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おわり双書2 ラブ・イズ・オーバー
私はどうしてこんなところにいるんだろう。
 ガラス張りの狭い部屋に閉じ込められ、昼も夜もなく立ち尽くしている。
 ガラスの向こうではせわしなく大勢の人が行き来していた。
 たまに立ち止まって、私のことを見ていく人もいるが、誰も話しかけてくれたりはしない。
 それが少し寂しかったが、人ごみを眺めているだけで概ね退屈はしなかったし、そのうち一つ楽しみも出来た。
 夕方の帰宅ラッシュ時間に、必ず一人の男が私を眺めていくのだ。
 じっと立ち止まって、眉を寄せて悩ましげな表情の時もあれば、わずかに微笑んでいる時もあった。
 私は男の姿を見るのが待ち遠しくなった。なぜだか、男のことをずっと前から知っている気がしてきていた。
 これが恋なのかもしれない。
 今日は雨だった。
 土砂降りではないが、強い雨だ。みんな身構えるように傘を差して、私の前を素通りしていく。誰も私を見てくれないから、雨は嫌いだ。
 いつのまにか一人の女性が私の前にいた。
 黒い傘を差して、枯れた色の服を着ている。長い黒髪とよく似合った、綺麗な人だった。
「あなたもそうなのね」
 女性は哀しそうに私を見上げていた。私に話しかけているのだと気づくのにずいぶんかかった。
「早く思い出して」
 何を言っているのだろう。私は……ここに来る以前……。
 思い出せない。とても不安になった。
 傘が一つ増えた。
 女性の隣に立ったのは、あの男だった。私は不安を忘れて嬉しくなった。
「あなたも気になるんですか」
 男は女性にそう言った。女性は黙っている。
「いえ、おかしな話ですが――なんだか行方不明になった恋人によく似ているんですよ。……ははっ、感傷かもしれませんね」
 頭の中に電撃が走った。
 そうだ、私は……。
 私には、長く一緒に過ごした恋人がいた。
 だがいつからか、彼の存在が重荷になった自分がいた。彼は優しくて大事にしてくれたが、それだけだ。刺激のなくなった関係は、私にとって退屈の繰り返しだった。
 そこに現れたのが、プロデューサーを名乗るあいつだった。話題もお金も豊富なあいつに、私はすぐ取り込まれた。愛人の一人でも構わない、私が欲しかったのはこう言う刺激だったんだと――。
「ごめんなさい」
 黒い傘を差した女性が、目を閉じたまま言った。私が伝えたい、その隣の男へ伝えたい言葉だった。私は言った。女性の口を借りて。
「あなたを真剣に愛したらよかった。あなたを詰まらない人間だとばかり思っていた。でも違った。愛することをやめていた、私のせいだった……」
「絵美?」
 男は呆然としている。女性は目を開けた。
「……絵美さんは死にました。ねえ、気づいて。あなたは――」
 女性は私を見上げ、ハンドバックから大き目の手鏡を取り出した。
「あなたはマネキンなのよ」
 鏡に映る私の姿。それはショーウィンドウの中に立つ、ただのマネキン――。
 女性は泣いている。男は呆然としたまま女性と私を見比べている。
 私は……かすれていく意識の中、男へ手を伸ばし、崩れ落ちた。

                                 ――おわり

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