦しそうに歪めていたキリエの表情から徐々に力が抜け、弛緩していく。
「くはっ……」
 ようやく開放され、キリエは息を吐いた。その唇とセーコの唇の間に、唾液と言うにはあまりにも粘液質な糸が繋がって、床へ垂れた。
「……好きだったの、キリエ」
 セーコはいとおしげな調子で続ける。キリエの銀色の髪を手に流す。
「この綺麗な髪も、染みのない肌も、薄い瞳も、全部。いっしょにお風呂へ入ったことはなかったよね。一度でいいから、キリエの裸を見てみたかった――」
 その手をすっと下へ下げる。キリエのTシャツはブラジャーごと真っ二つに裂け、白く豊かな乳房がその切れ目から覗く。
「やめ……て……」
 ようよう、蚊の鳴くような声でキリエが反発した。ついさっきまでのセーコのように、キリエの目はぼんやりとしてしまっている。薄く笑ったセーコが、さらにTシャツを引き裂く。
 なんとかしないと。
 シトゥリは床に転がったコンバットナイフを見つける。手を伸ばしたら指先が引っかかった。
 言霊の刻まれた、これなら――!
 自分の首を締め付ける触手へ、拾い上げたナイフの切っ先を突き立てる。わずかな抵抗。
「――っ!」
 切っ先が自分の顔の方へ滑ってきて、シトゥリは慌ててナイフを止めた。
 まるでゴムの塊へ突き刺したように、刃は表面を滑るだけだ。言霊を受け付けない。
 まさか、さっきまでの低級な連中とは、格が違うと言うのか。
「あ、あ……ん……」
 甘いため息が聞こえる。キリエの上半身は裸に剥かれ、セーコはその肌をいいように撫でまわしていた。桜色の突起を指の間に挟み、耳元へ息を吹きかける。キリエの体が震えたのが見て取れた。
「乳首が敏感なの? そうなのね?」
「はぁ……はぁ……」
 挟んだ乳首の先へ舌を伸ばし、ちろちろと舐める。もう片方の乳首へ唇を移し、今度は舌を絡ませながら吸い上げた。キリエの口から、たまらず熱い吐息が漏れる。
 おそらくキリエは、邪神が分泌する淫液を飲まされたのだ。それは性感と性欲を常識では考えられないくらいに高める。
 セーコはそうやって、キリエの精を奪う気だ。
 シトゥリには、ナイフを握り締めたままどうしようもない。触手は息の出来るぎりぎりの力加減で首に食い込んでいる。殺す気はない――見ろと言うことだろうか。どす黒い意思のようなものを感じてぞっとする。
 何度も何度も両方の乳首を往復したセーコの唇は、そのまま肌の上へ舌を這わせながら、ゆっくりと臍、下腹へと下っていく。
 ジーンズのボタンを口で外し、ジッパーを咥えて引き下げた。深緑の、ちょっと色気の少ないショーツが現れる。絡みついた触手が動いて、器用にジーンズを引き下げていった。
「キリエ……すごいよ。すごく濡れてる」
 股間の中心から、布越しにしたたり落ちそうなほど蜜が溢れてきていた。身を屈めたセーコがそれをうっとりと眺める。
「見ないで……」
「あたしがこんなにキリエを感じさせたのね。キリエ……おいしそう」
 股の中へセーコは顔を入れた。ちゅうちゅうと、赤ん坊が布切れをしゃぶるような音を立てて、ショーツ越しにキリエの蜜を吸い取る。その刺激でキリエの身体は細かく震え、更なる蜜を秘所からしたたらせる。
「どう? もっとしてほしい?」
 下から見上げるセーコの問いに、キリエは一も二も無くうなずいた。じらされて堪らない、そんな夢中の返事だ。
 淫らに笑ったセーコが、ぐっと口を引っ張ると、ショーツは二つに割れてはらりと落ちた。キリエの身体を守るものは何も無くなった。
 ぬらぬらと光る秘所へ、セーコは直接口を付けて蜜を貪る。キリエも我慢しきれず、高い声を上げた。
「ああーっ!」
 舌が銀の陰毛を潜り、陰唇をかき分けて、膣の中へと差し入れられる。同時に鼻はクリトリスをころころと回して刺激した。キリエは喉を反らして喘ぎを放った。
 両手は相変わらずバンザイの格好のままだ。手を広げてもまだ厚みを失わない乳房へ、吸盤型の突起のついた触手が絡みついた。
「ひっ!」
 それに吸い付かれて、キリエは息を呑む。
 乳輪から乳首の先端へかけて、味わったことの無い密着感が張り付いた。吸盤からは粘液が分泌され、それがよだれのように乳房へ垂れて穢していく。
 吸盤が乳首を吸い始めた。身体をよじってもびくともしなかった触手の拘束が動くほど、キリエは痙攣した。
「溢れてきて、止まらないわ。飲みきれないよキリエ」
 キリエの喉は快感のあまり声も出せない。細く長い息を吐くだけで精一杯だった。
 まるで乳首でセックスをしているような異質な感覚。
「あたしも直接――」
 そう言った瞬間、膣へ忍び行ったセーコの舌が、まるで陰茎のように硬く太く伸び、キリエを貫いた。端から見ると滑稽なくらい、キリエの身体は硬直する。足の先が細かく震えていた。
 セーコの舌は太く硬く、しかし舌の柔軟さを失わずに、キリエの膣内を縦横無尽に犯していく。
 細かく何度も子宮口を叩いたかと思うと、すぐ入り口にまで戻ってGスポットをぎゅっと押しながらまた奥までねっとりと貫く。くねって暴れるように膣全体へ刺激を与えたかと思えば、激しく力強いピストン運動を開始する。
「あぅあー! ああおー!」
 叩きつけられる快楽の波が、喉の機能を回復させた。もはや人の意識を失った獣のような叫びが、キリエの唇からほとばしる。
 何度も何度も何度も、触手が乳首を吸うたびに、セーコの舌が出入りするたびに、キリエは絶頂へ達していた。
「あたしも、あたしもっ……」
 キリエの秘所を攻めながら、両手で自分を慰めていたセーコは、手近な触手を掴むと、自らのスカートの中へ突き入れた。
 びくっとその体が震える。その振動が舌の動きとなって伝わり、キリエを深い絶頂へと誘った。
「あやあああああああっ!」
「イクっ、イクう!」
 舌を差し入れながらどうやってしゃべるのか、触手をディルドー代わりにして異様なオナニーに耽るセーコ。自分も絶頂へ達し、触手たちも強烈な液体を吐き出した。
 先端から粘液を吐く触手は、キリエとセーコへ大量に白濁したものをぶちまけていく。
 頭から粘液を浴びたキリエは、その成分のせいで余計に快楽の輪から抜け出せない。
「くっ……」
 それを見ながらシトゥリは呻いた。
 このままキリエが狂ってしまったり、精を奪い尽くされたりしたら。そのまえに助けないといけない。
 方法はあるはずだ。
 シトゥリは握り締めたコンバットナイフを意識する。
 突然、脳裏に光景が閃いた。
 真っ黒い空間を、流されるままにタケミカヅチが落ちていく。
 スカイブルーとマリンブルーに陰影を付けられた船体は、真の闇へ消えようとしていた。
 ――これは。
 ――そうか、なんで気づかなかったんだ。
 タケミカヅチは今、黄泉に飲まれて落ちている。しかし現人神とその祭神――シトゥリと建御雷神の間には、空間など関係ないのだ。脳裏に映るこの光景は、建御雷神そのものである駆逐艦タケミカヅチの、現在の様子だった。
 シトゥリは意識する。タケミカヅチの船内で起動させた、神の剣、大葉刈バリアを。
 艦が持つ力を、現人神が使えないはずはない。
 ――もう一度、あの力を。
 ――八十禍津日神を倒した、神度剣の力を使えば。
 タケミカヅチが闇の中で輝く。展開されていくバリア。それは剣の形となり――。
「うおおおおあああああああああ!」
 シトゥリは叫んだ。身体に巻きついた触手は、熱いものに触ったように怯み、拘束を解く。跳ねるように立ち上がり、駆け出した。
 コンバットナイフが輝いている。そこから明らかに目に見える形となって、光の剣が長く伸びていた。
 はっとこちらを振り向くセーコ。その背へ向けて、シトゥリは大上段から光の剣を振り下ろす。
 脳裏では、タケミカヅチが闇を切り裂き、神の門を形作る光景が見えた。
 神度剣――高天原への扉を作る、神の剣。
 黄泉を突き破り、タケミカヅチは脱出していく。
 ぱぁっと部屋全体が白く輝いた。
 穢れていたものが全て、シトゥリの手元からほとばしる霊力によって浄化されていく。
 触手もセーコも――光が収まった後、部屋の中は散乱したデスク以外、何も残らなかった。
 支えを失ったキリエが倒れるのを、シトゥリは抱きとめる。やわらかい身体は元のままだ。汚染の残る形跡はない。
 気を失っているキリエを抱きしめ、シトゥリは噛み締めるように呟いた。
「僕にも、ディラックさんと同じ神殺しの力が。おかげで何をするべきなのか、わかりましたよ」
 しかしまずは、サクヤとユマリの救出だ。キリエを横たえ、着替えを探しにシトゥリはロッカーへ向かった。
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