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その祈りには慈悲もなく 一章聖騎士アンヘリカ 第一節
■一章:聖騎士アンヘリカ
 少女が剣を取ったことに、さし迫った事情や、語るべき背景はない。
 ただ、親友の祈りが神の奇跡を呼ぶことを知ってから、彼女は自然と剣の稽古に励むようになった。神子の身辺を警護する聖騎士の名は一人だけに与えられる栄誉だ。実際には若年の女性のみに付与されるお飾りの称号だが、それでも彼女は日夜剣に打ち込んだ。
 ただ、親友により近くあるために。ただ、親友をその手で守るために。
 結果その剣は、歴代最強と謳われ、正規部隊と刃を合わせても引けをとらぬほどに鍛えられた。
 聖騎士の称号は、彼女にとって親友との絆の証であり、何よりも気高い誇りだった。
「……ぐ、」
 頭上でキシリと金属が軋む音がした。交差した手首には拘束具が嵌められ、天井から垂れた鎖に繋がれている。頭よりも高い位置で固定された腕は、そう長い時間を待たずに苦痛を訴えはじめるだろう。
 鎧の胸元に刻印された黄金の鞘を見つめて、アンヘリカは小さく吐息をついた。聖騎士の称号を受けたときは、まさか自分がこんな最期を迎えるとは考えもしなかった。
(死ぬ、だろうな……)
 この後に待ち受けているのは拷問だ。口を割ろうが噤もうが、助かる見込みはない。少女騎士は静かに自分の運命を受け入れ、その上で打開の術を探そうと視線を巡らせた。
 彼女が連れてこられたのは地下の倉庫だった。クレメンティアには拷問や嗜虐を目的とした部屋は存在しない。捕虜を収容する施設すらない。ここはかつて異端宗教との戦争があった時代ですら、審問に参加しなかった唯一の聖都だ。彼女の手を拘束している鎖も、荷運び用の滑車に繋がっている。
 倉庫の物品はほとんどがそのままになっている。敵兵は略奪を行ってはいないらしい。もっとも、ここは武器兵装の倉庫だ。糧秣の方はそうもいかないだろう。
 遥か遠い倉庫の入り口には二人の兵士。実際には数十歩の距離だが、永遠に辿りつけないように思える。動かないのは、拷問吏を待っているのだろう。ここからではよく見えないが、まさか武装していないはずはあるまい。仮に拘束が解かれてもこちらは丸腰だ。
(は……最悪だ)
 心中の独白を裏付けるように、兵士たちの向こうから拷問吏らしき男がやってきた。一瞬兵が戸惑ったように見えたが、やはり遠目では判別つかない。だが、兵士を押しのけて倉庫に入ってきた男は、いかに暗がり、いかに距離があろうと、一目でその正体を看破できた。
「ボドルザー!」
「ほほっ」
 ただ笑うだけで、こうも人を不快にできるものなのか。抜き身の長剣をぶら下げて、背信の司祭は堂々と騎士の前に姿を現した。
「いい格好だな、アンヘリカ。んん?」
「……何をしにきた」
「将軍から直々に頼まれてな。お前の尋問は私がすることになった」
「ふざけたことを。貴様に何をされようと、私は喋らないぞ」
「知っている」
 にたにたと笑って、ボドルザーはあっさりと頷いた。
「お前は何も喋らんだろう。そうでなくてはいかん」
「何を言っている……?」
 尋問する人間が回答を望まないなどありえない。答えが得られない尋問はただの虐待だ。そこまで考えて、アンヘリカは声を詰まらせた。
 それが、目的なのだ。
「お前は……!」
「フン、私はそこらの下賎な拷問吏とは違うぞ。お前を飽きさせないよう、趣向を凝らした方法を考えてある。そうさな、まずは」
 手にした長剣を慣れない手つきで振って、司祭は騎士の喉元に切っ先をつきつけた。
「その鎧と服を剥ぐところからかな?」
「お前は、そんなことしか考えられないのか」
「もちろんだ」
 彼が手にしているのが自分の剣であることに、ここでアンヘリカはようやく気づいた。長年苦楽を共にしてきた愛剣がこんな下種の手に渡っていると考えると、それだけで気が遠くなりそうになる。
「だがな、お前にとってその黄金鞘は最期まで縋りたい誇りだろう。それを剥ぐことも、傷つけることも許してやろう」
「ありがたいことだ。さすがは『慈悲』の司祭だな」
「そのかわり、」
 あからさまな皮肉にも顔色ひとつ変えない。蓄えすぎた贅肉は、心まで肥満させて鈍感にするものらしいな、と心中アンヘリカは嘆息した。
「お前には、私の剣を手入れしてもらおう」
「……なに?」
 意味がわからず、アンヘリカは眉根を寄せた。司祭は剣など持たない。彼が持っているのは自分の剣だが、それを渡すというのだろうか。なにより、剣の手入れなど騎士にとっては日常の仕事だ。拷問どころか罰にもならない。
「何を言っているんだ、お前は。脳みそまで贅肉になったのか」
「ほほほっ、わからぬか。さすがは聖騎士よの」
 言うが早いか、肥満体の司祭は羽織っていた上着を脱ぎ、足首まである前合わせの礼服の、腰から下を開いた。突然の行為に思考がついていかない。剥き出しにされた男性器を見ても、それが何なのか一瞬では判別できなかった。
「これが私の剣だ。ふほほっ、どうかな、騎士殿?」
「あ……な、なにを……何を言っているんだ、お前は! し、しまえ、そんなもの!」
「おやおや、騎士殿は自分の立場がわかっていないと見えるな」
 わざとらしく肩をすくめて、司祭は一歩前に踏み出して来た。動けないアンヘリカに脂ぎった顔を寄せて、吐息のかかる距離でつぶやく。
「広場に女が集められてるのは知っているか?」
「……!?」
「将軍は立派なお方だ。神子の可能性がある者は殺すなと言っている。だが、逆に言えば神子でないことが確かならば、何をしてもいいということだ」
 お前のようにな、と司祭は笑い声で付け加えた。言葉がゆっくりと脳内に染み込んで、その冷たさが心臓まで下りてくる。アンヘリカは掠れた声でつぶやいた。
「女を、どうするつもりだ」
「お前が要求に応えないのなら、まず一人をここに連れてくる。なるべく若い生娘が良いな。それを犯す」
 直接的な言葉に、息が止まった。
「壊れる寸前まで犯して、その後拷問にかける。そうさな、四肢の皮あたりでも剥ぎ取ってやるか」
「か……皮ッ!?」
「ふほほっ、穫物の皮を剥ぐのは、狩りの基本だろう?」
 ボドルザーが笑うと、その息が顔にかかる。一息吸うだけで吐き気を催すような、最悪の匂いだった。
「そうしたら別の一人を連れてきて、先の女の顛末を見せる。それから同じことを繰り返す。出来れば、二人目は一人目の血縁が良いな。そうだ、拷問する男を女の縁者にするというのも面白そうだ」
「……悪魔か、お前は……!」
 愉しそうに、本当に愉しそうに司祭は笑った。そう評されることが、嬉しくて仕方がないようだった。
「失礼な。これでも司祭だ、私は。さて、」
 ずい、とボドルザーは更に身を寄せた。耳元に寄せられた口元はもちろん、その肥満体全身から悪夢のような体臭がたちこめる。だが鼻腔をつく匂いよりも遥かに、その言葉で刻まれた心胆の冷たさの方が問題だった。
「どうするかね、聖騎士? 何もソニア様の居場所を吐けというのではない、ただ、私の言うことを聞けばいいのだ。ほんの数時間の辛抱で、神子への忠節も果たせ、女たちも助かるぞ?」
「う……ああ……」
「んん? あと三秒で決めろ。さもなくば、お前がどう言おうと一人目を犯す」
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