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-chapter10- 神の剣
『おれの最後の力を君に託すが、それで君が安全とは限らない』
 心の奥深く、感情よりもずっと下のラインで、シトゥリとトウキは会話していた。
『すまない。だが、八十禍津日神を止められるのは、君だけだ』
『謝らないでください。僕はうれしいんです。やっと僕にできることがあるってわかったんですから』
『……そうか。ならば頼む。ついでに、サクヤもな。勝負は君の勝ちだ』
『負けですよ。死んじゃった人に勝てるわけないじゃないですか』
『ふっ……。だと、いいがな。さあ時間が無い。急いでそこから戻るんだ』
『はい!……あれ?』
『あの――トウキさん』
『戻ろうにも、僕、戻れないんですけど』
『えーっと、どうすれば……』
『うわあっ!』
 シトゥリは吸い出される感覚に焦った。
 気を失ったシトゥリの肉体を跨いで、1人のアシリアが股間の上で腰を振っていた。
「ああ、出てきましたわ。魂が」
「今度はわたくしの膜でしっかり包んでありますから」
「もう逃げられません……」
「ああ、入ってくる」
「気持ちいい……」
「気持ちいい……」
 恍惚と股間の上のアシリアが天を向き、他のアシリアも同じ表情でそれぞれが絡み合った。それが突如、びくんっ、と震えた。
「何?」
「どうして、これは……」
「膜が破れる」
「ああ、やめてください。そんなことをしたら、わたくしの魂の行き場が」
「うう、いやあっ」
「ああああああっ!」
「ダメ、押さえ切れません!わたくし、わたくしが――」
 ばったりと、股間の上のアシリアが体を伏せた。同時に他の全てのアシリアも地に伏せ、そして地面と同化するようにして消えていく。
 やがて、1人残ったアシリアは、シトゥリの体の上で身を起こした。
「えーっと、ここは一体……僕は……」
 そして自分の体と、その下に横たわるシトゥリの体をしげしげと眺め、1分ほど思案した。その上で、ようやく現実を認めたか、驚きの声を上げる。
「うわっ!ど、どうして僕がアシリアさんに!?」
 股間の中の異物感に気付き、シトゥリ=アシリアは身を離した。ずるっとイチモツが膣から抜ける感覚に、う、と呻く。女性が感じると思わず声が出る気持ちが分かった気がした。
「……あなたの魂がわたくしを追い出したのですわ」
 シトゥリが目を開け、アシリアの口調で言った。どこかあきらめの口調だ。
「あなたの魂は、現人神である以前に、わたくしよりも強かったのです。それに負けてしまいました。追い出されたわたくしは、あなたの肉体に入るしかありませんでした」
「ど、どうやったら元に戻れるんですか?」
「とりあえずはこのままです。さあ、あなたは船に帰らなくてはならないのでしょう?服を着て、タケミカヅチへ向かいましょう」
「は、はい」
 服は部屋の隅に落ちていた。思わず艦隊の制服を手に取ったが、こちらではない。動揺を隠すようにそれをアシリアに渡し、シトゥリは巫女の装束を手に取ったが、まったくどうやって着ていいのか分からなかった。一枚の布を巻きつけ、肩の部分で止める感じになっていると言うことだけはかろうじて分かる。
「男の人の服装って、思ったより窮屈ですのね」
 見ると、すでにアシリアはシャツのボタンを留めようとしているところだった。左右逆だから少し手間取っているようだが、それだけだ。シトゥリは情けなく言った。
「あの、これってどうやって着れば……」
「貸してください。まさか、自分の体に衣装を着せることになるとは思いませんでしたわ」
 ぐるぐると回すようにして手早くアシリアはシトゥリに服を着せ付けた。
 ジャケットを羽織り、アシリアがまだぼうっとしているシトゥリを促した。
「さあ、参りましょう」
「……どうして、アシリアさん。僕は、あなたの敵じゃないんですか?」
 シトゥリは考えていたことを訊いた。アシリアが微笑んだ。自分自身が女っぽい微笑をするのを見るのは、違和感がある。
「わたくしはあなたに負けました。巫女失格ですわ」
「でも、僕たちは今から神を、母船を破壊しようとしてるんですよ」
 アシリアは笑みを苦笑に変えた。
「わたくしは、憎んでいるのです。教団を。この母船を。無駄話はここまで」
 きびすを返して走り出したアシリアを追って、シトゥリも走った。体の動かし方は肉体自体が記憶しているのか、違和感は無いが、考えているよりも速度が出ない上にバランスが悪い。何より大きく揺れる胸が邪魔で仕方なかった。ふと見ると、シトゥリの肉体を持つアシリアはずっと先に行ってしまっていた。
「アシリアさん、待って!」
「あ、すいません。なんだか動きが早くって」
「そりゃ、体は小さくても部活で鍛えてましたから。陸上の選手だったんですよ」
 シトゥリは少し自慢そうに言って、ようやく追いついた。
 タケミカヅチのハッチは、開いたままになっていた。おそらくトウキが戻るとき、開けっ放しにしておいたのだろう。シトゥリはハッチの開け方を知らなかったから、助かった。
 艦内は静まり返っていた。シトゥリは結局、アシリアに手を引かれて走っていた。非常に情けなかったが、体力的にも限界に近かったので仕方が無い。
「シトゥリくん!アシリア様!」
 ブリッジに入ると、クラが大声を上げた。むっとするほどの血臭があたりに立ち込めている。操舵席の手前には血溜りが広がっていて、壁際ではトウキの死体を抱きしめ、キリエが放心していた。そのキリエの肩を抱いていたサクヤが言った。泣きはらした目をしている。
「トウキが、トウキが……!」
 シトゥリはうなずいた。
「知っています。僕たちは、一心同体らしいですから。最後の力を僕に預けるって、そう言ってました」
 呆けた表情でサクヤが見返してきた。思わず今の体はアシリアだと言うことを失念していた。
「儀式の失敗で、肉体が入れ替わってしまったのですわ」
 アシリアが補足した。クラがコンソールに突っ伏した。
「アシリア様……。よかった……本当によかった」
 肩を震わすクラに歩み寄り、アシリアはそっと手を置いた。
「ご心配をおかけしました。わたくしも、もう一度あなたに会えるとはおもいませんでしたよ、クラティナ」
 中身が違ったら、自分にもこれほど優しく威厳に満ちた声を出すことが出来るのか、とシトゥリは思った。機会があったら伝授してもらおう。
「サクヤさん。トウキさんの魂を無駄にしないためにも、発進準備をしてください。あの邪神をぶった切って、そして生きて戻りましょう!」
 サクヤがはっとした表情をした後、うなずいた。放心しているキリエの肩を揺らす。
「キリエ、席に戻って」
「いやよ……お兄ちゃんが帰ってくるまで……」
「キリエ、シトゥリくんを見て。まるで――」
 サクヤが微笑んだ。
「まるで、昔のトウキが戻ってきたみたいだわ」
 キリエが視線をシトゥリに向け、そして徐々に瞳の中へ光を戻していった。姿はアシリアでも、その中から溢れるものはシトゥリ自身の輝きだ。その輝きが、キリエに理性を回復させていく。キリエはしっかりとうなずいた。
「……行きましょう」
 それを見届けたサクヤもうなずいて言い、艦長席へ向かって、クラに指示を出した。
「メインエンジン、ポテンシャルMAX!通常バリアを展開、進路を確保しつつバックブーストを最大噴射し、一気に脱出!」
「OK!カウントをお願い。誰か――」
「カウント、わたしが取りますー」
 ブリッジの入り口から、シリンの声がした。サクヤが振り返る。
「シリンちゃん!大丈夫なの?」
 シリンは青い顔をしていたが、うなずいた。体調というよりも、トウキの死を目の当たりにしたからだろう。アシリアが歩み寄り、額に手を当てた。
「……これで大丈夫。ごめんなさいね。あなたの体に細工をしてしまって」
 それはあの触手のことだろうか。シリンはもう一度うなずき、オペレーター席へ着いた。その後はじめて気付いたように、アシリアとシトゥリを見比べる。
「えっ?あの、どっちがどっち……?」
 ブリッジの面々は苦笑して答えなかった。クラが言った。
「メインエンジンポテンシャル確保!点火までカウントを!」
「了解!カウント10!9!8!」
 シリンが切り替えも素早く、カウントを取り始める。
シトゥリはブリッジの中央に立った。聞こえる。タケミカヅチの鼓動が。脈動が。叫びが。今や、タケミカヅチの全てが、シトゥリそのものだった。目を閉じ、その感覚に体を合わせ、そして神経を通わせていく。
「3!2!1!点火!」
「バリア展開っ!バックブースト噴射!」
 邪神に埋もれたタケミカヅチは、その周りにバリアを張り巡らし、邪神の構成物を押しのけ、そして逆噴射で後ろ向きに動き出した。
「脱出まであと20メートル!」
 その時、衝撃が艦を揺らした。シリンが叫ぶ。
「通常バリア、一部損壊!邪神の触手が艦前方に巻き付きました!引き戻されます!」
「帰さないって訳ね。表面に電磁コーティングを最大出力で――」
「いいえ、構いません」
 シトゥリは目を開けて、言った。
「大葉刈バリア、展開」
 そう言った瞬間、凄まじい衝撃がブリッジを振動させ、そしてメインスクリーンが真っ黒な邪神の内部から、宇宙を映し出した。シリンが生唾を飲み込んで、言った。
「大葉刈バリア、展開済み。……信じられません。展開の反動でタケミカヅチは邪神の内部より脱出しました。触手は切断されています。大葉刈バリアの出力、前回と桁が違います」
 ブリッジの面々がシトゥリに視線を当てた。シトゥリはにやりと笑った。不敵さとニヒルさを兼ね備えた、あの笑い。続けて言う。
「邇芸速水バリア、展開。析雷、伏雷、両サブエンジン起動」
 展開の衝撃か、一瞬スクリーンが激しく歪んだ。大きく低い、鼓動のようなエンジン音もタケミカヅチの深くから聞こえてくる。
「……あんた、一体何者?」
 呆然とした調子でクラが呟いた。シトゥリにはようやく分かってきた。現人神の意味。タケミカヅチの本当の姿。
「エンジン出力計測不能!おそらく、巡洋艦――いえ、戦艦・空母クラスの出力が発生しているものと推測されます!次の補給の時には、計器を取り替えなきゃ」
 シリンがパネルを叩きながら言った。
『シトゥリくん、今から神の門を開く』
 シトゥリの脳裏に、トウキの声が響いた。
『大葉刈を神度剣へと。その時、正直君が生き残れるかわからないが――ま、やってみよう。賭けるしかないさ』
 シトゥリはゆっくりと、深くうなずいた。
「クラさん。邪神の方へ、しっかりと操縦桿を握っていて下さい。今から、超高機動航行へ入ります。大葉刈バリア、最大展開!」
 サクヤが制止の声を上げた。
「やめて!そんなことすれば――」
「死ぬわよ、シトゥリくん」
 キリエが睨むような視線を当てた。もう誰にも死んでほしくない。その目は雄弁にそれを語っている。
「……大丈夫です。僕には、トウキさんがついている。信じてください」
「わたくしも手伝いましょう」
 アシリアが言い、シトゥリの隣へ立った。
「あなたは――」
「仕えるべき神への、手酷い裏切りですわ。でもわたくしには、もう帰るべき場所も、護るべき人々も居ないのです。いえ――たった一人だけ、ここに」
 アシリアはその視線をクラへと向けた。クラはまなざしを受け、泣きそうな顔で下唇を噛んだ。
 シトゥリはうなずいた。
「では、やりましょう。神の剣を、僕たちの前に」
――彼(か)の異(け)しき物、妖(わざわひ)とともに吾(あ)が十拳剣(とつかつるぎ)にて払わん
 振動とともに、異音が艦内を揺るがした。シリンがコンソールの解析結果メインスクリーンに回す。
「大葉刈、形状を変換しています!か、艦内の慣性中和装置ではしし、振動を防御しきれませんっ」
 スクリーンに映るタケミカヅチの略図には、前方に剣状のバリアが描き出されていた。それが渦を巻き、螺旋を描きながら艦全体を1つの剣へと変えていく。その光景に圧倒され、サクヤ以下声も無い。シトゥリは叫んだ。
「神度剣。さあ、扉を開くときです!クラさん、突撃しますよ!」
「ラジャー!」
「析雷伏雷、最大出力!」
 どおおぉぉぉぉおん、と爆発音のような音を立て、ブリッジには中和し切れなかった慣性が波のように押し寄せた。ベルトをしていなかったシリンが悲鳴を上げて席から転がり落ち、トウキの死体がずるずると滑っていく。シトゥリとアシリアは、その中でも平気な顔をして立っていた。
 まるで光の中にいるようだった。今や神度剣となって展開された大葉刈が、まばゆい光を放ってスクリーンを焼き、目も開けられない光でブリッジを満たした。
 外から見れば、一本の輝く剣となったタケミカヅチが、まさしく瞬間的に邪神へと彗星のように突撃した光景が見られただろう。それは邪神の内部に潜り込み、その輝きを増した。まるでシェードランプのように、暗い宇宙を邪神が、その中のタケミカヅチが照らしていく。
――黄泉動(とよ)みて汝(な)が霊(たま)、吾(あ)が雷と成り成りて高天原の戸を開かん
 聞こえる声は、建御雷神のものだ。シトゥリは確信した。自分の魂を摂り、その力を使って神の門を開く。覚悟は出来ていた。光がさらに激しさを増して、もう床も回りも見えない。
いや、ここは本当に通常の空間なのだろうか。
どこか希薄な肉体の意識。光の中へ入った瞬間、世界が違っている気がした。
『あなただけは行かせませんわ』
 アシリアがシトゥリの隣で、言った。その姿は元に戻っていた。シトゥリも自分の体が男性に戻っていることを知った。おそらくここは、精神の世界。魂が形になって目に見えているのだ。
『シトゥリくん。さあ、剣を取るんだ』
 トウキが反対側から、シトゥリを促した。うなずき、ゆっくりと手を剣を握る形にしていく。そこには何も見えないが、確かに剣があった。
『八十禍津日神はあそこです。わたくしが方向を』
 アシリアがシトゥリの手に片手を添えた。
『では、おれは力を。シトゥリくん、君は動きを頼む』
 トウキがさらにその上に手を重ねた。
 シトゥリはゆっくりと剣を上げ、アシリアと、トウキの力を感じながら、振り下ろした。その先にはいつの間にか現れていた黒い塊が蠢いていた。剣は深々とその中に刺さり、しかし、それ以上は進まなかった。
『おれだけの力では、やはり無理か。……シトゥリくん、君も力を込めるんだ。それは死を意味するが』
『わかってます』
 シトゥリが力を込めようとした瞬間、闇の塊が蠕動し、そして弾け散った。白く輝いていた周りの光景が、真っ黒に塗りつぶされていく。びゅるびゅると伸びる闇の触手が、檻のように周りを囲んだ。
『禍が溢れた!』
 アシリアの悲鳴が響いた。
『ダメです、この禍に呑まれれば、わたくしたちは――』
『畜生、馬鹿な!建御雷神でも、八十禍津日神には勝てないのか!?』
『諦めるには早いですよ、トウキさん!』
『禍に触れれば穢れてしまう!神が力を引き出せないんだ!』
『そんな――』
 黒く塗り潰された空間に、突如光が差した。ただ白いだけのものとは違う、明るい暖色を帯びた太陽のような光。それが、暗い空間を次々と薙ぎ払っていく。
『この、光は……?』
 アシリアが呆然と呟いた。
『――まさか!』
 トウキが叫んだ瞬間、その光は熱いまでの輝きで、シトゥリたちを包み込んだ。
『まさか、サクヤ。君なのか!?やはり君は、天照(あまてらす)の――』



 気がついたときにはすべてが終わっていた。
 八十禍津日神は母船とともに跡形も無く消滅、おそらくは高天原へと送還され、災厄が黄泉から地上へ漏れるのは、かろうじて阻止された。
 タケミカヅチは特異点近くまで流されており、そこから無事地上に戻ることが出来た。
 トウキの葬儀はしめやかに行われ、2階級特進でその階級は少佐となった。あたしなら2階級特進なんて辞退するわ、とキリエが苦々しく言った。
サクヤは葬儀の後、どうしてわたし、船に乗っているんだろう、と呟いた。こんなにつらい、悲しい思いまでして。得るものより、失うものが多いなんて。
クラはしばらく休暇を取り、アシリアとゆっくり過ごすそうだ。タケミカヅチも調整のため長期の休眠に入った。しかし休眠から覚めても、それに乗るクルーが同じかどうかは、もう分からなくなっていた。
そして、シトゥリは――
「うう……酷いですよ、アシリアさん」
 ぶつぶつ言いながら、シトゥリは履き慣れないスカートが風に靡くのを押さえた。
「男の体の方がクラさんといいこと出来るからって、2人で姿をくらますなんて……」
 心地よい風が、街路を渡っていく。それは多くの悲しみと、魂を運んでいく透明な風。これからも、人が生きていく限り、風は吹き続けるだろう。しかし途切れない風は無い。やまない悲しみも無い。
「きっと、僕たちを見守っていてくれますよね、トウキさん」
 太陽が輝きを増し、シトゥリは空を見上げた。その背後から、大きな影がシトゥリの小さな体を包んだ。
「よぉ、ねえちゃん。暇ならどう、お茶でも」
 見知らぬ男に声をかけられ、シトゥリはキッとその方向へ視線を向けた。
「僕は、男ですっ!」
 美少女にキレられた男は、目を丸くしてしばたいた。


  
アスティア地球連邦軍高速駆逐艦タケミカヅチ 第一部 完

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