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-chapter8- 交錯する運命
「シトゥリくん。おい、しっかりしろ」
 頬を叩かれ、シトゥリは薄く目を開けた。覚めない意識のまま、呆と視線を声の方へ向ける。トウキがベッドに膝をつき、覗き込んでいた。
「トウキ……さん?僕は……」
「よかった。もう大丈夫だな」
 シトゥリ意識を失う前の出来事を思い出した。はっと体を起こし、自分の隣を見ると、裸のサクヤが転がっていた。慌てて言う。
「その、すいません、トウキさん。僕はそんなつもりじゃ――」
「いや、謝るのはこっちのほうさ。相当激しくやられたみたいじゃないか」
 シトゥリが意識を失っているうちにつけたのだろうか、胸から首にかけて無数の引っかき傷や、噛み跡がついていた。トウキはまじめな顔のままうなずくと、言った。
「サクヤの方はもう大丈夫だ。君が禍を払ってくれたからな。ああしないと、邪神の影響を受けたものは狂ってしまうかもしれないんだ。気にするな」
「はい……」
「立てるか?着替えて、出発しよう。ブリッジは何とかなったが、母船を乗っ取った邪神の中に突っ込んでしまっている」
「わかりました。でもなんで、シリンさんから触手が?」
「アシリア様のせいかも……しれない」
 戸口にクラとキリエが立っていた。呟くようにいったクラが、そのまま中へ入ってくる。
「おい、裸の少年がいるんだぞ。もうちょっと気をきかせろ」
 トウキが非難した。クラがいたずらっぽい笑みを浮かべ、言った。
「あーら、いまさら恥ずかしがる仲じゃないわよ。ね、キリエ」
 キリエは戸口で肩をすくめた。トウキは驚いた表情でクラとキリエとシトゥリの顔を順に見回し、最後にため息混じりに言った。
「純粋そうな顔をして、たいした大物だな、君は」
「う、すいません……」
 シトゥリは何故か誤り、服を身に付けた。その間にトウキが言った。
「おれとシトゥリくんは、母船の中を見てくる。ここは任せたぞ」
「了解。シリンちゃんは一応、隔離して様子を見てるわ」
 クラの言葉にトウキがうなずいた。着替え終えたシトゥリを促して、廊下へと向かう。キリエとすれ違う瞬間、トウキが低く言った。
「……頼んだぞ、キリエ」
 キリエは目をあわさずに、軽くうなずいた。
 非常用のハッチへと向かい、シトゥリはトウキに疑問を投げかけた。
「トウキさん、キリエさんのことはどう思ってるんですか」
 トウキは答えなかった。ハッチへ着くと、隣のパネルを操作し、ロックを解除する。シトゥリはさらに畳み掛けた。
「同じ孤児院に居たんでしょ?いとこ同士で、仲がよかったんでしょ?なら――」
「黙るんだ」
 強い調子で、トウキが言った。一瞬ひるんだものの、シトゥリは続けた。
「いいえ、黙りません。だって、トウキさん。誰かに止めてもらいたがっているようにしか見えないから」
「…………」
「きっと僕なんかには想像も出来ないものが、それこそ想像できないほどあるんでしょう。でも、これだけはわかります。トウキさんのやろうとしていることは間違っているし、トウキさん自身望んでいないんです」
 トウキはハッチの方へ向いたまま、シトゥリに背を向けて立ち尽くしていた。生意気なことを言い過ぎたか、と少し後悔したが、言わずにはいられなかった。やがてハッチが、ピー、と言う音を上げ、内部の空気を排出口から噴出した。
「ロックが開いた。シトゥリくん、君は物事の本質を見る目に長けているな」
「…………」
「君の言う通りだ。おれは逃げてばかりなのさ。卑怯な、最低な男なんだ」
「……そんなこと、言わないでください」
「いいや、事実さ。師匠を殺したのは、キリエじゃない。師匠は暗殺を未遂したため、消されそうになったキリエの身代わりになっただけだ。証拠はないが、たぶんこれが真実だ」
「じゃ、じゃあなんで――」
「怖いのさ。キリエは今でもおれを、男として愛している」
「――!」
「そしておれも昔、あいつを愛していた。愛していると勘違いしていた。兄妹のように育ってきていながら、一時は猿のようにお互いを慰めあったこともあったよ。その時はそれだけが唯一無二の真実だと思ったものだったが、それは違っていた。おれは、おれにないもの、家族の愛をあいつの中に求めていただけだったんだ。それに気付いて、おれはキリエから離れた。戻ってこれたのは、あいつを殺すと言う大義名分があったからだ」
 一気にしゃべって、トウキは息をついた。
シトゥリは自分の浅はかさが嫌になってきた。何もわかっていない。わかったつもりになっているだけなんだ。同時に、飄々としていながらも、トウキは様々なものを乗り越えてきた男だと思った。そこにサクヤが惹かれたのは、間違いのないことに思えた。
「……ありがとう、ございます。話してくれて」
「……いいや。君には、知っておいてもらいたかったのさ」
「でも不思議です。なんだか、トウキさんのことなら何でもわかるような気がするんです。……なんでだろう」
 トウキはボタンを押し、ハッチを全開させた。ハッチの向こうは、まるで化け物の内臓の中のような光景だった。粘りつくような赤黒い襞が、延々と続いている。明かりもないのに、なぜかそれはほの白く光って、進む道を見せているように思えた。
「この先は、敵の巣だ。君に武器を渡したいところだが、正直おれに誤射するほうが怖い。何か出たら任せてくれ」
「は、はい」
 うなずきあい、シトゥリはトウキの後について、その不気味に蠢く母船へと足を踏み入れた。ふと、自分は足手まといにしかなっていないと言う事実に思い至った。何も出来ることがないのはもうわかりきっていたから悔しくなったりしないのだが、どうしてトウキはシトゥリをここへ連れてきたのだろう。
「君はおかしいと思わないか」
 トウキが歩きながら言った。
「何がですか?」
「おれたちは同じタケミカヅチと言う船に乗り、同じ女性を愛している。おれは昨日今日会ったばかりの君に、いままで誰にも話したことがない話をし、君はまるでおれのことを何でもわかるようだ、と言う」
「はい」
「……それは、すべてが必然だ。理由を知りたくはないか」
 トウキが立ち止まった。顔は見えないが、低い口調からだけでも、その表情が真剣なのはわかった。シトゥリはうなずいた。
「……はい」
「おれたちは、一心同体なんだよ。シトゥリくん。君とおれの心の奥底には、同じ奔流がある。――具体的に言おう。おれたちの中には、神がいるんだ。建御雷神(タケミカヅチ)を心に宿した現人神、それがおれたちの正体だ」
「それは、どういう……」
 よく理解できずに、シトゥリは聞き返したが、トウキはそれが聞こえないように続けた。まるで何かを噛み潰すような声だった。
「そして現人神同士が出会ったとき、運命が交錯してしまう。シトゥリくん、おれと君の出会いは、どちらかの死を意味しているんだ」
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