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おわり双書1「ナイト・イズ・オーバー」
 馬鹿げている。まったく。
 化粧で塗りつぶされた、忌々しい顔がいつまでも脳裏にこびりついている。おれは眉根を寄せたまま局を後にした。
 濃い化粧とぎらぎらに飾った千早をまとった女。名は春日と言う。知る人ぞ知る、本物の霊能者――そう紹介された。確かにそう思わせるに足る雰囲気を漂わせた二十代前半の若い女だった。
「あなたは呪われている」
 おれを見るなり、春日はそう言った。
「たくさんの人形が、あなたを呪っている――」
 人形だと? ふざけてる。おれは地面を蹴りつけた。
 あいつは調べているんだ。おれについて。
誰も知らないはずのことを言い当て、相手の信用を得る。信用を得てから出鱈目の霊能を始める。心霊番組をいくつも担当してきたおれの目は誤魔化せない。典型的なエセ霊能者のパターンだ。
 それでも番組は作れる。むしろそういった連中の方がいいとも言えた。こちらの思惑通りに動かしやすいし、相手もまた動いてくれる。春日はその意味でやりやすい相手だった。
 夏の特番のワンコーナー。打ち合わせと軽い撮影はすぐに終わった。あとは下の連中に任せ、おれはそそくさと仕事を切り上げたのだった。
 このイラついた気持ちを静めてくれるのは誰だろう。涼子か。玉枝か。
「真田さん」
 呼ばれて、はっと立ち止まった。バス停で見知らぬ女がおれを見ている。枯れた色のワンピースをまとった、清楚な美女だ。
「失礼ですが、どなたでしたかね」
 仕事柄付き合いは広く浅い。残念ながらおれは人の顔を覚えるのが苦手だった。相手はくすくす笑う。
「いやだ。春日ですよ」
「えっ」
 思わずまじまじと相手を見る。ナチュラルメイクの春日は、そこらの清純派モデル顔負けのすがすがしい美しさを放っていた。薄紅の唇が開く。
「先ほどはすいませんでした。いきなり失礼なことを言って」
「いえ、慣れてますよ」
 本当は慣れてなんかいない。おれは春日の美しさに引き込まれていた。
「あら、バスが――」
 駅までの路線バスが近づいてきた。そこでふと気づく。
「局の連中、タクシーも呼ばなかったんですか? 私で良ければお送りしますよ」
 最後のは咄嗟の付け足しだ。
「構いませんか? 本当は少し期待して声をかけたんです」
 春日は媚びる目をした。
 おれは内心でほくそ笑む――これはいい。なんとしても口説かねば。

 ***

 家に連れ込むのは簡単だった。春日が呪いの元を見たいと言い出したのだ。驚いたことにこの女、本当に呪いがかけられていると考えているようだった。こちらとしては都合がいい。
「すごい家にお住みなんですね」
 我が家を見上げ唖然としている。今まで連れてきたどの女もこんな反応だった。
「古い家でね。外観は祖父がここで医院をやっていた時のままです。丈夫な作りなんで、中だけリフォームして住んでますよ」
 昭和初期の西洋建築だ。やたら頑丈なコンクリ作りは、外から寄せ付けず、中から出さず、堅牢なイメージを抱かせる。
「夕食はお済み?」
「あ、食堂で軽く――気を使わないでください」
「じゃあ一杯やりましょう」
 リビングに入り、おれはワインセラーから特製のワインを持ち出した。
 背筋をピンと伸ばして椅子に座る春日は、同年代の女に比べると、やはり独特の不可思議な雰囲気があった。乱れなく艶光る長い黒髪。すっと伸びた鼻梁。舞い落ちた桜花のような唇――なぜこれを隠すように、悪趣味なけばけばしい化粧などしたのか。
どうしても手に入れたい。おれはもう恋に落ちていた。
「人形とおっしゃいましたね。確かに人形を集めるのは趣味にしています」
 こちらから切り出した。春日はグラスのワインを口に運ぶ。
「見せていただけませんか」
 多少硬い声。もしかして、本当におれのことを調べているんじゃないだろうか――そんな予感が沸いた。
 だがもう春日は手中にある。にこやかに笑い、おれは席を立った。
「いいでしょう。こちらへ」
 キッチンの奥へ誘う。床下の止め具を外すと、階段が現れた。
「ワイン倉、食料庫、そして時代が時代でしたから、防空壕にもなっています。湿度も温度も適当で、保存するにはちょうどいい」
 中はかなりの広さがある。天井も高い。春日が降りたのを見計らって、私は入り口の扉を閉めた。
「湿気を嫌うものですから」
 そう言い訳しておく。
 リフォームの際、蛍光灯は豊富に設置しておいた。中は明るい。春日は真っ青な顔で、地下倉の奥を見つめている。
「あれが私のコレクションですよ」
 耳元で囁く。吐息がかかったのを感じて、春日がびくりと震えた。
 スポットライトに照らされて、マネキンが五体、壁に立てかけられている。とてもリアルなできばえだ。これを作る職人に、おれは感謝と感動を禁じえない。
「とても……強い呪いが……」
「あなたは知っていますね?」
 かまをかけてみる。春日はうなずいた。
「同じものを、とある場所で見ました。深い恨みと苦しみに囚われたマネキンで――」
「この期に及んで霊能者気取りか!」
 おれは春日の肩を掴んで、こちらを向かせた。折れそうなほど細く、非力な肩だ。怯えに見開いた目で、おれを見上げている。
「知ってるんだろ? あのマネキンの中には人が入っている。あれは全部、おれの女だ。お前も今からそうしてやる」
 服の上から胸を掴んだ。肩と違って豊満な質量が手の平に伝わる。乱暴に揉みしだくと、春日は苦痛の呻きを漏らした。
「警察には言ったのか? 答えろ」
「い……言ってません。ただ、呪いを解きたくて――」
「まだ言うのか!」
 頬を打ち据える。よろけた春日は積んであった木箱をひっくり返しながら倒れる。
 嗜虐心を煽る女だ。おれは見下すように立って言った。
「どうやってあの人形を作るか教えてやろうか。中身が空っぽの、半分に割れたマネキンの中へ、生きたまま入れるのさ。そして一晩かけて、丁寧に接着する。その道を極めた職人ってのは、どれも偉大なものでな。あのマネキンは多少なら動けるように細工してもらっているんだ」
 春日の黒髪が波のように広がっている。あれを切り取って、マネキンの髪にしよう。
「生きて動く人形だ。これが至高の人形愛だよ。問題は一ヶ月ほどで衰弱して死んでしまうことだが……そうなればまた次だ。先日涼子と玉枝が死んでしまって、さびしかったところさ」
「いったい……今までに何人」
 春日が顔を上げた。
「ここにいるのは五人だが、全部で十六人になるか。飽きた奴は裏から市場に流している。こういうリアルな体型のマネキンは需要が増えてきていてな。お前が見たのもその一つだろう」
「なんてことを……これじゃ、呪いが解けない」
 春日の瞳にあるのは、恐れや怯えではなかった。深い憐憫。おれは無性にむしゃくしゃした。
 髪を掴んで引きずり起こし、マネキンの前まで連れて行く。無抵抗。
「そろそろ薬が効いてきたか。祖父は色んな薬品を地下へ残してくれていてな。もう逃げられない」
「うっ」
 無理やり上を向かせると、春日は美貌を歪めて呻いた。それでもおれに目を向ける。憐れみの目を。こいつは、なにを――まさか、おれを憐れんでいるのか?
「もう呪いは止められない。ごめんなさい……」
 がしゃ、と音が鳴った。おれは春日の髪を離してマネキンの方を振り返った。
 涼子がいましめを外し、台から立ち上がった。
「涼子!? まだ生きていたのか」
 がしゃ、次は玉枝だった。この時点でおかしいと気づいた。中身が死ぬと、穴を塞いで防腐乾燥の処置をする。生きているはずがないのだ。
「お前、一体何をした――」
 春日を怒鳴りつける。しかし視線の先に、美貌の主はいない。
 がしゃ、と次のマネキンが降り立った。三ヶ月前に作った静香だ。半年前の和美も動き始めた。
 おれは恐怖を覚えた。どういうからくりを使ったか知らないが、うまい演出だ。演出家にでもなればいい。
「あな憎し、我が背の君よ……」
 歌うような声。春日の物だ。どこにいるのかわからない。どこからか響いてくる。おれはぞっとした。
「汝、絞り殺さん」
 最後のマネキンが台に降りた。顔を上げたマネキンと、おれは目が合った。
「由梨……」
 それは妻の人形だった。
 由梨はしっかりとおれを見据えると、すさまじい速度で駆け寄ってきた。無理だ。走れるようになんか作っていない。
 両手が輪になって、おれの首へ食い込む。足が宙に浮いた。
 すぐ目の前が真っ赤になって、おれは自分の頸がぼきりと鳴るのを――。

***

「彼はわかっているのかしら」
 春日は首が千切れかかった男と、力を失って倒れたマネキンたちを見下ろしている。
「そんな防腐処理なんかで、腐敗を止められるわけない。マネキンに宿った彼女たちの魂が、人形を人形たらしめていたことを――」
 そこまで言うと、長髪の美女は、顔を覆って泣き崩れた。

                             ――おわり
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