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人間雌蜂

 天田夫妻のヘルパーの仕事は、私が離婚後はじめて手にしたまともな職だった。
 筋ジストロフィーと言う遺伝性の難病を抱えるふたりは、私が身の回りの世話をし始めた一年前から寝たきりで、最近では満足に四肢すら動かせないにもかかわらず、生きる希望をなくすどころか、なお生命の炎を瞳の内に燃やしているのであった。
以前、夫婦の夫である俊一が私に語ったことには、
「僕はこの病に冒されていたからこそ、真佐子と出会い、連れそうことができた。だからこの身体がいくら不自由になろうとも、ちっとも苦しくはないのだ! ああ、だがしかし、たったひとつだけ望むべくものがあるとすれば……」
 その先は、折からの潮風に間切れて私には届かなかった。ベッドチェアーを押してバルコニーから室内へ戻りつつ、私はその言葉がなんであるか非常に気になり、問い返すべきか煩悶と悩んだのだった。
 真佐子夫人は美しい人だった。俊一より十五も年下の、私と同い年であったけれども、私なぞよりも遥かに思慮に長け、賢く、少女時代から保ち続けているような楚々とした清潔さを失っていなかった。弱々しい握力を使って私の手を握り、濡れ光る大きな瞳でじっと感謝を伝えるその姿を見るたび、私は深い感動のような使命感を覚えるのだった。
 その日は泊り込みの当番で、私は二階にある宿直の部屋から、海岸の遥か向こうを沈み行く夕陽、その残滓が波間へ溶ける様を眺めていた。資産家である俊一の父の別荘であったと言うこの居宅は、海沿いの崖に近い絶景の場所にある。時刻、時刻によって移り変わる景観は、毎日見慣れているはずの私でさえ、時にこうやって引き込まずにおられない。
 落日が想起させるのは哀しい出来事の方が多いと思う。私は波に洗われる夕陽を眼で追い、五年連れ添った夫と別れてからの記憶を辿っていた。
 軽いつもりで犯した不貞は私のすべてを奪った。離婚は私の浮気が原因だ。それについては一片の言い訳もなく、ただ私は帰る家と、息子の顔と、生活の基盤を失って放り出された。たかが浮気でひどい仕打ちだと言う友人もいたが、私は甘んじて受け入れた。夫の哀しみ傷ついた眼を見て、ようやく罪の重さに気づいた愚かな人間だった。その私がとやかく言えようはずもなかった。
歳の離れた妹の居る実家には戻れなかった。私はどうしてもひとりで生きていかねばならなかった。
 それからはつらい日々の繰り返しだった。生まれてはじめての自活の隙間を、私は自己嫌悪と後悔で埋めながら、石のように過ごした。
短大時代にカリキュラムの都合で取得した介護士の資格が役に立ったのは、一年前のことだ。
天田夫妻の元で私は働き蜂のように働き、いつの間にか信頼を得るようになっていた。私は私で、この不幸な病魔の泉に浸されたふたつの弱々しい人間を世話することは、まるで自分の贖罪であるような気がしてきていた。こうしていればいつか赦されるかもしれない。何を、誰に、わからぬほど漠然とした感覚である。
呼び鈴が私を気づかせた。
すでに陽は落ち、薄紫の帳が星々を連れて舞い降りようとしていた。夫妻の部屋へ参上すると、いつものようにふたりはゆったりとしたダブルベッドに寄り添い、しかしいつもとは違った真剣な面持ちで私を迎えた。
「破天荒なお願いをすることを、許して欲しい」
 まず俊一が緊張気味の声で言った。
「いつか君には、僕がこの身体のこと、ひとつも苦ではないと言う趣旨の話をしたと思う。それは事実だ。だが、人には頼めぬ、いや、非常に頼みづらい事柄については、その旨を撤回してでも、苦を認めなければならない。今からお願いするのは、そう言う類のものだ」
 いつになく遠まわしに、歯切れ悪い口調だった。私も若干、緊張が移った声色で続きを促したが、俊一は話しあぐねている様子だった。継いだのは真佐子だった。
「わたくしたち、子供が欲しいのです」
 若草の上を渡るそよ風のような声に明らかな羞恥が混じっている。当たり前のことを、なぜ恥ずかしがっているのか。真佐子の頬は先刻の夕陽よりも紅く染まっていた。
私はその顔色と声色を見て、ある予感を覚えた。それは確かに破天荒なものに違いない予感だった。
身体の機能の一部を他人に託さなければならないふたりを世話することは、逆に言えば私が彼らの一部になると言うことでもある。親身に世話するうちに、私はいつのまにか、その心のうちをも自然と理解できるようになっていた。
ふたりは動けない。つまり、子を為すために必要な行為を、自力で行うことはできない。
私の感じた予感――セックスの手伝いをして欲しいと言うことではないだろうか。
息を呑んでいる間に、俊一は一気に言った。
「そうだ。僕たちは夫婦の営みを紡ぐことすらできなくなってしまった。しかし、命の源は今も滾々と沸きあがり続けている。僕たちの愛を、形として残せと。まだ見ぬ子供の呼び声すら聞こえる気がする。失礼は承知だ。無茶を言っているのもわかる。しかしどうか、どうか――お願いしたい。僕と真佐子の、生きた証を、愛を! この世へ記しおく一助になって欲しいのだ……」
 それは凄絶な、悲壮とも言うべき願いであった。医者が病状の進行の早い真佐子を憂えていたことは、俊一もよく知るはずだ。子供を作ればそれは、命と引き換えになるだろう。無残なだけの結果になるかもしれない。それでもなお、求めてやまない、すがらずにはいられない希望なのだ。
 愛! うわべだけで語られることの多いこの言葉の、なんと核心に迫った物言いであろう。私はこれほどまで、人を愛したことがあったろうか。今になって脳裏を去来するのは元の夫、息子の姿である。努めて忘れようとしたそれらが、焼けた杭のように熱く、私の心理を串刺しにし、いま、眼前で必死のまなざしを投げかける天田夫婦の情熱が、体表を包んで焼き尽くさんばかりだった。
 杭は私をその場に留め、炎はつかんで放さなかった。夫婦の営みに他者が介在するなど、本来なら言語道断。しかし特殊な、特異な境遇にあるこの夫婦にとって、頼るべきものは私しかいないのだ。私しか!
 そう、裸一貫で放り出され、重苦に押しつぶされかけていた私を、これほど頼りにしてくれている。その期待を裏切ることができるか? ――否だった。
「……はい」
 考えがまとまると、私は承諾を込め、深くうなずいた。これこそが贖罪に違いないと、なぜかそう感じていた。俊一も真佐子も、ほっとしたようだった。
「よかった。それではさっそくだが、その――今日が計算によると絶好の日なのだ。君には申し訳ないが、真佐子の手助けをしてやってほしい」
「わかりました。おふたりとも、気になさらないでください。私はお手伝いするだけ、それだけです」
 自分に言い含めるように告げた。
 なにをすべきか、ふたりがなにを望んでいるのか、私にははっきりとわかっていた。むしろ清々しいくらいだった。これほどまでに他人を理解できるなんて、いままで想像もつかないことだ。
「真佐子さん」
 目配せすると、うなずいた真佐子は唯一自由になる左手の肘から先を移動させ、俊一の股間の上に添えた。繊手がこれから種を植える土壌を慈しむように、やわく愛撫しはじめた。
 真佐子の腕とも呼べぬ筋の落ちた腕、指とも呼べぬたおやかな指。それが這うたびに、土を割ろうとする芽のごとく、俊一の夜着の一部が膨らみ育っていく。私は覚悟を決め、ベッドサイドへ歩み寄ると、発芽のために夜着のふちへ手を掛けた。下の世話で見慣れているはずのものだった。
「……っ」
 しかし覆いを取り除いた私が見たものは、信じられぬくらい培養された巨大な一物であった。まだ過半を勃ちあがったところであるそれは、真佐子の指先が絡むごとに滋養を得て育ち、隆々と天を突いていった。
 元の夫、浮気相手、それ以前に体験したどの男よりも立派なペニスだ。まるで生命への熱情が俊一の精神から立ち上り、巨大なキノコ雲となって、股間へと圧縮され結晶したようだった。
 真佐子の指の動きが、緩慢になっていた。これくらいの運動も持久できないのだ。私は慌ててその手を取り、唾をひとつ飲み込むと、手と手を包み込むようにして赤黒い陰茎に圧迫を加えた。私自身は陰茎に触れぬよう気をつけながら、そっと力強く、真佐子の手を上下させていく。脈動が透けるような手を抜けて、直接感じられる気がした。
「ああ……」
 感極まったような呻きが、俊一のくちびるから洩れた。目を閉じ、私の方を見ないようにしている。そうしてくれたほうがやりやすい。真佐子は、わずかに首を夫の方へ傾け、赤面してはいたけれども、私のことは気にしないように努めているようだった。
「真佐子、真佐子……」
 うわ言のように俊一が言い、私はまだ緊張しきっていたけれども、手の動きを慎重に調節しながら、雁高の剛直をさすり続けた。しばらくすると、樹液のような透明なものが頂から流れ出し、真佐子の手に絡み付いていった。徐々に潤滑を得た手の平はなおのこと動かしやすくなり、摩擦のたびにちゅくちゅくと湿った音が鳴るようになった。
 真佐子がささやくように訊いた。
「あなた……よろしいですか? もう少し、強くいたしましょうか?」
「いや、うん。ちょっとばかり大きく動いてくれ。そうしたら……」
 注文を受け、実行部隊である私は、真佐子の手を握りなおし、力を込めてグラインドさせはじめた。黒々と茂る陰毛の淵から、矢尻のような先っぽまで。
 何度も何度も、往復させた。
 妖精のような真佐子の手は、いまや膣そのものだった。この長大なものをしごきたて、子種を得るための、淫靡な器官であった。すこし特殊かもしれない、しかし間違いなくこれは、性器と性器とが通じ合った、夫婦の営みなのだ。
 俊一の呼吸が、深く早く変化してきていた。
 私は両手を組み合わせるようにして真佐子の手を包み、よりいっそうの圧迫を陰茎めがけて加えていった。私の肌も俊一の一物へ触れるようになったが、もはや気にならなかった。なぜなら私も今、真佐子そのものとなって愛撫していたからだ。
 いよいよ先走りの液は汁気を増し、ぬらぬらと輝き、おとなしかった摩擦の音も、いまや遠慮会釈のない淫猥な響きでもって、快楽の声をあげていた。
 俊一が再度呻き、吐息とともに言葉を搾り出した。
「うう……。で、出るぞ、真佐子!」
「はい、存分にお放ちになって!」
 真佐子の声を受け、陰茎はビクビクと痙攣し、爆発の動きを見せた。
 私ははっとし、次にどうすべきか暫時迷って、握っていた真佐子の手を亀頭の先端へ蓋するように覆いかぶせ、それを固定する手と、もう片方の手は陰茎をつかみ、握力を込めた。
 その瞬間に脈動した。
 俊一の体内から生命の源を吸い上げ、長大な樹木は白濁した樹液を噴射させた。
 いや、それは噴火だ。咆哮だ。命の轟きなのだ!
 子孫を後世に残さずにはおれない、人の、生物の、もっとも原初的な欲望の噴火であった。私は必死でその激甚な動きを受け止め、受け流し、さらなる活力を地中深くから呼び起こすべく、手淫を繰り返した。
 俊一から放たれたものは、真佐子の手でさえぎられ、ぼたぼたと私の手に滴り落ちていた。火傷しそうなほど熱く、濃い精液だった。ぷりぷりの杏仁豆腐のような塊が、いくつもいくつも私たちの手にまとわりついた。
「はぁー……」
 深いため息を吐き、俊一は身体を弛緩させた。いつの間にか脈動はかすかな痙攣にまで収まっていた。射精は終わったのだ。
 真佐子が自発的に手を動かし、まだピクピクと蠢く陰茎を、愛しげに撫でさすっていた。すこし呆然とした面持ちで、力を失っていくそれを見つめていた私は、はたと気がついた。
 ここから先――どうすればいいのだろうか?
 先ほどまでの私は真佐子が乗り移ったようになって、夢中で射精を促したのだが、それだけでは妊娠しない。もちろんのこと、搾り出した精子が子宮へ届かなくてはならない。
「次は、僕の代わりを頼むよ……」
 息も絶え絶えな様子で、俊一がそう言った。
 代わり! 私は衝撃を受けた。
女である私が、このしとやかな女性を、男として孕ませるのだ。
 真佐子は指先で精液の塊をすくい上げ、持ち上げて見せた。
 言われずともわかった。
それを、真佐子の秘所へと運ぶのだ。膣の奥深く、ちゃんと子種が着床できるように。
 不安げな真佐子にうなずいて見せ、私はもう一度覚悟を決めると、ベッドの反対側へ回り込んだ。そして真佐子の下半身を覆うものを取り去る。
 やはり下の世話で見慣れているものだ。だがしかし、私は長嘆した。
ここから観望できる景色と同じく、真佐子の細っこい二本の足の付け根は、見るたびに心奪われずにはおられないものだった。
そして今宵は特に美しかった。
 ごく薄い体毛は無垢な純真さを思わせ、けれども花弁の合わせ目に息づくのは、ぬめり光った愛欲の汁である。ピンク色の乙女をいやらしく穢すその粘液が、倒錯的な美を真佐子の秘所へ与えているのだった。
 私は指で花弁を開いてみた。とたんにトロリと中から白みがかった汁が溢れ出し、驚いた。あとからあとから、次々と湧き出す愛液は、とろとろと陰唇の筋を伝って、尻や腿の方へ流れていく。触ってすらいないのに、すばらしい濡れ具合だった。
おとなしく清楚な真佐子がこれほど濡れやすい女だったとは。意外な衝撃と共に、私をも倒錯的な魅力で誘惑せずにはおかなかった。
真佐子はすでに、指先へ充分な量の精液を絡め取っていた。私は足を大きく広げさせ、若干の昂奮と共に腕を取り、股間へと導いた。白い塊を乗せた手が、私の導きに従って、花弁の中へ、雌花の中心の泉へと埋没されていった。
ああ! 私はいまこの瞬間、遺伝子の仲介者となったのだ。ぞくぞくとしたものが背筋を駆け上がっていった。
雄花から雌花へと花粉を運ぶ、一匹の雌蜂。この行為は異常でも、特異でもない。動けないものたちが自らの子孫を残すため、必然となる手段にすぎないのだ。
「はっ……」
 指を二本、ぱくりと呑み込んだ真佐子は、明らかなる官能の吐息を洩らした。行為は別々だけれども、これはまぎれもないセックスの続きだった。私は手首を取り、前後に動かし始めた。まさしく、男性のピストン運動のように。
 もっと深く、もっと奥へ!
 精液を絡みつかせた指先が、子宮の辺縁に届くほどに!
 女を孕ませるための行為に、私は隠しようもなく昂奮していた。もっと言うなら、女性の私が感じるはずもない、ある種別の快感をも感じ取っていた。
 それはもしかしたら、先ほどよりも強く、ふたりの影響を受けたからかもしれない。
 となりに横たわる俊一の霊魂が、生霊として私に乗り移り、真佐子とセックスしているのだ。
「あ……ああー、あ……」
 真佐子のくちびるからは、しめやかな嬌声が流れ始めた。小鳥のさえずりのような声がより高まる方へ、私はつかんだ手を動かし、突き入れ、引き抜いてはまた入れた。その体内でも真佐子が自ら、指先をかきむしるように動かしているのがわかった。
 俊一が確かめるように訊いた。
「真佐子、どうだ、いいか、いいか」
「はい、あなたを感じます……!」
 真佐子は答え、また大きく喘いだ。
 私もまた、その喘ぎに混じって、小さく息を洩らしていた。
官能の響きは私にも襲ってきていた。いままでの、どんなセックスでも感じたことのない異種の快感。
これが男の感覚だろうか、快楽なのだろうか……。
しかしそんな小さな疑問は大波に呑み込まれ、流されてしまう。私はいまや、まぎれもなく男となっているのだ。
「孕め、孕んでくれ……真佐子!」
 俊一が祈るように叫び、
「はい、わたくし、孕みます。あなたの子を!」
 真佐子は無我の嬌態で叫び返した。
 快楽の波が高まっていった。私は強くそれを感じ、同時に真佐子もそうであることを知った。
 ガラス細工のような手を、執拗に花弁へ強く挿入し、ある一点を越えたとき、
「あ、あぁーっ!」
 喉からほとばしる嬌声が真佐子を絶頂の丘へ駆け上らせた。
私も同時に、目の前が真っ白になる衝撃を受けて、腰からベッドサイドへ崩れ落ちていた。
視界が明滅し、脳髄の奥から背骨を伝って、すべてが抜け出していくような快感を撃ちつけられていた。
 そのとき私はたしかに、射精したのだった。

***

 あの日の出来事が白昼夢かなにかだったように、翌日からの天田夫妻に変化は見られなかった。私はいつもどおり働き、いつもどおりに接し、そして数日が過ぎていった。
 夕陽に送られながら車を駐車場へ止め、少し離れたところにあるアパートへたどり着くと、自室の扉の前に人影があった。歩むごとに逆光線が弱まり、それがだれであるか認識したとたん、私は立ちすくんだ。
「あなた……」
 別れた夫と息子がそこにいた。夫はじっと私を見据えると、深く頭を下げた。
「もう一度、やりなおしてくれ」
「え……」
「どうしてもお前がそばにいてほしいと、憲太が言うんだ。おれにとっても、お前は必要な人間だと、離れてわかったんだ」
「そんな……頭を上げて」
「いくらなんでも、無碍な扱いをしてしまった。いままでたいへんだったろう。すまなかった」
「そんなの、謝るの、私の、方だし……。うう、う……」
 それから私は号泣した。
 アパートの廊下で、周りの目も省みず、大声を上げて泣いた。
 こんな泣き方をしたのは赤ん坊のころ以来だろう。
 ああ、いま、贖罪は終わった。
 私は赦されたのだ!
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