「典(てん)太(た)! 典太はいないか」
とたとたと板の間を赤い着物が駆けていく。
「お嬢様。走るとあぶのうございますよ」
「大事ない!」
見かねた使用人の注意に、元気よく返すと、赤い着物の娘は足を止めずに奥へ駆けていった。はだしの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、使用人はつぶやいた。
「まったく小枝(さえ)様も……」
ため息だけが後に残る。
小枝は今年で十六。そろそろ女の匂いをさせはじめる年頃だと言うのに、好んで着るのは稚児の晴れ着みたいに派手な小袖、髪をのばしもせず、あごの下で切りそろえたおかっぱ頭だ。勉学は飛びぬけてよくできるのだが、落ち着きがなくひとところにじっとしていない。
加えてあの事件以来、小枝は奇行と呼んでいいほどおかしな振る舞いをするようになった。
「沙由里(さゆり)様さえあんなことにならなけりゃね」
三年前突如行方不明になってしまった小枝の姉。以来屋敷の当主も病に伏せがちになり、跡を継ぐべき小枝もこの調子だ。
使用人たちは思い出すようにそう言っては、ため息をつくのだった。
***
典太が私室の襖を開けると、中に赤い着物が突っ立っていた。
短い小袖のすそから伸びるすらりとした足。細い足首。
小枝だ。
「典太。どこに行っていた」
怒ったように振り向きざま言う。典太は困って首のうしろを掻いた。
「どこって、厠ですけど」
「もう。探し回って損をした」
ペタ、と畳の上に座り込む。
よく見れば首筋にはうっすら汗をかいていた。
障子越しのあわい光が横顔を照らす。
血の道の透けそうな白いうなじ。氷を研いだような細い顎。きらりと光る濡れた瞳。
時折ぞくりとするほど、小枝は女の色香を漂わせることがある。
それを隠そうとするように、子供染みた服装を選んでいる――そう典太には思われる。
なぜか、と言われれば、わからないが。しかし普段の子供っぽさとの差が時に煽情的でもあった。
「で、息せきってどうしたんです?」
典太は小枝の前に腰を降ろす。
小枝はうなずくと、懐にはさんだ本を取り出した。胸元が一瞬、きわどいところまで広がる。思わず視線をやりそうになった典太は、なんとか自分を律して本に目を向けた。
「この妖物(あやかしもの)を見たのだ」
指し示した頁には、魚と虫を合わせたような、奇妙な姿の生き物が描かれていた。
妖物――あの世から綻びの通路を通ってくる、無の具現。
小枝が見たというのは、シギョと呼ばれるものだ。魚を上から見たような体に、長い二本の触角。尾にも同じような触覚が三本生えている。動きはすばやく、ゴキブリのそれに近いが、飛んだり跳ねたりはまったくできない。小指の先ほどの大きさの、おとなしいと言えばおとなしい妖物である。
「……ふむ。こいつをどこで?」
「地下の書庫だ。姉様の居なくなった場所」
「なるほど……」
シギョは紙の魚と書く。
文字を喰い、そこに書かれてある意味を無意味とすることで、『無』を生むのだ。
妖物とは現世の物がすべて有を作り活動するのに対し、無を作ることで存在する。まったく逆の法則で生きる物だ。
無は時として集まり、広がり、固定される。
非常にまれな場合だが、それが人の通ることの出来る通路として、あの世と繋がることもある。
つまり小枝は、書庫の闇に住みついたシギョが無の通路を開け、紗由里を飲み込んだ――そう考えたのだ。
「調べてみる価値はありますね」
典太は言い、立ち上がった。
「そうだな!」
目を輝かせた小枝が部屋を駆けだし、書庫へと向かう。
あいかわらず元気のいいことだ。
典太もこの屋敷では異色の存在だった。
各地の妖物を調べる学者をしていた父の助手として、典太は旅をしていた。
屋敷の当主と父は古い友人で、この地へ寄った際には必ず長く滞在した。典太が紗由里、小枝の姉妹と親しくなったのもそのせいだ。
一年前、いつものように父とここへ立ち寄った典太は、紗由里の行方不明を知らされた。書庫で本を探している途中、霞みたいに消えたと言うのだ。
これは妖物が関係しているに違いない。父と出した結論はそうだった。
ここへ残って紗由里を助け出せ――父にはそう命じられた。しかしそれ以来、たいした成果もあげられず、今に至っている。
「緊張するな」
小枝が多少こわばった顔で笑い、地下書庫の入り口の錠をはずす。
紗由里の行方不明よりここは厳重に封じられ、典太や小枝がたまに出入りする以外、まったく人の踏みいることはない。
錆かけた鉄の扉は、きしみながら開いていった。典太は入れるだけの隙間で止めると、燭台の上の蝋燭へ火をつけ、中へ身を滑らせる。
「う」
後に続いた小枝が、袖で鼻を押さえた。
「何度来てもこの湿気はなれんな」
「換気してませんからねえ。待っていますか?」
「馬鹿を言うな」
「じゃあ扉を閉めてください。連中は陽の光を嫌う」
典太は燭台を片手に、ぎしぎしと鳴る階段を降りる。書庫にはさまざまな本が置いてあった。この屋敷に伝わる文書もあれば、ただの娯楽の読み物もある。典太の父が預けた本も多い。
本棚がずらりと並ぶ中、小枝が典太の手を引っ張り、奥を指した。
「あそこだ。たくさん、見慣れぬものが群れていたのでわかった」
典太は明かりを向ける。娯楽のものが置いてある箇所で、典太が調べ物をするときにもあまり立ち寄らなかった一角だ。
「ふむ……」
ためしに、それらしき一冊を抜き出してみる。
頁のところどころに、抜けたような白い部分があった。文字がぼろぼろにかすれているのに、紙は痛んでいない。
「これは」
次も、その次の本も同じ状態だった。
「どうだ?」
「――間違いないです。お手柄ですよ、小枝様。ここにはシギョが大量発生してる」
シギョはこう言う場所ならどこにでもいる妖物だ。もっと他の、大きな要素にばかり気を取られて、身近な可能性を忘れていた。
シギョの生む無はとても小さい。それでも大量に沸けば、それなりの大きさの通路を開けることも出来る。
「あった」
本をとっかえひっかえしていた典太は、目的の物を見つけた。
頁の大部分が真っ白になっている。内容がほとんど喰われ、あと少しで無そのものになってしまう本だ。
「それがどうした?」
「シギョが食い尽くした本は、本のかたちそのままに無の塊となるそうです。この本はあと少しで通路の役割を果たすかもしれない」
「そしたら……姉様は帰ってこられるのか?」
典太は考える。期待に目を輝かせている小枝には申し訳ないが、その可能性はひどく低かった。
「そう信じましょう。一度くらいなら、僕たちが通路を通って向こうの世界へ行くこともできるだろうし」
「そうか。あとどれくらいだ」
「うーん……一ヶ月かもしれないし、一年かもしれないし。このままってこともありえます。この程度の量なら、無理に開くこともできますけどね」
「それはどうやるんだ」
「本の内容を実行すればいいんです。字には言霊が宿っている。それを意識して取り出すと、おそらくそのすきに他の無がこの程度の量なら飲み込んでしまうでしょう」
「やろう、典太」
小枝の口調は決意に固い。
「もう一日たりとも姉様を放っておきたくないんだ。生きながらあの世に放り込まれるなど、どれほどのことか想像するだにつらい」
典太は紗由里の顔を思い出す。
おっとりとしたやさしい性格の持ち主。小枝のほか、いろいろな人に慕われていた。聡明で将来は父の跡を立派に継ぐだろうと。
目を閉じれば、うつくしい黒髪をいまもありありと思い浮かべることができる。
「わかりました。そのために僕もここにいる」
本を開く。
残った頁は少ない。典太は蝋燭の明かりを向ける。
覗きこんだ小枝が声を出して内容を読み始めた。
「ああ、ああ、ああ、と。突き上げられること三度四度、女は男のまたぐらの――ん、これはなんと言う意味だ。矛?」
「うん?」
典太は内容をよく読んで血の気が引いた。
男と女がむつみあう文章が、延々続いている。
小枝が指で差しているのは男性器の隠語だ。
つまりこれは、艶本(つやぼん)だったのである。
「えーっと、小枝様。よしましょう」
「なぜだ」
「これはですね、えっとですね、どうも艶本みたいです。つまりは――」
「まぐわいすればいいんだな。簡単じゃないか」
「あ、はあ……」
たしかに、里見八犬伝みたいな内容よりは簡単かもしれないが……。
あっけらかんとしている小枝に、典太は訊ねる。
「あの、意味わかってます?」
「わかってる。お前に抱かれればいいんだろう。はじめてだからやさしくしてくれ」
するっと小枝が近づいてきて、思わず典太はあとずさった。
小枝は怒る。
「あたしでは不足か」
「そんなわけじゃないんですけど、い、色んなしがらみとか考えると……」
これでも次期当主となる娘だ。軽く手を出せるものではない。
その辺りのことも少しは考えてもらいたいものだ。
すねた表情で小枝は視線をそらす。
典太は燭台をかたわらに置き、ため息をついた。他に方法があるはずだ。なんとか納得してもらわないといけない。
「なにも、小枝様が――」
「姉様は抱いたのにか」
ドキリとする。
うす明りに照らされた瞳は、ひどく揺らいでいた。
涙を乗せた目を典太に向ける。
「あたしが知らないと思ったか。ふたりはよく、妖物の勉強とやら理由をつけて離れに行っておったな。あたしも一緒させてくれと言っても、なにかと理由をつけて断られた。悔しくて覗いたのだ。そしたら――」
「小枝様……それは……」
「姉様とはどんな間柄だったのだ。愛していたのか? はっきりしろ」
厳しい表情で問い詰められて、典太は観念した。
「……たしかに、紗由里様とは愛し合っていました」
「姉様に遠慮しているのか」
「それもありますけど――」
典太はゆるく首をふる。
「当時は僕も若かった。先のことなどどうにでもなると思っていた。でも現実は、大地主の娘としがない学者の息子。親同士が親友でも釣り合うもんじゃない。紗由里様が消えて、僕はどこかほっとしたところもあるんです。いずれ人のものになるくらいなら――」
「わかってるんだろう。それが卑怯だってこと」
「――ええ」
「姉様に会いたくないのか」
「会いたい。もう一度だけでも、と。その気持ちも本物です」
「……お前の気持ちはよくわかった。だったら、姉様を助けるためだと思ってあたしを抱いたらいい。あたしはそのための道具だと思え」
「……小枝様」
目を伏せて笑った小枝の顔が、突然紗由里と被って見えた。
ほの暗い明りのせいかもしれない。
どこかあきらめたようなその表情は――紗由里が将来の話をするときによく見せた、さびしそうなものとおなじだった。
なんとなく、わかったかもしれない。
小枝が子供っぽく振舞うわけを。
そう演じているのだ。紗由里に似てくる自分を周りに気取らせまいと、必死に隠している。
そしてその理由は、おそらく典太にあったのだ。
「こんな話をするはずじゃ、なかったんですね」
典太はやさしく微笑む。
小枝はくちびるを噛んでうなずいた。
全部知っていたのだ。シギョの性質から、本の内容まで。そうやって典太を誘ったが、すんでのところで本音が出てしまった。小枝にしてもぎりぎりの行動だったはずだ。
小枝を落ち着きがないだけだとみんな思っているが、そんなことはない。紗由里と比べても遜色ないほど、聡明な娘だ。
「あたしもいずれ決められた者と結婚する。なら処女くらい好いた男にやりたいのだ」
「僕は卑怯者ですよ」
小枝の肩を引き寄せ、腕の中へ入れる。
典太を見上げる瞳は、またうるんでいた。
「あたしもそうだ。策略を練って、自分の気持ちを隠して、そうでないと素直になれない」
くちびるを合わせる。
小粒な歯が、典太の前歯にコチンと当たった。
顔を離した小枝が、照れたように笑う。
「お前の味がする」
典太はもう一度肩を抱き寄せ、くちびるを合わせた。
あまい香りが髪から漂う。香をふっているのだ。
今度はくちびるとくちびるの合わせ目を割って、舌を差し入れた。
おどろいた小枝が身を固くするが、ぽってりとしたその舌を舌先で弄んでいるうちに、じょじょに力が抜けてきた。
背に手がまわってくる。
小枝も、おずおずと典太の舌の動きに合わせ、舌を絡めはじめた。
「ぷぁっ」
突然また、小枝が顔を離し荒い息を吐く。くちびるから唾液の糸がつながった。
「くるしい。息はいつすればいいんだ」
「そんなの、鼻ですればいいですよ」
「くすぐったいじゃないか」
「そうですかね」
「あ……」
典太は小枝の体を横たえる。書庫の板の間は痛そうだ。
「ここで大丈夫ですか?」
「ああ。それより、本はどこだ。その通りにしてくれ」
「別に、意識の問題でまったくそのままじゃなくてもいいんですが……」
本を開き、内容に目を通す。
比較的おとなしめの描写だった。この程度なら初めてでも苦痛ではないだろう。
「まず男は女の乳首を……」
「よ、読みながらしなくていい――わっ」
小枝の胸元を広げ、胸を露出させる。
小ぶりだが張りのあるふたつの乳房。先端の桜色の突起は、呼吸に合わせて上下する。
「……興奮するか?」
殺される前の魚みたいな表情で、小枝は目を閉じている。
浮き出た鎖骨に典太は手を当てる。
「もちろん。なんなら証拠を」
「いやいいから。はやく続きしてくれ」
きめの細かい肌をなぞって、そこから手を下にもっていく。
肌はじょじょに隆起とやわらかさを帯びていく。
典太はちょうど片手におさまる乳房をほぐすようにこねる。
「う……はぁ……」
ため息のような吐息を小枝はもらした。
両方の胸をじっくりほぐし、今度は人差し指と親指で、ささやかな突起をつまみあげる。
ぴくっと体を反応させた小枝が、目を開いた。
「痛かったです?」
「いや……こそばゆいような、変な感じが……うんっ」
こするように指を動かすと、みるみる乳首は固さをまして尖っていく。上気させたほおがかわいらしい。感度はかなりいいようだった。
「それ、そうすると……なんだか、声が出てしまう……」
「ええ。小枝様の声、もっと聞きたいです」
「そ、そうか? 姉様みたいに艶っぽい声は、出せるかわからんぞ」
「比べなくていいんですよ」
「あんっ!」
両方の乳首をつまむと、また体を反応させて、小枝は軽くのけぞった。薄紅のはじらいは、しこりのように固くなっている。
典太は顔を寄せて、その果実のしこりを口に含んだ。
「んん。うん……」
口の中でねっとりと舐め上げ、舌先で転がすと、そのたびに小枝はむずがるように腰を動かした。
背と頭に手が回される。
もう片方の乳房に口を移すと、耐え切れず小枝は声を上げた。
「ああっ、あ――」
典太は攻めの手を休めず、空いている手でまだ唾液でぬめるもうひとつの乳首を転がす。
「典太、典太。あたし、ちょっと変になりそうだ。頭の奥が真っ白になりそうでこわい――」
気がつくと小枝は、ひとっ走りした後みたいに息を荒げていた。
もしかして胸をいじるだけで、達しそうになっているのだろうか。
たしかめてみようと、典太は裾の間から太ももに手を入れた。
「あっ!」
反射的に足が閉じられる。少々無遠慮に過ぎたようだ。小枝はすぐに力を抜いた。
「す、すまん。つい」
「いえ……」
安心させるように小枝とくちびるを合わせ、ひざのあたりからじょじょに手を上げていく。
すいつくような肌だった。
若木のような固さを芯に残していながら、ふくよかな女のやわらかさを身に着けている。
年頃の娘だけが持つ、季節の特権だ。
太ももに指を滑らせ、何度か上下にさすりあげ、感覚に慣れさせる。
充分に気持ちがほぐれてきたところで、耳元にささやきを入れる。
「もう少し、足を開いてください」
「こうか?」
「ぜんぜん。もっと大きく――できればひざを立てて」
典太は指で押しやり、足を広げさせる。
「そ、そんなに開かなくてもいいんじゃないか」
「まだ僕の体が入りきらないくらいですよ。でもまずはこれくらいで――」
「あっ」
手を差し入れるには充分な開き具合だ。
典太は指を股の付け根に滑り込ませる。
――ぴちゃ
と言う音がした。
もちろんそれは気のせいだが、そう感じるほど小枝の秘所は濡れそぼっている。
「小枝様、すごい……」
「え……?」
「こんなに感じてくれて、うれしいです」
「なにがだ。変か? ああっうっ」
小枝が感じていると言う事実に押されて、典太の欲望がむらむらと頭をもたげた。
差し入れた左手をぬめりに沿ってやわらかく上下にさすっていく。
また小枝の息遣いが激しくなってきた。
「どう? 気持ちいいです?」
「はっ、あ、ああ。自分でするよりずっといい……!」
「自分で? 自分でするんですか」
失言にはっと小枝が息を呑む。
典太は愛撫の手を止めず、いじわるくつっつく。
「た、たまにだぞ」
「どんなときにです?」
「んっ! ――変だぞ、典太。いじわるしないでくれ」
「男は欲望に負けると、いじわるくなるんです」
「負けたのか、典太」
「ええ。小枝様があんまりかわいいから。教えて欲しいな」
「う――」
小枝が上気させた頬をさらに赤く染める。
典太の指の動きに合わせ、軽く喘ぎを漏らしながら、おずおずと答える。
「お前と姉様の、むつみあう姿が、どうしても頭から離れない夜があるのだ。ひ、頻繁にではないぞ。そんな夜は自分の体に手が伸びてしまう……」
「だれを想像しながら?」
「う、ふっ……。お前だ、典太。お前の手を想像しながら、お前の体を想像しながら、あたしは自分を慰めておったのだ。ああっ! あんっ!」
小枝の体がびくびくと震え始める。
典太は首筋から胸へ下を這わせながら、だんだんと指に力と速度を入れる。
喘ぎはもう、我を忘れた感じになってきた。
「あああ! あっ! 典太ぁ、なにも考えられない。体が熱い。変だ、真っ白になる――」
「そのまま身を任せて。僕を抱いて」
ぎゅっと、まわされた手に力がこもる。
もう気のせいではなく、小枝の股間からはくちゅくちゅと言う水音が響き始めていた。
体の震えは一段と激しい。
「ああん! いやぁっ!」
びくびくっ、と痙攣が襲い、細い体を逆に折り曲げて、小枝はのけぞった。
吹き出したような蜜が典太の指を濡らす。
それをすくいだすように指を動かしながら、ゆっくりと愛撫の手をゆるめていく。
「あ――は――」
小枝は焦点の合わない目を天井へ向け、茫然自失の感で荒い息を繰り返している。
振り乱れた髪が、汗でうなじに貼りついていた。
左手を股間から引き抜くと、立てていたひざがぺたりと崩れた。どろどろと言っていいほど濡れている。
「よかったですか?」
汚れていない右手で小枝の髪をととのえる。こくこくとうなずき、小枝は大きく息を吸って吐いた。
「……まだ夢心地だ。典太がこれほど技量に長けているとは思わなかった」
「小枝様が感じやすいだけですよ」
「そうか? いやらしい女は嫌いか?」
「とんでもない」
「うん。じゃあいやらしいついでに、お前のにも奉仕してやろう」
体を起こした小枝が、典太にのしかかる。
下半身に手が伸び、すでに力いっぱい立ち上がった一物をにぎった。典太は焦る。
「さ、小枝様?」
「経験はないが知らんわけじゃない。下町の友人には嫁に行った者もちらほらおる。どうすればよろこぶかぐらいわかっているぞ」
「お友達とそんな話してたんですか」
「女三人かしましいと言うやつさ」
違うぞそれは、と言おうとした瞬間、典太のすそを割って入った手が、下帯をほどいた。
内容物の張力でそれはあっと言う間にはずれてしまう。
小枝は現われた屹立を遠慮せずにつかんだ。
「ううっ」
今度は典太がうめく番だ。小枝のたおやかな指が欲望の怒張に絡み、それをさすり撫でていく。小枝の痴態に我慢の限界を迎えていた一物は、先走りの液を滴らせた。
「どうだ、よいか」
小枝は典太の上に乗って、耳たぶを噛んだ。
その間も手は休まずしごき続けている。
「ま、まだまだ」
「強情なやつめ」
小枝は顔を下半身へ持っていく。
吐息が下腹をくすぐり、典太は小枝がなにをしようとしているか悟って、上半身を起こした。
「あの、あんまり無理しなくても」
「やりたいのだ。……うん、間近で見るとやっぱり奇怪な形状をしているな」
「いや、奇怪って……」
「お前も姉様に口に含んでもらって、よろこんでいたじゃないか」
「あ! 小枝様、覗いたの一回だけじゃないでしょう!」
「ふふ、覗くのにいい場所があってな」
上目遣いで笑った小枝が、亀頭に舌を這わせた。
ちろちろとくすぐる、その遠慮がちな動きが逆に新鮮だ。
飴でも舐めるように、下から上に、舌全体を使って丁寧になぞりあげていく。
唾液が根元まで滴り落ち、ときおり思い出したように動かす手の潤滑となって、快感を膨らませた。
背筋にぞくぞくとしたものが走って、典太は再び床に身を横たえた。
「……小枝様、ちょっとお手柔らかに……」
「ん? どうした、痛かったのか?」
「そうじゃなくて……小枝様にそんなことしてもらってると思うと、我慢できないかもしれません」
「くっくっく。お返しだ。あたしで感じてくれているんだな。お前はどうなんだ? あたしを想像して慰めることはなかったのか?」
舌を這わせながら訊いてくる。
正直、子供だと最近までは思っていたが、このところ花が開いたように女らしさを身につけていく小枝を、まったく欲望の対象としなかったわけではない。特に典太の前では無防備な小枝の、くっついてきたときに感じた体のやわらかさや、開いた胸元から覗いた乳房を、悪いと思いつつあとで思い出して慰めることもあった。
「どうなんだ?」
「あ、あります。あの――」
「よかった。こんなあたしでも、ちゃんと女と見てくれていたんだ」
そう言った小枝の口が、亀頭の先から竿の半ばまでを、ぐっと飲み込んだ。
小枝が口淫している。ほんの少し前の自分には信じられないことだ。
ちらりと目をやると、少し苦しそうに眉をしかめた小枝は、いっしょうけんめい典太の欲望を口に含み、限界まで飲み込むとそれをくちびるをすぼめて引き抜き、また飲み込んでいた。髪がおどり、太ももの辺りをくすぐっている。
あんまり見ていると興奮して達してしまいそうだった。
何度か繰り返した小枝が、息を荒げて口を離す。
「こんな感じでいいか? 歯は当たってないか?」
「初めてとは思えないくらいです……。って言うか、くわしいですね」
「しっかり教わったからな。まあ遠慮せず、溜めているものを一回吐き出しておけ」
顔を沈めた小枝がもう一度口に含み、今度は手も使って一物をしごきはじめた。
たしかに一度出しておいたほうが、思い切り固い帳を入れるよりマシかもしれない。小枝もそのへんのことを友人に吹き込まれたのかもしれなかった。
典太は床に横たわったまま、快感に身を任せることにした。
くちびるを使って締め付け、それに合わせて舌が敏感なところを刺激する。ぎゅっと絞った手が竿をしごき続ける。
小枝の口が小ぶりな分、どうしても歯が当たってしまうことがあった。そのあたりは慣れだろうが、今は唾液でぬめりを帯びた手が気持ちいい。
「小枝様……そのまま……」
「ん」
小枝は亀頭を口に含んで、付け根の裏側をちろちろと舐める。くちびるは上下させず、力を入れた手で大きく竿をこすりはじめた。
濡れた手先が、ちゅくちゅくと滴るような音を立てる。
典太は急激に昂ぶってくるのを感じ、小枝の髪を思わずつかんだ。
「さ、小枝様っ、出――」
「ひいぞ、ほのまま、出せ」
「でも口に、あ、」
腰を引こうとした典太を小枝が押さえた瞬間、達していた。
思わず目を向ける。
どくどくと脈打ちながら自分の一物が、欲望の産物を小枝の愛らしいくちびるの中へ注ぎ込んでいる。純真で無垢な顔が、猛りを含んで歪んでいる。
それを見ているだけで、もう一度達しそうなくらい煽情的だ。
「あ、あ!」
脳裏に叩きつけられたような快感が典太ののどを反らせ、手は力任せに小枝の髪をつかんでいた。
「んう、うう」
うめいた小枝が口を離す。
「やっ!」
まだ射精の途中だった一物は、白濁した液を小枝の顔に振りかけた。
目をそらしながらも小枝はそれを受け止める。
やがて何度か跳ねるように痙攣し、一物はその動きをゆるやかに止めた。だらりと流れた最後の精液が、竿を伝って小枝の手を汚す。
「あ、す、すいません」
我に返った典太は、つかみっぱなしだった手を離す。
小枝は何度かうなずくようにして、口の中の物を嚥下しようとした。
「ぷるぷるして、飲みづらい」
「あの……別に飲まなくても」
「せっかくの証だ。礼儀と言うものだろう」
そうだろうか。男としてはうれしいものだが。
小枝は手と顔についた精液も、すくいとって舐めていく。
「ニガいな、これは」
子猫が顔を洗っているようにも見えるが、それは典太の子種を舐め取る行為だ。
小枝の美しい横顔を汚した興奮が抜けきらず、典太の猛りは収まりそうもない。
「小枝様」
体を起こし、横座りをした小枝の腰を抱く。
帯をほどき、半裸の小枝から衣を剥いで行く。
小枝はあらかた顔のものを舐め取ると、笑った。
「だいじょうぶか? しばらくは立ち直らんのだろう」
「元気いっぱいですよ」
「ふふ。よかった」
衣からそでを抜くと、今度は小枝が典太の着物を脱がせた。
お互い裸になり、絡み合うように床へもつれ込む。
小枝の股に太ももを入れると、小枝も足を組ませてきた。手と手でしっかり背中を抱き合い、ひとつになろうかとするように肌を合わせる。
くちびるを合わせ、舌を求め合う。まだ少し青臭いが、そんなことは気にならない。
上になり下になり、床を転がるうちに、典太の頭に何か当たった。
「――あ、本」
途中からすっかり失念していた。小枝が笑う。
「心配するな。本に書いてある通りだ。次にお前が抱いてくれればな」
もう恥ずかしくないぞ、と言いながら、小枝が足を広げる。
典太は身を離して、その中心を見つめた。
草原のような薄い陰毛。あわい色のひだが、その狭間で見え隠れする。蝋燭の不安定な明かりでもはっきりするほど、そこは透明なぬめりに覆われていた。
「いきますよ」
典太は足の間に体を入れる。
一物の先端をぬめりの中央へあてがう。
ほんの少し先を沈めると、さすがに小枝は身を固くした。
「力を抜いて。少し痛いかもしれませんけど」
「だいじょうぶだ、たぶん」
「じゃあ……」
そこからぐっと、秘所の奥へ肉の棒を差し入れる。
途中でかすかな抵抗があった。
そこを押し入るとき、小枝が小さく息を呑んで、典太の首筋に手を回した。
濡れていて思いのほかすんなり、根元まで入れることが出来た。それでも握り締められているような締め付けだ。
典太は訊く。
「痛みます?」
「いや……なんとか。昨日小指を箪笥の角にぶつけたときの方が痛かった」
なんて例えだ。笑いそうになったのをこらえて、典太はゆっくり腰を動かす。
初めて男のものを受け入れたひだの筒は、まるで自分の一部だと思い違いしたように一物へまとわりつき、典太が動くたびに引きつるようにきしんだ。
「っく、さすがに、動くと痛いな」
「しばらく休みましょうか?」
「いや、かまわない。それより早く終わらせて欲しいな」
「わかりました」
希望に沿えればいいのだが、さきほど果てて一寸も経たずにもう一度と言うのは厳しい。逸ったのは失敗だったかもしれなかった。
「僕が気持ちいいようにしていいです?」
「ああ。どうやっても痛いものはおなじだ」
典太は小枝のひざの裏に手を入れ、そこを起点に床に手をついて、腰を持ち上げさせた。
ぐっと体を丸めた体勢に、小枝が慌てた声を上げる。
「あ、あの、繋がったところがあたしから見える……」
「こうすると、早めに出せるかも。さっきより痛いですか?」
「いや、角度がいいのか痛まなくなったが……その……」
「じゃあ動きますよ」
「ああんっ!」
突然あがった大声に、典太は驚いて腰を止める。小枝もびっくりしたように手を口元へ当てていた。
「い、痛いですか」
首を横に振る。
「……続けてくれ」
今度はゆっくり、しかし奥深くまで突き入れる。
怒張の先っぽが小枝の秘所の最奥をつついた瞬間、また小枝はあられもない声を上げた。
「ああっ!」
「ひょっとして、気持ちいい?」
ぶんぶんと否定するように小枝は首を振るが、痛みとは別のうるみかたをしてきた瞳が、その嘘を物語っている。
典太は何度か、たしかめるように行き止まりをこつこつ叩いてみる。そのたびに押さえきれない声を小枝はあげる。
「動いても、だいじょうぶですよね」
「ま、待って。ちょっと――」
典太は聞かず、腰を大きく振り上げて、打ち下ろした。
ぱんっ、と肌のぶつかり合う音が響く。
「はあぁっ!」
同時に小枝の嬌声が飛んだ。
典太は続けて、何度も腰を動かした。
小枝は身もがくが、しっかり組み伏せられて逃れられない。
ぱん、ぱん、と音がなる度に、小枝のあられのない声が闇の中へ響く。
「も、許し――て、ああん、あんっ! まだあんまり動くと、痛い、から」
「痛いのと気持ちいいの、どっちが上です?」
「ふぅんっ、気持ちいい! 気持ちいいから!」
無我夢中の小枝が、典太の背中に爪を立てる。
その乱れようがかわいらしくて、しつように一物をぶつけていると、いままでぎゅっと締まっていた膣奥が、とつじょ空洞を開いた。
「あああ! やだ! また来る、真っ白いのが、やぁあ!」
それと同時に小枝が叫び、いっそう手に力を込めた。
「やだっ、きたぁー!」
喉を反らし、髪を振り乱して、忘我の声を上げる。
びくびくびくっと何度も細かく震え、小枝は絶頂に達した。
典太はそれに合わせて、腰の動きをゆるめる。
何度か身をよじるように悶え、一気に体の力が抜けていった。
息も絶え絶えな小枝の体は、絶頂の余韻でまだぴくぴくと痙攣している。
それを抱きしめて、耳元でささやく。
「ずるいですね。ひとりで先に達してしまって」
「――え? お前、まだなのか」
「もう少し付き合ってくださいね」
「か、かんにんしてくれ。腰が立たなくなりそうだ――」
小枝の泣き言に耳を貸さず、典太はもう一度体勢を立て直すと、繋がったままの腰を動かし始めた。
「ちょっと、もう、ああ……また、待って」
支離滅裂な言葉で止めようとするが、典太ももう少しで出そうなのだ。またいじわるくささやく。
「感じる小枝様が悪いんです」
「だって、気持ち、ああう、いいっ! いいんだから、仕方ない」
「僕ももうちょっとなんです」
「だったら、あたしが、変に――変になる前に出してくれ、な?」
「善処します」
そう言いつつ、先ほどより激しく勢いをつけて、腰を動かす。
「ああっ! いい! 気持ちいい!」
強要しないのに淫らな言葉を小枝が口走る。
廊下を走り回っていたあの姿からは想像のつかない艶やかさだ。
「典太、典太ぁ! あたしもうまた、きちゃう! 変になる!」
「僕も――達しそうですっ」
「じゃあいっしょにだ、いっしょに――」
あきらかに処女の血とは別の、粘液質なものがふたりの腰と腰の間から、淫靡な音を上げている。
肌と肌は汗が混じりあい、それが重ねあわされるたびにお互いを溶かしあうようだった。
「小枝様、僕も!」
「出してくれ、あたしの中に、お前のを注ぎ込んでくれっ」
「ううっ!」
ひとつうめいて、典太は射精した。
小枝の下の口は、上の口と同じように注ぎ込まれたものを受け入れ、飲み込んでいく。
小枝の処女肉の中にどくどくと、大量の欲望が吐き出されていった。
女を孕ませたい、もっとも原始的な昂ぶりが典太の脳を白く焼いて、理性を捨てさせた。
最奥の奥に届かせるように、射精しながらも一物を突き入れる。
小枝は声も出さずにのけぞったまま、床を爪でかきむしるようにつかんでいた。
そのまま固着すること数瞬――。
最後の一滴まで搾り出すように射精を終えた典太は、力を抜いて小枝の体の上に身を投げ出した。
さすがに息が荒い。同じように荒い呼吸を繰り返している小枝の喉が、目の前で脈動している。
それからだんだんと冷静になってくるにつれて、とんでもないことをしてしまったことに気づいた。
「さ、小枝様。あの、中に出しちゃいましたけど」
「いい。月のものの後は孕みにくいし、なにより本がそういう内容だ」
「それなら、まあ……」
いいんだろうか。
小枝はぐったりして薄目を開き、宙を見つめている。
「お前は、気持ちよかったか?」
「ええ。小枝様の体の方は障りないですかね」
「じんじんする。でも平気だ。――あ!」
小枝が身を起こそうとしたので、典太は体をよける。
床に転がっている本を取り上げて、頁を繰り始めた。
典太は横から覗きこむ。
どの頁も真っ白のようだった。
本当に成功したのかもしれない。典太は小枝の手を止め、本を取り上げた。
「なにする?」
「危ないです。いまここにはあの世への穴があいている。不用意に触ったら紗由里様の二の舞になりかねません」
「そうか。でもこれで取っ掛かりは出来たわけだ」
「そうですが……まずは体を拭いて、服を着ましょう」
「そうだな。あたしの中からお前のものが垂れてきている」
どろりとした白いものが小枝の太ももに流れていた。
典太は慌てて、手ぬぐいを探しに立ち上がる。
汗をぬぐって着替え終わると、ふたりは本を前に正座して、今後の話を練った。
消えかけた蝋燭を新しい物に替え、典太は言う。
「このまま本を開いているだけでは、紗由里様は戻ってこないと思います」
「うん」
「僕たちがあの世へ探しにいけるのも、おそらく機会は一度きり。戻れば通路は消えるでしょう。それでも賭けますか?」
「もちろんだろう。なんのためにお前に処女をやったのだ」
「いや、その話と絡めないでくださいよ……」
「とにかく行く。いますぐに。どうすればいい」
「じゃあこれを」
典太は赤い紐を渡す。書庫の中で使えそうな長さの紐はこれしかなかった。
「紐を手首に巻いてください。僕も同じように巻きます」
「それで?」
「もう一方の端は柱へ巻きつける。これを手繰って行けば、あの世から迷わず戻れるってわけです」
「そんな簡単に行くのか……」
「あの世へ行って戻った人の話は多く残ってます。みんなこれで戻ってきた」
しかしあの世へ消えた人間を連れ戻したと言う話はない。
世界の法則は違う。あそこは無の世界だ。
一年もそこでさまよって、無事でいるかもわからない。
いまはただ、信じるべきを信じるしかなかった。
典太は本を開く。
「覚悟はいいですか」
「いいさ。お前となら」
小枝が笑い、お互いを結びつけた手を握る。
それを重ね合わせ、真っ白い頁に深く沈みこませた瞬間、目の前のすべてが白いものに吸い込まれているような眩暈が襲った。
懐かしいような感覚。
なにもかもに手が届く。
すべてがそこにあるような感覚を――。
とたとたと板の間を赤い着物が駆けていく。
「お嬢様。走るとあぶのうございますよ」
「大事ない!」
見かねた使用人の注意に、元気よく返すと、赤い着物の娘は足を止めずに奥へ駆けていった。はだしの足音が遠ざかっていくのを聞きながら、使用人はつぶやいた。
「まったく小枝(さえ)様も……」
ため息だけが後に残る。
小枝は今年で十六。そろそろ女の匂いをさせはじめる年頃だと言うのに、好んで着るのは稚児の晴れ着みたいに派手な小袖、髪をのばしもせず、あごの下で切りそろえたおかっぱ頭だ。勉学は飛びぬけてよくできるのだが、落ち着きがなくひとところにじっとしていない。
加えてあの事件以来、小枝は奇行と呼んでいいほどおかしな振る舞いをするようになった。
「沙由里(さゆり)様さえあんなことにならなけりゃね」
三年前突如行方不明になってしまった小枝の姉。以来屋敷の当主も病に伏せがちになり、跡を継ぐべき小枝もこの調子だ。
使用人たちは思い出すようにそう言っては、ため息をつくのだった。
***
典太が私室の襖を開けると、中に赤い着物が突っ立っていた。
短い小袖のすそから伸びるすらりとした足。細い足首。
小枝だ。
「典太。どこに行っていた」
怒ったように振り向きざま言う。典太は困って首のうしろを掻いた。
「どこって、厠ですけど」
「もう。探し回って損をした」
ペタ、と畳の上に座り込む。
よく見れば首筋にはうっすら汗をかいていた。
障子越しのあわい光が横顔を照らす。
血の道の透けそうな白いうなじ。氷を研いだような細い顎。きらりと光る濡れた瞳。
時折ぞくりとするほど、小枝は女の色香を漂わせることがある。
それを隠そうとするように、子供染みた服装を選んでいる――そう典太には思われる。
なぜか、と言われれば、わからないが。しかし普段の子供っぽさとの差が時に煽情的でもあった。
「で、息せきってどうしたんです?」
典太は小枝の前に腰を降ろす。
小枝はうなずくと、懐にはさんだ本を取り出した。胸元が一瞬、きわどいところまで広がる。思わず視線をやりそうになった典太は、なんとか自分を律して本に目を向けた。
「この妖物(あやかしもの)を見たのだ」
指し示した頁には、魚と虫を合わせたような、奇妙な姿の生き物が描かれていた。
妖物――あの世から綻びの通路を通ってくる、無の具現。
小枝が見たというのは、シギョと呼ばれるものだ。魚を上から見たような体に、長い二本の触角。尾にも同じような触覚が三本生えている。動きはすばやく、ゴキブリのそれに近いが、飛んだり跳ねたりはまったくできない。小指の先ほどの大きさの、おとなしいと言えばおとなしい妖物である。
「……ふむ。こいつをどこで?」
「地下の書庫だ。姉様の居なくなった場所」
「なるほど……」
シギョは紙の魚と書く。
文字を喰い、そこに書かれてある意味を無意味とすることで、『無』を生むのだ。
妖物とは現世の物がすべて有を作り活動するのに対し、無を作ることで存在する。まったく逆の法則で生きる物だ。
無は時として集まり、広がり、固定される。
非常にまれな場合だが、それが人の通ることの出来る通路として、あの世と繋がることもある。
つまり小枝は、書庫の闇に住みついたシギョが無の通路を開け、紗由里を飲み込んだ――そう考えたのだ。
「調べてみる価値はありますね」
典太は言い、立ち上がった。
「そうだな!」
目を輝かせた小枝が部屋を駆けだし、書庫へと向かう。
あいかわらず元気のいいことだ。
典太もこの屋敷では異色の存在だった。
各地の妖物を調べる学者をしていた父の助手として、典太は旅をしていた。
屋敷の当主と父は古い友人で、この地へ寄った際には必ず長く滞在した。典太が紗由里、小枝の姉妹と親しくなったのもそのせいだ。
一年前、いつものように父とここへ立ち寄った典太は、紗由里の行方不明を知らされた。書庫で本を探している途中、霞みたいに消えたと言うのだ。
これは妖物が関係しているに違いない。父と出した結論はそうだった。
ここへ残って紗由里を助け出せ――父にはそう命じられた。しかしそれ以来、たいした成果もあげられず、今に至っている。
「緊張するな」
小枝が多少こわばった顔で笑い、地下書庫の入り口の錠をはずす。
紗由里の行方不明よりここは厳重に封じられ、典太や小枝がたまに出入りする以外、まったく人の踏みいることはない。
錆かけた鉄の扉は、きしみながら開いていった。典太は入れるだけの隙間で止めると、燭台の上の蝋燭へ火をつけ、中へ身を滑らせる。
「う」
後に続いた小枝が、袖で鼻を押さえた。
「何度来てもこの湿気はなれんな」
「換気してませんからねえ。待っていますか?」
「馬鹿を言うな」
「じゃあ扉を閉めてください。連中は陽の光を嫌う」
典太は燭台を片手に、ぎしぎしと鳴る階段を降りる。書庫にはさまざまな本が置いてあった。この屋敷に伝わる文書もあれば、ただの娯楽の読み物もある。典太の父が預けた本も多い。
本棚がずらりと並ぶ中、小枝が典太の手を引っ張り、奥を指した。
「あそこだ。たくさん、見慣れぬものが群れていたのでわかった」
典太は明かりを向ける。娯楽のものが置いてある箇所で、典太が調べ物をするときにもあまり立ち寄らなかった一角だ。
「ふむ……」
ためしに、それらしき一冊を抜き出してみる。
頁のところどころに、抜けたような白い部分があった。文字がぼろぼろにかすれているのに、紙は痛んでいない。
「これは」
次も、その次の本も同じ状態だった。
「どうだ?」
「――間違いないです。お手柄ですよ、小枝様。ここにはシギョが大量発生してる」
シギョはこう言う場所ならどこにでもいる妖物だ。もっと他の、大きな要素にばかり気を取られて、身近な可能性を忘れていた。
シギョの生む無はとても小さい。それでも大量に沸けば、それなりの大きさの通路を開けることも出来る。
「あった」
本をとっかえひっかえしていた典太は、目的の物を見つけた。
頁の大部分が真っ白になっている。内容がほとんど喰われ、あと少しで無そのものになってしまう本だ。
「それがどうした?」
「シギョが食い尽くした本は、本のかたちそのままに無の塊となるそうです。この本はあと少しで通路の役割を果たすかもしれない」
「そしたら……姉様は帰ってこられるのか?」
典太は考える。期待に目を輝かせている小枝には申し訳ないが、その可能性はひどく低かった。
「そう信じましょう。一度くらいなら、僕たちが通路を通って向こうの世界へ行くこともできるだろうし」
「そうか。あとどれくらいだ」
「うーん……一ヶ月かもしれないし、一年かもしれないし。このままってこともありえます。この程度の量なら、無理に開くこともできますけどね」
「それはどうやるんだ」
「本の内容を実行すればいいんです。字には言霊が宿っている。それを意識して取り出すと、おそらくそのすきに他の無がこの程度の量なら飲み込んでしまうでしょう」
「やろう、典太」
小枝の口調は決意に固い。
「もう一日たりとも姉様を放っておきたくないんだ。生きながらあの世に放り込まれるなど、どれほどのことか想像するだにつらい」
典太は紗由里の顔を思い出す。
おっとりとしたやさしい性格の持ち主。小枝のほか、いろいろな人に慕われていた。聡明で将来は父の跡を立派に継ぐだろうと。
目を閉じれば、うつくしい黒髪をいまもありありと思い浮かべることができる。
「わかりました。そのために僕もここにいる」
本を開く。
残った頁は少ない。典太は蝋燭の明かりを向ける。
覗きこんだ小枝が声を出して内容を読み始めた。
「ああ、ああ、ああ、と。突き上げられること三度四度、女は男のまたぐらの――ん、これはなんと言う意味だ。矛?」
「うん?」
典太は内容をよく読んで血の気が引いた。
男と女がむつみあう文章が、延々続いている。
小枝が指で差しているのは男性器の隠語だ。
つまりこれは、艶本(つやぼん)だったのである。
「えーっと、小枝様。よしましょう」
「なぜだ」
「これはですね、えっとですね、どうも艶本みたいです。つまりは――」
「まぐわいすればいいんだな。簡単じゃないか」
「あ、はあ……」
たしかに、里見八犬伝みたいな内容よりは簡単かもしれないが……。
あっけらかんとしている小枝に、典太は訊ねる。
「あの、意味わかってます?」
「わかってる。お前に抱かれればいいんだろう。はじめてだからやさしくしてくれ」
するっと小枝が近づいてきて、思わず典太はあとずさった。
小枝は怒る。
「あたしでは不足か」
「そんなわけじゃないんですけど、い、色んなしがらみとか考えると……」
これでも次期当主となる娘だ。軽く手を出せるものではない。
その辺りのことも少しは考えてもらいたいものだ。
すねた表情で小枝は視線をそらす。
典太は燭台をかたわらに置き、ため息をついた。他に方法があるはずだ。なんとか納得してもらわないといけない。
「なにも、小枝様が――」
「姉様は抱いたのにか」
ドキリとする。
うす明りに照らされた瞳は、ひどく揺らいでいた。
涙を乗せた目を典太に向ける。
「あたしが知らないと思ったか。ふたりはよく、妖物の勉強とやら理由をつけて離れに行っておったな。あたしも一緒させてくれと言っても、なにかと理由をつけて断られた。悔しくて覗いたのだ。そしたら――」
「小枝様……それは……」
「姉様とはどんな間柄だったのだ。愛していたのか? はっきりしろ」
厳しい表情で問い詰められて、典太は観念した。
「……たしかに、紗由里様とは愛し合っていました」
「姉様に遠慮しているのか」
「それもありますけど――」
典太はゆるく首をふる。
「当時は僕も若かった。先のことなどどうにでもなると思っていた。でも現実は、大地主の娘としがない学者の息子。親同士が親友でも釣り合うもんじゃない。紗由里様が消えて、僕はどこかほっとしたところもあるんです。いずれ人のものになるくらいなら――」
「わかってるんだろう。それが卑怯だってこと」
「――ええ」
「姉様に会いたくないのか」
「会いたい。もう一度だけでも、と。その気持ちも本物です」
「……お前の気持ちはよくわかった。だったら、姉様を助けるためだと思ってあたしを抱いたらいい。あたしはそのための道具だと思え」
「……小枝様」
目を伏せて笑った小枝の顔が、突然紗由里と被って見えた。
ほの暗い明りのせいかもしれない。
どこかあきらめたようなその表情は――紗由里が将来の話をするときによく見せた、さびしそうなものとおなじだった。
なんとなく、わかったかもしれない。
小枝が子供っぽく振舞うわけを。
そう演じているのだ。紗由里に似てくる自分を周りに気取らせまいと、必死に隠している。
そしてその理由は、おそらく典太にあったのだ。
「こんな話をするはずじゃ、なかったんですね」
典太はやさしく微笑む。
小枝はくちびるを噛んでうなずいた。
全部知っていたのだ。シギョの性質から、本の内容まで。そうやって典太を誘ったが、すんでのところで本音が出てしまった。小枝にしてもぎりぎりの行動だったはずだ。
小枝を落ち着きがないだけだとみんな思っているが、そんなことはない。紗由里と比べても遜色ないほど、聡明な娘だ。
「あたしもいずれ決められた者と結婚する。なら処女くらい好いた男にやりたいのだ」
「僕は卑怯者ですよ」
小枝の肩を引き寄せ、腕の中へ入れる。
典太を見上げる瞳は、またうるんでいた。
「あたしもそうだ。策略を練って、自分の気持ちを隠して、そうでないと素直になれない」
くちびるを合わせる。
小粒な歯が、典太の前歯にコチンと当たった。
顔を離した小枝が、照れたように笑う。
「お前の味がする」
典太はもう一度肩を抱き寄せ、くちびるを合わせた。
あまい香りが髪から漂う。香をふっているのだ。
今度はくちびるとくちびるの合わせ目を割って、舌を差し入れた。
おどろいた小枝が身を固くするが、ぽってりとしたその舌を舌先で弄んでいるうちに、じょじょに力が抜けてきた。
背に手がまわってくる。
小枝も、おずおずと典太の舌の動きに合わせ、舌を絡めはじめた。
「ぷぁっ」
突然また、小枝が顔を離し荒い息を吐く。くちびるから唾液の糸がつながった。
「くるしい。息はいつすればいいんだ」
「そんなの、鼻ですればいいですよ」
「くすぐったいじゃないか」
「そうですかね」
「あ……」
典太は小枝の体を横たえる。書庫の板の間は痛そうだ。
「ここで大丈夫ですか?」
「ああ。それより、本はどこだ。その通りにしてくれ」
「別に、意識の問題でまったくそのままじゃなくてもいいんですが……」
本を開き、内容に目を通す。
比較的おとなしめの描写だった。この程度なら初めてでも苦痛ではないだろう。
「まず男は女の乳首を……」
「よ、読みながらしなくていい――わっ」
小枝の胸元を広げ、胸を露出させる。
小ぶりだが張りのあるふたつの乳房。先端の桜色の突起は、呼吸に合わせて上下する。
「……興奮するか?」
殺される前の魚みたいな表情で、小枝は目を閉じている。
浮き出た鎖骨に典太は手を当てる。
「もちろん。なんなら証拠を」
「いやいいから。はやく続きしてくれ」
きめの細かい肌をなぞって、そこから手を下にもっていく。
肌はじょじょに隆起とやわらかさを帯びていく。
典太はちょうど片手におさまる乳房をほぐすようにこねる。
「う……はぁ……」
ため息のような吐息を小枝はもらした。
両方の胸をじっくりほぐし、今度は人差し指と親指で、ささやかな突起をつまみあげる。
ぴくっと体を反応させた小枝が、目を開いた。
「痛かったです?」
「いや……こそばゆいような、変な感じが……うんっ」
こするように指を動かすと、みるみる乳首は固さをまして尖っていく。上気させたほおがかわいらしい。感度はかなりいいようだった。
「それ、そうすると……なんだか、声が出てしまう……」
「ええ。小枝様の声、もっと聞きたいです」
「そ、そうか? 姉様みたいに艶っぽい声は、出せるかわからんぞ」
「比べなくていいんですよ」
「あんっ!」
両方の乳首をつまむと、また体を反応させて、小枝は軽くのけぞった。薄紅のはじらいは、しこりのように固くなっている。
典太は顔を寄せて、その果実のしこりを口に含んだ。
「んん。うん……」
口の中でねっとりと舐め上げ、舌先で転がすと、そのたびに小枝はむずがるように腰を動かした。
背と頭に手が回される。
もう片方の乳房に口を移すと、耐え切れず小枝は声を上げた。
「ああっ、あ――」
典太は攻めの手を休めず、空いている手でまだ唾液でぬめるもうひとつの乳首を転がす。
「典太、典太。あたし、ちょっと変になりそうだ。頭の奥が真っ白になりそうでこわい――」
気がつくと小枝は、ひとっ走りした後みたいに息を荒げていた。
もしかして胸をいじるだけで、達しそうになっているのだろうか。
たしかめてみようと、典太は裾の間から太ももに手を入れた。
「あっ!」
反射的に足が閉じられる。少々無遠慮に過ぎたようだ。小枝はすぐに力を抜いた。
「す、すまん。つい」
「いえ……」
安心させるように小枝とくちびるを合わせ、ひざのあたりからじょじょに手を上げていく。
すいつくような肌だった。
若木のような固さを芯に残していながら、ふくよかな女のやわらかさを身に着けている。
年頃の娘だけが持つ、季節の特権だ。
太ももに指を滑らせ、何度か上下にさすりあげ、感覚に慣れさせる。
充分に気持ちがほぐれてきたところで、耳元にささやきを入れる。
「もう少し、足を開いてください」
「こうか?」
「ぜんぜん。もっと大きく――できればひざを立てて」
典太は指で押しやり、足を広げさせる。
「そ、そんなに開かなくてもいいんじゃないか」
「まだ僕の体が入りきらないくらいですよ。でもまずはこれくらいで――」
「あっ」
手を差し入れるには充分な開き具合だ。
典太は指を股の付け根に滑り込ませる。
――ぴちゃ
と言う音がした。
もちろんそれは気のせいだが、そう感じるほど小枝の秘所は濡れそぼっている。
「小枝様、すごい……」
「え……?」
「こんなに感じてくれて、うれしいです」
「なにがだ。変か? ああっうっ」
小枝が感じていると言う事実に押されて、典太の欲望がむらむらと頭をもたげた。
差し入れた左手をぬめりに沿ってやわらかく上下にさすっていく。
また小枝の息遣いが激しくなってきた。
「どう? 気持ちいいです?」
「はっ、あ、ああ。自分でするよりずっといい……!」
「自分で? 自分でするんですか」
失言にはっと小枝が息を呑む。
典太は愛撫の手を止めず、いじわるくつっつく。
「た、たまにだぞ」
「どんなときにです?」
「んっ! ――変だぞ、典太。いじわるしないでくれ」
「男は欲望に負けると、いじわるくなるんです」
「負けたのか、典太」
「ええ。小枝様があんまりかわいいから。教えて欲しいな」
「う――」
小枝が上気させた頬をさらに赤く染める。
典太の指の動きに合わせ、軽く喘ぎを漏らしながら、おずおずと答える。
「お前と姉様の、むつみあう姿が、どうしても頭から離れない夜があるのだ。ひ、頻繁にではないぞ。そんな夜は自分の体に手が伸びてしまう……」
「だれを想像しながら?」
「う、ふっ……。お前だ、典太。お前の手を想像しながら、お前の体を想像しながら、あたしは自分を慰めておったのだ。ああっ! あんっ!」
小枝の体がびくびくと震え始める。
典太は首筋から胸へ下を這わせながら、だんだんと指に力と速度を入れる。
喘ぎはもう、我を忘れた感じになってきた。
「あああ! あっ! 典太ぁ、なにも考えられない。体が熱い。変だ、真っ白になる――」
「そのまま身を任せて。僕を抱いて」
ぎゅっと、まわされた手に力がこもる。
もう気のせいではなく、小枝の股間からはくちゅくちゅと言う水音が響き始めていた。
体の震えは一段と激しい。
「ああん! いやぁっ!」
びくびくっ、と痙攣が襲い、細い体を逆に折り曲げて、小枝はのけぞった。
吹き出したような蜜が典太の指を濡らす。
それをすくいだすように指を動かしながら、ゆっくりと愛撫の手をゆるめていく。
「あ――は――」
小枝は焦点の合わない目を天井へ向け、茫然自失の感で荒い息を繰り返している。
振り乱れた髪が、汗でうなじに貼りついていた。
左手を股間から引き抜くと、立てていたひざがぺたりと崩れた。どろどろと言っていいほど濡れている。
「よかったですか?」
汚れていない右手で小枝の髪をととのえる。こくこくとうなずき、小枝は大きく息を吸って吐いた。
「……まだ夢心地だ。典太がこれほど技量に長けているとは思わなかった」
「小枝様が感じやすいだけですよ」
「そうか? いやらしい女は嫌いか?」
「とんでもない」
「うん。じゃあいやらしいついでに、お前のにも奉仕してやろう」
体を起こした小枝が、典太にのしかかる。
下半身に手が伸び、すでに力いっぱい立ち上がった一物をにぎった。典太は焦る。
「さ、小枝様?」
「経験はないが知らんわけじゃない。下町の友人には嫁に行った者もちらほらおる。どうすればよろこぶかぐらいわかっているぞ」
「お友達とそんな話してたんですか」
「女三人かしましいと言うやつさ」
違うぞそれは、と言おうとした瞬間、典太のすそを割って入った手が、下帯をほどいた。
内容物の張力でそれはあっと言う間にはずれてしまう。
小枝は現われた屹立を遠慮せずにつかんだ。
「ううっ」
今度は典太がうめく番だ。小枝のたおやかな指が欲望の怒張に絡み、それをさすり撫でていく。小枝の痴態に我慢の限界を迎えていた一物は、先走りの液を滴らせた。
「どうだ、よいか」
小枝は典太の上に乗って、耳たぶを噛んだ。
その間も手は休まずしごき続けている。
「ま、まだまだ」
「強情なやつめ」
小枝は顔を下半身へ持っていく。
吐息が下腹をくすぐり、典太は小枝がなにをしようとしているか悟って、上半身を起こした。
「あの、あんまり無理しなくても」
「やりたいのだ。……うん、間近で見るとやっぱり奇怪な形状をしているな」
「いや、奇怪って……」
「お前も姉様に口に含んでもらって、よろこんでいたじゃないか」
「あ! 小枝様、覗いたの一回だけじゃないでしょう!」
「ふふ、覗くのにいい場所があってな」
上目遣いで笑った小枝が、亀頭に舌を這わせた。
ちろちろとくすぐる、その遠慮がちな動きが逆に新鮮だ。
飴でも舐めるように、下から上に、舌全体を使って丁寧になぞりあげていく。
唾液が根元まで滴り落ち、ときおり思い出したように動かす手の潤滑となって、快感を膨らませた。
背筋にぞくぞくとしたものが走って、典太は再び床に身を横たえた。
「……小枝様、ちょっとお手柔らかに……」
「ん? どうした、痛かったのか?」
「そうじゃなくて……小枝様にそんなことしてもらってると思うと、我慢できないかもしれません」
「くっくっく。お返しだ。あたしで感じてくれているんだな。お前はどうなんだ? あたしを想像して慰めることはなかったのか?」
舌を這わせながら訊いてくる。
正直、子供だと最近までは思っていたが、このところ花が開いたように女らしさを身につけていく小枝を、まったく欲望の対象としなかったわけではない。特に典太の前では無防備な小枝の、くっついてきたときに感じた体のやわらかさや、開いた胸元から覗いた乳房を、悪いと思いつつあとで思い出して慰めることもあった。
「どうなんだ?」
「あ、あります。あの――」
「よかった。こんなあたしでも、ちゃんと女と見てくれていたんだ」
そう言った小枝の口が、亀頭の先から竿の半ばまでを、ぐっと飲み込んだ。
小枝が口淫している。ほんの少し前の自分には信じられないことだ。
ちらりと目をやると、少し苦しそうに眉をしかめた小枝は、いっしょうけんめい典太の欲望を口に含み、限界まで飲み込むとそれをくちびるをすぼめて引き抜き、また飲み込んでいた。髪がおどり、太ももの辺りをくすぐっている。
あんまり見ていると興奮して達してしまいそうだった。
何度か繰り返した小枝が、息を荒げて口を離す。
「こんな感じでいいか? 歯は当たってないか?」
「初めてとは思えないくらいです……。って言うか、くわしいですね」
「しっかり教わったからな。まあ遠慮せず、溜めているものを一回吐き出しておけ」
顔を沈めた小枝がもう一度口に含み、今度は手も使って一物をしごきはじめた。
たしかに一度出しておいたほうが、思い切り固い帳を入れるよりマシかもしれない。小枝もそのへんのことを友人に吹き込まれたのかもしれなかった。
典太は床に横たわったまま、快感に身を任せることにした。
くちびるを使って締め付け、それに合わせて舌が敏感なところを刺激する。ぎゅっと絞った手が竿をしごき続ける。
小枝の口が小ぶりな分、どうしても歯が当たってしまうことがあった。そのあたりは慣れだろうが、今は唾液でぬめりを帯びた手が気持ちいい。
「小枝様……そのまま……」
「ん」
小枝は亀頭を口に含んで、付け根の裏側をちろちろと舐める。くちびるは上下させず、力を入れた手で大きく竿をこすりはじめた。
濡れた手先が、ちゅくちゅくと滴るような音を立てる。
典太は急激に昂ぶってくるのを感じ、小枝の髪を思わずつかんだ。
「さ、小枝様っ、出――」
「ひいぞ、ほのまま、出せ」
「でも口に、あ、」
腰を引こうとした典太を小枝が押さえた瞬間、達していた。
思わず目を向ける。
どくどくと脈打ちながら自分の一物が、欲望の産物を小枝の愛らしいくちびるの中へ注ぎ込んでいる。純真で無垢な顔が、猛りを含んで歪んでいる。
それを見ているだけで、もう一度達しそうなくらい煽情的だ。
「あ、あ!」
脳裏に叩きつけられたような快感が典太ののどを反らせ、手は力任せに小枝の髪をつかんでいた。
「んう、うう」
うめいた小枝が口を離す。
「やっ!」
まだ射精の途中だった一物は、白濁した液を小枝の顔に振りかけた。
目をそらしながらも小枝はそれを受け止める。
やがて何度か跳ねるように痙攣し、一物はその動きをゆるやかに止めた。だらりと流れた最後の精液が、竿を伝って小枝の手を汚す。
「あ、す、すいません」
我に返った典太は、つかみっぱなしだった手を離す。
小枝は何度かうなずくようにして、口の中の物を嚥下しようとした。
「ぷるぷるして、飲みづらい」
「あの……別に飲まなくても」
「せっかくの証だ。礼儀と言うものだろう」
そうだろうか。男としてはうれしいものだが。
小枝は手と顔についた精液も、すくいとって舐めていく。
「ニガいな、これは」
子猫が顔を洗っているようにも見えるが、それは典太の子種を舐め取る行為だ。
小枝の美しい横顔を汚した興奮が抜けきらず、典太の猛りは収まりそうもない。
「小枝様」
体を起こし、横座りをした小枝の腰を抱く。
帯をほどき、半裸の小枝から衣を剥いで行く。
小枝はあらかた顔のものを舐め取ると、笑った。
「だいじょうぶか? しばらくは立ち直らんのだろう」
「元気いっぱいですよ」
「ふふ。よかった」
衣からそでを抜くと、今度は小枝が典太の着物を脱がせた。
お互い裸になり、絡み合うように床へもつれ込む。
小枝の股に太ももを入れると、小枝も足を組ませてきた。手と手でしっかり背中を抱き合い、ひとつになろうかとするように肌を合わせる。
くちびるを合わせ、舌を求め合う。まだ少し青臭いが、そんなことは気にならない。
上になり下になり、床を転がるうちに、典太の頭に何か当たった。
「――あ、本」
途中からすっかり失念していた。小枝が笑う。
「心配するな。本に書いてある通りだ。次にお前が抱いてくれればな」
もう恥ずかしくないぞ、と言いながら、小枝が足を広げる。
典太は身を離して、その中心を見つめた。
草原のような薄い陰毛。あわい色のひだが、その狭間で見え隠れする。蝋燭の不安定な明かりでもはっきりするほど、そこは透明なぬめりに覆われていた。
「いきますよ」
典太は足の間に体を入れる。
一物の先端をぬめりの中央へあてがう。
ほんの少し先を沈めると、さすがに小枝は身を固くした。
「力を抜いて。少し痛いかもしれませんけど」
「だいじょうぶだ、たぶん」
「じゃあ……」
そこからぐっと、秘所の奥へ肉の棒を差し入れる。
途中でかすかな抵抗があった。
そこを押し入るとき、小枝が小さく息を呑んで、典太の首筋に手を回した。
濡れていて思いのほかすんなり、根元まで入れることが出来た。それでも握り締められているような締め付けだ。
典太は訊く。
「痛みます?」
「いや……なんとか。昨日小指を箪笥の角にぶつけたときの方が痛かった」
なんて例えだ。笑いそうになったのをこらえて、典太はゆっくり腰を動かす。
初めて男のものを受け入れたひだの筒は、まるで自分の一部だと思い違いしたように一物へまとわりつき、典太が動くたびに引きつるようにきしんだ。
「っく、さすがに、動くと痛いな」
「しばらく休みましょうか?」
「いや、かまわない。それより早く終わらせて欲しいな」
「わかりました」
希望に沿えればいいのだが、さきほど果てて一寸も経たずにもう一度と言うのは厳しい。逸ったのは失敗だったかもしれなかった。
「僕が気持ちいいようにしていいです?」
「ああ。どうやっても痛いものはおなじだ」
典太は小枝のひざの裏に手を入れ、そこを起点に床に手をついて、腰を持ち上げさせた。
ぐっと体を丸めた体勢に、小枝が慌てた声を上げる。
「あ、あの、繋がったところがあたしから見える……」
「こうすると、早めに出せるかも。さっきより痛いですか?」
「いや、角度がいいのか痛まなくなったが……その……」
「じゃあ動きますよ」
「ああんっ!」
突然あがった大声に、典太は驚いて腰を止める。小枝もびっくりしたように手を口元へ当てていた。
「い、痛いですか」
首を横に振る。
「……続けてくれ」
今度はゆっくり、しかし奥深くまで突き入れる。
怒張の先っぽが小枝の秘所の最奥をつついた瞬間、また小枝はあられもない声を上げた。
「ああっ!」
「ひょっとして、気持ちいい?」
ぶんぶんと否定するように小枝は首を振るが、痛みとは別のうるみかたをしてきた瞳が、その嘘を物語っている。
典太は何度か、たしかめるように行き止まりをこつこつ叩いてみる。そのたびに押さえきれない声を小枝はあげる。
「動いても、だいじょうぶですよね」
「ま、待って。ちょっと――」
典太は聞かず、腰を大きく振り上げて、打ち下ろした。
ぱんっ、と肌のぶつかり合う音が響く。
「はあぁっ!」
同時に小枝の嬌声が飛んだ。
典太は続けて、何度も腰を動かした。
小枝は身もがくが、しっかり組み伏せられて逃れられない。
ぱん、ぱん、と音がなる度に、小枝のあられのない声が闇の中へ響く。
「も、許し――て、ああん、あんっ! まだあんまり動くと、痛い、から」
「痛いのと気持ちいいの、どっちが上です?」
「ふぅんっ、気持ちいい! 気持ちいいから!」
無我夢中の小枝が、典太の背中に爪を立てる。
その乱れようがかわいらしくて、しつように一物をぶつけていると、いままでぎゅっと締まっていた膣奥が、とつじょ空洞を開いた。
「あああ! やだ! また来る、真っ白いのが、やぁあ!」
それと同時に小枝が叫び、いっそう手に力を込めた。
「やだっ、きたぁー!」
喉を反らし、髪を振り乱して、忘我の声を上げる。
びくびくびくっと何度も細かく震え、小枝は絶頂に達した。
典太はそれに合わせて、腰の動きをゆるめる。
何度か身をよじるように悶え、一気に体の力が抜けていった。
息も絶え絶えな小枝の体は、絶頂の余韻でまだぴくぴくと痙攣している。
それを抱きしめて、耳元でささやく。
「ずるいですね。ひとりで先に達してしまって」
「――え? お前、まだなのか」
「もう少し付き合ってくださいね」
「か、かんにんしてくれ。腰が立たなくなりそうだ――」
小枝の泣き言に耳を貸さず、典太はもう一度体勢を立て直すと、繋がったままの腰を動かし始めた。
「ちょっと、もう、ああ……また、待って」
支離滅裂な言葉で止めようとするが、典太ももう少しで出そうなのだ。またいじわるくささやく。
「感じる小枝様が悪いんです」
「だって、気持ち、ああう、いいっ! いいんだから、仕方ない」
「僕ももうちょっとなんです」
「だったら、あたしが、変に――変になる前に出してくれ、な?」
「善処します」
そう言いつつ、先ほどより激しく勢いをつけて、腰を動かす。
「ああっ! いい! 気持ちいい!」
強要しないのに淫らな言葉を小枝が口走る。
廊下を走り回っていたあの姿からは想像のつかない艶やかさだ。
「典太、典太ぁ! あたしもうまた、きちゃう! 変になる!」
「僕も――達しそうですっ」
「じゃあいっしょにだ、いっしょに――」
あきらかに処女の血とは別の、粘液質なものがふたりの腰と腰の間から、淫靡な音を上げている。
肌と肌は汗が混じりあい、それが重ねあわされるたびにお互いを溶かしあうようだった。
「小枝様、僕も!」
「出してくれ、あたしの中に、お前のを注ぎ込んでくれっ」
「ううっ!」
ひとつうめいて、典太は射精した。
小枝の下の口は、上の口と同じように注ぎ込まれたものを受け入れ、飲み込んでいく。
小枝の処女肉の中にどくどくと、大量の欲望が吐き出されていった。
女を孕ませたい、もっとも原始的な昂ぶりが典太の脳を白く焼いて、理性を捨てさせた。
最奥の奥に届かせるように、射精しながらも一物を突き入れる。
小枝は声も出さずにのけぞったまま、床を爪でかきむしるようにつかんでいた。
そのまま固着すること数瞬――。
最後の一滴まで搾り出すように射精を終えた典太は、力を抜いて小枝の体の上に身を投げ出した。
さすがに息が荒い。同じように荒い呼吸を繰り返している小枝の喉が、目の前で脈動している。
それからだんだんと冷静になってくるにつれて、とんでもないことをしてしまったことに気づいた。
「さ、小枝様。あの、中に出しちゃいましたけど」
「いい。月のものの後は孕みにくいし、なにより本がそういう内容だ」
「それなら、まあ……」
いいんだろうか。
小枝はぐったりして薄目を開き、宙を見つめている。
「お前は、気持ちよかったか?」
「ええ。小枝様の体の方は障りないですかね」
「じんじんする。でも平気だ。――あ!」
小枝が身を起こそうとしたので、典太は体をよける。
床に転がっている本を取り上げて、頁を繰り始めた。
典太は横から覗きこむ。
どの頁も真っ白のようだった。
本当に成功したのかもしれない。典太は小枝の手を止め、本を取り上げた。
「なにする?」
「危ないです。いまここにはあの世への穴があいている。不用意に触ったら紗由里様の二の舞になりかねません」
「そうか。でもこれで取っ掛かりは出来たわけだ」
「そうですが……まずは体を拭いて、服を着ましょう」
「そうだな。あたしの中からお前のものが垂れてきている」
どろりとした白いものが小枝の太ももに流れていた。
典太は慌てて、手ぬぐいを探しに立ち上がる。
汗をぬぐって着替え終わると、ふたりは本を前に正座して、今後の話を練った。
消えかけた蝋燭を新しい物に替え、典太は言う。
「このまま本を開いているだけでは、紗由里様は戻ってこないと思います」
「うん」
「僕たちがあの世へ探しにいけるのも、おそらく機会は一度きり。戻れば通路は消えるでしょう。それでも賭けますか?」
「もちろんだろう。なんのためにお前に処女をやったのだ」
「いや、その話と絡めないでくださいよ……」
「とにかく行く。いますぐに。どうすればいい」
「じゃあこれを」
典太は赤い紐を渡す。書庫の中で使えそうな長さの紐はこれしかなかった。
「紐を手首に巻いてください。僕も同じように巻きます」
「それで?」
「もう一方の端は柱へ巻きつける。これを手繰って行けば、あの世から迷わず戻れるってわけです」
「そんな簡単に行くのか……」
「あの世へ行って戻った人の話は多く残ってます。みんなこれで戻ってきた」
しかしあの世へ消えた人間を連れ戻したと言う話はない。
世界の法則は違う。あそこは無の世界だ。
一年もそこでさまよって、無事でいるかもわからない。
いまはただ、信じるべきを信じるしかなかった。
典太は本を開く。
「覚悟はいいですか」
「いいさ。お前となら」
小枝が笑い、お互いを結びつけた手を握る。
それを重ね合わせ、真っ白い頁に深く沈みこませた瞬間、目の前のすべてが白いものに吸い込まれているような眩暈が襲った。
懐かしいような感覚。
なにもかもに手が届く。
すべてがそこにあるような感覚を――。
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