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-chapter8- 神殺しの力
 敵襲のサイレンが鳴り響く中、シトゥリが連邦本部の玄関に駆け戻ると、そこはさらに混迷の度合いを増していた。
「なんだあれ……」
 呆然と空を見上げ、呟く。本部の敷地はその門をぐるりと囲むように、金色の膜のようなもので覆われていた。
 人々は右往左往しているが、見たところ膜を突破するのは不可能なようだ。
「閉じ込められたわ」
 いつの間にかキリエが隣に居て、そう言った。さすがに表情は厳しい。
「シリンさんは?」
「たまたまディラックが居合わせて、連れて行った。運よく脱出できてるはずよ」
「サクヤさんがここにいるんです」
「サクヤが!?」
 シトゥリはエレベーター前での出来事を語った。キリエは舌打ちする。
「いずれにせよここからは出られない。シトゥリくん、あなたはここで待ってて。なんとかサクヤを連れてくる」
「僕も行きます」
「悪いけど、邪魔になるの」
 却下したキリエの顔に、シトゥリは突然拳を放った。
 不意を付かれたキリエは、首を逸らしてかわしざまカウンターの拳をシトゥリの腹へ叩き込む。
 派手な音が鳴った。キリエの表情にしまったと言う焦りが伺える。思わず反撃してしまったのだ。
「僕も戦えます」
 キリエの拳は、シトゥリの手によって腹の直前で受け止められていた。
「シトゥリくん、あなた……」
「今の僕には、トウキさんの戦闘技術と、ジークさんの情報処理能力が受け継がれています。現人神とはそう言う意味だったんです。キリエさん――あなたのことも、僕はトウキさんと同じように知っている」
「…………」
「行きましょう。邪魔にはなりません」
「……わかった。考えるのはあとね。非常用の階段から上へ――」
 その瞬間、すさまじい地鳴りと揺れが本部を襲った。中庭が冗談のような亀裂を走らせ、立っていられない人々を飲み込んでいく。
「黄泉が!」
 誰の叫びだろう。まさしく黄泉が地上へ溢れだそうとしていた。亀裂の奥から光を飲み込みつつ漆黒の闇が噴き出してくる。
「急ぐわよ」
 シトゥリは頷いて、駆け出したキリエの後について走った。
 非常用の階段は玄関先の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
 薄暗い誘導灯の光だけが足元を照らしている。靴音と息遣いだけが反響して重なり合っていく。
 各階には防壁が固く降りていたが、脱出用の非常扉を潜り抜け、数階上にたどり着いた。キリエは廊下を走りながら、シトゥリに言った。
「まずは武器の確保よ。行きは大丈夫でしょうけど、帰りには邪神との戦闘も覚悟しておいて。サクヤも銃くらいは使えるけど、民間人も一人連れて行かなくちゃならない。厳しいわよ」
「はい。でもなんで、災禍なのにユマリさんを連れて最上階なんかへ……」
「本人に聞けば済むでしょ。ほら、ここ」
 キリエは突き当たりの扉の前で立ち止まった。プレートには、非常持ち出し用武器庫とある。キリエがIDカードを脇のカードリーダーへ差し込んだ。
 ビー、とブザーが鳴り、エラーの赤いランプが点く。眉をひそめて数度繰り返すも、全てエラーで扉は開かなかった。
「どういうこと?」
「僕のIDカードでも試して見ます」
「ええ。本部職員なら、誰でも非常時には使用可能なはずなのに」
 シトゥリのカードもエラーを示す。しばし考えて、シトゥリは辺りを見回した。
 隣の部屋にはパソコンが数台並んでいる。
「少し待っていてください。本部のネットに繋がっていたらいけるかもしれない」
 隣の部屋へ行き、パソコンを立ち上げる。内部LANは幸い稼働中だった。シトゥリはアクセスを繰り返す。
 キリエは後ろから、ものすごい速度で動くシトゥリの指を眺めていた。
「あった、これだ」
 やがて小さく呟くと、シトゥリはパソコンの前を離れてカードリーダーへ向かった。カバーを外し、パスワード入力用の端末を引き出す。
 内部LANより入手したパスコードを入力すると、扉のロックは解除された。
「……冗談でしょ」
 呟いたキリエを振り向き、シトゥリは笑いかける。
「信じる気になりましたか?」
「……ええ。今のあなたの顔、ジークによく似てたわ」
 シトゥリはジークの人となりは知らない。自分が自分で無いような空恐ろしい感覚を感じはするが、今はどんな力でも使いこなさねばならない。一つうなずき、シトゥリは扉を開けた。
 キリエがロッカーから無造作に武器を選んでいく。シトゥリはマグナム拳銃を手に取ろうとして、キリエに止められた。
「そんなの、あんたの細い腕じゃ扱いきれないわ。こっちにしなさい」
 渡されたのはS&W社の平凡な銃だった。確かに扱いやすいが9ミリでは邪神に対して蚊に刺されたようなダメージしか与えられない。キリエはシトゥリから取り上げた銃を自分のホルスターへ差し込む。
「弾丸には対邪神用の物を使うからかなりの効果はある。でも拳銃はあくまでサブウェポンよ。あたしはサブマシンガンをメインに使うけど、シトゥリくんは持たない方がいいと思う」
「どうしてです?」
「いくらトウキの技術を持ってても、体力が追いつかないでしょ。階段を今から50階以上登るの。いざと言うときに息切れされちゃ困るから」
 確かにその通りだ。シトゥリの体力は暗殺部隊の厳しい訓練で鍛えられたキリエとは比べるくもない。
 キリエは手早く戦闘用スーツに着替え、予備弾倉やナイフなどをポケットへ詰め込んでいく。シトゥリはどうしようか考え、結局拳銃一つだけ持っていくことにした。足手まといにならないよう徹するのがよさそうだからだ。
「おっけ。行くわよ」
 パンパンと腰を叩き、サブマシンガンを抱えたキリエが走り出した。シトゥリはその後を追う。
 また非常階段へ戻り、上を目指していく。無機質な光と質量が圧力すら感じさせる。
 気のせいか上へ登るにつれ、あたりの空気が重くなってくるように感じられた。シトゥリの現人神の感覚が何かを告げている。
「キリエさん、気をつけてください」
「どうしたの」
 階段を駆け上るキリエに息の乱れはない。シトゥリを振り返る余裕すらあった。
「何か嫌な感じがするんです。その先――あっ」
 シトゥリはキリエの腕をつかんで引き止める。先の防壁は固く閉じているが、しつらえられた非常扉が薄く開いていた。
 その隙間からうごめくのは、不気味な触手の群れ。キリエが眉をひそめて舌打ちした。
「どうしてこんなところまで。ルートを変えるわ」
「はい」
 下の階まで戻り、フロアへ移動する。本部ビルの四隅に設置された非常階段の別ルートへ向かう。
 ふと、ガラス張りの一角から下の様子が見えた。同じく覗いてみたらしいキリエが足を止めた。
「なんてこと……」
 地上は瘴気で満たされていた。黒い波のようなものは黄泉の闇だ。そこからタコかイカのような触手が無数に泳いでいる。あれだけいた人間たちの姿は見えない。
「みんな……本部の中へ避難したんでしょうか」
「だといいけど。サクヤと合流しても下には戻れないわね」
 じわりと汗が沸いた。
 知らぬ間に抜き差しならぬところまで追い詰められていたのだ。
「今は上を目指しましょう。こっちへ――」
 進行を開始しようとしたキリエが、息を呑んだ。
 いびつに歪んだ虫のようなものや、植物めいた黒い塊がいつの間にかあたりを取り囲んでいたからだ。
 邪神。人に仇名す黄泉の神々。
「一体どこから!」
「理由はいい。突破するわよ」
 キリエがサブマシンガンをフルオートで連射する。連邦特製の対邪神用弾丸は、打ち抜かれたその黒い影をことごとく粉微塵に粉砕した。
「いけるわ。低級な連中ばかりのようね」
「後ろは任せてください」
「頼んだわよ」
 シトゥリはじりじりと前進しながら道を開くキリエに背を向け、銃を構える。近づいてきた一匹に発砲すると、命中した部分から弾けるように爆発した。言霊を刻んだ弾はかなりの威力を誇るようだ。
 キリエの発射した弾の薬莢があたりへ散らばっていく。邪神はどうやらその薬莢も避けているようで、散らばった後方にはあまり寄ってこない。
「薬莢には結界の言霊が刻んであるの。もちろんそれで防御なんて出来ないけど、虫除け程度にはなるから」
「考えてあるんですね」
「人間は知恵を使う生き物よ――よし、走るわ!」
 前方の邪神はあらかた撃ち抜かれ、そこにできた通路をキリエは走った。シトゥリはサイドをカバーしつつそれに続く。
 ガラス張りのフロアを抜け、通路に入った途端、曲がり角から人形のような黒い影が大量に歩いてきた。後方の退路を確認すると、フロアから追いかけてきた邪神たちによって塞がれている。
「射的用の人型を寄り代にしたのね。お望みどおり的にしてやる!」
「キリエさん、借ります」
 サブマシンガンを構えたキリエのふとももから、シトゥリはコンバットナイフを抜き取った。拳銃の弾倉を取替え、ナイフと共に背後へ向き直る。
「3,2,1で前方へ掃射してください。弾が切れたら僕が前に出て進路を確保します。その間に装填と後ろへの攻撃を」
「いい作戦ね。OK、カウントを」
「3…2…1…」
 邪神たちは遠巻きにもせず、無機的な動きで二人に迫る。人間の根源はDNAなら、神の根源は言霊であると言う説がある。DNAは有機的な情報、言霊はプログラムに応用されるように、無機質で呪術的な情報。
 ならば神は機械と同義になるのだろうか。
「GO!」
 シトゥリの声に合わせて、キリエがサブマシンガンを掃射する。シトゥリは後ろへ拳銃をあらん限り撃ちまくった。サブマシンガンの排莢もあいまって、背後の足止めはうまくいっている。
 しかし前方を見ると、黒い影のような人形は弾を貫通させて進んでくるようだ。
 発射音に紛れてキリエの舌打ちが聞こえた。
「連中、小さい弾じゃあまり効果がないわ!」
「借りますよ!」
 シトゥリは拳銃を捨て、キリエのホルスターからマグナム拳銃を抜き取る。弾の切れたキリエが弾倉のリチャージをしているうちに、シトゥリは前方へ回った。
「くらえっ!」
 逆手にナイフを持つ手で銃底を支え、シトゥリはマグナム弾を発射した。
 古くはリボルバーでなければ小型化出来なかった大口径マグナムも、いまや熱処理技術の向上と弾詰まり(ジャム)の改善で、オートマチックでありながら通常の拳銃より一回りほどのサイズに収まっている。もっとも、実弾以外の銃も発達しているが、弾に言霊を刻む技術が進歩したおかげで、対邪神においてはアナクロな銃の方が効果的とも言える。
 44マグナムの弾はサブマシンガンでは貫通するだけだった人形の体を半分に引きちぎり、その後ろ、さらに後ろまで無力化して突き抜けた。
 跳ね上がる銃身を押さえるのに精一杯で、とても連射は出来ない。数発発射した時点で、キリエの叫びが聞こえた。
「横!」
 人形がすぐ近くに迫っていた。銃を向ける暇は無い。シトゥリはナイフを下から上へ切り上げた。
 影の飛沫を散らして、人形は真っ二つに裂けた。ナイフの刀身には何か言霊が彫ってある。その効力だろう。
「突破します!」
 シトゥリは叫ぶと、前方へ猛然と特攻した。
 襲い掛かる人形の腕を避け、ナイフでかわしざまの一閃を見舞う。二つになった下半身を蹴りつけ、進行方向の数体の足を止める。その間に銃を構え、マグナムを発射した。
「右へ!」
 キリエの指示で突き当たりを右に折れる。すぐ向こうが扉になっていた。シトゥリは扉の前の一体を最後のマグナム弾で排除すると、銃を捨ててノブを掴み、勢いよく開いた。
 その先はオフィスのようだ。幸い邪神の姿はない。キリエに手で合図すると、勢いよく弾をばら撒いて後方の敵を始末した後、部屋へ入ってきた。
 鍵がかかるのと同時に、扉の結界が発動する。これで低級な連中は入ってこれない。
 ふっと息を吐き、キリエが力を抜いた。
「なんとか突破したわね」
「先が、思いやられます」
 シトゥリは荒い息を繰り返していた。体力面、精神面でもそうだが、そう言う基礎となる部分はシトゥリ本来のものしか持ち合わせていない。シトゥリはトウキの、あの不遜とも不敵とも見える笑みを思い出す。トウキならどうするだろうか。この八方塞がりな状況でも一笑に伏して進むだろうか。
「……少し休憩しましょ」
 無理はさせられないと判断したのか、キリエがそう言った。お茶でもないか見てくる、と湯沸し室の方へ向かい、中を覗いた瞬間叫ぶ。
「セーコ!?」
 シトゥリは慌ててそこへ向かった。なんだか嫌な予感がする。
 湯沸し室では、すでにキリエが一人の女性を抱きかかえていた。確かに下で会った女性だ。
「セーコ、どうして」
「わからない……黄泉に飲まれたと思ったら、ここに居たの」
 薄く開いた女性の目は遠くを見ている。意識は朦朧としているようだ。キリエは肩を支えて湯沸し室からセーコを引っ張り出し、明るいところへ移動する。
「大丈夫、しっかりして」
「ええ……。少し、休めば大丈夫」
「下は? 下の様子はどうなの」
「本部の中からも……邪神が。みんな次々とやられたわ。私も――たくさんの触手に絡め捕られて」
 その瞬間、シトゥリの背中に怖気が走った。叫んでキリエに手を伸ばす。
「離れて!」
 突き飛ばすようにセーコを離したキリエはさすが元暗殺者だが――遅かった。セーコの下半身から突然触手がほとばしり、キリエを巻き込む。
「キリエさ――わっ!」
 かろうじて掴んでいたキリエの服をもぎ離され、シトゥリは机をなぎ倒しつつ吹っ飛ばされる。
「セ、セーコ……?」
 恐怖に歪んだキリエの声が届く。触手はキリエの身体を舐めるように巻きつき、その中心でセーコがふらりと立ち上がった。
「うう、う……はぁ……」
 千切れかけた連邦の制服のスカートの中から、まだにゅるにゅると触手は伸びてくる。セーコの呻きはどこか官能的だった。
「セーコ、いやよ、邪神に取り込まれないで!」
 もう遅いのは、シトゥリから見ても明らかだ。立とうとしてもシトゥリの身体にまで触手が絡み付いている。紫と黒が入り混じったような、整理的に受け付けがたい色彩の触手が、セーコの中から部屋中に溢れ出してきていた。
「ああっ、あ――」
 絶頂に達するような声を上げ、セーコが天井へ向かい首を逸らした。
 ずるっと最後の触手がスカートから抜け落ち、ぼたりと床へ落ちる。それは意識ある管のようにキリエの足元へ向かい、その足首からふくらはぎ、ふとももへと螺旋状に巻きつきながら這い登っていく。
「キリエさん!」
 こちらの声に応じる余裕もなく、キリエは身もがいているが、完全に自由を奪われてしまっていた。私服のジーンズが、触手の出す体液によってか、まだらに溶けて肌がのぞいている。
「キリエ……」
 セーコが呟いた。乱れた髪を手で撫でつけ、隠れていた表情を露わにする。
シトゥリはぞくりとした。セーコの放つ色気のせいだった。
凡庸な顔立ちのはずだったのに、いや、顔立ちは今も変わっていないのだが、下で会った時とは比べようのない淫靡さを放っている。しかしそれは、甘い匂いで虫を寄せる極彩色の花のような、毒のある色気だ。
「聞いてくれる? キリエ……」
 バンザイの格好で拘束されているキリエの頬を、セーコはいとおしげに撫でる。キリエの目に霞がかかっているのを見て、シトゥリは再び叫んだ。
「駄目です、支配されちゃいけな――っぐ!」
 首もとの触手が締まり、シトゥリは呻いた。
 シトゥリの声で正気に返ったキリエの口を、セーコはすばやくキスをして塞ぐ。キリエは身をよじったようだが、それが最大の抵抗だった。重なった唇と唇の間で何が行われているのか、苦しそうに歪めていたキリエの表情から徐々に力が抜け、弛緩していく。
「くはっ……」
 ようやく開放され、キリエは息を吐いた。その唇とセーコの唇の間に、唾液と言うにはあまりにも粘液質な糸が繋がって、床へ垂れた。
「……好きだったの、キリエ」
 セーコはいとおしげな調子で続ける。キリエの銀色の髪を手に流す。
「この綺麗な髪も、染みのない肌も、薄い瞳も、全部。いっしょにお風呂へ入ったことはなかったよね。一度でいいから、キリエの裸を見てみたかった――」
 その手をすっと下へ下げる。キリエのTシャツはブラジャーごと真っ二つに裂け、白く豊かな乳房がその切れ目から覗く。
「やめ……て……」
 ようよう、蚊の鳴くような声でキリエが反発した。ついさっきまでのセーコのように、キリエの目はぼんやりとしてしまっている。薄く笑ったセーコが、さらにTシャツを引き裂く。
 なんとかしないと。
 シトゥリは床に転がったコンバットナイフを見つける。手を伸ばしたら指先が引っかかった。
 言霊の刻まれた、これなら――!
 自分の首を締め付ける触手へ、拾い上げたナイフの切っ先を突き立てる。わずかな抵抗。
「――っ!」
 切っ先が自分の顔の方へ滑ってきて、シトゥリは慌ててナイフを止めた。
 まるでゴムの塊へ突き刺したように、刃は表面を滑るだけだ。言霊を受け付けない。
 まさか、さっきまでの低級な連中とは、格が違うと言うのか。
「あ、あ……ん……」
 甘いため息が聞こえる。キリエの上半身は裸に剥かれ、セーコはその肌をいいように撫でまわしていた。桜色の突起を指の間に挟み、耳元へ息を吹きかける。キリエの体が震えたのが見て取れた。
「乳首が敏感なの? そうなのね?」
「はぁ……はぁ……」
 挟んだ乳首の先へ舌を伸ばし、ちろちろと舐める。もう片方の乳首へ唇を移し、今度は舌を絡ませながら吸い上げた。キリエの口から、たまらず熱い吐息が漏れる。
 おそらくキリエは、邪神が分泌する淫液を飲まされたのだ。それは性感と性欲を常識では考えられないくらいに高める。
 セーコはそうやって、キリエの精を奪う気だ。
 シトゥリには、ナイフを握り締めたままどうしようもない。触手は息の出来るぎりぎりの力加減で首に食い込んでいる。殺す気はない――見ろと言うことだろうか。どす黒い意思のようなものを感じてぞっとする。
 何度も何度も両方の乳首を往復したセーコの唇は、そのまま肌の上へ舌を這わせながら、ゆっくりと臍、下腹へと下っていく。
 ジーンズのボタンを口で外し、ジッパーを咥えて引き下げた。深緑の、ちょっと色気の少ないショーツが現れる。絡みついた触手が動いて、器用にジーンズを引き下げていった。
「キリエ……すごいよ。すごく濡れてる」
 股間の中心から、布越しにしたたり落ちそうなほど蜜が溢れてきていた。身を屈めたセーコがそれをうっとりと眺める。
「見ないで……」
「あたしがこんなにキリエを感じさせたのね。キリエ……おいしそう」
 股の中へセーコは顔を入れた。ちゅうちゅうと、赤ん坊が布切れをしゃぶるような音を立てて、ショーツ越しにキリエの蜜を吸い取る。その刺激でキリエの身体は細かく震え、更なる蜜を秘所からしたたらせる。
「どう? もっとしてほしい?」
 下から見上げるセーコの問いに、キリエは一も二も無くうなずいた。じらされて堪らない、そんな夢中の返事だ。
 淫らに笑ったセーコが、ぐっと口を引っ張ると、ショーツは二つに割れてはらりと落ちた。キリエの身体を守るものは何も無くなった。
 ぬらぬらと光る秘所へ、セーコは直接口を付けて蜜を貪る。キリエも我慢しきれず、高い声を上げた。
「ああーっ!」
 舌が銀の陰毛を潜り、陰唇をかき分けて、膣の中へと差し入れられる。同時に鼻はクリトリスをころころと回して刺激した。キリエは喉を反らして喘ぎを放った。
 両手は相変わらずバンザイの格好のままだ。手を広げてもまだ厚みを失わない乳房へ、吸盤型の突起のついた触手が絡みついた。
「ひっ!」
 それに吸い付かれて、キリエは息を呑む。
 乳輪から乳首の先端へかけて、味わったことの無い密着感が張り付いた。吸盤からは粘液が分泌され、それがよだれのように乳房へ垂れて穢していく。
 吸盤が乳首を吸い始めた。身体をよじってもびくともしなかった触手の拘束が動くほど、キリエは痙攣した。
「溢れてきて、止まらないわ。飲みきれないよキリエ」
 キリエの喉は快感のあまり声も出せない。細く長い息を吐くだけで精一杯だった。
 まるで乳首でセックスをしているような異質な感覚。
「あたしも直接――」
 そう言った瞬間、膣へ忍び行ったセーコの舌が、まるで陰茎のように硬く太く伸び、キリエを貫いた。端から見ると滑稽なくらい、キリエの身体は硬直する。足の先が細かく震えていた。
 セーコの舌は太く硬く、しかし舌の柔軟さを失わずに、キリエの膣内を縦横無尽に犯していく。
 細かく何度も子宮口を叩いたかと思うと、すぐ入り口にまで戻ってGスポットをぎゅっと押しながらまた奥までねっとりと貫く。くねって暴れるように膣全体へ刺激を与えたかと思えば、激しく力強いピストン運動を開始する。
「あぅあー! ああおー!」
 叩きつけられる快楽の波が、喉の機能を回復させた。もはや人の意識を失った獣のような叫びが、キリエの唇からほとばしる。
 何度も何度も何度も、触手が乳首を吸うたびに、セーコの舌が出入りするたびに、キリエは絶頂へ達していた。
「あたしも、あたしもっ……」
 キリエの秘所を攻めながら、両手で自分を慰めていたセーコは、手近な触手を掴むと、自らのスカートの中へ突き入れた。
 びくっとその体が震える。その振動が舌の動きとなって伝わり、キリエを深い絶頂へと誘った。
「あやあああああああっ!」
「イクっ、イクう!」
 舌を差し入れながらどうやってしゃべるのか、触手をディルドー代わりにして異様なオナニーに耽るセーコ。自分も絶頂へ達し、触手たちも強烈な液体を吐き出した。
 先端から粘液を吐く触手は、キリエとセーコへ大量に白濁したものをぶちまけていく。
 頭から粘液を浴びたキリエは、その成分のせいで余計に快楽の輪から抜け出せない。
「くっ……」
 それを見ながらシトゥリは呻いた。
 このままキリエが狂ってしまったり、精を奪い尽くされたりしたら。そのまえに助けないといけない。
 方法はあるはずだ。
 シトゥリは握り締めたコンバットナイフを意識する。
 突然、脳裏に光景が閃いた。
 真っ黒い空間を、流されるままにタケミカヅチが落ちていく。
 スカイブルーとマリンブルーに陰影を付けられた船体は、真の闇へ消えようとしていた。
 ――これは。
 ――そうか、なんで気づかなかったんだ。
 タケミカヅチは今、黄泉に飲まれて落ちている。しかし現人神とその祭神――シトゥリと建御雷神の間には、空間など関係ないのだ。脳裏に映るこの光景は、建御雷神そのものである駆逐艦タケミカヅチの、現在の様子だった。
 シトゥリは意識する。タケミカヅチの船内で起動させた、神の剣、大葉刈バリアを。
 艦が持つ力を、現人神が使えないはずはない。
 ――もう一度、あの力を。
 ――八十禍津日神を倒した、神度剣の力を使えば。
 タケミカヅチが闇の中で輝く。展開されていくバリア。それは剣の形となり――。
「うおおおおあああああああああ!」
 シトゥリは叫んだ。身体に巻きついた触手は、熱いものに触ったように怯み、拘束を解く。跳ねるように立ち上がり、駆け出した。
 コンバットナイフが輝いている。そこから明らかに目に見える形となって、光の剣が長く伸びていた。
 はっとこちらを振り向くセーコ。その背へ向けて、シトゥリは大上段から光の剣を振り下ろす。
 脳裏では、タケミカヅチが闇を切り裂き、神の門を形作る光景が見えた。
 神度剣――高天原への扉を作る、神の剣。
 黄泉を突き破り、タケミカヅチは脱出していく。
 ぱぁっと部屋全体が白く輝いた。
 穢れていたものが全て、シトゥリの手元からほとばしる霊力によって浄化されていく。
 触手もセーコも――光が収まった後、部屋の中は散乱したデスク以外、何も残らなかった。
 支えを失ったキリエが倒れるのを、シトゥリは抱きとめる。やわらかい身体は元のままだ。汚染の残る形跡はない。
 気を失っているキリエを抱きしめ、シトゥリは噛み締めるように呟いた。
「僕にも、ディラックさんと同じ神殺しの力が。おかげで何をするべきなのか、わかりましたよ」
 しかしまずは、サクヤとユマリの救出だ。キリエを横たえ、着替えを探しにシトゥリはロッカーへ向かった。
-chapter7- 三人の目指す先
 ディラックは室長の元を辞すると、そのまま本部の病棟に足を向けた。
 特別病棟の一つ――完全に隔離された個室へ立ち入る。
 連絡はすでに行き渡っているのか、医師や看護師の姿もない。
 真っ白い病室の中、真っ白い服に包まれて、真っ白いベッドの上に寝ているのは、14,5歳ほどの少女だった。
 灰色とも茶色とも付かない、不思議な色の髪をしている。シーツからのぞく首筋も、歳相応の健康な張りを保っていて、今すぐにでも元気に走り出しそうなのに――。
 眠っている。
ディラックは独白のように呟く。
「白、白、白――こいつが発見されたのも、真っ白い雪の中だったそうだな」
「……そうね」
 答えは窓際からあった。
 白い室内に赤い髪が映える。クラだ。
 窓枠にもたれたまま、外を見つめながら続ける。
「ちょうど、八十禍津日神が大気圏で分解した日――この子は成層圏からある山の頂へ降ってきた。彼女が、例の女の子かどうかは未確認だけど……」
「間違いないさ」
 ディラックはベッドサイドのプレートに目をやる。『ルーン』と刻まれる文字を見つめ、皮肉気に口元を歪める。
「そう言う運命だったって知ったら、あいつはなんて言うかな。それとも再会を喜ぶか」
「なんのこと?」
「なんでもねえよ。それより――じき、だぞ」
「ええ」
 ディラックもクラと同じ方向に目を向ける。
 晴れ渡っていた空は――急激に禍々しい紫の雲を広げ始めていた。


 2


 その日、街が、大地が、大気が、人々が、地の底の声を聞いた。
『災禍』
 それは地底宇宙(インナーユニバース)から黄泉比良坂(ワームホール)を通り、特異点(ブラックホール)を越え、黄泉のものが地上へ溢れること。
 黄泉の邪神は黄泉比良坂を渡り、中つ国(地球)へと現れる。
 一度災禍が起きれば、あらゆる因果律は歪み、病気災厄死亡率の増加など、人類は危機的な状況へ追い込まれるのだ。


 その声が響き渡ったとき、サクヤは自宅二階の自室でちょうど制服に着替え終わったところだった。
 5年前の災禍――その時にも轟いた、黄泉の咆哮。
 空気が軋みながら伝達する、身の毛もよだつ音。
 血の気が引いたのも一瞬、サクヤは部屋を飛び出すと階段を駆け下り、最後の一段でけつまづいて、派手に廊下へ転がった。
「あたたたた」
 打った右ひざを押さえて引きずりながら、居間へ駆け込む。ユマリがテーブルに乗ったお菓子をつまみながら、テレビを見ていた。
「だいじょうぶ?」
 こちらを見もせず、お菓子をつまむ手も止まらない。あまりに何気ない様子に、脱力してサクヤは壁へもたれた。
「……おかあさん、災禍が起きたのよ」
 言うまでもなくわかっているはずだ。思い返せば、5年前もユマリはこんな感じだった。
「うん。――あ」
 昼メロは、緊急ニュースに切り替わった。ここで初めて、ユマリはふーっとため息をついた。
「いいところだったのに。……あら」
 サクヤの膝を見て、眉を寄せる。
「血が出ちゃってるじゃない。家の中を走っちゃダメって教えたでしょ。消毒しなきゃ」
 マイペースに乗せられて思わずサクヤはうなずきかけたが、はっと我に返った。
「それどころじゃなくて! おかあさんは避難しなきゃ。地鳴りが近かったから、この辺りに邪神が出てくるかもしれない」
「そうねぇ、そろそろかもね」
「馬鹿いってないで早く支度して! 私は連邦本部に行くから」
「んー、サクヤ。私も連邦本部へ行く」
「え、なに言ってるの?」
 ユマリは立ち上がった。どこか遠くを見るような目。
 サクヤはそこに、普段の母と違うものを見つけて、次の言葉を待った。
 雷のような地鳴りが近くで鳴った。
 ユマリは中空からサクヤへ視線を移し、言った。
「今から私の妹に会いに行きます。サクヤ、あなたがこの災禍を治める――禍を直すのよ」


 3


 寝ているシリンを起こすのが、これほど難儀だとは思わなかった。
 なんとか目を覚まさせ、状況を説明して、服を着替えさせているうちに、災禍は始まってしまった。
「まずいぞ」
 上空を中心にして、どんどんと不気味な色合いの雲が広がっていく。災禍の中心部にいるらしい。シトゥリは境内に立って、上空を見つめた。
 黄泉の穢れは放射能のように、目に見えぬまま人の因果律を蝕む。ここに長く居るだけで危険なのだ。
「ご、ごめんなさい、私――」
 シリンが半泣きで神社から現れる。自分が邪神に力を与えていたと知って、責任を感じたようだ。
 しかし今はそれどころではない。
「本部へ向かいましょう。急いで!」
 シリンをせかして、神社を後にする。
 鳥居を越えて階段を下りていると、ふと後ろを振り返ったシリンが硬直した。
「シトゥリさん、あれ……!」
 指差すところは鳥居だ。
 そこにシャボン玉のような虹色の膜が張り詰めている。
「なんだ、あれ」
 シトゥリも呆然とそれを見つめた。
 膜は虹色の輝きを増しながら揺れて――突如破れた。
 膜を突き破って現れたのは、うなぎのような触手の束。それが木々に巻きつき、ぐっと引き寄せると、鳥居の間から空間を破って、邪神の本体が現れた。
「あ、あれは、なんで鳥居から!?」
 シトゥリは絶句する。そもそも黄泉と地上は特異点と言う穴を入り口にし、黄泉比良坂と言う通路でしか繋がっていないはずなのだ。
「鳥居は、神と人間の世界を隔てる門だと聞いたことがあります。八十禍津日神がここにいたなら、すでにあの神社は黄泉と化していたのかもしれません」
 シリンが早口で的確な説明を加える。
 うなずこうとしたシトゥリは、触手がこちらへ迫ってくるのを見て、叫んだ。
「とにかく逃げましょう!」
 シリンの手を引いて、階段を駆け下りる。
 幸い邪神は降臨したばかりで、動きが遅いようだった。運動神経の悪いシリンをつれても、十分逃げ切れそうである。
 階段を降りきって、本部への道を行こうとした時、上空が翳った。
 見上げる間もなく、前方に巨大な陰が降ってくる。
 民家のブロック塀をぶち壊し、街路樹をなぎ倒して行く手を阻んだのは、鳥居から出てきた邪神だった。
「くっ」
 前方を塞ぐ威容を目の当たりにし、じわりと汗が吹き出る。
 邪神の姿は全く生物的な様相を持っていない。人型に近かったり、幾何学的だったり、千差万別だが、地上で活動する際には拠り代に影響されると言う。
 つまり物理的要素の低い神が、物理法則の支配する地上でうまく活動するには、何か物質に宿るのが効率的らしいのだ。
 御神体と呼ばれるそれらは、ある時は剣であったり鏡であったりするが、基本的にはなんでもいい。
 この邪神は、昆虫を御神体に選んだようだった。
 前衛作家に造形させたような天道虫が、触手だらけの口を開いて、気味の悪い音を立てている。
 背を向けたらその瞬間に殺されそうな気がした。
 脂汗を浮かべたまま、巨大な異形と対峙する。
 邪神の口が一際大きく開いた瞬間――。
 パン、パン、パン
 後方で火薬の破裂音が響き、邪神が醜悪な顔を仰け反らせた。
 振り返ると、青いスポーツカーの窓から身を乗り出したサングラスの美女が、拳銃を発射している。
 シトゥリは思わず叫んだ。
「キリエさん!」
 ぎゃぎゃぎゃ、と派手なブレーキ音を上げて、スポーツカーはシトゥリたちの前で止まった。運転席のキリエは、早く乗るよう手でジェスチャーする。
 二人は慌ててドアを開け、狭い車内へ乗り込んだ。
「説明はあとね」
 そう釘を刺すと、キリエはアクセルをベタ踏みにして、そのまま邪神の方へ突っ込んでいく。
「きゃあっ!」
 シリンの悲鳴が響く。車は、邪神の足をぎりぎりでかわし、走り抜けた。
 車を潰そうとした触手が何本もすぐ近くの地面へ穴を開ける。
 それも一瞬、爆音を上げたエンジンはあっという間に邪神から遠ざかった。
 バックミラーで後ろを確認し、キリエはサングラスをはずした。
「とろいもんね。二人とも大丈夫だった?」
「な、なんとか……」
 シトゥリは助手席にひっくり返ったような格好で乗り込んでいる。シリンは後部座席で逆さまだ。
「んじゃ、時間ないから手短に説明するわ。本日14時ジャスト、災禍発生。どの特異点が発生源かは特定できず。連邦軍は本部召集の命令が下った後、情報が混乱して現在の状況は把握できない」
「とにかく、本部ですね」
 シリンが逆さまで言った。
「そうなんだけど、まだタケミカヅチはメンテナンス中のはずよ。鑑には乗れないわ」
「僕らは白兵戦か……」
 地上に出てきた邪神を倒すには、やはり白兵戦しかない。鑑の破壊力では周囲へ被害を及ぼしてしまう。戦車や戦闘機も活躍するが、邪神の操る言霊の影響を受けにくい人間が、もっとも優秀な戦闘ユニットと言うことになる。
 災禍の発生源を特定し、その周辺の宙域を征圧する艦と、地上に現れた邪神を相当する人間の二つが効果を現して、初めて災禍を収めることができるのだ。
「さーついたわよ」
 そびえ立つ連邦本部ビルの頂にも、紫色の雲が広がっている。むしろそこに中心が移ってしまっているようだ。普段は車の乗り込めない敷地の中にまで車を入れ、キリエは人ごみでごった返す正面玄関の前でブレーキを踏んだ。
「キリエ!」
 本部には右往左往する人々が押しかけていた。その中から、キリエを呼ぶ声がして、女性が一人駆け寄ってくる。
「セーコじゃない。ちょうどよかった、状況を教えて」
 セーコと呼ばれた女性は、キリエが車内から出るのもまたず、言った。
「あなたも知らないのね。邪神が連邦本部に侵入したらしいの! ここは危険よ」
「――本当?」
 キリエの視線が途端に鋭くなる。
 本部に侵入されたことは――歴史を振り返っても、皆無のはずだ。本部は強力な言霊によって結界が張られている。侵入がありえないことではないとしても、この短時間では不可能だ。
「ええ。私がドッグでタケミカヅチの整備をしていると、ものすごい地鳴りがして――怖くなってみんな逃げたんだけど、正解だったわ。ドッグは黄泉に飲まれたらしいの」
「え、ってことは!?」
「タケミカヅチ、発進どころじゃないんですね……」
 シトゥリの後を、シリンが続けた。セーコがうなずく。
「ねえキリエ、もしかしてと思うんだけど」
「最悪の状況しか考えられないわよ。――地下ドッグ下の、0番特異点の封印が破れた。災禍の原因はそこだわ」
「0番?」
 シトゥリは首をかしげる。キリエが難しい顔のまま、答えた。
「これは機密情報なんだけどね。実は連邦本部の地下には、特異点が存在するの。もちろん黄泉比良坂で黄泉と繋がってるわ。緊急の出動が必要なとき、ドッグと直結したそこから出動できるようにね。もちろん最高度の封印を施されて、黄泉側からでは絶対に開かないようになってるんだけど、それが破られたのよ」
「おそらく地上側から何者かが操作したはず。とにかくここは離れて。いずれ地下から邪神が溢れてくる」
 セーコが補足した。
 キリエはうなずいて、もう少し詳しい情報を聞き出そうと話始めた。
シトゥリはふと、混乱の度合いをます玄関前を、見知った人影が横切ったような気がした。
「あれ、今のサクヤさんじゃないですか?」
 気のせいかと思ったが、シリンもそう見えたと言った。サクヤはこちらに気づかなかったのだろう。建物の中は危険だ。探してきたほうがよさそうだ。
「ちょっと行ってきます」
 シリンにそう告げ、シトゥリは本部の中へ向かった。
 玄関ホールの広い吹き抜けを過ぎ、中心の廊下へ回ってみても、サクヤと思しき姿は見えない。
 行くとすれば――エレベーター前か。
 シトゥリは玄関から一番近いエレベーターへ向かった。
「おい君、ここから先は危ないぞ」
 エレベーター近くで、本部の職員に止められる。
「あの、今サクヤ=シノ少佐がここを通りませんでしたか?」
「ああ、彼女を追ってきたのか。おれが見たときには、エレベーターへ乗り込むところだったよ。……おかしいんだが」
 そう言って男は眉をしかめた。
「なにがおかしいんです?」
「いや、ちょっと来てみてくれ」
 男はエレベーターの前に立ち、スイッチを押してみる。反応はなかった。
 それもそうだろう。ランプが点灯しておらず、エレベーターは起動状態でないことを示している。
「本部職員の避難が終わってから、邪神の通路となるのを防ぐため、エレベーターの電源は落として隔壁封鎖されているはずなんだ。なぜ、動いたんだろう」
 シトゥリは青くなった。それはつまり、サクヤは状況もわからないまま封鎖された本部の中へ入ったと言うことではないか。
「サ――サクヤさんは一人で、どこへ、何階へ行ったんです?」
 思わず普段の呼び名が出る。男は険しい表情を深めた。
「最上階だ。それに一人じゃないぞ。もう一人私服の女性――顔がそっくりだったから、お姉さんかな。そんな人を連れていた。こんなときに一般人を――」
「ユマリさんだ。どうして……」
 考えをめぐらせても、いったん焦り始めた頭はぜんぜん集中できない。
 今はとにかく動くことだ。
「ありがとうございます!」
 一礼すると、シトゥリは玄関前へと駆け戻った。


 4


「予定外だな……」
 ディラックは苦々しく呟きながら、本部の玄関へ向かっていた。
 まさか本部が直接襲われるとは思わなかった。
 地下ドッグはすでに制圧され、タケミカヅチの行方もわからない。
「これも神託のうちなのか……ユキ」
 妖艶な室長の顔が浮かぶ。すべてを見透かしたが故になにも語らないユキは、こんなとき腹立たしい。
「ディラック!」
 呼ばれて、ディラックは思考から現実に戻った。玄関ホールでシリンが手を振っている。
「来ていたのか」
「はい。ディラックもここに?」
「おれは別件でな。タイミングよくこのざまだ。お前、足はどうした?」
 足とは、交通手段の意味だ。シリンがちらりと玄関の外に目をやって、ディラックは得心した。長身の銀髪女が人ごみの中で目立っている。トウキの妹――キリエだ。
「あと数十分で臨時本部が設営される。それまで各自避難だそうだ。ここを離れるぞ」
「はい。あ、キリエさん!」
 外に出ると、キリエがこちらに気づいた。ディラックの姿を見て驚いた顔をしている。ディラックはシリンの肩に手を置いて言った。
「こいつはおれが預かっておく。お前はどうするんだ?」
「え、あたしは――そう、シトゥリくん。あの子を送っていくわ」
 少し、しどろもどろだ。キリエとは任務を共にしたとは言え、親しいほど話していない。ディラックの片目を見た者は、なぜかたいてい気圧される。
「わかった。気をつけろよ――と言いたいが、あのトウキより強かったそうだな。余計なお世話になるか」
 そう言って背を向ける。キリエは何か言いたげに声を上げた。
「あの」
「――なんだ?」
「あの……トウキの話を、今度」
「……いいだろう。おれになら、なぜヤツがそんな運命を背負ったのか、話せるかもしれないな」
 そう言って、ディラックは玄関前を離れた。
 キリエは死者を乗り越えようとしている。ディラックも、多くの屍を越えてきた。
 トウキの顔がしきりに脳裏へちらついた。
 あいつはどうだったんだ。死の定めを知りつつ、どうして平然と受け入れられた。
 ディラックにはできそうに無い。そんな運命など、抗って乗り越えようとするだろう。
「……どうしたんです?」
 シリンに言われて、我に返った。
 いつのまにか人ごみを離れ、本部の裏側にたどり着いている。考え事をすると、周りが見えなくなるのは悪い癖だ。
「いや」
 短く言って、車のキーを取り出した。裏側は駐車スペースになっている。キーをもてあそびながら、どこに駐車したかをしばし思い出す。
「ディラック……私は、死んだんでしょ」
 駐車場の冷たい床に、シリンの言葉が反射した。振り返ると、チェックスカートの少女は少し後ろに立ち尽くしていた。
「お前――」
 2年前の事件。
 重傷を負ったとだけ告げ、ディラックは真相を隠していた。
「なぜ」
「しばらく前から……心臓が動いていないんです。私の魂は、この体が生きていないと気づいてしまった。もう……」
 シリンは片腕を地面と平行に差し上げた。ブラウスをまくると、その二の腕の肉が、ぽろぽろと剥がれ落ちている。
「もう持たないんです」
「なぜ……おれに言わなかった。いや、言わなかったのは、おれのほうなのか」
「ディラック、私はとんでもないことをしてしまったんです。アシリアさんならなんとかしてくれるかもしれないと頼ったんですが、彼女は偽者で、実は――」
「言うな。わかった」
 この災禍の原因は、そこにあったのだ。0番特異点の封印を開放したのは、おそらく――。
 ディラックは歩み寄り、シリンの腕を手に取った。腐ったような腕の感触。
 神殺しの力――スサノオの力。
 少しでも足しになるかもしれない。
 あらゆるものを破壊すると同時に、あらゆるものを再生しうる霊力。
「ぐっ……!」
 手の平から淡い光がシリンへ流れたと同時に、ディラックの心臓に激痛が走った。
 胸を押さえて前かがみになる。
「おれの身体も――限界が近いのか。くそ」
「ディラック。私はいいんです。あなたはこの災禍を戦い抜いて」
「いいわけあるか。まだ方法はある」
 ユキだ。天照の現人神と言われるあいつになら、シリンの身体をなんとかするくらい造作もないはずだ。
 腕を握ったまま、シリンの顔を見つめる。
 制服を着ていないと、どこにでもいる女子高生のようだ。過酷な運命を背負わせてしまった。いっそあの時――。
 いや。トウキのように、運命に従うだけでいることなど、出来そうにない。抗えるなら死ですらも抗ってみせる。
「おれは死なない……と言っていたな。その言葉、信じてみよう。シリン、本部に戻るぞ」
「え?」
「本部の最上階――」
 その瞬間、敵襲を知らせるサイレンが、高らかと鳴り響いた。
 ついに本部の地下から、黄泉の軍勢が現れたのだ。
 悪化する状況に、ディラックはにやりとした笑みで答えた。
「そこに、この世でもっとも神に近いお方がいらっしゃる。今は彼女を頼るしかない」


 5


 連邦本部――広大な地下ドッグ。
 普段は出撃前の鑑が停泊したり、メンテナンスを受けたり、何かと騒がしいこの場所も、今は闇一色に塗りつぶされてしまった。
 ドッグに架けられた桟橋の上から、ボコボコと溶岩のように泡を吹く闇を見下ろし、クラは呟いた。
「トウキ……あんたも、黄泉の闇の中に居るの」
 音はすべて、粘着質な闇が吸い込んでしまうかのように、呟きは反響もしない。
 赤いポニーテールをクラは無意識に撫でている。
「私は死なない。みんな、死に何を期待してるの」
「……我々が期待するのは、償いだ。クラティナ=レフィル。邪神の巫女アシリアの逃亡幇助――ひいてはこの災禍の原因を作った償いをしてもらう」
 桟橋の両端――廊下の奥から、数人の男が現れる。手には拳銃を提げ、全身を装甲服とガスマスクで覆っていた。
 桟橋の上でクラを挟み、男たちは拳銃をポイントする。
 クラはふっと笑う。視線はいまだに下の黄泉へ向けられている。
「気づいてないのね。封印を解いたのは、アシリア様の姿を模した八十禍津日神。ディラック=ルーデンス少佐が先の任務でそれに遭遇してるわ」
「そんなことは問題ではない。巫女が封印を解き、監視下に置かれていた彼女を逃亡させたのがお前だと言うことが問題なのだ。さあ、巫女の居場所を吐いてもらおう」
 ガスマスク越しのくぐもった詰問に、クラは肩を震わせて可笑しそうに笑った。
「くっくく……。なんて陳腐なセリフ吐くのかしら。アシリア様はすぐ側にいる。いつも――」
 そこではじめて、クラは桟橋の手すりから身を離し、詰問者の方へ向き直った。
 見開いたまなざしが男を射すくめる。                                                                                                                                                                                                      
 桟橋は徐々に闇を増した。黄泉が迫っている。
 詰問する男の声に、汗が混じった。
「――時間がない、多少痛めつけても吐かせるぞ」
 男たちの包囲が、じわりと縮まった。
 無数の手が、クラを取り押さえようと伸びる――。
 その瞬間、バチバチと音を立てて、金色の膜が男たちをはじいた。
「なにっ!?」
 羽が舞い降りるように、一人の少女が中空から現れた。
 クラの隣に降り立つのは、白いワンピースをまとった、邪神の巫女。
 金色の輝きに淡く包まれ、無垢な少女のように、冷徹な女神のように、桟橋へ転がった男たちを見据える。
「化け物め、現れたな。撃て! 二人とも殺せ!」
「止まれ」
 銃を向ける男たちの間を、金鈴の声が縫って流れた。
 死の弾を吐く銃口は、アシリアを、クラをポイントしたまま――ぴくりとも動かなくなる。
 呻くような声を、男の中の誰かがあげた。
「これは――言霊……」
「黄泉の力が溢れている。八十禍津日神がすぐ近くにいらっしゃる。災禍が深まるほど、わたくしの力も増していくことを――お忘れなく」
 アシリアが静かに告げた。
 クラは動けないでいる男たち睥睨して、言った。
「私はアシリア様とこの災禍を止めてみせる」
「災禍を止めるだと!? いくら巫女とは言え、たった二人で何が出来る!」
「確かにわたくしの力は微々たるもの。しかし本当に災禍を止める力を持つ者の助けになることくらいはできます。――いえ、わたくしが居ないと、八十禍津日神を止めることはできない」
「何も知らず、知ろうともせず、知っても知らず。宇宙から降ってきた少女のことを隠蔽した者が居るわ。八十禍津日神を封じることが出来るのは、あの子だけなのに。災禍の原因を作ったのは、連邦本部の上層部に居る可能性がある。欺瞞よ。ねえ、元諜報部で現特種エージェントのあなたなら、何か知ってると思うんだけど」
「――くっ……!」
 詰問をしていた男の声には動揺が見える。
 闇は濃さを増してきて、まるで黄昏時のように照明の光を飲み込んでいる。
 オオオオオ、と風の鳴くような唸りが、地下深くから聞こえる。
「黄泉が歓喜の声を……」
 アシリアが目を閉じた。クラは表情をきつくする。
「さあ! わざわざこんな場所までおびき出してあげたのよ。ここで黄泉に飲まれるか、素直に吐くか、どちらかを選びなさい!」
 詰問者は逆転した。男は、不自然な格好で銃を伸ばしたまま、疲れたように言った。
「わかった。おれもおかしいとは思っていたよ。お前の言う上層部の話は知らないが、おれたちにアシリア暗殺命令を出したのは、ライア中将だ。あの人が暗躍している」
「そう。ありがとう。――アシリア様」
「ええ。彼を止めましょう」
 その瞬間、男たちの呪縛が解かれた。噴出す汗がガスマスクの内側を濡らした。
 その恐怖を吹き飛ばすように、男は叫んだ。
「馬鹿め。我々が任務に忠実であることを忘れたか、クラティナ! 死ね!」
 男たちの銃が火を噴いた。
 冷ややかな表情を深め、クラは呟く。
「馬鹿? どっちがよ」
 銃撃の音は黄泉の闇が漆黒へ塗り込め――弾丸のみが一直線にクラの赤い髪へ、アシリアの金髪へ向かって飛んでいく。
 しかし一直線の弾道は二人の手前で曲がった。直が曲に変換されたように、弾は狂ったベクトル運動を開始し、あらぬところへ飛び去っていく。
「どうした!? くそっ」
「禍の意味をご存知でしょうか。禍とはつまり曲がる。まっすぐでないことを示すのです。わたくしの神は八十禍津日神。あらゆるものは曲がり歪む。あなた方の運命も……」
 アシリアが一歩進んだ。
 突如、桟橋の下から津波のように闇が質量を持って盛り上がる。男たちに恐怖の感情が走り渡った。
「やめろ、やめてくれ!」
「絶望と恐怖は至福。断末魔は闇への産声……」
 どば、と黒い波が桟橋を飲み込んだ。音も空気の動きも感じられない、静寂の津波。
 しかしその波が桟橋を流れ去った後には、金色の輝きに護られたアシリアとクラ――そしてクラに胸倉を掴まれている男以外、何も残っていなかった。
「生きながら黄泉に飲まれた者には、悲惨な運命が待ち受けているそうね。あなたもそうなりたいかしら」
 クラの瞳は冷たく冴えている。掴まれた男は、返事も出来ないほど震えていた。胸倉を揺すって語気を強める。
「さあ、ライア中将の居所を吐きなさい! 誤魔化したらどうなるか――」
「……最上階だ」
「最上階? ここの?」
「そうだ。最上階に向かうと、そう言っていたのを聞いた」
「クラティナ、離れて!」
 突如、アシリアが二人の間に割って入った。その理由を瞬時に理解したクラは、男を突き放し、桟橋へ身を伏せる。
 その瞬間、男の身体は爆発した。爆風と火柱が立ち上り、闇の黒さを際立たせる。
 爆発の衝撃は、アシリアの目前で防がれていた。吹き飛んだ桟橋の破片も、男の残骸も、焼け焦げた煤も、その美しい体には微塵も触れることなく、自ら闇の中へ踊っていった。
「アシリア様」
「大丈夫です。それより桟橋が崩れます。急ぎましょう」
「はい」
 立ち上がったクラは、差し伸べられたアシリアの手を握る。
 ふっと、二人の足が宙へ浮かんだ。
 金色の繭に包まれ、二人はドッグの上空へゆっくりと浮上していく。
-chapter6- 災禍
「ちょっと、おかあさん焦げてる!」
「きゃあー!」
 悲鳴にドタバタと言う足音が付いて走る。
 なにかにぶつかったのか、ガシャーンと派手な音が鳴って、その後怒声とも悲鳴ともつかぬサクヤの声が続いた。
 シトゥリは隣のダイニングで椅子に座ったまま、音のするほうへ首を向けて、呆けたように口を開けていた。
 ここは連邦本部に程近い住宅地にある、サクヤの実家。サクヤはここで母親と二人暮しである。
 シトゥリは連邦の寮に住んでいるが、サクヤの家と程近いことがわかって、こうやって時々晩御飯をご馳走になるのだが――毎回、この調子なのだ。
 母がドジなせいなんだとサクヤは言うが、おっとりしたところなどよく似ていると思う。
 いや――よく似ているどころではない。
 シトゥリは初めてサクヤの家に来たときのことを思い出す。
 あれは八十禍津日神を撃破し、地上へ戻ってしばしの休息をとっていた頃のことだ。
 ある晴れた午後、シトゥリはタケミカヅチに荷物の忘れ物が残っていたものを預かっているからと、サクヤに家までくるよう呼び出されていた。
 若干緊張しつつも、わくわくしながらインターフォンを押したことを覚えている。
ドアが開いて顔を出したのは、サクヤ――によく似た、誰かだった。身長も顔つきも、それからTシャツを押し上げている豊かな胸も同じ。ただ、髪の毛にゆるくウェーブがかかっていることで違和感を感じたシトゥリは、別人であると気づいたようなものだ。
「えっと、お姉さん……ですか?」
 家の中へ案内されて、シトゥリは恐る恐る訊いてみた。サクヤに姉が居ると言う話は聞いたことがない。
 だが、女性はくすくす嬉しそうに笑うと、こう言った。
「そうです。サクヤの姉のユマリです」
「ちょっと!」
 その時廊下の角から顔を出したのは、サクヤ本人である。
「また、人をだまして。おかあさんったら」
「お、おかあさん!?」
 どかーん、ものすごい音がして、シトゥリは我に返った。キッチンから聞こえるサクヤの声は、完全に悲鳴だ。
 シトゥリはふっと笑って呟く。
「詐欺だよね」
 サクヤの母ユマリは、姉といっても通じるほど、歳を取っていない。十四歳で処女妊娠したと言ううそ臭い噂が本当だとしても、三十台半ばのはずである。頭の中身はもっと若い。
「シトゥリちゃん」
 すごすごとキッチンからユマリが現れた。エプロンは無駄に汚れている。
「サクヤったらひどいのよ。私に料理させない気なの」
「人聞きの悪いこと言わないで! おかあさんが居ると出来る料理も出来なくなるの!」
 キッチンからサクヤが叫び返してくる。
「フーンだ。シトゥリちゃんに遊んでもらうからいいもんねー」
 エプロンをはずして後ろに回りこんだユマリが、手を回して抱きついてくる。胸が背中に当たって、シトゥリは焦った。
「ちょ、ちょっと」
「うふふー。私も男の子が欲しかったな。なにして遊ぼっか。大人の遊び?」
「わ、わあ」
 前に回した手が、ズボンの方へ伸びてくるのを見て、シトゥリは悲鳴を上げた。
「お・か・あ・さ・ん」
 目を三角にしたサクヤがおたまを振りかざしてキッチンから現れる。
「教育的指導!」
 投げつけたおたまは、スコーンとユマリの額にぶつかって、シトゥリは危うく難を逃れた。大げさにのけぞったユマリは、大げさなしぐさで額を押さえる。
 サクヤを指差して叫んだ。
「ドメスティック・なんとかよ!」
「……バイオレンス、でしょ。もう。お願いだから大人しくしてて」
「あ、おなべ吹いてるんじゃない?」
「え? あーっ!」
 口元を押さえて大声を上げるサクヤ。シトゥリは天を仰ぐ。
 でも楽しそうでいい。二人を見ていると、自然と口元が綻んでくる。
 数年前に家族を失ったシトゥリは、団欒と言うものから縁遠くなってしまった。手料理をいただけると言うのもそうだが、シトゥリは団欒の温かさを感じるためにここへ来ているのだ。
 阿鼻叫喚の末、なんとか晩御飯はサクヤの手によって完成したようだ。並べられた皿を見て、シトゥリはいまさらながら感心する。
「すごいですね、サクヤさん。職務だけでも忙しいのに、よく料理を覚える暇が」
「あー、それはね」
 シトゥリの言葉をさえぎって、サクヤが言った。
「この人の料理があまりにあまりなものだったから、練習せざるを得なかったのよ。いい反面教師でしたしね」
 ジロリと睨んだ先のユマリは、もう料理をパクついている。少しも話を聞いていない態度に、サクヤはため息をついて席に座った。シトゥリは軽く笑う。
 親子と言うより、姉妹――それも姉はサクヤの方だ。
「あ、そうそう」
 あらかた料理を平らげたころ、突然ユマリが立ち上がった。
「シトゥリちゃん、いいものあるから飲んでいって」
「なんですか?」
「自家製ジュースよ。おいしいんだから」
「料理は下手なのにお菓子とかジュースとか、そういうのばっかりは上手いの」
 サクヤが補足する。余計なお世話、と舌を出してユマリはキッチンへ向かった。
 あれー、どれだったかなーと言う声が聞こえるところをみると、相当の数があるらしい。ユマリは探すのに手間取っているようだ。
「……手伝ってきましょうか」
「いいのいいの。――それより、訊きたいことがあるんだけど」
 サクヤが声を抑えて言った。表情に若干真剣なものが混じっている。
「はい」
「シトゥリくん、シリンちゃんと話したりする?」
「え――いや、そんなには」
「そう。歳が近いからと思ったんだけど、あの子ちょっと浮世離れしてるからね」
 幾分サクヤは肩を落として、箸を止めた。シトゥリは怪訝に思って尋ねる。
「どうかしましたか?」
「うん……シリンちゃんの様子がおかしいのよ。どうやら、アシリアさんと会ってるみたいなの」
「アシリアさんと? クラさんじゃなくて?」
「そこがわかんないのよねー。当のクラはオフになると行方不明だし、アシリアさんも事が落ち着くまで身を隠しているはずなんだけど……」
「ディラックさんなら何か知って……あ!」
 シトゥリは思いあたることがあることに気がついた。ディラックが語ったシリンの真実――生ける屍であること。
 アシリアは神を裏切ったとは言え、巫女の力を失っていない。
 その二つに関係があるかもしれないと気づいた瞬間、訳もなく血が引いていくのを感じた。
「どうしたの? ひょっとして何か知ってる?」
「いえ……でも、もしかしたら」
「準備できたよー。ぶどうジュース!」
 キッチンから叫び声が聞こえた。グラス片手に現れたユマリを見て、サクヤが呆れる。
「戸棚のそんな奥にしまってるわけじゃないでしょ。なんでこんなに時間が」
「ふふ、それはなぜなら――私はふたをしてないビンを倒してしまったからなのです!」
 頭痛を抑えるような感じで、サクヤは立ち上がった。キッチンへ向かうサクヤと入れ違いにユマリがグラスを持って入ってくる。
「さ、さ、ぐーっとやっちゃって。片付け手伝わないとサクヤに怒られる!」
「え、は、はい」
「さー一気、一気!」
 味わうもなにもないな、と思いながら、シトゥリはグラスの中身を一気に飲み干した。まるで味がわからない――どころか、薬っぽい変な後味が残る。喉が熱い。まずい。
「どう?」
「……なんか、おかしな」
「ちょっとおかあさん、これシトゥリくんに飲ませ――ああ、それワインだって!」
「え、あれ、ほんとだ?」
 呑気なユマリの声。
 それを聞いた瞬間、ふつっと糸が切れるようにシトゥリの意識は途切れた。


 2


 う、うん……んぐ
 シトゥリは自分のうめき声と、口から喉へかけての違和感で半ば意識を覚醒させた。
 とりあえず口をふさがれて、何かを流し込まれている。首を振ってそれを振りほどくと、声が言った。
「もう、だめよ。ちゃんと飲まなきゃ」
「……え?」
 薄く目を開けると、薄暗く落とした部屋の照明の中、サクヤが覗き込んでいた。どうやらベッドに寝かされているらしい。
「あ、あの」
 状況がよくわからなくて、シトゥリはまごついた。察したサクヤが説明する。
「ワイン飲んで倒れちゃったの。夜も遅くなったし、今日は泊まっていって。ごめんなさいね」
「え、あ、はい……」
 それでも状況が飲み込めないまま、シトゥリは生返事を返す。サクヤはベッドサイドに置いたコップを手に取った。
「はい、もう一度。酔い覚ましのお薬だからね」
 そう言ってコップの中身を含み、身を寄せてきた。
 シトゥリはサクヤから、口移しで薬を飲まされていたのだ。
 どうしようか対応を考える暇もなく、シトゥリの唇は塞がれて、液体が流し込まれた。それを嚥下していると、舌が唇を割って侵入してくる。
「ん……」
 まだアルコールが残っているのか、急に火照り始めた体が思考を奪っていく。シトゥリは舌を絡めとって、サクヤの体に手を伸ばした。
 ふくよかな胸は薄い布一枚しか挟んでいなかった。さらさらとした手触りから、ネグリジェのような夜着を着ているのだと知れる。
 やたらと体が熱い。
 自分の思考と、体の動きが噛み合わない。
 考える前に欲望のまま手が動いて、シトゥリはベッドの上にサクヤを引き寄せていた。サクヤは抵抗せず、むしろ体を寄せてくる。
「はぁ……。ごめんね。お詫びに、好きにしていいよ」
 唇を離したサクヤも息を熱くさせている。シトゥリの上にのしかかる体制から、ころりと横に転がった。シトゥリはその体へ覆いかぶさる。
 抱きしめると、小柄なシトゥリよりももっと小柄であることがわかる。火照ったシトゥリの熱が移ったかのように、だんだんとサクヤの体温も熱を帯びてきた。
 それでようやく、自分が全裸であることに気づく。寝ている間に脱がされたのだろうか。
 顔を下にずらして、夜着の上から唇で胸をまさぐる。むずがるような声をあげて、サクヤがシトゥリの頭を抱いた。
 乳首を探し当てると、それを舌でころころと転がす。すぐに乳首は硬く立ち上がって、唾液を吸った布地が張り詰めた。薄布一つ隔てているのが、逆に興奮を覚え、シトゥリは熱心に両方の乳首を舐めて啜った。
「……や……ぁあ……んん……」
 最初は息を荒げているだけだったサクヤも、徐々に喉の奥から喘ぎを漏らし始めた。円を描くように押さえた頭を撫で回す。
「う、うまい……よ。どうして? そんなに……」
 どうして? サクヤとはベッドを共にしたことがあるし、そのとき言ったはずだ。自分はトウキとジークの経験を知っていると。
「ここが弱いのも、知ってるんですよ」
 シトゥリは夜着のすそをまくりあげ、すばやく下着の中へ手を滑り込ませた。慌てて股を閉じようとする前に、手首までを股間に潜り込ませる。
 すでにそこはねっとりと濡れていた。襞と襞の間に、糸を引きそうなほどの愛液が滴っている。
 その愛液を軽く中指で掬い取り、股間の中央――ではなく、もっと億へ指を滑らせる。
 目的の場所へ触れた瞬間、びくっとサクヤが体を硬直させた。
「そ、そこは――」
 ほぐすように何度も指で入り口をこね回す。
「そこ、おしりの穴――あ……でも、なんか……変……」
 確かに変だ。まるで初めて触れられるような――。
「ここが好きなんでしょ」
 わざと意地悪く言いながら、ずぶりと指を埋没させる。サクヤは体を硬くさせた。
「や、だめ!」
「でも、好きにしていいって、さっき」
「言ったけど、でも……あんっ……なんで、そこ……」
 語尾は弱くなって、消えるように途切れ、軽く喘ぐ息遣いが取って代わる。
「気持ちいいでしょ?」
「う、うん……あ、あそこに入れられてるような……ああ……いい、かも」
「だってサクヤさん、おしりが大好きなんですから」
「え? サクヤ?」
 きょとんと問い返された。
 その瞬間、シトゥリはとんでもない勘違いをしていたことに気づいた。
 腕の下の顔をよく見る――ゆるくウェーブした髪。
「ままま、まさかユマリさんっ!?」
「うん」
「うんじゃなくてその!」
「あ、シトゥリくん声がしたけど、起きたの――」
 今度こそ紛れもないサクヤの声が廊下からして、扉を開いた瞬間――戸口を振り向いたサクヤと目が合って、シトゥリはもう一度気絶しようかと思った。
 しばらく時間が止まった後、
「な……な……」
 とかすれた声でサクヤが呟く。
 間違えたと言うのもなんだかおかしいと思って、なんと言おうかもごもごしていると、ユマリが代わりに説明した。
「シトゥリちゃん、サクヤと間違えたんだって。それよりこっち来なさい」
「ま、まちがえ?」
 どうやらサクヤの思考回路は停止状態にあるようだ。明らかにわかっていない返事をすると、言われたとおりフラフラとベッドサイドに歩み寄ってきた。
 ユマリはシトゥリの下から抜け出すと、ベッドの上に座ってえらそうに言った。
「そんなことより、あなたたちいつのまにそんな仲になってたのかしら」
「――は」
 吐息ともなんともつかない声を上げて、サクヤは薄暗い照明でもわかるほど赤くなった。
「あ、あれはその――いい仲なんてもんじゃなくてね」
「ふーん。シトゥリちゃんあなたの弱点までちゃーんと知ってましたけどね~」
「……み、水ちょうだい、とにかく」
「そこ」
 喉を詰まらせたようなサクヤに、ユマリはベッドサイドのコップを示した。それは酔い覚ましの薬なんじゃないだろうか、と思ったが、指摘する間もなくサクヤは手にとって飲み干していた。
「うえ、なにこれ」
 飲み終わってからおかしいことに気づく。誰かと同じパターンだ。コップの横に置かれた薬袋を手に取る。
「おかあさんこれ、通販で買った怪しげな精力剤じゃない!」
「うん。元気になるかなーと思ってシトゥリちゃんに飲ませてあげたの」
「だってこれ、アルコールと一緒に摂取すると、び、び、媚薬の効果が……あっ!」
 媚薬?
「そうだっけ? あ、一緒にビンの残りのワイン、乾杯しちゃったね」
「しちゃったねじゃなくて、その……なんだか、私……」
 どうりで勃ちっぱなしなわけだ。シトゥリはイチモツに手をやった。体が火照っているのは、アルコールのせいじゃなかったらしい。
「うふふ。ねーサクヤ、いっしょにエッチしよ」
「きゃっ!?」
 ユマリがサクヤをベッドに引きずり込む。もがくサクヤに、ユマリはシーツを被せて動きを封じた。
「ちょっと! おかあさんは飲んでないんでしょ!」
「えー、だって、口移しであげようとしたら、シトゥリちゃんうまく飲んでくれなかったから、私もいっぱい飲んじゃった」
「さ、三人ともなの……」
 シーツから顔を出したサクヤが、情けない声で言う。明らかに顔は上気し始めている。
「サクヤさん……」
 シーツの横から潜り込んで、サクヤの体を抱きしめる。抵抗するような素振りをみせたものの、振りだけで力はこもっていない。
 サクヤもユマリと同じような、薄い夜着を着用しているようだった。素肌のぬくもりがほぼ直に感じられる。
「だ、だめよ。おかあさんが……」
「私もシトゥリちゃんにお詫びしなきゃいけないの」
「お詫びって――あ、んっ!」
 シトゥリは乳首に夜着の上から吸い付いた。
 不意打ちで性感帯を攻められ、サクヤは大きな声で喘いだ。慌てて口を押さえても遅い。ユマリがその顔をのぞきこんだ。
「おっぱい気持ちいいの?」
「……だ、だって今、すごく敏感に……なってて……う、ふぅん……」
「とっても色っぽいわぁ。私もしてあげる」
 ユマリもサクヤの胸に顔をうずめた。シトゥリが舌で弄んでいる反対側の乳首へ唇を寄せる。
「や、やだ――ああんっ! あっ! だめ、声が――ぁ!」
 二人に乳首を吸われて、相当敏感になっているらしいサクヤは声を抑えられずにあられもない喘ぎを漏らした。
「もっと気持ちよくしてあげますよ」
 ユマリにしたのと同じように、下着の中へ手を差し入れる。秘所へ少し指が触れただけで、サクヤは刺激に体を震わせた。下着の横から、ユマリも手を差し入れてくる。
「あらあら、こんなに濡らしてるなんて……エッチな子に育ったのね」
「だって、だって」
「シトゥリちゃん、お仕置きよ」
 シトゥリは膣の中へ指を差し入れ、ユマリはその上のクリトリスを撫で擦る。秘所の中は焼けるように熱くて、ねっとりとした濃い愛液で溢れ返っていた。
「ああー! やあっ! ……も、ダメぇ……!」
 指一本入れただけなのに、ぎゅっと膣道が締めつけて、もっと刺激を欲しがっているように思える。シトゥリはかき回すように細かく指を震わせながら、指のピストン運動を繰り返した。
 ユマリは溢れ出た愛液をたっぷりと塗りつけて、クリトリスへ指の腹をこすりつける。
「あっ! あんっ! あっ! ……ああっ!」
 サクヤはもう喘ぎを隠そうともせず、派手に声を上げている。自然と腰もうねるように動き始めていた。
「――なか、奥の方が広がってきましたよ。イきそうなんですか?」
「や、やだやだっ! お願いイかせないで、おかあさん! 私!」
「なぁに? おかあさんに愛撫されてイっちゃうのが嫌なの? フーン」
 ユマリが急に指の動きを止めてしまう。考えを察したシトゥリも、秘所から指を抜いた。
「あ……」
 快楽の刺激が突然なくなって、サクヤが驚いたような声を吐く。
ユマリはサクヤを覆っていたシーツを取っ払ってしまった。
 だらしなく開いた股の間では、濡れるだけ濡れた下着が染みを広げていた。
「あ……やだ……」
 むずむずと腰を動かし、サクヤは自分から下着の中へ手を差し入れると、指を割れ目に沿って上下させ始めた。
 もう片方の手は胸を揉みながら、若干しかめ気味の眉でシトゥリを見つめてくる。こんなサクヤはもちろん見たことがない。
「サクヤさん……やっぱり、がまんできないんでしょ?」
「うん……」
「じゃ、着てるもの全部脱いで」
 素直にサクヤは着用しているもの――と言っても、ネグリジェと下着の二つを脱ぎ捨てた。その間も指は股間から離れない。
「大きく股を開いて」
「は、はずかしい……」
 言いながらも、言葉に従って大きくM字に開脚する。指はくちゅくちゅと湿った音を上げて滴る液を弾いていた。
 そのまま、熱心に自分を慰め始める。指の動きで形を変える襞は、別の生き物のようにパクパクと蠢いて、そのたびに中心から白くとろっとした液体を吐き出した。
 サクヤは見てと言わんばかりに人差し指と薬指で大陰唇を広げ、中指で膣口からクリトリスまでを、ねっとりと執拗に愛撫しつづける。
 ユマリがそれをのぞきこんだ。ユマリもいつのまにか裸になっている。
「ね、シトゥリちゃん。私たちこんなところまでそっくりよ」
 サクヤの上に馬乗りになって、ユマリは自分の股間を指で広げた。暗くてあまりわからないが、似ていると言えば似ているのだろう。
 そもそも、外見がこれだけそっくりだから、驚くことではない。
「おかあさんのも……」
「あン」
 サクヤがもう片方の手で、ユマリの股間を触り始めた。
「もしかして、ここ感じる? ここも?」
「……うん……いい……感じる。あっ、そこ!」
 シトゥリはまだ残っているサクヤの愛液を指に絡めたまま、ユマリのアナルへ手を当てた。下のサクヤが艶っぽく笑う。
「おかあさんも、おしり気持ちいいんだ。いっしょだね」
「も、もう! どこでそんなこと覚えてきたの……ああ、や! 入って――!」
 指を入れると、ユマリは身悶えた。秘所からは噴き出すような勢いで愛液が分泌される。その中へサクヤが指を差し込んだ。
「後ろの穴と前の穴って、すぐ近くなんだよ。――ねぇシトゥリくん、私にも……」
 サクヤが息を弾ませながらアナルへ指をねだった。
「サクヤさんには、こっち」
 イチモツを握り、狙いを定める。切っ先が触れると、あぁ、とサクヤはため息を漏らした。
 滴り落ちた愛液のぬめりだけで、サクヤのアナルは十分に準備ができている。アナルの入り口を亀頭でこじ開けるように開く。
自身の分泌した液体で禁断の門はゆっくりと開いていった。シトゥリは太い楔を、ずぶずぶと打ち込んでいく。
「あ、あ、あ、あ、……っ!」
 サクヤは体内にぬるぬると進んでいく感覚に、詰まるような声を上げた。
 半ばほど差し込んだところで、ぎゅっと締め付けられた。あまりのきつさにシトゥリは顔をしかめる。
「……おしり、いいの? 鳥肌たっちゃってる」
 ユマリがサクヤの首筋を撫でながら言う。サクヤは頷こうとするが、シトゥリが奥まで貫いたため、声をあげずに体を反らした。
「――っ! 太い……っ。太いよぉ」
「大丈夫ですか?」
「うん……いい……あっ」
 前後運動を開始する。滴り落ちた愛液がさらなるぬめりを与えて、潤滑もいい具合だった。広がりきった襞がこすれる、くちゃくちゃと言う音がとてもいやらしい。
「ああン……私にも」
 ユマリが体を反転させる。自分の秘所をサクヤの顔に押し付けた。
「おかあさんの舐めて。ね? 私は……」
 そう言って、犯されるアナルの上の花弁へ顔を寄せた。
「ああ――あっ……んんん」
 ぴちゃぴちゃと花芯を舐められたサクヤは、押し付けられたユマリの秘所を夢中で舐め始める。
 双子のような二人が69の体勢を取っているのは、どこか倒錯的な映像だ。シトゥリは興奮を覚えて、射精感が高まるのを感じた。
 腰の動きを早めながら言う。
「サクヤさん――中に、いいですか!」
「いいよ――中。なかっ! ああっ!」
 ユマリが突っ込んでかき回す指の動きが、薄皮一枚向こうで感じられる。それに亀頭を刺激されて、シトゥリは絶頂に達した。
「イきますよ! イクっ! うっ!」
 思うさまアナルの中へ腰を突きいれ、射精する。直腸の中へ、白濁した欲望が思いきりぶちまけられた。
「ああーっ! 熱、い……! でてる……」
 サクヤも普段から想像できないようなあられもない声をあげて、ベッドの上で悶えた。
 シトゥリはその腰をつかんで、何度も何度も腰をぶつけながら、最後の一滴まで搾り出した。
 頭の中が白くなるほどの快感。
 出し終わってイチモツを引き抜くと、とろとろと白く泡立ったものがアナルから溢れてくる。ユマリが花弁から指を抜いて、ねとねとに濡れた指先をちろりと舐めた。扇情的な光景だ。
 薬の影響のせいで、出し終わったと言うのにイチモツは全然収まらない。まだ足りないのだ。ユマリが顔を出して、勃起したままのイチモツの先を口に含んだ。
「んぐ……んっ……次、私の番だからね……」
「いっぱいしてあげます」
「うふ、うれしい」
「おかあさんにも仕返ししなきゃ……」
 ユマリの体をよけて、気だるげな動作でサクヤが身を起こした。
 ベッドサイドの戸棚を開け、そこから何か取り出す。イチモツから口を離し、ユマリが目を丸くした。
「あーっ。なんてもの持ってるのよ」
「だって。私だって寂しかったんだもん」
 サクヤが取り出したのは、バイブ――それもアナル用の細いタイプだ。ユマリにはそこまでわからなかったらしい。サクヤはそれを口に含み、舐めながら言った。
「これでおかあさんも気持ちよくしてあげる。ほら、シトゥリくん」
 シトゥリはうながされるままユマリの体を押し倒し、仰向けに寝転がさせる。両足を開いて腕の間に組み入れ、股間を丸出しにすると、そこへサクヤが手を伸ばした。
「いきなり、シトゥリくんのみたいに太いのは無理だから――これで」
「え? や! ああっ!?」
 びく、とユマリは体を硬直させた。サクヤによってアナルへバイブが挿入されていく。
「やだちょっと、あ……あン……へ、変な感じ……」
「変な感じする? でもすぐ慣れて、気持ちよくなるのよ」
「そんな……」
「僕も入れますよ」
 シトゥリは返事を待たずに、濡れている秘所へイチモツの先を向ける。敏感な場所へ亀頭が触れると、ユキが身悶えた。
「ふ、二つ? 両方なんて――」
 言葉尻を待たず、シトゥリは大陰唇の襞と襞をかき分け、蜜の溢れる花の中へ分け入った。
 くちゅ、と音を立てて、花弁は亀頭を飲み込んでしまう。ユマリの中は燃えるように熱い。
「……ユマリさんっ」
 シトゥリはユマリの体を抱きしめながら、徐々にイチモツを埋没させていった。腰のわずかな動きにも反応して、その体は細かく震えている。
「すごっ……すごい……!」
 シトゥリのモノの大きさに、ユマリはカクカクと肩を揺らして反応した。サクヤが二つの腰の後ろで言う。
「スイッチ、入れるね」
「――え? きゃあっ! あああっ……! ああン」
 バイブが細かく振動し始めて、驚いたユマリは悲鳴を上げたが、その声はすぐに甘く熱いものに取って代わる。
「ぼ、僕も――いいです、中が震えて――」
「やだっ、やあ――変な、変なの」
「シトゥリくんにもしてあげる」
 サクヤの唇が、シトゥリにアナルに吸い付いた。予想外の感覚に、シトゥリは焦る。
「え、さ、サクヤさ――」
 ぬるっと舌がアナルの中へ入り込んできた。
 なにかやわらかいナメクジのようなものに犯されているような気がして、シトゥリは背筋に快感の電撃が走る。
「うっ、うう……」
 思わず腰が動いて、それがユマリの膣を締め付けさせ、さらに強い快感がイチモツからもたらされる。
「あああ、あ」
「あふ、うう……そんな、はげし、うふ、んんんっ!」
 もう夢中になってシトゥリは腰を使い始めた。
 ぱんぱん、と響く腰使いの音の下で、ユマリの喘ぎがベッドから床へと流れ落ちる。
 激しい腰の動きにもサクヤの顔は離れず、ぴったりとアナルへ吸い付いて、シトゥリの菊門の中を舐め回していた。
 アナルの中のから伝わるバイブの振動が、裏筋の敏感な性感帯を刺激して、濡れて複雑さを増した膣の蠕動が快感を加速する。
「も、だめ、ですっ」
「私もっ! おしりと前が、気持ちいいっ! すごいよっ!」
「い――イク! 出る!」
 シトゥリは最後の理性でユマリの膣からイチモツを引き抜き、射精した。
 アナルから顔を離したサクヤが、すばやく前へ手を回して、射精に震えるイチモツをつかんでしごき始める。
「ああ――あ、あ、ン」
 白い液体が体中に飛び散り、それを絶頂の無意識の中、ユマリは手でなすりこんでいく。
 二度目とは思えない濃いものが、サクヤの手を借りて搾り出されていった。
 ユマリがどろどろになるくらい発射して――ようやくシトゥリは力尽きた。
 さすがに全部絞りきったのか、元気だったイチモツもようやく収まる。
 脱力と気だるさを同時に感じて、シトゥリは崩れ落ちるようにベッドへ転がった。
「はぁ……はぁ……」
 ユマリのアナルにはまだバイブが突き刺さっている。
 それを取り出す気力もない様子で、ユマリは天井をむいたまま喘いでいる。
「おつかれさま」
 サクヤが言って抱きついてきた。
 白くやわらかい胸に抱かれながら、シトゥリの意識はすぐ眠りに入っていった。


 3


 起きたら朝だった。
 同じ部屋のソファで半裸のユマリがぐうぐう寝ていたのにはびっくりしたが、頭痛がひどくて昨夜の記憶が無い。サクヤに聞くと、ワインを飲まされて倒れたらしい。サクヤもその後悪酔いしたらしくて、記憶がないそうだ。
 なんとなく居心地が悪くて、シトゥリはそそくさとサクヤの家を辞退した。
 住宅地の路地を首をひねりながら歩いていると、黒塗りの高級車が目の前を横切っていった。スモークガラス越しに、金髪のショートカットがかいま見えた。
「シリンさん……?」
 車はそのまま路地をゆっくり進んでいく。昨日、サクヤが言っていたことが、突如思い出された。シトゥリは反射的に車を追って走り出していた。
 幸い、目的地は近くだったようだ。
 連邦本部の裏にある山への入り口で、車は止まっていた。ドアが開いてシリンが姿を現す。そのまま、山へ続く階段を登り始めた。
(こんなところに何の用が――)
 行動が不審であることは確かだ。シトゥリは十分距離をとって追跡を続ける。
 山は一つの神社になっていて、入り口には鳥居が立っている。階段がそこから頂上まで続いているのだ。
 山といってもなだらかな丘陵で、高さもそれほどないから女性の足でも苦ではないだろう。さっさと歩を進めるシリンを見失わないように、シトゥリは急いだ。
 不思議なほどの静けさが山全体を包んでいる。
 来たことはなかったが、都市の中心に位置する山だ。朝でも散歩の人影くらいありそうなものだが、人っ子一人居ないのはどこか違和感がある。おまけに、鳥の鳴き声や木々のざわめきまで、なにも無い。
 シリンの後姿を眺めているうちに、シトゥリは不安になってきた。
 やがて頂上にたどり着き、そこに建つ神社の境内へ足を踏み入れていく。
 シトゥリは狛犬の影に身を潜めた。
 シリンは神社の正面に立った。その前の扉が開く。
「今日は早いのですね」
 シトゥリは息を呑んだ。
 そこから現れたのは、金髪で童顔の美しい巫女――アシリアだ。真紅の和服が周囲の風景から切り取られたような違和感を持っている。
 やはり、二人が会っているのは本当だった。
 もう少し近づけそうだ。
 シトゥリの中の、トウキが囁く。全身の気配を消し、足音から衣擦れのかすかな音まで完全に絶って、影から影へと身を移す。
「アシリアさん、私はあとどれくらい……」
「ご心配なさらず。大願を果たすまでわたくしがあなたをつなぎとめて差し上げます。さあ、こちらへ……」
 アシリアが神社の中を指し示す。靴を脱いだシリンが、社の小さな床へ上がり込んだ。
 突然、アシリアが着ているもの――前をあわせただけの簡単な和装――をはだけた。体とは不釣合いな巨乳が、朝日からできる陰の中、白く艶かしく零れ落ちる。
 アシリアがクラからシリンに乗り換えた、と言うわけではなさそうだ。ただの情事なら覗き見するべきではないだろうが――アシリアの表情は妖しく、シリンの表情は硬い。もう少し見る必要がありそうだった。
 小柄と言うよりは低身長と言った方がいいアシリアの前に、シリンは跪いた。和服の帯をしゅるしゅると解き、着物の合わせ目を完全に解ききる。
 アシリアは着物の下に何も身に着けていないようだった。シリンがその股間に手を入れる。つかみ出したものを見てシトゥリは再び息を呑んだ。
(げっ……!)
 アシリアの股間からは、隆々としたイチモツが生えていたのだ。
 一度、まじないでシリンの股間にもイチモツを付けたことがあるくらいだから、自分にだって可能なんだろうが――それでも異様な光景だ。
 シリンはそれを両手で包み込むようにして撫でながら、勃ちあがってきたモノを口に含む。
 シリンの口には大きすぎるようで、うまく口の端を閉じることが出来ずに、じゅるじゅると音を立てて唾液が零れ落ちる。アシリアがシリンの髪をつかんで、ぐっと口の中へ差し入れた。うめき声を上げて、シリンは苦しそうに顔を歪める。
「さあもっと……奉仕なさい。あなたの魂を肉体へつなぐために」
(やはり……)
 シトゥリの嫌な予感は当たったことになる。
 ディラックによってシリンは死の淵から蘇った。シリンは生ける死者であるらしい。アシリアと会っているのはそれに関係があるのだ。
 しかし――。
「んぐ、んんん……っ。ぷぁっ、はぁ……」
 窒息しかけたシリンが、イチモツから口を離した。アシリアはそれを嗜虐的な目で見下ろす。
「まだまだ刺激が足りませんわ。たくさん射精してもらいたいでしょう?」
「は、はい……」
 シリンはアシリアの尻に手を回して、さらにイチモツを飲み込もうと努力する。
 今のアシリアはシトゥリの知るものと違っていた。これまでやさしげに笑っているところしか見たことがなかったのだ。サディスティックにシリンを見つめる眼差しは冷たい威厳に満ちている。
(そもそもなぜここにアシリアさんがいるんだ?)
 八十禍津日神の巫女たるアシリアは、厳重な監視と保護の元、居場所はシトゥリたちにも知らされずどこかへ隔離されているはずだ。
「ああ――出しますよ。喉の奥まで飲み込みなさい!」
「んっ!? うぐぐぅ!」
 アシリアがシリンの顔をつかんで、イチモツを奥へ入れたまま固定した。その体がビクビクと軽く震える。シリンの喉へ射精している。
 シリンはアシリアの着物をつかんで苦しそうにもがいているが、出るのはうめき声だけだ。溢れた精液が唇の隙間から流れ落ち、顎を伝ってブラウスを汚した。
「げほっ! げほっ、う、ぐ……ごほっ」
 イチモツが引き抜かれると、シリンは床へはいつくばって咳き込んだ。相当苦しかったのか、嘔吐しかけている。口元を押さえて息を荒げるシリンの髪を、アシリアはつかんで引き起こす。
「だめですわ……いっぱいこぼしてしまって。ちゃんと全部飲まないといけませんよ」
「――は――はい」
 息も絶え絶えなまま、シリンは再び床へ顔を向け、飛び散った精液を舐め取り始める。
シトゥリは顔をしかめた。
(やりすぎだろ……アシリアさん)
 なぜシリンはアシリアの仕打ちにしたがっているのだろうか。その答えは赤い衣装をはだけたアシリアが独白した。
「あなたは邪神によって殺され、スサノオによって蘇った。しかし魂は霊振(たまふ)りで戻せても、肉体はそういかない……。あなたの魂は肉体の死を感じ取り始めている。このままでは近いうちに」
「わ、わかっています。私は――2年前に死んでいた」
「でもあなたはまだ黄泉へ落ちるわけにはいかないのでしょう。ディラックの命が尽きるまでは」
「私はどうしても、あの人の戦いを見届けたい。そのために、お願いです」
「いいでしょう。わたくしの力を、生命の元である精液を通じて、あなたの中へ――」
 アシリアが艶然と笑った。
 その瞬間、はだけた着物の間から、無数の肌色の――男根が先端についた触手が伸びた。
(な――これは、まさか)
 あやうく叫ぶところだった。いくらなんでもおかしい。
「味わってお飲みなさい……」
 アシリアは触手の一つを手に取ると、びくびくと震えて先走りの汁を迸らせるそれを、床で見上げるシリンへ差し出した。
 シリンは触手へ顔を近づけると、滴る汁を舌先で掬い取り、亀頭の割れ目にすぼめた唇を当てる。唇を割って舌が亀頭を舐め回している。
「ああ……そう、そう。わたくしも――」
 触手が着物の裾を広げ、アシリアの秘所へ先端をこすり付ける。イチモツの生えた奥の花弁はすでに濡れていて、くちゅくちゅと淫靡な響きを広げた。
「――アシリアさん、もう……」
 シリンが濡れた目でアシリアを見つめた。頬は異常に上気している。アシリアはいとおしげにその頬を撫でた。
「ふふ、そうですね」
 触手がシリンに巻きついていく。
 あるものはブラウスの隙間から潜り込み、あるものはチェックのスカートの中へ入り込む。手首や太ももに巻きついて、自由を奪っていく。
(う……)
 そんなつもりはなかったが、シトゥリはその光景に興奮を覚えた。
 黒いストッキングは破られ、そこから侵入した触手がストッキングと肌との間、薄皮一枚の下を這うようにして犯している。ブラウスの襟から飛び出した触手が、シリンの口へ突き込まれた。足を思い切り広げられて、大きく持ち上げられる。剥ぎ取られた下着が触手の中間で揺れていた。
「それでは、参りますわ」
 アシリアは自らのイチモツをしごきながら、シリンの腰へ身体を密着させる。
 ぐっと腰を進めると、シリンは空中で身体を仰け反らせた。
「んんんん!」
「狭くて――なんてきつい……ああっ!」
 シリンの口の触手が絶頂に達し、びゅくびゅくと精液を発射し始めた。アシリアは目を閉じ、快楽に溺れた表情で腰を振り始める。
「ああっ、ああっ、ああん、ああ!」
 腰を動かすたび、アシリアの口から喘ぎが漏れた。
 自らの欲望を満足させるためだけの、動物的な腰遣い。
 シリンの股間はあの巨大なものを飲み込んで、受け入れているのだろうか。
 口に触手を突きこまれたままシリンは、唇からどろどろと精液を垂れ流しながら、喉を反らせてその攻めを受けている。
「んぐ、う、ふっ! ああああ! はあぁ、あ、イクっ!」
 シリンはずいぶんな仕打ちを受けて苦痛を感じているのかと思えば、なおも射精する触手を自由になる片手で引き抜いて、そう叫んだ。
 ガクガクと派手に体が痙攣する。握り締めた触手から迸る白濁したものが、顔やブラウスを汚している。
「そ、そんなにきつく締めたら――わ、わたくしもっ!」
 アシリアも釣られて絶頂に達した。
 触手に支えられたシリンを抱きしめ、何度も大きく腰を打ち付ける。
 赤い着物がひらひらと舞った。
 ずり落ちた肩口から、触手の生え際がのぞく――触手はアシリアの背中から生えているのだ。
 何度も何度も、執拗なくらい腰を振って、アシリアの絶頂は終わった。
「――はあ、ああ……」
 アシリアは満足そうなため息を吐くと、腰から砕けるように床へ座り込み、ようやくシリンの体を開放した。触手は潮が引くように着物の中へ吸い込まれていく。
 シリンは気を失ったのか、ぐったりと動かない。しまりなく広がった股間がシトゥリの方を向いていて、スカートの間から白濁した液体がどんどん零れ落ちてくるのが見て取れる。
 ぺたりと床に座ったまま、アシリアが呟いた。
「ふふ……馬鹿な子。わたくしが、わたくしであるかどうかも見抜けないようでは、現人神失格ですわ」
 突如、シトゥリはそのセリフが自分に向けられたものであることを悟った。
 振り向いたアシリアと目が合う。真っ赤に燃える血走った目。
「ア――アシリア、さんじゃ……ない!?」
 逃げようと腰を浮かせたまま、シトゥリは硬直した。目の威力でか、焼きついたように体が動かない。
「そう……タケミカヅチの現人神よ。あなたとは合間見えたことがあるはず――宇宙(そら)で」
「あなたは……八十禍津日神――!」
 本体は成層圏で、謎の分解をしたはずだ。中つ国(地上)へ渡る力が残されていなかったのではなかったのか……!
「それはあなたとの交合に失敗し、それが本体の大気圏突入と重なってしまったためにおきた不運」
 アシリアの姿を模した神は、シトゥリの頭の中を読んでいる。
「禍(わざわい)転じて福となす――ですか。人はいい言葉をお持ちになっていますね。こうして潜伏し、力を吸い取って――わたくしは再び禍(まが)を起こす」
「まさか、シリンさんの……!」
「スサノオの与えた偉大なる生命の力。それはわたくしにも力を与えてくれる」
 シリンは力を分け与えてもらうつもりで、実は吸い取られていたのだ。シトゥリは美しい顔を睨み返し、立ち上がった。
「僕が――あなたを止めてみせる」
 禍(まが)――災禍(さいか)。
 5年前の記憶が鮮やかに蘇る。
 家族も親しい人も、姉のようなあの人も――奪われた出来事。
 すらりと伸びた手足が、シトゥリの前から駆け去っていく。
 現実のアシリアは、聖女の笑みで微笑んだ。
「あなたの憎しみは、とても美しいのですね」
「ふざ――けるなっ!」
 怒りが金縛りを跳ね除けた。シトゥリは戸口から中へと走りこむ。
 アシリアの体から無数の触手が伸びてきた。
 走りながらそれを一寸で見切り、かわしていく。
 体術はトウキの得意とする分野だ。
 その知識と経験が、シトゥリに受け継がれている。
「うおおおおおおおお!」
 接近して触手を片手で払い、右の拳をアシリアの腹へ、容赦なく打ち込む。
 ずぶりと沈み込む、異様な感覚が右手に走った。
 一瞬で全身に鳥肌が広がる。シトゥリは反射的に手を引き抜き、後ろへ飛び退っていた。
「ふふふ……ふふ……」
 アシリアの腹には大穴が開いている。振り乱した髪が、顔の上半分を覆って表情が見えない。
 ただ、口元は三日月の笑みを刻んで、不気味に揺れていた。
 突然その体は輝きを放ち、目を覆ったシトゥリがひるんでいる間に、アシリアの姿は消えていた。
 声だけが後に残った。
『もう遅いのです。禍が、災禍が始まる――!』
 シトゥリは拳を握り締めたまま、後に残った赤い着物をにらみつけていた。

-chapter5- アラヒトガミ
 地球に帰還した途端、想像したどれよりも意外な命令がタケミカヅチクルーに下った。
 休日(オフ)である。
 まんまと裏をかいて地球の大気圏へ突入した八十禍津日神の本体は、なぜか途中で粉々に砕け散った。
 物理的に大気摩擦をしのぐことができなかったのか。
 それとも高天原より中つ国へと世界を跨ぐ力が残されていなかったのか。
 総配備されていた連邦軍艦隊は、それこそ呆けたように強大な邪神が砕けるさまを見守った――。
 ようやく報道管制が解かれ、新聞に記事が載ったのは今朝のことである。
 ディラックはその内容を反芻して、皮肉気に唇を歪めた。
 むろん事実そのままが報道されることは無い。一般大衆に必要なのは、虚報でも安心を与えるものでなくてはならなかったし、今のところ報道に嘘はない。邪神は人々の負の感情も食らう。人心の不安を煽ることは例え真実がそうであったとしても、益にはならない。
 ディラックが嘲ったのは、一番肝心な部分が伏されて伝えられているからだ。もっとも、その肝心な部分と言う物は、報道陣はおろか連邦軍の幹部にも知らされていない。
 連邦軍の中枢の中枢たる一員――最高会議室のみ知るトップシークレットである。
 エレベーターが本部最上階で止まる。連邦本部ビルの地下から数えて88階。
 ドアが開く。
 目前には銀のプレートで――『連邦最高会議室室長執務室』とある。
 室長。
 重厚な木造の扉を叩く。
「ディラック・ルーデンス少佐、ただ今戻りました」
「どーぞ」
 投げやり気味な、軽い口調が内から響いた。最初に聞いた脱力は今でも忘れない。無遠慮に扉を開く。
「ふふ、よく生きて帰ったわね」
 外観の重厚さと比べて、いかにも質素――質素と言うより淡白な部屋だ。スチールデスクに、オフィスチェア。簡単な造りのライト。
 その前に若い女がたっている。
和服とも浴衣ともつかない衣装。どちらにせよ、着流すというよりは着崩すと言ういでたちだ。開いた胸元からは白く豊かな隆起が陰影をつけて覗いていた。
栗色の髪をアップでまとめ、零れ落ちた髪の束が細く長いうなじに妖艶さの筋を付ける。
ディラックよりも2,3年上にしか見えない。25そこそこのこの女性が、最高会議室室長――つまり、世界で一番権力を持っている人物となる。
「生きて戻れるとは、思ってませんでしたよ、室長」
「ああん、私のことはユキって呼んでって言ってるでしょう。呼びなさい」
 愛人(イロ)じゃねえんだから――と、心の中で呟き、ディラックは言い直した。ユキの機嫌は途端に上昇する。単純なのか無邪気なのかわからない。しかし、こういうタイプこそ本当に底が知れないのだということを、ディラックはすでに学習している。
「いちお、色々と聞いてるけど。本人から直接もう一度聞きましょうか」
 ユキは言って、奥の襖を開ける。一段高くなったそこより向こうは和室である。妙な造りであるとしか言いようが無い。
 ユキは靴をはいたまま、開けた襖の桟に腰掛けた。
 もう引退した老獪な先輩エージェントの言葉が思い出させる。
 あれは……わしが手ほどきを受けた、30年前から若いままだよ。
 酔った、酒の席でぽつりと漏らした言葉だった。他の同席者は冗談と思って聞き流したが、ディラックにはそう思えなかった。冗談どころか、笑い顔すら見せない男だったからだ。
 真偽は別としても、ユキにはそんな言葉すら真実味を帯びるほど、得体の知れない部分がある。
 ユキは歳を取らない。いつからここに居るのか誰も知らない。そもそも、存在自体を知る者は少ない。
 もはや生きた怪異である。
 その怪異が連邦の頂上に立ち、裏から巧みに指導している。しかしそれは頼もしいのと同じくらい、不気味なことでもあった。
 言葉に出さずも、関わるものはみんなそう思っているはずだ。
 証拠に、暗黙のうちで厳禁とされているユキの身辺調査は、ディラックの先輩の先輩、そのまた先輩、さらに先輩――の代から行われているのである。
 と言ってもそれはディラックが世話になった老エージェントの言っていたことであり、そのエージェントもやはり先輩から聞き及んだことだ。そもそも嘘と言う可能性もある。
 その脈々とした調査を信頼するならば――わかっていることは3つ。
 ユキが不老不死であること。
 天照大御神の現人神であるらしいこと。
 過去に一度、結婚したらしいこと。
 これだけだった。
 連邦で最高の技術を持つ、諜報のプロが代々調べてこれだけである。
 そんなことをぼんやり考えながら、ディラックは航海の詳細を報告した。
「……ふぅん」
 また脱力する。
 気の抜けた相槌を最後に返して、ユキはポイと履物を脱ぎ、しなやかな動作で畳の上に上がりこんだ。押入れの襖を開いて、なにやら取り出している。
「……あなた、1つ隠してるでしょ。黙ってる」
 ディラックが返事をせずにいると、上がりなさい、とユキが言った。
 靴を脱いで従う。そもそも畳は慣れない。
 ユキは布団を取り出していた。ぼふ、と放り投げるようにして畳の上に広げる。引っ掛けた肩口がずり落ちて、細い肩が覗いた。
「黙っているとは」
 質問が続いてこないので、ディラックは促した。もっとも、すでに観念している。
「アレに会ったんでしょ。八十禍津日神に。何か、言われたでしょう」
「……おれは、スサノオの現人神であると」
「そうよ。そのとおり」
 軽い肯定に、怒りが突如爆発した。
「なんで黙ってた! おれは得体の知れないものに始終悩んでいたんだぞ――」
「だって、あなたは死なないもの」
 またもや軽い口調。正面から放ったパンチをすっといなされた気分で、ディラックはユキの後ろ髪を――ずれて露出した肩口を見つめた。
 ちょい、と小粋な仕草で衣服の乱れを直し、ユキは振り向く。するっと近づいてきた。
「バーカ」
「は?」
「いい大人が、うじうじ悩んでるんじゃないわよ。あなたにはその力を恐れて震えてるだけっていう選択肢もあるのよ。なんであえて、戦う道を選んだの。選んだなら悩んでないで戦いなさい馬鹿」
 早口で罵られた。
 確かに正論だ。正論なだけに腹が立つ。
「うるせえ!」
 カッとしてユキを突き放すと、よろけて布団の上へ仰向けに転がった。
 裾がめくれてきわどいところまで露出している。薄暗さに白い太ももが艶かしい。
 突如怒りが沸いたのと同じように、突然ディラックは欲情した。
 じっと見つめていると、ユキが転がったまま言った。
「……もよおした?」
「…………」
「犯す?」
 その上目遣いを見て、ようやくディラックはユキが布団を敷いた真意を知る。ここまでの流れすべて――怒ることから罵られること、欲情することまで――全部ユキの仕組むところなのだ。
「……しばらく、お相手してなかったな」
「そうよ。勃ってるの知ってるんだから」
 気が抜ける。相手をしていると調子が狂う。
 しかし、闇に浮かんだ太ももは、どうやらその付け根の奥まで開いている。ユキは下着を着けないのだ。
「まー、仕方ねえよなぁ」
 ディラックは言ってから、親父臭いセリフだと反省した。
 転がったユキの上に覆いかぶさる。
 きゃは、と子供みたいな声を、ユキはあげた。
 乱暴に着物の胸元をつかみ、引き剥がす。2つの白い果実が弾けて揺れた。こぼれおちそうなほど大きいその頂点の突起へ、ディラックはむしゃぶりつくように舌を這わせる。
「あ、ああ! そうよ、もっと、乱暴にして」
 柔肌は逆にディラックの唇を吸いつけてしまいそうなほど瑞々しい。確かに――訓練と称して初めて床を一緒にした5年前と、肌の質感になんの衰えもない。
「この、マゾ女め!」
 乳首に歯を立てると、ユキは声無き声を上げて喉を反らせた。しかし知っている。自分の前でだけ、ユキはこうなのだ。同じく『訓練』を受けたトウキは、まったく別の印象を受けていたし、なによりクラもその『訓練』の相手をさせられている。
 いくつもの顔を持っているのは間違いない。いまだにそのどれも、ディラックは見たことが無い。
裾を割って股間に手を突っ込むと、手を触れるまでもなくしとどに濡れそぼっていた。
嗜虐心が掻き立てられる。
きっと――そうしむけているのだとわかっていても、ことさらにディラックは駆り立てられた。
理由はあるのだ。
指を秘所に突きいれ、かき回しながら、ユキの顔をじっと見つめる。
ユキは身を捩じらせて喘ぎながら、口を開いた。
「――抱いたのね、あの子を」
「あの子?」
「サク――う、ふっ……サクヤ艦長よ。目を見たらわかる」
「…………」
「似てた?」
 思わず責めの手を止める。ユキは薄い笑みを浮かべていた。
 なぜかディラックはぞっとした。
「――似ていた。姉妹のように」
 思ったより硬い声が出た。
 そう――ユキとサクヤは。
 栗色の髪から、顔かたち、スタイル……秘所の中まで。
 姉妹のようにそっくりなのだった。
「苛めた?」
 暫時、ぼうっとしていたらしい。ユキの笑みは、いたずらっぽいものに変わっていた。
「ああ。あいつは苛めがいのある女だ」
「あんまり執着しちゃダメよ。あなたに御しきれる女じゃないから」
「……あんたと同じで、調子をはずされる。もう相手はしたくねえよ」
「あなたでも懲りることあるんだ」
「うるせえ」
「きゃ!」
 秘書の中の指を乱暴に動かすと、ユキが痛みに身をよじった。だが逆に蜜は溢れ出してくる。
「も、もっとやさしく――」
「うるせえってんだろ」
 ユキの両手をディラックは片手でつかみ、布団の上に押さえつける。もう一方の手はさらに激しく動きを強める。
「う、うう、ん」
 苦痛にしかめた眉が、妙に艶かしく映る。
 溢れた蜜で、秘所からはくちゃくちゃという厭らしい響きが漏れはじめていた。
 乱暴にすればするほど、ユキは喜ぶのだ。それは、ディラックの前だけでかもしれない。だが、ユキと肌を重ねている瞬間、得体の知れないこの女の底を見た気がして、安堵を覚えるのだ。
 だから今また、こうやって――。
「いれるぞ」
 ディラックはチャックから取り出したイチモツをユキの濡れた割れ目へあてがう。きて、きて、とユキが子供のようにねだる。一気に奥まで貫くと、身体を硬直させて仰け反った。
「あああ、あー!」
「くっ」
 締め付ける膣の圧力と、ぬめりの感触に、ディラックも思わず呻く。
 暗い室内の中、白い胸がぼんやりと浮かび上がっている。乱れた着物がエロティックだ。ディラックは手を伸ばして、ぐっと力を込めて乳房をにぎる。
「もっと、もっと!」
「もっとよくしてやろうか!」
 奥まで差し込んだイチモツを大きくグラインドさせ、打ち付けた。着物の裾から伸びる片足を持ち上げ、それを抱きしめるようにして股を広げさせる。不自然な格好で犯されたユキは、体を横にねじったまま喘いだ。イチモツは膣の上部をこするように刺激する。
 ユキのつかんだシーツが、渦巻きのようなしわを作っている。ディラックはその渦の中へ押し付けるように、ユキの頭をつかんで押さえつけ、腰の動きを強めた。
 ぱんぱん、と肌と肌が放つ湿った単純な音と、シーツの中でくぐもったあえぎ声が不自然な和室にこだまする。
 ディラックは絶頂が近いのを知った。足を離すと、そのままユキの体を回転させて、うつぶせにさせ、自分はその上にのしかかる。潰れた乳房が布団の脇からはみだしていた。細いうなじには玉の汗が浮かんで、散り散りに降りかかる栗色の髪が、相変わらずエロティックさを加えている。
「ユキ……ユキ!」
「イキそう? ねぇ、イって、出して!」
 うなじに顔を押し付け、夢中で腰を振るディラックに、ユキは首を上げて、腕を後ろに回しその頭をなでる。
「ああ……イクぞ、ユキっ!」
「出して、出していっぱい! あっ! はぁん、あぁーっ!」
 ディラックは体を震わせて射精した。
 迸る精液はユキの体内へ確実に挿入されていく。
 ユキは首を反らせたまま、長く尾を引く嬌声をあげ、ディラックの射精が終わったと同時に、糸が切れたように顔を落とした。
 ディラックがイチモツを引き抜くと、くぽっと小さな音を立てて、秘所からは大量の白濁した液が流れてた。ひくひくと痙攣する膣の動きにあわせて流れ続けるそれをしばし見つめ、ディラックも倦怠感に任せて布団の上にねっころがる。
 二人の息を整える音が静かになったころ、ユキがぼそりと言った。
「ディラック、あなた怒ったわね」
「……あ?」
「得体が知れないもの、あなたの近くにもう一つあるんじゃないかしら」
「……それは、あんたのことを指してるのか」
「得体の知れないものは不気味? 怖い? 正体を知らないと、不愉快?」
「そんなんじゃねえよ。知らない方がいいこともあることくらい、わかっている。怒鳴って悪かったよ。あんたが教えなかったのは、おれにとって『知らない方がいいこと』だからなんだろ」
「ふふ、よかった。でも私は意地悪だから、『知らない方がいいこと』をあなたに教えてあげる」
「…………」
「あなたはサクヤ艦長を愛するかもしれない。そう感じたから身を引いたの」
「――馬鹿言うなよ」
「そう、正確じゃないわ。なぜならあなたが愛しているのは――この私だから。同じ姿のサクヤ艦長では、代償にならないのよ」
 ディラックは首をねじって、隣に居る得体の知れない女に目を向けた。
 ユキは半身を起こしてディラックを見下ろしていた。うなじから落ちた髪が、蛇のように白い肌を這っている。
 もう一度、ぞっとしたものがディラックの背筋を駆けていった。
-chapter4- 八十禍津日神
 母船の内部は、まるで昨日まで人が住んでいたかのような状態だった。
 完全に八十禍津日神に乗っ取られた時の母船は、それ全体が邪神と化したかのような、不気味な様相を呈していたが、今ここに広がる光景は、随所に非常等の薄明るい光が灯り、空気も存在する、ただの遭難船に近いものだった。
「……やめて、欲しいわね」
 神殿へと案内するクラの口調は、ともすれば震えるほど硬い。歩きながら、シトゥリは気になっていたことを訊いてみることにした。
「クラさんは教団へ長い間潜入してたんですよね。どう言う場所だったんですか?」
「あんたたちが想像してるような、邪教団ってわけじゃないわよ。教義は八十禍津日神に生贄を捧げたりしてご機嫌を取って、その災厄を起こさないでもらおうって言う形のものだから。古くから見られる信仰の1形態ね。だから、連邦政府も黙認状態にあったわけだけど――」
「お前が潜入しなければならないような事態が起きたわけか」
 先頭のディラックが、前を向いたまま言った。クラがうなずく。
「ええ。八十禍津日神が活性化し、教団だけでは抑え切れなくなっていた。当初連邦政府は教団の動きが巫女であるアシリア様に原因があると考えていたようなの。だから私を内偵に送り出し、探らせたんだけど、結局私は役目を果たさなかったわ。教団の内部資料が渡れば、連邦軍が母船に総攻撃をかけることは明白だったから。でも結局、こんなことになっちゃったけどね」
 飄々としているクラにも、相当の苦悩があったのだろう。感情を含まない声色は、逆に多くのことを伝えている。ディラックが独特の低い声で言った。
「しかし今、教団は新たな巫女の擁立もないまま、無茶な動きを見せている。理由はなんだ? 母船の本部と、地上の支部とは、そもそも考え方が違ったのか?」
「……あるいは、神の意思か――。私にはわからないわ」
 突然ディラックが足を止めた。
 同時に張り詰めた緊張の空気に、シトゥリも足を止め、周りを見渡した。前に見たことがある。ここは、神殿に近い禊の場所だった。
「何かいるぞ。神と言うほど強力じゃないが――いや、一体なんだ?」
「アシリア様!」
 突然クラが叫び、後ろを向いた。つられて振り向くと、廊下にぼんやりと立っているのは、見まごうことのないアシリアその人だった。金色の巻き毛が非常灯の明かりで散り散りの輝きを撒いている。
「ダメだ!」
 ディラックが叫んで手を伸ばしたが、その指が肩に触れるか触れないかのところで、クラは駆け出してアシリアのところへ向かっていった。
 その時ようやくシトゥリにも思い至った。本物のアシリアは地上の安全な場所で待機しているはずだ。今は教団を裏切り、連邦に味方しているのである。
「クラさん!」
「行くな! 幻にやられたんだ」
 ディラックの制止でシトゥリは踏みとどまった。クラがアシリアに近づいた瞬間、真っ暗な闇がその周辺を覆って、2人を飲み込んで消えた。
「あ……」
 シトゥリは呆然と一瞬の出来事を見つめるしかなかった。何か言う前に、ディラックが肩を叩いた。
「大丈夫だ。なぜおれがあいつをここに呼んだかわかるか。クラも、とある神の現人神なんだ。しかし早いところ救出しないとまずいぞ」
「ど、どこに行ったんでしょう」
 ディラックはにやりと笑った。不敵なその表情は、普段は人に威圧感を与えても、今は無限の頼もしさを誇っている。
「神殿だ。カンだがな」
 ゆらゆらとした光がシトゥリたちの周りへ現れ始めていた。それはすべて、金色の巻き毛を持っている。何人ものアシリアが、意思のない瞳でこちらを見つめていた。いつかシトゥリも同じ状況で襲われたことがあったが、その再現のようだった。
「ついて来い。神殺しの力を見せてやる!」
 ディラックが走り出した。その右手が青白く光り、巨大な白い炎の弓のようなものを握る。
 思わず目を剥くような光景だった。シトゥリはなんとかその後をついて走った。
「これが生弓(いくゆみ)、生矢(いくや)! 死人すら生き返る神の一撃を食らえ!」
 ディラックが走りながら、いい加減な動作で弓を引くモーションを取った。その手元から白い光が溢れ、輝きを散らし複数に拡散して、見える範囲に漂うアシリアをすべからく貫いていった。放たれた光はまるでレーザーのように一直線に目標を狙っていく。光にやられたアシリアは、緩慢な動きで空をつかみながら、闇へと沈んでいった。元が人形のようなアシリアなだけに、壊れたおもちゃのような非現実さがある。
「す、すごい」
 圧倒的な力だった。禍々しい気配を漂わせていた母船の室内すら、野原のようにすがすがしく浄化されているような気がする。
 走りながらディラックは次々と光の筋を放ち、現れたアシリアを消滅させていった。シトゥリは滑るように走っていくディラックを追いかけるので精一杯だった。
 ふと、昔の記憶が蘇った。
 シトゥリは必死で誰かを追いかけていた。
 それは追いかけても追いかけても届かず、そして――。
 後ろに気配を感じた。
 足を止めて振り向いたシトゥリは、そこに1人の少女を見つけた。
 すらりと長い若枝のような脚が、ミニスカートから伸びている。まだ薄い胸は成長途中のものだ。快活な茶色の瞳が、いつもと同じように笑った。
「ルーン……」
 嘘だ。
 ルーンは死んだ。邪神に食われたんだ。だから、連邦軍に入り、邪神を倒すためがんばってここまで――。
 呆然とシトゥリは見詰め合った。小首をかしげた少女は、手招きするでもなく立っているだけだが、その目がこっちへおいでと告げている。
 シトゥリは混乱した頭で必死に現実と非現実を戦わせた。
「正気に返れ」
 はっと目をしばたく。見つめていた先には何もなかった。ただ暗い闇が、深遠へと誘うようにたゆんでいるだけだ。急に心臓が早く打ち出して、シトゥリは慌てて深呼吸をした。
「幻だ。お前は耐えたな。何を見た?」
 ディラックが後ろから訊いた。シトゥリはまだ闇を見つめたまま、ゆっくりと答えた。
「死んだ人です。幼馴染で、姉のような人だった……」
「おれも見た」
 振り仰ぐと、ディラックもどこか疲れた表情をしていた。ルーンを見た、と言うのではなかったようだ。
「戦友や仲間だ。すべて2年前の事件で死んだ。おれはたった1人だけ守ることができた。だがそれは、本当に守ったと言えるのか、わからない」
「どういうことです?」
「あいつは1度死んだんだ。その瞬間が、おれの覚醒だった。神殺しの力はその強大さゆえ、すべてを破壊する力の反動でまた、人を死から蘇らせることすらできる。シリンは死んで生き返った、ただ1人の人間だ」
「シリンさんが!?」
 ディラックははっとした様子だった。シリンの名前をしゃべるつもりではなかったらしい。わずかに苦笑を唇へ乗せる。
「……そうだ。だが人が死から完全に蘇ることなどできはしない。黄泉の穢れをおれが祓ったに過ぎないんだ。おれにはわかる。鼓動は聞こえても、あいつの心臓は今も動いちゃいねえ」
「…………」
 あまりにも重い秘密だった。返す言葉どころか、相槌を打つことさえはばかられて、シトゥリは押し黙った。
 ディラックのポケットから通信音が響いた。端末を取り出して開くと、キリエの声が早口に言った。
『今すぐこっちへ戻ってきて!』
「どうした、何かあったか」
『今連邦本部から連絡があったわ。母船はただの囮だったのよ! 八十禍津日神はすでに、地球めがけて落下中よ!』
「裏をかかれたのか!?」
 ディラックが怒鳴った。端末を握りつぶしかねない。
『裏でも表でもいいから、急いで! 最速でも地上までは1日かかるのよ』
「ダメだ。クラが母船の囮に取り込まれた。救出してから戻る」
『クラが!? ど、どうしよう』
『救出を最優先でお願いします』
 通信がキリエからサクヤに切り替わった。サクヤの顔も、怖いくらいに強張っている。
「わかった。15分経っても戻らなかったら、先に行け。シトゥリは今から帰還させる」
「え!?」
 思いがけない言葉に、シトゥリは目を丸くした。ディラックは目も合わせずに言った。
「2度言わせるな。お前はここで戻れ。帰り道くらいは自分で切り開けるだろう」
「違う! クラはお前に任せてられないんだ」
 シトゥリは厳しい口調で叫んだ。
 驚いた表情で、ディラックがシトゥリに目を向けた。
シトゥリも驚いていた。思わず口走ったそのセリフが、とある人物に酷似していたからだ。
 呆然とディラックを見上げていると、眉に皺を寄せたディラックに胸倉をつかまれた。唸るような口調で訊かれる。
「……お前は一体、誰なんだ。そのセリフ、おれが奴に昔よく言われたものだった。トウキ・ラシャに! お前の中には何がいる。――サクヤ!」
『…………』
「お前は知っていたな。早くから気づいていた。シトゥリがトウキの行動を模倣することを! それを探ろうとして何度も抱かれたのか。それとも……」
『やめて、お願い……』
「シトゥリの気持ちを知りながら、トウキに抱かれたのか。罪悪感を感じるなら、なぜそれを質そうとしなかったんだ。――今はいい。後でしっかり聞かせてもらうからな。行くぞ、シトゥリ」
「え? 行っていいんですか?」
「気が変わった。自分の身は守れ。邪魔になるようなら、本当に見捨てるからな!」
 怒ったように言い放つと、ディラックが通信を切って身を翻した。
 シトゥリの頭はいまだ混乱していた。
 よくわからない。
 よくわからないまま、今まで生きてきたような気がした。


 2


「お前は、八十禍津日神の気配を感じたと言ったな。確かだと思うか?」
 黙々と歩くディラックが、やはり振り返らずに言った。シトゥリは多少気圧されながら答えた。
「え、はい。ただのカンって言うか、同じ気配のような気がしました」
「だがここに八十禍津日神は居なかった。お前の感覚が正しいとなると、どう言うことだろうな。巫女の姿を模しているあたり、やはり本体の1部がここへ残っているのかもしれん」
「そんなことって……あるんでしょうか」
「おれたちは神のことをまるで何も知らない。何があっても不思議じゃないさ」
 道案内は居なくなってしまったが、神殿まではほぼ一本道のようだった。もうそろそろ近いのだろう、廊下の壁にも紋様が彫られ、それらしい雰囲気を漂わせてきた。
「……あの、ディラックさん」
 しばらく黙って歩いていたシトゥリは、控えめな調子で訊いた。
「なんだ」
「トウキさんやクラさんと知り合いなんですよね。シリンさんとも……。よかったら、昔のことを教えてくれませんか?」
「なぜそれを聞きたい?」
「僕は何も知らないんです。死んだトウキさんのことはタブーみたいになってるし、シリンさんとディラックさんに繋がりがあったなんて、意外でした」
「他にも何か、クルーたちを繋ぐ線があるのかもしれない、と言うことか。いいだろう」
 ディラックは歩きながら、ひと呼吸入れた。
「おれとクラ、トウキは同い年だ。連邦短大の操舵学科に所属していたが、それは表向きに過ぎなかった。おれたちは、連邦諜報部の特殊組織『八咫(やた)』で訓練を受けていたんだ。ゆくゆくはエージェントとして世界の裏で暗躍する役目を担うはずだったが――結局クラは教団事件で諜報部を去り、おれもこの力に目覚めて以後、任を解かれた。最後まで残ったトウキもいない。八咫の三羽鴉とあだ名されるくらい、期待されてたのにな」
「そんな関係があったんですか……」
「1ついいことを教えてやろう。おれたちにさまざまな技術を教えた教官は、連邦政府の最高機関、最高会議室の室長の女だ。つまり、世界一権力を持っている人物と言うことだ。シトゥリ、お前をタケミカヅチへ乗せる決定をしたのも、その女だ。いずれ会うことになるだろう」
「……どうやって僕のことを知ったんでしょうね。そんなに目立つ人生じゃなかったのに」
「さあな。あの姐さんの決定だ。ご神託みたいなもんだな」
「あ、そろそろ着きます。見覚えがある」
 半年前、シトゥリは初めて母船に収容されたとき、この神殿で儀式の生贄にされかけたのだ。今となっては思い出したくない出来事だった。体中をからっぽにされて、アシリアに精を搾り取られた挙句、文字通り魂を抜かれたのだ。
「……クラ!」
 戸口から中をのぞいたディラックが、小さく叫んで飛び出した。シトゥリは慌ててその後について入り、思わず息を呑んだ。
「ああ……あああーっ!」
 嬌声をあげるクラの周りに、金色と肌色の塊が蠢いている。それらはすべてアシリアだった。小さな体をいっぱいに使って、クラの肌を舐めまわし、こすり、そして腰の位置で……。
「くそ、間に合わなかったか!」
 ディラックが焦燥の声を上げる。アシリアがいっせいにこちらを向いた。その股間からは、かわいらしい男根が生えている。それを使ってクラを犯していたのだ。
 突然その男根が触手のように伸びた。こちらを威嚇するように持ち上がったそれは、禍々しく膨れ上がって牙を生やした。シトゥリは顔を歪めた。
「グロテスクだよ……」
「呑気なことを言っている場合じゃねえ! 邪神に精を吸われた。いくら現人神でも危険だ」
「ふふふふ……」
 クラを犯していたアシリアが動きを止め、顔を上げた。低い笑いはその唇から漏れたものだ。シトゥリは身構えた。
「愛とは素晴らしいものですわ。愛欲にまみれた精は、まるで甘露のよう」
 中央のアシリアから触手状の男根が伸び、クラの秘部へ突き刺さった。びくっとクラが体を仰け反らせる。
「クラ!」
「動いてはなりません」
 飛び出そうとしたディラックを、中央のアシリアが澄んだ声で制した。歯を剥いてディラックは怒鳴る。
「てめえは一体何者だ! 巫女じゃあるまい」
「わたくしは八十禍津日神ですわ」
 その言葉に、シトゥリはあんぐりと口を開けた。ディラックも限界まで目を見開いている。
「ば……馬鹿な。邪神が人間の姿で話すなど、聞いたこともねえぞ」
「もっとも、ここへ残したのはわたくしのほんの一部ですけどね。わたくしがよく知る巫女の体と頭脳を真似て、あなたたちに話しかけているまでです」
「クラを離せ。邪神が人間の真似事をするんじゃねえ」
「ふふ。じゃあ神の真似事をしているあなたは、もっと滑稽ですね。現人神の男よ」
 アシリアの目はディラックを見つめている。ディラックは眉を寄せた。
「おれが……現人神だと?」
「そうですわ。あなたの力は神の力。荒ぶる建速(たけはや)のミコト――須佐之男(すさのお)の現人神なのですよ」
「須佐之男……!」
 それは天照(あまてらす)、月読(つくよみ)と同時に生まれ、そのあまりに強大な力と横暴な性格から、高天原を追放されたと言う神の名だった。須佐之男は天津(あまつ)神(かみ)でも、黄泉津神(よもつかみ)でもない。この世にもう1つ存在すると言われる場所、『根(ね)の国(くに)』と言う地下世界の王なのだ。
 だが根の国は存在すると伝承されつつも、その存在が確認されたことはない。黄泉から派生したただの伝説なのではないかと言う説すらある。
「でもずいぶんぼろぼろな体なのですね。過ぎた力は身を滅ぼすと言うことですか」
「うるせえ! てめえは消えろ!」
 突然激昂したディラックが、手に光の弓をにぎった。神殿の中が光り輝いていく。
 中央のアシリアは、軽く笑った。
「須佐之男も意地が悪い。もうこの男の命は限界ですわ」
 引き絞った光が放たれる瞬間、ディラックの動きが止まった。
 アシリアが片手をディラックに向けている。
 まばゆい輝きは急速にしぼみ、そしてがっくりと膝を折ったディラックが顔を押さえて震えていた。
何が起きたのだろうか。シトゥリは駆け寄ってその肩へ手を置いた。
「ディラックさん――」
「ぐああ、あああああーっ!」
 シトゥリの手を跳ね飛ばし、仰け反ったディラックが絶叫を放った。
 ただ事ではない。顔面を――正確には右目を押さえたまま、床をのた打ち回る。
 どうすることもできずに、シトゥリは息を呑んだまま、たたずんでいた。
「さあ、あなたもいらっしゃいな」
 はっと気づくと、複数のアシリアに体を押さえられていた。中央のアシリアが艶然と微笑んで言った。
「何を躊躇っているのですか。おいでなさい」
 逆らおうにも、いや、そもそも逆らう気が起きない。足は中央のアシリアへ自然と向き、その前で立ち止まった。足元に気を失ったクラが転がっている。
 中央のアシリアは両手でシトゥリの顔を挟み、うっとりと見上げた。
「綺麗なお方。建御雷神もいい現人神を得たものね」
 アシリアの唇が近づき、シトゥリのそれと重なった。
 そこから舌ではない何かが口の中から喉の奥へ侵入してきて、シトゥリは体を硬直させた。唇を合わせたまま、どうやってしゃべるのか、アシリアの声が言った。
「ゆっくりとお楽しみなさい。ご奉仕して差し上げますわ」
 その言葉と、ディラックの苦鳴を聞きながら、シトゥリは意識を失った。


 3


 体の中が燃えるように熱い。
 シトゥリは全身を這い回るやわらかい刺激に、意識を覚醒させた。
 目を開けると、人形のように無表情のアシリアが覗き込んでいた。胸や下腹部、腕から脚、そしてイチモツにも、それぞれ別のアシリアが取り付いて熱心に愛撫している。
「あ……」
 急激に色々な感覚が蘇って、シトゥリは思わず喘いだ。
 いつか再度の儀式の時に味わった光景だ。無数のアシリアが同時に行う愛撫は、快感を何倍にも増幅させて襲ってくる。
「あ、あっ!」
 わけが分からない奔流に押されて、シトゥリは喉を反らした。
 体の中の熱い塊が下半身へと流れ、射精感に身を震わせる。
 イチモツに取り付いたアシリアが、先端を口に含んでそれを飲み下していった。小さな唇の端から溢れた精液は、イチモツを伝って流れ、陰毛にたどり着く前に他のアシリアに舐め取られる。
 何も考えられない。
 ただ与えられる快感のまま、シトゥリは何度も射精した。そのたびに大量の精液がぶち撒かれ、やがて空っぽになったイチモツは、それでも隆々とそびえたったまま震えるだけになった。
 アシリアたちが身を引いていった。
「穢れた精液はなくなりましたね」
 神殿の台座の上で、薄い布だけをまとったアシリアが言った。
「さあ……わたくしを抱いてくださいませ。巫女に身をやつしている今なら、直接贄を摂ることが可能……。現人神の魂、さぞや旨い事でしょう」
 立ち上がる力すらなくなっていたはずのシトゥリは、ぼんやりと起き上がって台座を目指した。
 台座の上では四つん這いになったアシリアが、こちらを向いてシトゥリの到着を待っている。その前に立つと、勃起したままのイチモツの先端を、舌を伸ばしてちろりと舐めた。
「はぁ……」
 それだけで電流のような快感が背筋を駆け上がり、シトゥリはため息を漏らす。
 微笑んだアシリアは仰向けになると、布を払って股を開いた。豊かな胸を揉みながら、大胆に股を広げる。わずかな茂みの奥で、瑞々しい色合いの秘部が蝶を誘う花のように開いていた。
「わたくしの中へお入りなさい……」
 シトゥリは台座にのしかかる様にして、アシリアの体を抱き寄せた。ちょうど台座は腰の高さで、そのまま挿入するにはちょうどいい。
 体の中には熱い塊が煮えていて、それがひたすらに性欲をかき立てていた。
「ああっ!」
 シトゥリがイチモツを挿入すると、感に堪えない様子でアシリアが声を上げた。
 同様に、シトゥリも信じられないほどの快感がアシリアの膣の中から伝わってくるのを感じた。人間では到底不可能な性感をアシリアに身をやつした八十禍津日神が与えてくる。
 神。
 そう、神を抱いているのだ。
 シトゥリはその思いに一瞬理性を取り戻しそうになったが、続けざまにくる快楽の波に、すぐ思考を奪われた。
「すご、い……。わたくしを、こんなに、う、あっ!」
 夢中になって腰の律動を開始する。本当ならもうすでに射精してしまっているほどの刺激が与えられていたが、絶頂に達しても射精が行われることは無く、ただ快楽だけが増幅されて、それがさらに貪欲に腰を突き入れさせた。
「そんな、なんでっ!」
 軽くアシリアが痙攣した。早くも最初のアクメに達してしまったようだ。責めから逃れようと体をひねるが、シトゥリはその肩を逃さないように押さえつけた。
「やめ、やめて! どうしてこんなに、あなたは――」
 喘ぎの合間から、途切れ途切れにアシリアが言った。
「あなたは剣の神霊の現人神……! そうですわ、剣は男根の象徴。こ、このままでは」
 快楽だけが相乗的に高まっていく。
 もう何も考えられなかった。ただひたすらに腰を突き動かし、相手をむさぼることしか意識が働かない。
 太いイチモツをアシリアの股の間に出し入れするたびに、卑猥な水音が溢れて台座から床へと流れていった。
「おねがい、もう……! わたくしが達してしまうと、本体にまで影響が……。ああ!」
 アシリアの体から、その絶頂の気配が感じられてくる。無限にも思える快楽の輪に、終焉をもたらすことができそうだった。
 シトゥリはさらに激しく腰を動かし、その絶頂へ相手を導いていく。
「あなたは、神をも虜にする力の……! あ、もう、もう!」
 体を仰け反らせてアシリアが叫んだ。
 同時にシトゥリも、もう有り得ないはずの射精感が高まって、膣の奥深くに突き刺さったイチモツを振るわせた。
「ああーっ! あー!」
 イチモツからは精子でない何かが注ぎ込まれている。身を捩じらせてアシリアが暴れたが、シトゥリは体を抱きしめて離さなかった。
 やがて痙攣に全身を覆われたアシリアが、ぐったりと動かなくなった。
 シトゥリも体中の力が抜けて、その隣に崩れ落ちる。
「建御雷神……天津神の神精が、体の中に……」
 その言葉を最後に、台座の上のアシリアは、溶けるように蒸発していった。





 気がつくと、サクヤとディラックが覗き込んでいた。
「……よかった。大丈夫みたいね」
 焦燥した様子のサクヤが、大きく息をついて言った。ディラックはベッドサイドの椅子から立ち上がる。
「おれも今度ばかりはダメかと思ったが――結局、生きている。まだ生きろと言うことか……」
 後半は独白の調子だった。
 シトゥリはベッドに寝たまま、周りを見回した。どうやらタケミカヅチの中まで運ばれたようだ。
「ディラックさん、僕は……」
「お前は危うく八十禍津日神に食われるところだった。だがなぜか奴は消え、なぜか発作を起こしたおれも正気に返り――お前とクラをここまで運んで脱出してきたと言うわけだ。クラも無事だが、まだ目が覚めていない」
 顔の陰が濃いのは照明のせいだけではあるまい。ディラックは疲労している様子だった。それはそうだ。クラもシトゥリも体重が軽いとはいえ、人間2人をあの距離運んだのだ。
 シトゥリは丁重に礼を述べた。ディラックはそれに返事を返さず、少し休むと言って部屋を出て行った。
 冷たい印象を受けるディラックだが、シトゥリは信頼することにした。目つきや雰囲気や行動が冷酷なだけで、少なくとも背中を預けるに足る人物であるように思う。
 ディラックが出て行くと、部屋は急に暗く沈んだ。
「……ごめんなさい」
 しばらくして、ぽつりとサクヤが言った。シトゥリには何のことかわからなかった。
 サクヤは椅子に腰掛けたまま、うなだれている。表情をうかがうことは出来ない。
「私、あなたにひどいことをしちゃった……」
 母船の中で聞いた、自分が知らずやっていたと言う逢引のことか。それこそ、シトゥリには何の記憶もない。何の記憶も無いゆえか、意外なほど感慨はなかった。それは、トウキ自身がやったことのような、どこか他人めいた感覚があるからだった。
 サクヤは語り始めた。
「私、まだ固執しているの。過去に。……あなたがトウキの行動を模倣していると気づいたとき、本当はキリエに相談すればよかった。彼女なら、トウキのことは一番に知っている。でも」
 それは出来なかった、と言った。下唇を噛むのが、長く垂れ下がった髪の隙間から見えた。
「死んだ男に捕らわれているの。シトゥリくんの気持ちを知ってるのに、それを踏みにじってまで、過去に甘えたかった……」
 逢瀬が度重なるごとに、罪悪感は増していったらしい。シトゥリに告白するサクヤの口調は、昏いカーテンに彩られていた。
 シトゥリはベッドから体を起こした。
「サクヤさん。僕には何が起こったのかぜんぜんわからないし――もし、トウキさんが僕に乗り移って行動していたとするなら、やっぱりそれは、トウキさんに抱かれていたんじゃないかと思うんです。僕は……その、サクヤさんが好きですけど、トウキさんには到底勝てないと思っています。だから、悔しくないって言うとウソになりますけど、これ以上罪悪感は感じないで欲しいです」
「……ありがとう」
 サクヤは顔を上げた。シトゥリは首をゆるく横に振った。
「いいえ。僕も……悩んでるんです。半年前の事件以来」
「悩む?」
「僕のこの感情、僕は確かにサクヤさんが好きなんだけど、果たして本当にそうなのか。現人神として繋がった、トウキさんや、ジークって言う人の意志が流れ込んで、そう錯覚しているだけじゃないのか――。現に、トウキさんは、その」
「そう、だったのね。ジークの感情が流れて私を好きだと思っていた。だから、あの時銃口はキリエを向いた――」
「そうなのかもしれません。でも、そうじゃないかもしれません。僕には……わかりません」
「シトゥリくん」
 シトゥリはサクヤに目を向けた。サクヤは微かに微笑んでいた。
「成長したね。最初に会ったときは、正直子供だったんだけど。今じゃちゃんとした大人に見えるわよ」
「そ、それって――」
 トウキたちと同じ、大人として自分を見てくれると言うことだろうか。サクヤは笑みを深めると、椅子から立ち上がって戸口へ向かった。
「……あのね」
 扉の横にある、空気圧搾扉の鍵をかける。サクヤは扉と向かい合ったまま、静かな――甘い口調で続けた。
「私を抱いて欲しいの。シトゥリくん自身の意志で。お詫びでも、贖罪でもないんだけど……そうして欲しい。私自身の罪悪感を誤魔化したいだけなのかもね」
「え、えっと、でも、仕事が……」
 シトゥリは急に口の中がカラカラになって、慌てた。サクヤは振り返って微笑んだ。
「本当なら、シトゥリくんの力でサブエンジンを起動させる方がいいんだけど、無理はさせられないわ。クラもまだ寝てるし、ブリッジはキリエに任せてある。地球に着くまでオフと同じよ。ここは黄泉と違って、敵も居ないしね」
 そしてベッドサイドへ歩みよってくる。なおさらシトゥリは慌てた。
 狼狽を収めるように、サクヤがシトゥリの頬に手を当てた。あたたかい。
 その時初めて、シトゥリは全裸のままベッドに寝かされていたことに気づいた。
「ごめんね」
 そう言いながらサクヤは唇を寄せ、キスをした。軽く感触だけを残して離れた唇は、そこから下へ下がり、首筋へあてがわれる。シトゥリは緊張して石像のように凝固しているだけだった。しかしサクヤの甘い香りと感触に、下半身は正直に反応してしまう。
「あ、あの――」
 言葉を発しかけたシトゥリを押さえるように、サクヤは半ば勃ちあがったイチモツを、シーツの上から大胆につかんだ。思わず息を呑む。
「私ね」
 首筋から戻ったサクヤの声は、熱く濡れている。
「本当は淫乱な女なんだよ。――キリエほどじゃ、ないけど。あなたの誘いを断れなかったのも、半分は真相の解明とトウキへの愛情のため。でももう半分は……」
 そこでサクヤは、握り締めたイチモツをゆっくりと撫で擦った。
「欲しかったの。私だって――ずっとがまんしてたんだから。開けっぴろげなキリエがうらやましいときもあったわ。トウキとジーク、2人同時に相手をしたこともある。ディラックにも抱かれたわ」
「ディラックさんに?」
「……あなたとの密会をばらされたくなければ、ってね。レイプよ。でもいいの。彼のおかげであなたに真相を話す踏ん切りがついた。それに、――変態だと思ってくれていいわ。私はレイプされることに悦んだのよ。だから。だから、軽蔑して! お願い!」
 突然、サクヤの語調が乱れた。痛いくらいイチモツを握り締めながら、シトゥリの顔を覗き込んでいる。その目は、零れ落ちんばかりの涙を溜めていた。
 本当に落ち込んでいたのは、キリエではなかった。再びタケミカヅチが出撃してから、平静を装いつつ艦長を務めていたサクヤが、一番不安定な精神状態だったのだ。自分の罪を告白することで、かろうじて保たれていた均衡が崩れてしまった。シトゥリにはそう見えた。
「軽蔑なんて――出来ません」
「どうして! どうしてよ。私は、あなたが描いているような、理想的な艦長でも女でもない。そんなものは雑誌や軍が作り上げたプロパガンダよ。私は――弱くて、曖昧で、優柔不断な……一体、何のために船に乗っているのかもわからない、そんな人間よ……」
 一時の激昂に任せて言葉を吐いて行くうちに、それは普段隠していたアイデンティティまでも自ら傷つけてしまったようだ。サクヤの口ぶりからは急速に勢いが消え、そしてがっくりとうなだれた。頭をシトゥリの胸に押し付けたまま、力を失っている。
 ただ、肩だけが静かに震えていた。
「僕は……僕は理想的だから、サクヤさんを好きなんじゃない。トウキさんに言われるまで、これが恋だなんて思わなかったくらいです。初恋だから、わからなかったんです。だから、理想的とか、絵に描いたような、とか……そんな理由じゃありません。でもさっきも言ったように、僕も不安だったのは事実です」
 自然とサクヤの髪に手を当てていた。
「僕は運命と戦う。トウキさんが死んだとき、そう誓ったのに、現人神としての運命の流れや繋がりを否定することは――すなわち、サクヤさんへの恋心が、ただの幻と言うことになってしまう。矛盾ですよ」
 低く抑えた自分の声は、ひどく大人びている。場違いなことをシトゥリは思った。
「僕は、今、はっきりと。自分の意志で思います。――サクヤさんを愛している。嘘偽りも、幻も過去も運命もありません。あるのは……その事実、だけです」
 肩の震えが止まっていた。
 顔を上げたサクヤは、涙に濡れた目を呆然とシトゥリへ向けた。
 何度か空をつかむように唇を動かし、ようやくかすれた声で言った。
「ありがとう……」
 シトゥリはその震えの止まった肩を抱き、サクヤに顔を近づける。もう1度、囁いた。
「いいんですね」
 サクヤは子供のようにうなずいた。シトゥリはその唇を優しく塞ぐ。強張っていたサクヤの肩から力が抜けた。
 涙の跡にそっと下を這わせる。
 愛おしさがこみ上げた。
 もう迷わなくてもいいのかもしれない。過去の亡霊は消えたのだ。例えトウキの想いが自分を動かしていたとしても、この愛おしさは自分自身のものだ。
 それを確かめるようにサクヤを抱きしめた。制服ごしの柔らかさが肌に伝わってきた。
 鼓動が聞こえた。
「明かりを……」
 呟くようなサクヤの声に、シトゥリはベッドサイドの操作盤から照明を落とす。横へ手を伸ばした体勢の隙をついて、サクヤがのしかかって来た。シトゥリを下にして2人はベッドへ沈み込む。サクヤが首筋に唇を寄せた。
「なんだか……私、とってもドキドキしてる」
「僕も……」
「どうして?」
「どうしてって……それは、サクヤさんを好きだから」
 改めて問われると気恥ずかしいが、言い切った。首筋の唇から舌が伸びて、顎まで優しく舐めあげてきた。熱い吐息が耳元に吹きかかる。
「わたしも、そうなのかも」
「え?」
「――今だけは、恋人と思って。ごめんね、こんなことしか言えなくて」
「いいえ」
 苦笑する。それで充分だった。
 体の上で上半身を起こしたサクヤが、制服を脱ぎ捨てていった。ブラジャーをはずすころには目が暗闇に慣れてきていた。零れ落ちそうでいて、けっして丸みを失わない乳房が窮屈な場所から解放されたことを喜ぶように弾んだ。
 視線に気づいたサクヤが薄く笑いながら片手で乳房を覆い、もう片手でスカートのホックをはずす。その下の下着も器用に脱ぎ捨て、シトゥリの腰の上にまたがった。
 シトゥリのイチモツはとっくに最大限の力を漲らせている。サクヤの秘所が竿に吸い付いていた。乳房を隠していない手で、まるで自分の秘所から伸びているようなイチモツをさする。
「シトゥリくんのって、大きいんだね」
「え、ええ……」
「なんだか余裕たっぷりって感じ。もう16になったんだっけ? ちょっと慣れすぎてないかな」
「そんなこと――ないですよ」
「キリエに鍛えられたからかしら。どう?」
「それは……あるかも……」
「馬鹿。女心はやっぱり、まだよくわかってない」
「は、はあ」
 サクヤのむっとした表情に、シトゥリは困惑した。しかしすぐにサクヤはクスリと笑って、シトゥリの首の後ろへ手を回した。
「でも――それは私だって同じ。男の気持ちなんてわからないわ。だから、身体を繋げて、2つを1つにして、知ろうとするのかも」
 覆いかぶさったサクヤがきつく抱きしめてくる。
 豊かな胸がシトゥリの上でやわらかく潰れた。そこから溶け出すように、鼓動が伝わってくる。
 イチモツの上で濡れた腰が動いた。吸い付いてくる。
 裏筋の一番敏感な辺りをぬるぬると刺激され、頭がぼうっとした。息だけが自然と荒くなる。
「感じ――感じる?」
 訊いた本人も感じているらしい。ため息交じりの問いに、シトゥリはただ頭を動かして答えた。
 責め手のサクヤは艶っぽく笑って唇を舌でなぞった。濡れた唇でキスを求める。
 シトゥリは頭を抱かれ、激しく舌を入れられ、イチモツを秘所で愛撫されて、理性的な思考は霧の中へ埋没していった。サクヤも先ほどまでのいくぶん冷静な態度は消えうせて、夢中で腰を使っている。気持ちの切り替えとすぐ集中できるのが特技だと言っていたが、それはベッドでも発揮されるらしい。
 下半身をずらしたサクヤが、今度はイチモツを太ももで挟み込んできた。シトゥリは足を開いてサクヤの腰を抱きこむ形になる。
 濡れそぼった秘所ときつく締まってグラインドする太ももが、まるで本当に挿入しているかのような感覚を与えてくる。
 シトゥリはあまりの快感に酩酊した。
「あ……き、気持ちいい」
 うわごとを聞きつけたサクヤが耳元へ顔を寄せ、耳たぶを噛んだ。
「こう? これがいいの?」
「は――はい」
「ふふ。キリエがあなたにハマっちゃった理由、少しわかるかも」
「え?」
「だって、かわいいんだもの。それでいてここはすごいし」
 後ろ手に伸ばしたサクヤの手が、太ももに挟まれたイチモツを捕らえた。
 愛液でねとねとになった亀頭を秘所に押さえつけるように圧迫する。同時に裏筋も刺激され、シトゥリは首を逸らした。
「だ――あっ!」
「いいの? いいのね?」
 どこか加虐的な笑みを浮かべて、何度も同じ動作を繰り返す。シトゥリはただ射精感をこらえて首を振った。
 相当に興奮しているのか、秘所はしとどに蜜を溢れさせている。
 艦長としての凛とした表情は無くて、でもむしろその姿のほうが――サクヤらしい、と朦朧とシトゥリは思った。
 虚勢も無理も片意地も張ってない、素のサクヤが具間見える気がしたのだ。裏表が無いように見えて、ひょっとしたらサクヤの本音と建前は、常に遠いところに離れているのかもしれなかった。
 だから、素の気持ちがここにあるであろうことは――シトゥリにはうれしかった。
「も――がまん――」
 途中から目を閉じて、自分のもっとも感じるところにイチモツをこすり付けることに集中していたサクヤが、うわごとのように呟いてからわずかに体勢を変えた。
 とたんに、イチモツ全体がぬるりと暖かく包まれる。シトゥリは秘所に挿入されたことを悟って、敏感に反応した。
「ど――う? くっ!」
 余裕を持つつもりだったのだろうが、サクヤは言葉を途切れさせて苦しそうな呻きを漏らした。快感のあまりだろう。
 秘所の中は痙攣するように収縮した。先端が一番奥の壁に突き刺さるように当たっている。そこは複雑に蠢いて、大きく広がった。
「だ……だめ、イっちゃ……!」
 イチモツをこすり付けているだけで、サクヤは絶頂の手前だったのだ。シトゥリは一瞬締まりが弱くなった隙に、下から腰を突き上げた。
「あ――ああっ!」
 びくん、と派手に身体をそらして、サクヤはシトゥリの上で身を震わせた。とたんに秘所がきつく収縮する。シトゥリは眉をしかめて、なんとか複雑な蠕動の刺激に耐えた。
 しばらく喉を反らして痙攣していたサクヤが、ぐったりと倒れ掛かってくる。
 はあはあと熱い息が喉元にかかる。
 シトゥリは指を上げ、サクヤの口元から長い髪を払う。
「次は、僕の番ですよ、サクヤさん」
 わざと生意気なことを言ってみる。持つ自信はあまりなかった。返事もせずぐったりしているサクヤの身体を、結合部が外れないようによけて入れ替え、シトゥリはサクヤに正常位でのしかかった。
「あ――」
 押し付けられる刺激に、サクヤが微かに反応する。まるで少女のようだ。
「かわいい――です」
「――え?」
「いえ……」
 シトゥリは照れて、照れ隠しに腰を使った。
 ぐっと奥まで、根元までイチモツを差し込む。溢れかえった蜜が逃げ場を求めて、くちゅくちゅと鳴る。
「ま、待って。そんな、もう」
 慌てた様子でサクヤが手を振った。本当にかわいい。
「ダメですよ」
 意地悪く笑って、シトゥリは思い切り腰を振った。
 卑猥でいやらしい、濡れた音が響き渡る。
 サクヤははじかれたように身体を硬直させた。
「や――待ってったら! あ! ダメダメダメっ!」
 責めから逃れようと身をよじっても、シトゥリはしっかりと足腰を固定してしまっていて、身動きは取れない。
 感じすぎてうろたえている。
 つい先程イったばかりがから当然だろう。
 シトゥリは何か言おうと思ったが、何を言うのも照れくさい気がして、腰使いに集中した。この体勢なら思うとおりに出し入れが可能だ。
「うっ! うっ!」
 腰をグラインドさせるたびに、サクヤは口に手を当てて呻きを上げた。喘ぎ声を出すまいと必死にこらえている。
 信じられない。
 船に乗るまでは、ただ憧れの雲上人だった。それが、こうして身体を許してくれている。
 信じられないのは、ここ半年の出来事すべてに当てはまるだろうが――それでも。
 走馬灯のように過去がよぎった。
 たぶん、おそらく、今まで起きたどんな出来事よりもこの一瞬の時間が、もっとも満ち足りたものなのではないだろうか。
 はっきりと自覚するほど、シトゥリはそう思った。
 サクヤを快楽の泉へ何度も沈めながら、シトゥリも絶頂が近いのを知った。
 脳裏の走馬灯は、さらに駆け抜けていく。
 色んな光景が思い出された。
 忘れていたことも、そこにはあったように思う。
 それは、絶頂へと近づくにつれてさらに速度を増した。
 そして――。
 難解な数字。言霊式(プログラミング)。黒淵の眼鏡。建前の正義。
 道場。銀色の髪――キリエ。裏切り。背徳感。
 今――今。
「あ、ああ!」
 知っている。
 こうやって、幾度もサクヤを抱いた。
 それは、他人の体験であって、自分へと続く体験。
 経験の継続。
 死ねば失われる情報の共有。
「サクヤさん、イキますよっ」
「きて――きておねがいっ!」
 ものすごい光の本流が脳裏から溢れ、そして真っ白い世界の中で、シトゥリは果てた。
 同時に――悟ったのだった。


  5


 ぼうっとサクヤの寝顔を見ていると、寝ていたと思った当人が、ふぅと息を吐いて目を開けた。
「なんだか、信じられないけど、でも違和感がないのはなんでだろ」
 シトゥリくんが隣に寝てるなんて、と笑う。
 シトゥリは笑い返した。
「それはきっと……」
 言いよどむ。無邪気に訊き返される。
「ん?」
 話すか話すまいか悩んでいたことを、言葉にしようと努力する。
 うまくは――伝わらないだろう。
「現人神の、意味が」
「え?」
 悩んで言葉を選んだ挙句、口を吐いて出たのは意味不明の一言だった。
 一息入れて、言い直す。正確に伝える努力は、その時点で放棄した。
「今――わかったんです。わかったけど、うまく言えなくて」
「なに?」
「僕がトウキさんの行動を模倣していた訳。いいえ、僕はトウキさんだけじゃなくて、ジークさんの行動も、知らないうちに模倣していた。クラさんに訊けばわかると思います。イモータルの名でアングラサイトに書き込みを続けていたのは、僕なんです」
「…………」
「それこそが現人神の意味――だと思います。いや、そうでないと意味がない。同じ神の現人神が出会ったら、どちらかが死んでしまうなんて、意味がない」
 苦渋に満ちた声だったのだろう。サクヤが心配げにシトゥリの名を呼んだ。
「こういうとアレなんですけど、サクヤさんを抱いてようやく、僕は気づきました。今までも、何度も――サクヤさんを抱いたことがあるって」
「ええ……それは、私が」
「そうじゃなくて」
 サクヤが言おうとしたのは、トウキの行動を模倣したシトゥリのことだろう。シトゥリの言おうとしていることは、もっと古い。
「サクヤさんが初めてトウキさんに抱かれたときのことや、ジークさんに抱かれたときのこと。2人一緒に相手をした時のこと――僕が知るはずもないことを、僕は経験しているんです」
「どういう――」
 案の定、サクヤは眉をひそめた。シトゥリは口下手なのを恨めしく思いながら、結論に用意していた言葉を先に伝える。
「現人神の意味。それは、経験情報の共有、正確には一方が死んでもう一方にその記憶・経験・知識を伝達するシステム……なんだと思います」
 自分で言ってよくわからなかった。
 だが、聡明なサクヤはそれで察したらしい。ますます眉の皺が深くなっている。
「それって――それってつまり」
「はい。トウキさんもジークさんも、僕に経験情報を渡すために死んだ、と言う事なんです」
「あなたは……トウキであり、ジークである」
 うなずく。
「僕にはその情報が受け渡されていたけど、受け入れることができなくて、ああやって行動を模倣すると言う形で発露したんだと思います。2人に関わりの深いサクヤさんを抱いたことで、おそらく僕は受け入れることが出来た」
「まって――」
 ようやく、サクヤはシトゥリの言わんとすることの全貌が理解できたようだった。
「それじゃ、あなたがこの船に乗っていることも、過去に2人が船に乗ったことも」
「この事実を知る誰か何者かの仕業、と言うことですよ」
 放心したようにサクヤは天井を向いてしまった。
 ディラックの言葉を思い出す。
 連邦政府最高会議室、室長の女。
 世界一権力を持っている人物。
 シトゥリ、お前をタケミカヅチへ乗せる決定をしたのも――
「その女だ」
 呟きは暗闇の中へ溶けた。
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