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-chapter9- 黄泉帰る過去
 ここはどこだろう、とシトゥリはぼんやり考えた。
 どこかで見たことがある場所のような気もするし、そうじゃない気もする。立ち上がって周りを見回すと、赤黒い壁と床が蠢いている妙なところだった。母船の中――それに思い至って、シトゥリははっと思い出した。
「トウキ――トウキさんは?何があったんだ」
「お久しぶりですね」
 細い声にシトゥリは振り向いた。そこには全裸のアシリアが微笑みながら立っていた。意表を突かれてシトゥリは焦った。
「え、えと、あの、その格好――」
「ふふ、あなただって同じじゃありませんか」
 言われてはじめて、シトゥリは自分が裸であることに気付いた。悲鳴を上げて股間を隠す。アシリアは微笑んだまま、シトゥリの隣までやってきて、見上げた。
 そうだ、聞かなければならないことがある。シトゥリは現状を思い出した。
「アシリアさん。母船は、なんでこんなことに」
「八十禍津日神が動き出したのです。溢れ出した災厄は、もう止まりません」
「じゃあ、母船を乗っ取っている邪神って、あれは八十禍津日神……」
「その一部、と言うことになりますわ」
 眩暈がしそうだった。
 名のある邪神がその力を顕現するたび、地球は大きな戦禍に巻き込まれる。八十禍津日神は高天原の主神たる天照大御神と誕生の時を同じくする、非常に力ある邪神のはずだ。こんなものが暴れだした日には、戦争どころでは済まないのではないか。
「八十禍津日神……」
 何か言おうと思ったのだが、それしか言葉が出なかった。アシリアはうなずき、股間を押さえたままのシトゥリの手を取った。
「しかし、まだ手段はあります。天鳥船(あめのとりふね)が八十禍津日神の中に突き刺さっている。神の剣をそこで振るえば、八十禍津日神にも届くでしょう。そしてそれが出来るのは、あなただけ」
「どう……どうすれば」
 言っていることの意味が半分もわからなかったが、シトゥリは訊いた。アシリアがシトゥリの手を、自分の胸にあてがった。小さな体とは不釣合いなほど豊かな胸。そのやわらかさに、シトゥリはどぎまぎした。
「わたくしは、八十禍津日神の巫女。神を屠ることの出来る人間を、そのままにしておくことなど出来ません」
「え?」
「あなたには、今度こそ贄になってもらいますわ」
 にたり、と笑ったアシリアの表情に、シトゥリは血の気が引いた。反射的に振り解いた手は、しかし背後から何者かに掴まれる。
「――!?」
「逃げることは出来ません」
 背中の後ろから、アシリアの声が言った。目の前のアシリアはただ微笑んでいる。首だけ後ろに向けて、シトゥリは息を呑んだ。そこには、まったく同じ姿のアシリアが、同じような笑みを浮かべていた。
 それだけではない。次々と、続々と部屋の中にアシリアが現れてきていた。シトゥリは恐怖のあまり声も出すことが出来ず、腕を掴まれたまま目を見開いて、その異様な光景を見つめるしかなかった。右からも、左からも、アシリアが微笑みながら歩を進め、シトゥリの手前で足を止めていく。すでに10人以上のアシリアに、シトゥリは囲まれていた。
「さあ、儀式を」
「今度は、わたくしたちの中で」
「穢い精をお出しになって」
 いっせいに伸びてきた手が、シトゥリの体を掴んだ。恐怖の叫びを上げてシトゥリはもがき、逃げようとしたが、バランスを崩して後ろざまに倒れこんだだけだった。倒れた下にも、数人のアシリアが蠢いていた。餌に群がるように、幾人ものアシリアの顔がシトゥリの股間に向かい、乳首を吸い、叫ぼうとする口には舌が差し込まれた。
 まったく訳が分からなくなって、シトゥリは暴れることも出来なくなった。股間からはいくつものぬるぬるしたものが這い上がっては下りる感覚が続き、指は膣の中に差し込まれているのか、両手とも湿った狭い場所にある。ぎゅっと閉じていた目を開けると、同じ美しい顔が、交じり合い、入り乱れて少しでもシトゥリに触れようと、その舌や指を伸ばしていた。
 初めてそこで、シトゥリは倒錯的な欲情を覚えた。あるいはあまりのことに、脳の神経が一時的にどうかしてしまったのかもしれない。すでに立ち上がっていたイチモツは、射精の欲求にびくりと震えた。
「ああ、出そうですわ」
「わたくしの口に出して」
「いいえ、わたくしの顔にかけて」
「わたくしの胸を汚して」
「わたくしの」
「わたくしの」
「わたくしの」
 シトゥリは射精した。その精を浴びようと、アシリアたちが股間に顔を近付けた。跳ね回りながら白い液体を飛ばすイチモツが、その一人一人に精液をなすりつけていく。
「ああ、穢い」
「汚されてしまったわ」
「もっと汚して」
「精をお出しになって」
 アシリアたちはお互いの顔に付いた精液を舐めあい、そして再び、シトゥリの股間になだれ込んだ。シトゥリはもう自分がどんな体勢になっているのかよく分からなかった。回りに蠢くのは肌色の肉の壁。高く持ち上げられ、開かされた脚の間に、数人のアシリアが入り込み、玉からアナル、竿とカリをそれぞれ舐め回していた。
「ううっ、うー!」
 あり得ないほどの快感に、シトゥリはすぐ2度目の精を放った。先ほどサクヤに搾り取られたとは思えない、大量の精子がそれぞれ付着する場所を求めて、宙を舞った。アシリアたちは顔を上へ向け、噴水のように吹き上がった精液が落ちてくるのを、口をあけて待ち受けた。
「おいしいわ」
「いいえ、おいしくない」
「なんて粘りのある精なのかしら」
「喉に絡み付いて気持ち悪い」
「いいえ、気持ちいい」
「わたくしの愛液はどうなのでしょう」
「舐めさせて差し上げましょう」
「体中に塗りつけて差し上げましょう」
 アシリアたちは今までシトゥリに向けていた顔を反転させ、その秘所をシトゥリの太腿や、胸や、腕や、腹や、手足の指先まで、押し付けていった。花弁から次々と溢れてくる蜜は、シトゥリの体を妖しくぬらぬらと輝かせていく。思考が止まったまま何も考えられないシトゥリの顔をまたいで、アシリアの一人が言った。
「ほら、わたくしのあそこ。どうなっていますか?」
「綺麗ですか?」
 もう一人が、自らの花弁を指で広げ、奥までを見せ付けるようにした。
「それとも、厭らしいですか?」
 その隣のアシリアは、蜜を掻き出すように指を動かし、掬い取ったそれをシトゥリに見せた。
「わたくしの精もお飲みになってくださいませ」
「前は、あなたが現人神と知らなかったから」
「今度は、あなたの中までわたくしのもので清めて、魂をいただきます」
「さあ……おいしいですよ」
 顔をまたいだアシリアが、花弁をシトゥリの口へ押し付けた。子供のように小さなそこは、口を大きく開いただけで、クリトリスからアナルまで、一挙に食べることが出来そうだった。シトゥリは無意識のうちに舌をその中へ差し込み、しとどに溢れくる蜜を掬っては舐め、吸い続けた。
「嗚呼……」
 アシリアが恍惚と呻き、片手で収まりきらない乳房を揉んだ。その快感は全員に伝わるのか、他のアシリアもうっとりと目を細め、自らの股間に手を当てている。
「お飲みになって、もっとお飲みになって」
「いいえ、あなたのも飲ませて」
「あなたのおいしい精も飲ませて」
 イチモツがまた、何人ものアシリアに舐め回される。アシリアの蜜を飲むたび、何か妙なものが自分の精神の中へ落ちていっているような気がした。心の膜を溶けた蜘蛛の糸がゆるく、しっかりと包んでいくような。それは、心の捕獲を意味していた。
『シトゥリくん、すまない』
 ふと、その精神の奥、どこか遠くへつながっている場所から、トウキの声が聞こえた。
『おれはひどい失敗をしてしまった。人柱にはおれがなるつもりだったが、もうそういう訳にはいかないようだ。すまない、後のことは、君に任せることになったよ』
『どう言う……ことですか?』
『おれたちが出会ってから、心の繋がりはその境界が分からなくなるほど強くなっている。おれは君、君はおれ。そう言う気持ちで、思い出して(・・・・・)みるんだ』
『おれは君……君はおれ……』
 その瞬間、映像がはじけた。



「シトゥリくん、これから邪神の神殿に入る」
 トウキは、後ろをぴったり付いてくるシトゥリに囁いた。
「その前に、これを飲んでおけ。邪神の影響を受けなくする薬だ」
 そんなもの在りはしない。トウキは、カプセルに入った薬を渡した。何の疑いも持たず、シトゥリがそれを口の中へ放り込んだ。水がないから飲みにくそうだったが、嚥下に成功したようだ。とたんにその足がもつれ始め、トウキはそれを支えた。
「あ……れ?トウキさん、体が……」
 トウキは、にやっと笑ってみせた。軽い口調で告げる。
「悪いね。八十禍津日神の餌には、君がなってもらうよ。サクヤを寝取った仕返しさ」
 驚きで見開いたシトゥリの目が、反転して白目になった。それを閉じさせて、トウキは力を失ったシトゥリの体を神殿の中に運び、台座に乗せた。すでに最奥地であるこの神殿にも、邪神の侵食は進んでいるようだった。神殿を形成している無機質な壁は、有機的な動きを見せる赤黒い襞に覆われ始めていた。
「裏切りっぷりとしてはなかなかだな」
 我ながら、と苦笑する。
「しかし安心してくれ。おれが健在である限り、君がいくら喰われても危険はないよ。おれが現人神であることは、君以外の誰も知らない。八十禍津日の巫女は、おれたちの裏を突いたつもりだろうが、さらにその裏をおれは突き返す。悪いが、そのためには敵の目をそらすことが必要なんだ。ま、がんばってくれよな」
 気を失っているシトゥリに、独り言を囁きかけ、トウキは身を翻した。足早に神殿を抜け、タケミカヅチへと戻る。母船の中は襞に多い尽くされ、人の気配どころか最初からこんな場所だったのではないかと思わせる様相を呈していた。
 ハッチをくぐり、艦内に戻ると、ブリッジにはキリエやクラだけでなく、サクヤの姿もあった。心配していた邪神の侵食もないようだ。トウキは言った。
「動いて大丈夫なのか?」
 サクヤはまだ青い顔をしていたが、うなずいた。なんとか脱出しようと舵を取っているクラが、トウキを振り向いた。
「シトゥリくんは?」
「悪い、置いてきちまった」
 悪びれず笑うと、一瞬信じられないと言う顔をしたクラが、すぐさま激怒の表情に取って代わって立ち上がった。
「あんた、なんてことを――」
「彼に危険はない。それより、今からタケミカヅチを脱出させる。準備をしてくれ」
「ダメよ、シトゥリくんを回収するまでここを離れません」
 いつもより弱い口調ながら、サクヤが言った。それをじっと見つめ、ようやくトウキは口元の笑みを消した。己の決意を隠していたその笑みの下には、相手が恐怖すら覚えるほど、真剣な表情が潜んでいた。それを見たサクヤが、少しぎょっとしたように訊いた。
「……何を考えているの?」
「大葉刈の別名を知っているか?」
 トウキは逆に聞き返した。低い声。サクヤが何故、と言う口調で答えた。
「神度剣(かむどのつるぎ)。名義は未詳だから、大葉刈の方を通称にしてるわ」
「神度は、神門とも書く。神の門――つまり、高天原への扉だ」
 それを聞いて、サクヤは驚いた声を上げた。
「まさか、大葉刈は――?」
 その言葉に、察しがいいな、とトウキはうなずいた。
「そうさ。時空を切り裂き、高天原へ相手を叩き込むことができるんだ。そいつをいっちょ、この八十禍津日神で試してやろうってわけだよ」
「そんな……」
 思わずと言った感じで、キリエが呟いた。立ち上がったままのクラも、頭を振った。
「なんだか、次元の違う話ね」
「そのためにおれはここへ戻ってきた。1年前のけりは、おれなりの方法でつける。協力してほしい」
 トウキは一同を見回した。全員が真剣なまなざしで見つめ返している。クラが片手を挙げた。
「質問が2つほど。まず、シトゥリくんは?」
「説明している時間はないから省くが、おれが生きている限り大丈夫だ」
「母船の人たちはどうなるの?」
「さっき見てきたが、中には人っ子一人居やしなかった。生きてるのか死んでるのか知らないが、少なくとも人の形を留めてはいないだろう。特に、巫女であるアシリアはな」
「…………」
「巫女はもっとも神に近い。そうなるさだめだ。アシリアも、そして君も分かっているはずだ。クラ」
 クラは目をそむけて、うなずいた。ポニーテールが決意と悲しみに揺れた。
「すまない。慰めてやる暇も、今はないんだ。発進準備を――」
 と言った瞬間、きぃぃぃぃぃん、と言う耳障りな音がブリッジに響いた。ガラスを引っかいたような、生理的に受け付けられない音。何事かと、全員が辺りを見回した。
 まったく揺れを感じないのに、ブリッジ内のあらゆるものが、カタカタと振動を始めた。中にはふわっと空中に浮くものすらある。手元のバインダーが飛び上がろうとするのを押さえつけて、サクヤが青い顔をさらに青くした。
「まさか、ポルターガイスト!?」
「心霊現象だ。艦内に死人が侵入したぞ!」
 トウキは叫んだ。腰のホルスターから拳銃を抜いて構える。クラが操縦桿を引こうとしたが、それはまったく動かなかった。
「まずいわ。相手はこっちを逃さないつもりよ。ただの浮遊霊とかの類じゃない」
「こんなときに……と言うやつか。まったく、さっきからついてないぜ。サクヤ、体調が悪いなら注意しろ。憑依されるぞ」
『憑依なんてしませんよ』
 ブリッジの中に声が流れた。全員が凍り付いたように動きを止める。発信源は掴めないが、むしろ甘く清々しい印象すらある、澄んだ男の声だった。その声色の特徴に、トウキは水を浴びせられたような気がした。
「まさ――まさか……!?」
 他の人間も、トウキの動揺した口調で気付いたようだった。一様に驚きの表情を浮かべる。
「残念ながら、そのまさかですね」
 ブリッジの入り口から、1人の男が姿を現した。
「ジーク……!ジークフリード=ハヤカワ!」
 キリエが悲鳴に近い声をあげ、両手で口元を押さえた。嫌々と首を振り、続ける。
「ウソよ!あなたは一年前――」
「そう、死にました。今は死人の身です」
 そう言ってジークは笑った。黒髪も、特徴であるふち無しの眼鏡も、トウキとは質の違う軽い笑みも、何も変わっていない。そして癖までも変わっていなかった。親指で眼鏡を押し上げ、ジークは世間話をするように言った。
「どうですか?僕がいなくなったあと、いいオペレーターは見つかりましたかね。見たところそれらしき人物はいないようですが――」
 シリンは別室に監禁されている、とは誰も言わなかった。ただただ、絶句している。
 死人は通常、その形を維持することができない。人は死ぬと黄泉へ堕ち、そこで黄泉の食物を摂って、その住人となってしまうからだ。まれに生前の姿を持つものや、恨みつらみなど負の感情だけを持続させるものは居るが、このように生きている時とまったく同じ姿、同じ精神を保っているのは、在り得ない現象ではないとは言え、おとぎ話や物語の中の出来事に過ぎない。
 身じろぎもしない面々を見回し、ジークは肩をすくめた。サクヤの後ろを歩いて、オペレーター席へ向かう。懐かしそうにそのコンソールの表面を撫でた。
「なるほど、誰か仕事は継いでくれたみたいですね。まあ、でも僕のエンジェルボイスには適わないでしょう。ね、サクヤ」
 ジークが視線を向けた先のサクヤは、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。それを見て、ジークは少し驚いたように言った。
「泣いてくれるんですか?サクヤ、君はトウキを選んだと言うのに。……女は残酷ですね。僕も泣き返したいですけど、死人に涙は流せません」
「一体、何をしに戻ってきた!」
 ようやく、トウキは叫んだ。ジークがトウキを見据える視線は鋭かった。
「……出来なかった復讐、かな。今、僕の心の中には、負の感情しか渦巻いていません。トウキ、君は八十禍津日神の裏の裏をかいたつもりでしょうが、そのさらに裏をかかれるわけです。この僕によってね」
「黄泉へ戻れ、死人!」
 叫んで、トウキは銃を向けた。ジークの眉間まで一直線。しかし、撃つのには一瞬の躊躇があった。その隙を突かれ、トウキの体は金縛りにあい、動かなくなった。
「君は卑怯で、どうしようもない男だけど、やっぱり優しいんですよね。それでもってナンセンスだ。戻ろうにも、黄泉はここですよ」
 ジークが動かない銃口の向こうで、どこか寂しそうに微笑んだ。
「君は建前や、しょうもない動機で自分の心を裏切ってばかりいる。それが君だけじゃなく、周りの人間を不幸にしてしまっているんだ」
「死人に……言われたくはないぜ」
「ははっ。それもそうです。確かに人のことをどうこう言える状態じゃないですからね。僕が何を考えているか分かりますか。……どうやってあなたたちを黄泉へ引きずり込むか、どうやればトウキ、あなたがもっとも苦しむのか。そればかり考えています」
 ジークの目の奥には、生前になかった狂気があった。それを見て取り、トウキは叫んだ。
「キリエっ、クラっ!撃て!」
「撃てるならやってるわよ!」
 クラが叫び返した。金縛りにあっているのはトウキだけではないらしい。ジークはもうその狂気を隠そうとはしなかった。誰もが和むような微笑を、残酷な形に歪め、そして言った。
「トウキ。君は隠していましたね。サクヤにも黙っていた」
「……何をだ」
「キリエを愛していたことですよ」
「えっ!?」
 驚きのあまりか、サクヤが小さく叫んでいた。トウキはジークが何を意図しているのか図りかね、とりあえず言葉を返した。
「気にするな、死人の繰言だ」
「ほら、君の悪い癖だ。そうやって真実を隠そうとする。他人からも、自分からも。僕と君は恋敵でしたが、それゆえわかるんです。君は今でもキリエを愛している。その想いを自分から隠すため、サクヤへと屈折させているのですよ」
「馬鹿――馬鹿なことを言うな」
 だがジークの言葉は、語尾が震えるほどの同様をトウキに与えていた。それは心の中で思いつくたび、すぐさま否定してきたことだったからだ。それを他人から指摘されるのは、想像以上の衝撃があった。ジークはさらに続けた。
「可哀想なのはキリエですよ。あなたは彼女を殺すと言い続けてましたが、君たちの師匠を殺したのはキリエじゃない。その可能性を教えてあげたのは、僕だったのに」
「…………!!」
 キリエが息を呑んだのが、気配で分かった。トウキは嫌な汗が額から湧き出てくるのを感じた。
「でも君は、それをキリエに伝えることはしなかった。言ってしまうと昔に戻ってしまいそうだったから。それが、あなたが今でもキリエを愛している証拠です」
「……だから、それがどうした。よしんばそうだったとしても、おれがサクヤを愛している事実に、変わりも揺るぎもない」
「君はわかっちゃいませんよ。そんな屈折した愛情に負けた僕が、どれほど惨めだったか。そして今、死人になってまで君の前で、過去を掘り返している。これがどれほど惨めなのか……!」
 ジークの言葉に、初めて力が篭った。それに押されて、トウキは沈黙した。ジークがそれを見て、見るものが目を背けたくなるような表情で言った。顔は笑っているが、それは笑みの形をしているだけだ。
「ねぇトウキ。君はあいまいなものをさらにあいまいにするのが得意だから、一度はっきりしなくちゃダメですよ。――今、あなたの体に呪いをかけました。1つ、あなたのその銃は、必ず人を撃たなくてはならない。2つ、あなたの銃は、このあと自分がもっとも愛しいと思っている女の方へ向く」
「!!」
「ジーク、本気?」
 サクヤが始めて言葉を発した。どこかうつろなまなざしは、疲れきっているようにも見える。ジークは目を合わせず、うなずいた。
「ここから先は、僕は関与しません。撃たれたならサクヤ、本気でトウキに想われていたと言う事ですよ。いいことじゃないですか」
「……そうかもね」
 投げやりな口調だった。乾き始めた涙の筋だけが、痛々しく光った。
「もうやめて、ジーク!」
 クラが悲痛な声で言った。
「せっかく5人、また揃ったのに。どうして、どうしてこんな哀しいことばかり、繰り返さなくちゃならないのよ!」
 後半は涙声だった。トウキは銃を握った自分の右手が、意思とは関係なく動こうとしているのを知った。必死でそれを押さえつけようと腕に力を込めるが、それはまったく無駄な努力に思えた。
「くうっ……!」
 脂汗が滝のように流れ落ち、噛み締めた口元からは血が滲んで、流れた。ジークが笑みを消して、じっとそれを見つめながら言った。
「さあ、どっちです。あなたから見て左ならサクヤ、右ならキリエが居ますよ。クラさんは対象外だから、後ろで見物してなさい」
 ジーク自身も、トウキの腕の行方に多大な興味があるようだった。それに関与していないと言うのは本当だろう。トウキの深層心理に従って、銃は方向を決めるのだ。
 突如、まるで糸に引っ張られたかのように、トウキの右手は右に動き、キリエをポイントした。トウキも、キリエも、サクヤも、クラも、ジークすら、驚きの表情を浮かべた。
「まさか……おれは、キリエを?」
 トウキの腕の筋肉はぶるぶると震えたが、銃身は微動だにしなかった。それはまっすぐにキリエを向いている。
 その先で、キリエは泣きそうな顔で笑った。
「トウキ、あたしを殺すんでしょ?早く撃ちなさいよ」
「いいや、撃たない」
 トウキはきっぱりと言った。呆然とした表情を浮かべていたジークが、再び残酷な笑みを口元に戻した。
「無駄な抗いはよしなさい。この後、あなたは引き金を引かざるを得ないのです。愛しい妹に向かってね」
「ジーク、お前はいつも詰めが甘いんだよ」
 トウキは、普段のあのにやっとした笑みを浮かべた。
「詰め……?」
「呪いをかけるなら、『愛しい女を撃たなくちゃならない』ってすればよかったのさ!」
 叫ぶと、トウキは動かない左手を無理に動かし、右手の銃身を握った。ジークは死人であり、人ではない。ならば、それを向ける先は、1つしかなかった。
 トウキは銃口を自分の腹へ向け、その瞬間引き絞られた引き金が撃鉄を落とした。
 銃声はむしろ淡白で、跳ね上がったトウキの動きは、むしろスローモーだった。
「トウキっ!?」
 誰の叫びかはよくわからない。トウキは自分の体が崩れ落ちる前に、銃を前方に伸ばし、ジークへ立て続けに発砲した。
「あは、あははははははははっ!!」
 踊るように銃弾を受けながら、ジークが哄笑した。その体が壁に叩きつけられ、煙のように霞んでいった。
「あははははははははっ!!」
 笑いながら消えていくジークの姿は、なぜか泣いているようにしか見えなかった。完全に消えてなくなったのを見届け、トウキは銃を落とし、膝を突いた。
「お兄ちゃんー!!」
 キリエが喉が潰れそうな叫びを上げ、駆け寄ってその体を抱きとめた。トウキはその腕の中でうっすら目を開けたが、まわりはよく見えなかった。
「キリエ……か?すまん、目が霞んでよく見えないんだ」
「いやっ!いやよ、お兄ちゃん!」
 トウキは片手を挙げた。それを掴み、キリエが自分の頬に押し当てた。涙が指を濡らし、手首へと流れた。
「お兄ちゃんって呼ぶなと、いつも言ってるだろ?なんだ、泣いてるのか。いつから、泣き虫になったんだ……」
「バカ。あなたはバカよ……!」
 サクヤが押し殺し、震えた声で言った。その方向へ視線を向け、トウキは訊いた。
「なあ、サクヤ。おれは本当に君を愛していたのか……?」
「あなたのことなんかわからない。でも、でもわたしは……あなた……をっ!」
 最後は声にならなかった。トウキはふっと笑うと、言った。
「……おれは幸せだな。みんなに囲まれて死ねるなんぞ、思ってもみなかった。クラは泣いてくれないのか?」
「泣くもんですか。あんたみたいな、最後の最後まで、卑怯な男なんか。誰が……!」
 その声は震えて、嗚咽を必死に隠しているのが分かる。
「シトゥリ……シトゥリくんには、悪いことをしてしまったよ。神門を開くには……っぐ」
 トウキは痙攣し、大量の血を吐いた。
「もうやめて、しゃべらないで!」
 その血に汚れることも気にせず、キリエは叫んだ。トウキの言葉は急激に混濁していった。
「神門には……人柱が。おれの最後の力を……そこで……ジーク、やっぱりおれのほうが、いい男のようだぜ……」
「……バカ」
 サクヤが呟いた。それを受けたように、トウキの体から力が抜けた。
「いやあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 キリエの絶叫が、ブリッジを抜けて、タケミカヅチの中に響き渡った。
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