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-chapter10- シーン4
 ディラックは静かに半身の構えを取った。
「時間がねえんだ。あんたの世迷い言に付き合ってる暇はないね」
「時間がないのはおれも同じだ。押し通るか?」
「怪我しねえうちに失せろ!」
 ディラックは光の弓を形作り、牽制のつもりで軽く射た。まばゆい光がレーザーのように手元から発射され、ライアの顔の横をかすめて行き過ぎる予定が――そこでぴたりと止まった。
「おれは失せろとは言わん。ディラック、せっかく戻ってきたばかりだが、もう一度スサノオの元へ帰れ」
 光はライアの片手につかみとられ、細かく振動しながら掻き消えた。
 押さえきれないほどみなぎる神殺しの力をあっさり相殺するとは。ディラックは片目に力を込め、にらみつけた。
「中将――あんた、何者だ!」
「おれたちと言っただろう? お前と同じだ。おれもスサノオの現人神……力の制御も出来ぬ輩とは一味違うが」
 ライアの右手が淡く光り、そこから長い剣状の光が形成される。
 ディラックと同じ神殺しの力。
 すずしい顔でそれを操っている。
「これが『生太刀(いくたち)』。さあ、受けてみろ」
 来る。
 瞬間的にそう判断して、ディラックは横っ飛びにその場を離れた。光の剣は数メートルの距離を埋めて、ディラックの居た場所を薙ぎ払った。
 千切れ飛んだ畳のいぐさが宙を舞う。不思議な静けさがフロア全体を覆っていた。畳の破壊される音も、ライアの踏み込みも、ディラックの着地も、すべて無音。
 ただ自分の鼓動だけがうるさいくらい感じられる。
 それは集中のあまり時間の感覚が緩やかになったせいかもしれない。
 とっさに反撃の弓を引いたのは、ライアが瞬時の踏み込みから剣を振り下ろした、まさにその瞬間だった。
 弓から光の矢が数十もほとばしる。今まで撃てた最大数の数倍に当たる本数が、ライアめがけて四方八方から襲い掛かった。
 光の中に塗り込められてしまったように、ライアの姿が消える。
 やったか――と判断したのも一瞬、ディラックは脳裏の警鐘に従ってその場をもう一度横っ飛びに離れた。
 空間に爆音がはじけた。
 ディラックが着地までのわずかな時間に見たのは、放った光の矢がライアの光の剣に受け止められ、一瞬にして収束しこちらめがけてはじき返された様子だった。
「マジかよ」
 畳は雷が横なぎに払ったかのように断裂している。
 ディラックはこれ以上の攻撃方法を持たない。つまりそれは、自分にはライアが倒せないと言うことを意味している。
「現人神は一人しかいらん。スサノオの悪しき力を継いだ貴様を地上に留め置くことは許されない」
「悪しき力だと?」
「その体を見ろ。それとも、見えないのか?」
 一瞬だけ鉄面皮なライアの表情が、なんとも言えず歪んだ。
 嫌悪とも憐憫とも取れるそれに訝しさを覚え、ディラックは自分の体を見下ろす。
 そして息を呑んだ。
「これは……!」
 体から溢れ出していた神殺しの力、今までは神々しい輝きを放っていたのに、どす黒く禍々しいものとなってディラックを包み込んでいた。
 再生の力が働かないはずだ。これは、黄泉の力だ。
「人は死の穢れからは逃れられん。貴様が黄泉に落ちたかどうかは知らんが、もはや元のお前ではないと知れ」
「…………」
 言葉を失ってライアを見上げる。手に握り締めていた光の弓――光だと思っていたそれは、黒いエネルギー塊だったのだが――は、いつの間にか気味の悪い触手のツルに覆われていた。
「さあ、おれの太刀を受けろ。貴様は地上に存在してはならん」
 葛藤がディラックの中に生まれた。
 自分の存在は間違いなくこの世に因果の狂いをもたらすだろう。この穢わしい力は地上に在るべきものではない。黄泉の負が身体中から溢れるこの身で、世に留まる事などとうてい許されない。
 今、振り下ろされるライア剣を、かわさずに受けるべきだ。
それは人としてのディラックが持つ常識が、瞬時にはじき出した理性的答えだった。
「――ッ!」
 ディラックは動かなかった。
 動かずに、禍々しい形状に歪んだ弓で、ライアの剣を正面から受け止めた。
「貴様……!」
 ライアが目を細め、唸る。ディラックは歯を剥いた。
「てめえの世話にゃならねえ!」
 パンッ、と破裂音が鳴り響き、ふたりの間の空間で力の拮抗がはじけた。ディラック、ライア双方ともその反動で軽く後ろへ飛ばされ、距離ができる。
 光の剣と闇の弓が対峙した。両者じりじりと譲らず、戦況は膠着する。
「ディラック……」
 半死半生のシリンが上半身を起こし、弱々しく手を伸ばした。はっとしたディラックはそちらを振り向いた。
 指先がぽろぽろと欠け、塵のように落ちていく。
「シリン……」
「もう、やめてください。あなたが戦うのは、その人じゃないの……」
「――そうだな。その通りだ」
 力を抜くと、掻き消えるように手の弓は消えた。シリンの姿を思い出した瞬間、すべてを悟ったようにディラックの瞳は澄んでいた。
 ライアに背を向けると、ゆっくりとシリンの元へ歩いた。
 歩を進めるたびに畳が焼け焦げたように、紫色に変色して腐っていく。
 見上げるシリンの手を取り、ディラックはささやく。
「お前が黄泉に落ちるなら、おれも行こう」
「…………」
「いま、ようやくわかった。おれはスサノオの現人神であり――お前はクシナダヒメの現人神。遠き神代の時代に、スサノオが愛した女性だ。そうだろ?」
「わ、私は――」
「因果とは、神にも操れぬ壮大な運命の奔流。おれは、おれたちは勘違いしていたんだ。因果は神の下にない。神の上で回っている」
 ディラックはライアを振り返る。光の剣を提げた長身の金髪は、突如戦闘を放棄したディラックの処遇を決めかねているようだった。
「望みどおりおれは常闇の世界へ戻ってやる。スサノオは二面性を持つ神。創造と破壊を司る。お前が創造するならおれは破壊しよう。愛しい姉君が、再び岩戸へ隠れるまで」
「ディラック!」
 ディラックの表情から何を読み取ったか、ライアが大きく踏み込んで剣を振るった。
 凄まじい射程を誇るその剣は、しかしディラックの手前で霞のように消え、畳の手前とディラックを越えた向こうの壁に断裂を刻んだのみだった。
「っ……」
 予期せぬ事態に今度はライアが息を呑む。二の太刀を振るうまでの躊躇に、部屋全体を地鳴りが覆った。
 ォォォォォォォン
 魂を揺さぶり、骨身を振るわせる雄たけび。
「こ、これは」
 ライアの焦燥した呟きは、それが黄泉の声だと気づいたからだった。
 ロォォォォォォォォン
 黄泉の声は声量を増し、部屋のどこかから鳴り響く。ライアの剣が、明滅を繰り返し、瘴気の溢れ始めた室内に明かりを灯そうとしている。
 真っ黒な薄霧が立ち込めたように、部屋全体が黒く沈んでいく。
「まさか、災禍がここに」
「おれもお前も、因果に抗っているつもりが、その線の上で踊っていたのさ」
 ディラックは笑った。シリンの身体を抱き上げる。持ち上げたひょうしに、ぽろりと腕が落ちる。
「すべて穢き常闇へ還らん」
 巻き起こった風が顔に下りていた髪を舞い上げる。ディラックの右目は丸い穴となって輝いた。
 それは正常な光ではない、闇の凝縮してできた紫の輝き。
 爆発するように瘴気が渦巻き、突風となって荒れ狂う。ライアは剣をかざし、必死に耐えている。
「そうか貴様、その右目が根の国と繋がっていたのか!」
「はははははあ……」
 ディラックの嘲笑めいた笑いが真の闇に沈もうとした室内へ轟き、そしてその余韻が消えると同時に、ふっと夜中に電燈でもつけたように、部屋の中は元の平穏を取り戻した。
「…………」
 ひとり、ライアだけが死に物狂いの体勢で立ち尽くしていた。
 ライアはしばらくして直立の姿勢に戻ると、ディラックもシリンもいなくなった室内をちらっと見渡し、なにごともなかったようにきびすを返した。
 切り刻まれた畳だけが、戦闘の生々しさを残していた。

-chapter10- シーン3



 体中に力がみなぎっている。
 自らを死に至らしめた神殺しの力が。
 体から溢れ出した力は、炎のようにディラックの周りにまとわりついて輝きを放っている。
「ディラック……」
 腕の中でシリンが弱々しく呟いた。力は溢れても以前のような再生の力が働かない。シリンの肉体は限界に達していた。今も土くれがはがれるように体の崩壊が進んでいる。
「もうすぐだ」
 シリンを抱きかかえ、ディラックは飛ぶような勢いで階段を駆け上っていた。
 最上階に居る天照の現人神、ユキの力ならあるいは助けられるかもしれない。根拠はなかったが今頼れるのはそれだけだ。
 ユキ。
 妖艶で得体の知れない連邦の最高幹部。
 いつかユキはディラックが自分を愛していると言った。馬鹿げているが、全てを知っているユキが言うのだから、それは本当なのかもしれない。
 だがシリンを想うこの気持ちは一体なんなのだ。
 全てを投げ打っても助けなければならない――今も強くそう感じる。これが愛ではないというのだろうか。それとも、これもまた愛だと?
 なぜシリンに執着するのかわからない。ましてやユキを愛しているかなどわからない。
 地下から数えて八十七階。防壁を蹴り開け、上へ進もうとしてディラックは足を止めた。階段が続いていない。ここから先は別のルートを探さなくてはならないようだ。ディラックは八十七階のフロアへ飛び込んだ。
 そこは一面に畳が敷かれた広大なスペースだった。床の面積は一般的な学校の体育館くらい、天井も通常のフロアの二倍ほどありそうなほど高い。
 足を踏み入れたことはなかったから知らなかったが、こんな場所を何に使うというのだろうか。奥には床の間のようなスペースに掛け軸がかかっている。
 それらを確認してから、ようやくディラックは、床の間の前に金髪の人物が背を向けて正座していることに気づいた。眉をひそめて問いかける。
「あんた――何をしている?」
「まったく、我が祭神は気まぐれだな。お前がそのまま黄泉へなり根の国へなり行っていれば、めんどうが減ったものを」
「なんの話だ。おれを――知っているのか?」
 ピリピリとした感覚がその人物を敵と判断している。ディラックはシリンを畳へ寝かし、慎重に歩を進めた。
 床の間の前から金髪が立ち上がった。長身のディラックよりもまだもう一つ高い。広い肩幅に制服の上からでもわかる引き締まった肉体。
その人物がゆっくりと振り向く。額についた特徴的な傷跡を見るまでもなく、それはライア中将であると知れた。
「中将。ここで何を」
 ディラックは足を止める。ライアは皮肉気に口元を歪めた。
「ルーデンス少佐。貴様を待っていた。ユキの元へ行かせるわけにはいかん」
「なぜだ!」
 ディラックの激情に反応して、身体中からオーラが滲み出る。ライアは感情の読みにくい、鋭い眼でそれを見下ろしている。
「……少しだけ語ろう。スサノオの現人神」
「知っているのか」
「ああ。お前よりももう少し深く。現人神の話をしようか、ディラック」
「そんなことは今どうだっていい」
「まあ、そうだ。お前がユキを信じている限り、意味はないだろう。ユキをな」
「それしか頼るものは、ない」
「そうだ。だが、それが仕組まれたものだとしたらどうする? ユキにでもあの少女は救えないとしたら?」
「…………」
「シトゥリと言ったか。あの少年が受け継いだもの――そのためにお前の友が犠牲になったはずだ。トウキを、シトゥリを出会わせたのは誰だ」
「…………」
「現人神同士は本来出会わない。因果律を無理矢理に捻じ曲げない限りは。経験の伝承などと言う不自然な現象が、自然に起こるはずはない」
「何が言いたい」
「欺瞞なのだ。天照による因果律の操作なのだよ。アスティアはユキによってコントロールされている。天照の意志を汲むユキに。おれはそれが間違っているのだと確信している」
「……おれにそんな話をしてどうする」
「おれたちは不確定なのだ。天照にとって。もちろん邪神ども黄泉津神もそうだが……天津神でも国津神でも、黄泉津神でもないスサノオは、もっとも強い不確定の要素足りえる」
「クーデターでも起こそうってのか。馬鹿げてる」
「おれは本気だよ、ディラック――」
 ライアの眼がすっと細まった。
 形容しがたい空気が、二人の間で張り詰めた。
-chapter10- シーン2
「ここ、いいんでしょ?」
 聞こえていないのはわかっていたが、シトゥリはちょっと嗜虐的な笑みを浮かべてぐりぐりとイチモツをGスポットへこすりつけた。普段ならこんなえらそうなことは出来ない。キリエはまったく無防備のまま、腰の動きひとつひとつに合わせて素直な喘ぎを漏らしている。
 押し付けているだけでは飽き足らなくなったシトゥリは、細かく前後に腰を振りながら、そこを圧迫し続けた。ぬるぬるの液体があとからあとから沸いてきて、イチモツを粘液で包んでいく。逆に膣内は絞られてきて、潤滑液を外へ搾り出そうとするように絞まりきっていた。一度、大きく腰を引いて、襞をかき分けるようにしながらもう一度最奥へ挿入する。
「ああん!」
 キリエは大声を上げて、上半身をうねらせた。内ももがぴくぴくと痙攣しているのがわかる。はやくも、軽くイってしまったのだ。
「か、かわいい……」
 頬を紅潮させて快感を受け入れ、それでも目覚めない。まるで眠りの森の美女を犯しているみたいだった。絶頂の余韻でイチモツを握りしめるように収縮している秘所を、その快楽が覚めやらぬうちに再度責めていく。
「はぁっ! はあぁ!」
 暴れるようにキリエはのたうった。シトゥリはその身体に覆いかぶさって動きを抑え、豊かな胸へ舌を這わせる。首筋に回った手が頭を押し付けるようにして抱き、尻の上に足が絡みついた。シトゥリは目線を上げた。
「キリエさん?」
 起きたのかと思ったが、まだ意識を失ったままだ。無意識の動きでシトゥリを求め、離さないようにしている。
 もっと奥へねだるように足が抑えつけた。きつい膣圧とやわらかい胸の感触に、シトゥリの性感も急激に高まっていく。持ちそうにないことを悟ったシトゥリは、一気に腰を打ちつけ始めた。
「ああう! はあうっ!」
 忘我の叫びとはこのことだろうか、イチモツが奥を叩くたび、いつもと少し違った喘ぎを放っている。シトゥリはしっかりとその肩の辺りをつかんで、腰に込められた力をまっすぐに秘所へとぶち込んでいった。
「はぁっ! はぁ、あん! あ、い……」
 何度もその動きを繰り返していると、キリエの声が引きつるように途切れて、身体中に力がこもり硬直した。キリエの中は奥のほうが急激に広がっていく。絶頂を迎える前兆現象だ。
「う……は……くっ……!」
 喉から搾り出すような声で喘ぎが漏れる。次の瞬間、膣圧が一気に高まって、シトゥリの脳裏も真っ白く焼けていった。
「い、イきますっ!」
 背筋を震わせてシトゥリは放った。
 放出を感じ取ったか、絶頂のさなか震えるようにしてキリエが腕と足をさらに絡ませ、シトゥリを抱きしめる。足によって押さえつけられたシトゥリの腰は、そこから繋がったイチモツの先端を子宮口に押し付け、押し広げるようにしながら、ほとばしる精液をその中へ落とし入れていった。
「うっ、う……」
 何度か呻いて、シトゥリは精液を吐き出しきり、力を緩めた。ばったりとキリエの手足が解かれ、ベッドの上に落ちる。
 シトゥリはキリエの胸の上で喘いだ。武術で鍛えられたキリエの身体は、シトゥリがのしかかったくらいではビクともしない。それに反してやわらかく女性的な乳房がここちよさを伝えてくる。急激な眠気を覚えたシトゥリは、首をもたげると頭を振った。寝ている場合じゃないのだ。
 起き上がって先に着替える。そう言えば、キリエとセックスしたのはずいぶん久しぶりだった。やっぱり相性がいいのか、簡単に済ませるつもりが燃えてしまった。
「落ち着いたらもっとしたいなぁ、なんて贅沢だよね」
 ベッドサイドに腰かけて、乱れたキリエの髪を直してやる。トウキを失った傷がまだ癒えてないキリエは、シトゥリの中にその姿を見るだろうか。シトゥリ自身は、いったい誰を愛せばいいのだろう。
「う……ん」
 軽く声をあげ、キリエが目を開けた。やはり現人神の精力は効果覿面である。
「キリエさん、大丈夫ですか?」
「……あれ? あたし――」
 シトゥリはいきさつを説明する。キリエは半身を起こしながら苦笑した。
「シトゥリくんに助けられちゃうなんてね。もう大丈夫、なんか気分も爽快よ」
「よかったです。着替え、そこに置いてますから」
「うん。――あ」
 立ち上がろうとして、キリエは下を向いた。どうかしたのかとシトゥリは近づく。その耳元でささやいた。
「垂れてきちゃった。たくさん出しすぎよ。人が寝てるからって、悪い子」
「――す、すいません」
「う・そ。ありがとね」
 唇が重ねられる。軽いキスかと思ったら、舌が入ってきて、ねっとりと口内をねぶりまわされた。濃厚でエロティックなキスだ。
 身を離すとキリエは艶然と微笑んだ。
「お返し。ここを脱出したら、またしましょ」
「は、はい」
 なんだか見透かされたようで、シトゥリは赤くなった。

-chapter10- 堕ちる者 シーン1
「ここは……?」
 シトゥリはキリエの肩を支える手を休め、辺りを見回した。
 連邦本部の最上階へ向かっているはずが、いつの間にか病院のような設備の場所へ迷い込んでいる。
「う……」
 キリエが短くうめいた。
 邪神の影響は完全にないものの、奪われてしまった精は戻らない。キリエの意識は失われたままだった。
 このままでは危険かもしれない。手っ取り早く救うには、シトゥリ自身の精を分け与える必要があるのだが……。
「よし」
 シトゥリは適当な病室に入り、ベッドの上にキリエを寝かせる。銀髪が白いシーツの上へ、溶けるように広がった。
「こう言うのってレイプになるのかな……」
 精を分けるにはセックスを通じる方法が一番直接的だ。意識の無い相手だとこれしか方法はないだろうし、もし今キリエに意識があったとしても、嫌とは言わないだろう。
 そう思って、シトゥリはキリエの上にのしかかる。
 さっき着せたばかりのTシャツをまくりあげ、こぼれんばかりの乳房を露出させる。淡いピンクの乳首に舌を這わせると、キリエの息遣いが変化した。
 意識のない相手の体を弄ぶのは、なんだか倒錯的で興奮を覚える。普段シトゥリがあまり感じない類の、一種嗜虐的な性欲がイチモツを固く盛り上げ始める。
「ちょっといいかも……」
 キリエとのセックスは、いつもリードされっぱなしだ。今回はこっちの好きにやらせてもらおう。シトゥリはキリエの服を全部脱がせ、自分も裸になった。
 仰向けに開かせた股の間に自分の腰を入れ、吸い付くような肌へ顔をくっつける。この体勢だと、ちょうどキリエの胸がシトゥリの顔の位置にくる。二十センチ近い身長差のせいだ。
 股間の割れ目にイチモツをこすりつけながら、ちょっと舐めただけで敏感に固くなる乳首に吸い付いていると、意識の無いキリエの喉が軽い喘ぎを漏らし始めた。
 両手で両方の乳房をすくい上げ、真ん中に寄せると、乳首と乳首がくっついてこすりあわさった。シトゥリはその二つの乳首を一挙に口に含み、舌先で転がす。
「ん……」
 小さく声を上げてキリエがみじろぎする。感度のいい人形みたいだ。イチモツの先端に感じる割れ目からは、もうぬるぬるとした液体が染み出していた。
 シトゥリは手を伸ばし、キリエの顔にかかる髪を払って、頬を撫でる。顔のラインにそって指を滑らせ、ぷっくりとした唇をこじあけて、人差し指を口内に差し入れた。
 濡れた舌をえどるように撫で、歯に指先をひっかけて口を半開きにさせてみても、キリエはなすがままだ。知らぬ間に動かしていた腰がイチモツをクリトリスにこすりつけ、愛液は竿全体にからみついている。指先に感じる吐息も熱くなってきた。
「キリエさん、いれちゃいます」
 シトゥリの方も、もうがまんできなくなっていた。意識のないキリエは妙にかわいらしく映って、それを弄んでやりたいと言う気持ちが抑えきれない。
「う……あ……」
 先端が襞をかき分けてぬめりの中へ侵入していくのに合わせ、吐息とも喘ぎともつかない声をキリエはあげる。内部の膣肉はそれ自体が意志を持っているかのように、イチモツへ絡み付いては奥へといざなった。シトゥリはそれの先を行くように、ずいずいと腰を押し付けていく。やがて先端がコツリと最奥の壁に行き当たった。
「んふっ!」
 その瞬間、びくんとキリエの身体全体が震えて、大きな吐息の塊が唇から吐き出された。キリエはこの子宮口の上あたりにあるGスポットが一番弱いのだ。そのことを知っているシトゥリはぐっと上へすくい上げるような動きで腰を動かす。敏感な部分をぎゅっと押さえられて、だらしなく口を開けたキリエは、はぁはぁと何度も荒く呼吸した。
-chapter9- 二人の現人神
 何年前のことだったか――。
 そう、ステーションα2の戦闘員として詰めていた時の事だ。情事を重ねているうちに恋人と言う関係になったシリンを、休暇を利用して地上の別荘へ連れて行ったことがあった。
 ディラックは今見ている光景が、その時のものだと自覚する。当時の自分は今より少し若く、ずいぶんふてぶてしくて、何より生気に満ちていた。
 連邦本部へ報告を終え、別荘へ戻ったディラックは、馬鹿でかい洋館を扉の前から見上げてみる。
 無駄なものを遺してくれたもんだと、遺産相続の時には思ったが、このステータスのおかげで寄り付く女は多かったし、そう言う女とはたいてい馬が合った。遺産と言う金、金という権力に弱いと言うことは、こちらがそれを握っている限り従順だと言うことだし、もっと深い精神の奥では、誰かに従う本能が連中には備わっているように感じられた。
「おかえりなさいませ」
 モニタで確認したらしく、こちらが何もしないうちに扉が開いた。この別荘を任せてあるメイドが深々と頭を下げている。
「ああ」
 ディラックはつかつかと歩み寄り、顔を上げたその顎へ手を入れ、貪るようにキスをする。少し年上だがディラックは一度も敬意を払ったことがない。こいつも、遺産と言う餌の山に留まった小鳥の一羽だ。
「変わりはないか」
「はい――あっ」
 服の間から手を入れ、胸をつかむ。やや薄い胸はディラックの好みだ。手の平でこするとすぐに乳首が硬く勃起した。下着はつけるなと命じてある。スカートの中も裸のはずだ。
 もう片手を差し入れてそれを確かめる。メイドは自ら足を開いた。足の付け根からは早くもねとっとしたものが垂れ落ちていた。
 ――いや。
「そうか、シリンをあそこへ連れて行けと言っておいたんだったな」
「はい。とても、お喜びに、なられてましたわ」
 股間をまさぐる指の動きに息を荒げながらメイドは答える。
 主人が帰ってくるまで、こいつも楽しんだに違いない。秘所の濡れ具合からわかる。
 ずいぶん前に死んだ父親の顔が脳裏によぎる。
 まったくとんでもない親父だった。
 息子にあんなものを遺して、どうせ屁とも思っちゃいないんだろう。
 ディラックはメイドの身体を離すと、早足で歩き始めた。
 メイドは後姿に一礼し、そのまましゃがみこんでスカートの中へ手を差し入れる。自慰を始めたその声を聞きながら、ひどい淫乱だと口元を皮肉に歪め、そう言う風に仕込んだのは自分だと言うことに思い至って苦笑する。
 ディラックに母はいない。父が手を付けた何百人もの女の中の誰かだ。いきさつは知らないが、ディラックはどこかで生まれ、別にある本宅で父と、たくさんの愛人と、母親がわりの女と共に育った。
 母親代わりの女には、十一の時にセックスを教わった。そんな育ち方をして、よくまともに社会生活が送れているものだと思う。多少なりとも性格が歪んでいるのは自覚するが、それは親父から引き継いだものか、セックスにまみれた生活のせいかはわからない。
 地下の扉を開く。まず嬌声が飛び込んできた。
「ああううぅ」
 全裸のシリンは後ろ手に縛られ、目隠しをされて木馬の上に固定されていた。木馬には椅子状の背もたれが付けられていて、そこに固定されればどんなに暴れても動けない。股間には、木馬から伸びたバイブが突き刺さっていた。
 木馬が跳ねる。みてくれは無骨でも、無駄なほど技術を詰め込んだ一品だ。背の上で浮き上がったシリンは、絶妙のタイミングでまたバイブに奥まで貫かれ、それは木馬が跳ねるたび繰り返される。
 広大な地下室にはおびただしい数のそう言った装置がしつらえてあった。ここは昼と無く夜となく繰り返された、アブノーマルな乱交場なのだ。
「あぁん! あ、あ、あ!」
 シリンが達しかけていることを察知した木馬は、高速でバイブだけをピストン運動させる。シリンは連続で膣奥を叩かれ、一気に絶頂へ上り詰める。
「イクイクイク――」
 バイブが引き抜かれる。その瞬間、ぷしゃっと飛沫を散らしてシリンは潮を吹いた。椅子に固定され、ビクビクと痙攣するシリン。木馬がしとどに濡れ、床に水溜りを作る。シリンはだらしなく身体を弛緩させて喘ぎはじめた。
「どうだ? シリン」
 ディラックは喘ぎが一段落するのを待って声をかけた。シリンはまだ十五歳だ。青く固い身体はハードな責めを受けて、薄紅色に紅潮している。
「ディラック? 私もう……」
「ティーノはやさしくしてくれたか?」
 シリンの目隠しを取ってやりながら、わかりきった答えを訊く。目隠しを取られたシリンは、案の定首を横に振った。
「お尻の処女を奪われちゃいました」
 ディラックは思わず噴き出す。ティーノとはあのメイドの名前だ。長い付き合いになるが、いつまでも主人と従僕の関係なのは、本来あの女がS気質なせいだった。自分と同じだ。だからビジネスな付き合い方も出来る。
「笑うなんてひどいですよぉ」
「いや、おれに取っておけと言うのを忘れたな。なにでやられた?」
 訊くまでも無く、木馬の横にはペニスバンドが転がっている。シリンは目でだけそれを示した。
「……いきなりは無理だからって、お尻の穴の拡張から始まって、もうさんざんです」
「まぁ、愚痴るなよ。若いうちから色々体験できていいだろ」
 ディラックの人となりを知っているシリンは、なにも言わずに諦めた。ディラックは拘束を解いて木馬からおろしてやる。後ろ手にしばられた手はまだ解かない。
「おれはもっと、ストイックに責めてやるよ」
「まだやるんですかぁ?」
「失神するまでな。α2から来る前に言っただろ。ハードだぜって」
「うう……」
 シリンは唸ったが、嫌がっている様子はない。物のように扱われることに悦びを感じる人種なのだ。まだ性的に熟していないが、そのうち犬のように首輪を付けられることを望むようになる。これまでここでディラックに調教された、数多くの女のように。
 シリンになにか特別な感情を抱き始めていることは、ディラック自身気づいていた。それがなんなのかわからないから、ステーションαからここまで連れてきた。まだ未成熟な身体を開発していった経験は無く、それが楽しいからだろうと思う。ここでたっぷり、休暇を使い切るまで過ごせばわかるだろう。
「さあ、ここに座れ」
 開脚台付きの椅子の前で、ディラックはシリンの背を押す。シリンはそこへ腰掛けた。ディラックはその足を持ち上げ、大きく開かせて開脚台に固定する。腰が動かないように椅子へも備え付けのベルトで固定した。
「次はこいつがお前の中へ入るんだ」
 腕のリストバンドを操作する。これで館の全機能を制御できるのだ。
 シリンの前の床が割れ、そこからせり上がってきたのは遠目に見ればマシンガンのような形をした機械だった。銃身の先にはディルドーが取り付けてある。
 スイッチを入れると機械は微かにモーター音をあげながら角度を自動的に調節していく。自分の秘所が狙われているのを悟ったシリンは怯えた声を上げる。
「ディラック、なにを……」
「心配すんなよ。気持ちいいんだぜ」
「自分で試してから言ってください――きゃっ!?」
 調節の終わった機械から、ディルドーの取り付いた銃身部分が伸びてくる。シリンは避けようとするが、腰が固定されて動けない。ディラックは指で張りのある花弁を開いてやる。ディルドーは、ゆっくりとその中へ埋没していった。
「は……あぁ……」
 嫌がっていたシリンも、先端が中へ入っていく感覚に吐息を熱くした。特殊なシリコンはその女性にちょうどいい形とサイズに変形する。
「な、いいだろ――」
 喘ぎ始めたシリンの耳元で囁き、ディラックは椅子から離れた。リストバンドのマイクへ向け、ティーノにここへ来るよう告げる。
 銃身が徐々に速度を上げ、ピストン運動を開始した。
 前後にディルドーが動き、突き入れられた秘所からはくちゅくちゅと音を立てて蜜が溢れる。もうシリンは夢うつつの状態に入りつつあった。
「すごい、すごい……」
 うっとりと目を閉じて、自分の中に出入りする感覚を楽しんでいる。体の自由が取れないことが、余計に恍惚を招いているようだった。
「お呼びですか」
 ティーノがディラックの隣に並んだ。ディラックは脱いだ上着を渡す。
「お前も脱げ」
 そう命じて、全裸になった。ディラックの服を片付けたティーノも着ているものを脱ぎ去る。
 ディラックはその身体を後ろから抱きしめ、乱暴に乳房を揉む。赤い指の筋がいくつも白皙の肌へ刻まれた。苦痛に眉を歪めながらもティーノは官能的な声を上げる。
「ああ――もっと」
「シリンのアナルを犯したそうだな」
「はい」
「こういう風にか」
 ディラックは勃起したイチモツを、前触れ無くティーノのアナルへ差し入れる。淡い色の髪を揺らし、ティーノは震えた。
「――いいえ、もっとやさしくいたしました」
「嘘だろう」
 徐々にリズムをつけ、イチモツを奥へ進めていく。苦痛がティーノの身体を硬直させる。カリの部分が完全に入りきったところで、ティーノは白状した。
「……はい。この雌猫めと。憎悪を込めて犯しました」
「ふん」
 ディラックはティーノの体を突き放す。シリンの上へティーノは倒れこんだ。快楽の世界へ入り込んでいて、まったくこちらへは気づかなかったらしいシリンが、驚いた声を上げている。
「ティーノ、おれを愛しているか?」
「はい、心から。ディラック様」
「じゃあシリンの上に這い蹲れ。ケツをこっちに向けてな」
 プライドの高いティーノにすれば、耐え難い所業のはずだ。ティーノにマゾの気はない。屈辱以外のなにものでもなかった。
 それでも椅子の上のシリンを抱きしめるような形で腰を高く上げる。ディラックは引き締まった張りのある尻を撫でながら、問いかける。
「どっちにほしい?」
「アナル――アナルへ。ああ……」
 ティーノが喘いだのは、ディラックが垂らしたローションのためだ。イチモツにもそれを塗りつけ、ディラックは無言でティーノのアナルを貫く。
「あん!」
 いきなり深く突かれ、ティーノは首をのけぞらせて反応した。それがもはや苦痛ではないことをディラックは知っている。そのままどんどん深く奥へ、イチモツを突き刺しては引き抜き、引き抜いては突き刺す。
「ああ、いいです、ディラック様! アナルがとても気持ちいい……!」
 ティーノは喘ぎながら、シリンの顔を両手で挟み込む。
「ディラック様は今、私のもの。うらやましいでしょう。――あら、どうして? 感じてるの?」
 ピストンマシンに犯され続けるシリンは、まともに返事が出来ない。ただ、喘ぎ混じりの言葉を返すだけだ。
「私のセックスを見て感じるなんて、いやらしい子。汚らわしい」
 身を屈め、小ぶりな乳房の頂点を口に含む。歯を立てる刺激に、シリンの呼吸が乱れた。ティーノは椅子のスイッチを操作し、ピストンの動きをより過激にする。
「あああっ!?」
 途端にシリンの体が跳ねた。シュ、シュ、シュと規則的に繰り返されていたモーター音は、だんだんとその間隔を縮めてより高速になっていく。花弁の隙間から泡状になった蜜がこぼれだした。
「やああっ!? あっ、イっちゃうぅ」
 正確にはイカされると言うべきだろう。訳も分からず強烈になった刺激で強制的に昇天させられたシリンは、開脚台の脚をガクガクと震えさせた。再び吹いた潮が、椅子をびしょびしょに濡らしていく。
 絶頂を感じ取ったマシンはクールダウンに入り、ピストン運動が穏やかになっていく。
「一人だけイってしまって。ディラック様、私にも――」
 意図を察したディラックは、場所を少し移してシリンの正面に立つ。ティーノがシリンの秘所からディルドーを抜き取り、犯されるアナルの下、自分の花弁の間へと挿入していった。
「はあぁん……これ、これがいいの……」
 夢中でスイッチを入れ、胸を揉みしだく。ディラックもアナルの動きを再開した。同時に始まったマシンのピストン運動が、直腸の下で感じられる。
 ティーノはヴァギナをマシンに、アナルをディラックに犯されて、快楽の坩堝にいるような嬌声を惜しげもなく放っている。とめどなく流れる愛液が太ももだけではなく、ディルドーをも伝ってしたたり落ちている。
 アナルの襞は複雑な動きでディラックを締め付けた。あまりアナルセックスはしないが、久々に味わう直腸の締め付けはなかなかのものだった。ティーノの声もいつもより淫らに響く。ディラックは射精感を覚え始めた。
「ティーノ、どこへ出して欲しいか言ってみろ」
「顔に……ああん、顔に出してください! この子といっしょに、ディラック様の精液にまみれさせてぇ!」
 ディラックはイチモツを抜くとティーノを押しやり、ディルドーから開放する。シリンの横へ顔を寄せたティーノが舌を伸ばして口を開いた。シリンはまだ夢うつつの状態だ。
「くっ!」
 短く呻いてディラックは射精する。自らしごいたイチモツから、大量の白濁したものが飛び散り、二人の顔を白くデコレーションしていく。
 顔射される感覚に、ぴくりとシリンが反応した。精液の量の多さは親父譲りだ。二人分、たっぷりと白い筋が顔中に塗りたくられた。
 ティーノが顔を寄せ、射精の残滓に震えるイチモツの先を含み、ちゅるっと音を立てて尿道の精液を吸い取った。体の自由が利く限り、どんなセックスをしても最後には必ずこうする。この女の変なくせだ。
 ぐったりとする二人を見下ろし、まだ立ち上がったままのイチモツを撫でながら、次はどういう風に犯してやろうか、ディラックはしばし思案する――。
 光景が変わった。
 一瞬周りがすべて黒く暗転し、次にシリンの顔が目の前に見えた。同じベッドの上、一枚のシーツに二人は包まっている。
 部屋に見覚えがあった。ステーションα2の中にある、ディラックに与えられた個室だ。
「お前はなんでおれに抱かれた?」
 たしか、初めてシリンを抱いた時のことだ。シリンはまさしく天才の頭脳の持ち主で、十五で連邦大学の全過程をほぼ終了しており、研修生としてステーションαへ実務を経験しにきていた。
 シリンは答えない。ためらっているようだ。
「おれには親父の残した遺産がある。別に、そんなもんが目当てじゃあるまい」
「遺産ですか」
 くすりと笑う。ディラックは仔猫のような輝きをする瞳を見つめる。
「お金ならたくさんあるんですよ。これでも私、お嬢様なんです」
 シリンの姓はヤツシロと言う。八城財閥と言えば、大手企業を何社も束ねる経済界のトップの一つだ。ディラックの遺産など小指の先くらいにしかならないだろう。
 ディラックは苦笑する。
「なるほどな。むしろ逆玉なのか。なおさらわからない」
「理由が必要なんですか?」
「ああ」
 ディラックは引き下がらない。しばし逡巡したあと、シリンは言った。
「変なことをいいますけど、私、遠い昔に助けてもらった記憶があるんです。あなたに」
「あ?」
「私の生まれる前、もっとずっと以前。もちろんそれは私自身じゃないんです。あなたも、あなた自身じゃない」
「わかんねえよ」
「でしょうね。でも、そんな記憶が――」
 再び世界が暗転。
 ディラックは真っ暗な風景に包まれる。
 光が戻ると、それはつい最近の出来事だった。
「いかないでください!」
 別荘を出ようとすると、ティーノが泣きそうな声で叫んだ。かつてないことだった。
「……どうした?」
「もう、ディラック様が帰ってこない、気がするんです」
 誰でもそう思うかもしれない。ディラックの目元は窪み、肌には生気の欠片もなく、髪の染めていない部分は真っ白になっていた。
 他人の前なら化粧でもして隠すが、ティーノにはそんなことをしても仕方がない。
「申し訳ありません。不吉なことを申しました」
 じっと見つめていると、ティーノは深く頭を下げた。
 ディラックはその傍へ歩み寄る。
「……ありがとう」
 はっと顔を上げるティーノ。ディラックの片目から何を読み取ったか、背中に腕を回して抱きついてきた。
「いや、行かないで! お願いします。もう、あなたは十分戦った。もう行かなくていいじゃありませんか!」
「この別荘はお前の好きにしろ」
「…………」
「もしここを守ってくれるのなら、このリストバンドを持っている者の言うことを聞け。それがおれであっても、おれ以外の誰かでも」
 ティーノが身を離した。涙がぽろぽろとまなじりから零れ落ちている。
 ディラックは右腕を上げて、手首のリストバンドをよく見えるように掲げた。
「……はい」
「行ってくる。留守は任せた」
 いつものように言い放って、ディラックはきびすを返した。
 背中の向こうで、ティーノが一礼する気配を感じた。
 全ての光景が遠く後ろへ流れて行く。
 ディラックは真っ暗な場所を歩いている。
 そもそも下が地面であるかわからない。ただの空間かもしれない。星一つない、黄泉のような空間。ただ黒いだけの場所。
 ――おまえのいのちは、もうおわりだ
 腹の底に響く重低音の声が、闇の中に響き渡った。鼓膜がびりびりと震える。
 ――ずいぶんたのしかった
 ――おまえのたましいは、よみにはやらん
 ――わがたなごころのなかに、かえってくるがいい
「貴様は誰だ」
 ディラックは闇のどこかへ問いかける。
「スサノオか」
 ――しかり
「おれはどうなった。なぜこんなところにいる」
 ――おまえのにくたいはしんだ
 ――ちからがおまえをころした
 空間に映像が投射された。映画のスクリーンのように光景が浮かび上がる。
 倒れたディラックにシリンが取り付いて、泣き伏している。
 そうだ。
 最上階へ向かう途中、おれは……。
「くそ!」
 思い出す。非常階段の先に邪神が現れていた。戦いは避けようがなかった。ディラックは力を使った。
 行く手を塞いだ邪神は倒したが、それと同時に神殺しの力が肉体の限界に達した。力がディラックの身体を食い尽くしたのだ。
 ――くるしみのはてに、なにかあったか?
「うるせえ! おれは……!」
 ――むすめをまもらねばならない
「そうだ。シリンが、あのままじゃいずれやられる!」
 ディラックは叫ぶ。闇の中に声は散っていく。
 同時に疑問が沸いた。なぜシリンにそこまで固執する?
 大勢の女の中の一人――そのはずだ。ステーションα2でもそうだった。命を賭けてでも守らねばならない、そう言う衝動じみた想いが身体を動かすのだ。今もそうだった。
 闇のいずこかに存在するであろう、スサノオへ向かってディラックは絶叫する。
「力をよこせ、スサノオっ!」
 ――めぐりあわせとは、まことにきいなもの
 ――おまえがクシナダヒメにであうとは
 ――いくがいい、おれのきがかわったこと、うれしくおもえ
 声が遠く離れて行く。世界が白く、もやにつつまれた。
 もやの向こうに人影が見える。いくつもいくつもたくさんの。
 それはディラックが今まで出合った、すべての女たちだった。
 母がわりだった者もいる。ティーノもいる。親父の愛人たちも、自分の愛人たちもいる。
「行ってらっしゃい」
 彼女たちは口々に言った。ディラックは無言でそれに背を向けた。
 晴れていく靄の向こうに、シリンの姿が見えた。


 2


 エレベーターが最上階で止まった。
 サクヤはドアの前に立つユマリの背を眺めている。自分とそっくりな、いつまでも若いままの母。
 一時期噂が立ったことがある。ユマリが自分を処女のまま妊娠したと。
 ちょうど連邦大学を途中終了し、艦長として本格的な研修を受けていた時のことだ。連邦軍はサクヤを軍のイメージアップに使えると思ったのか、積極的に広報誌や雑誌に登場させていた。そんなマスコミ戦略の裏で発生した、些細な弊害だ。
 サクヤはユマリに確認したことは無い。なぜ自分には父親がいないのかも訊いたことは無い。いずれ訊こうと思いつつ、時期が来れば話してくれるのかもしれないと思いつつ、時間がたってしまった。
 ユマリはいつでも呑気で、母と言うよりは歳の近い姉のようだ。そう言えば、いま何歳なのかもよく知らない――。
「なにぼーっとしてるの?」
 開いたドアの向こうで、ユマリが振り返っている。サクヤは慌ててエレベーターから降りた。
「お待ちしておりました、ユマリ様」
 横合いから突然声がした。サクヤはやや驚いてそちらを向く。薄暗い照明の中、金色の髪をオールバックにした精悍な顔つきの男が立っていた。
 将校の制服、階級章を見るまでもなく、サクヤはその人物を知っていた。
「ライア中将……」
 慌てて敬礼する。超鷹派で知られるこの若き将軍は、歩兵から叩き上げの珍しい出世の仕方をした男だ。常に前線で戦うことをよしとする性格は、連邦軍の若者たちに絶大な人気を誇っている。
 ライアはサクヤたちの所属する師団、軍団を統括しており、言うなれば上司の上司、そのまた上司に当たる人物だ。その顔を見た瞬間、自分が重大な軍規違反を犯していることに気がついて、サクヤは緊張した。災禍が起きたのに母親を本部ビルへ連れてくるなど、どうかしていたのだ。
「シノ少佐、楽にしたまえ。私は君たちを待っていたのだ」
 ライアは微笑みながら言う。言っている意味がわからないのもあったが、サクヤの緊張は解けなかった。目が笑わない男なのだ。ライアは。それはひたすらに切れ長で鋭い。
「久しぶりね、ライアちゃん。大きくなったわ」
 小春日和な口調でユマリは背伸びをし、ライアの頭のてっぺんを撫でようとしている。ライアは微笑を苦笑に変えた。
「ライアちゃんはご勘弁願いたい。私もいい歳になりました」
「ふぅん……」
「あの、失礼ですが中将。母とはお知り合いなんですか?」
 ライアが家に来たことはないし、家からほとんど出ない母が外出先で知り合ったとは思いがたい。ライアは苦笑したまま答える。
「幼い頃世話になった。母上は、お変わりないようだな」
「…………」
 ライアは三十台半ば。幼い頃がいつかにもよるが、三十年近く昔のことだろう。
 サクヤはユマリの横顔を振り返る。視線に気づいたユマリがこちらを向いた。
「さ、行きましょ、サクヤ」
「ど、どこへ……」
「家を出るとき言ったでしょ。私の妹を紹介するわ。ライアちゃんは?」
「私はまだ仕事が残っています。奴を始末しなくては」
「ふぅん。それじゃね」
 バイバイ、と手を振って背を向けるユマリ。ライアはそれに最敬礼で返した。
 サクヤは二人のやり取りを見ながら、母のことを何も知らないできた自分に、後悔を感じていた。
 同時に――知らないほうがいいのかもしれない、とも。
 薄暗い照明の中、ユマリを見失わないようにサクヤは早足で後を追った。
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