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Keep to me... その2
 ゲーセンを出たとき、明日提出期限のプリントを学校へ忘れていることに気がついた。
 夕陽はだいぶ傾いている。
 すこし迷ったが、おれは教室へ取りに戻ることにした。
 紅い陽射しに染められた学校の廊下は、妙に感傷を掻き立てられる。
 だれもいない校舎の静寂を壊したくなくて、おれは足音を立てないようにしながら、ゆっくりとクラスへ向かった。
「……ん……はぁ……」
 クラスに近づくにつれて、おれはため息のような声が漏れているのに気づいた。
 だれかまだ残っているんだろうか。
 だがしかし、すぐにそれは驚きにとってかわられる。
「……はん……いい……あぁんっ……」
 甘く秘めやかな声色――女の子のあえぎ声だ。
 戸口からそっと中をうかがったおれは、さらに吃驚して、声をあげるところだった。
「ああん……もっと……これいい……」
 そこにいるのはランだった。
 制服のスカートをまくりあげ、机の角に股間をこすりつけながら、うっとりと眼を閉じ、とろけるような声を上げている。
 しかもその机は、おれの席のものだった。
「……シュウちゃん……あぁ……気持ちいいよシュウちゃん……」
 遠目にも、ランの健康的な白いパンツのクロッチが、湿りきって変色しているのが見える。
 頭に血液がなだれ込んで、沸騰しそうになった。
「シュウちゃん、シュウちゃん……!」
 あのランが、おれの名前を呼びながら、おれの机を使って、角オナニーしている。
 それをはっきり認識した瞬間、いままでの鬱屈した想いが一気に解放され、堰を切って流れ出した。
「ラン……」
 口の中でつぶやき、無意識のうちにふらりと足を動かしていた。
「あっ……いきそ……ああ、い、シュウちゃ……いくぅ……!」
 くぃっと、ランがほそっこい喉を反らせて絶頂へ向かった瞬間、おれは教室内に乱入していた。
「えっ!? あっ! いく、はっ!」
 突然現れたおれへの驚きと、訪れたアクメの快感とがないまぜになった表情で、ランは身体だけをビクビクと震わせている。
「ら、ラン……」
 姿を現したはいいものの、それから先どうしたらいいかわからずに、おれは茫然と見上げるランの目の前で立ちつくした。
 きっと恥ずかしいところを見られたランは逆上して、おれをののしるだろう。
 もしかすると嫌われて絶交を食らうかもしれない。
 沸騰しそうだった頭が冷えていくにつれ、暗い考えばかりが沸々と湧き上がってくる。
「あ……」
 のぞき見した揚句、なんでこんな真似をしてしまったのか後悔しはじめたおれに、しかしランはこう言った。
「シュ、シュウちゃん……。おねがい、言わないで。このこと、だれにも……」
 大きな瞳に涙を溜め、おどおどと上目づかいに見つめる。
 記憶がフラッシュバックした。その表情が、かつてのいじめられていた姿と重なる。
 ひょっとしたら……。
 ランは、なにもかわっていないんじゃないだろうか?
 すくなくとも、本質的な性格の部分では。
 頭の上には伏せられた耳が、スカートからはしゅんとしおれた尻尾が、そんな幻覚が見えそうなほど、ランは怯えた子犬のような表情をしていた。
 ずっといっしょだったから――いつもこの顔をしたランを護ってきたから、おれにはわかる。
「ラン、なにを言わないで欲しいの?」
 ゴクリと喉を鳴らし、おれは確かめようとあえて威丈高な声を上げる。
「……あ、あたしが……お、オナニーしてた……こと……」
「もっと詳しく言ってくれないとわかんないな」
「う……。シュ、シュウちゃんの机で……お股をコスコスしてオナってたこと……」
「だれのことをオカズにしてたのかな」
「……うう……シュウちゃん……シュウちゃんだよぉ。シュウちゃんをオカズにして、あたし、オナニーしてたの。ごめんなさい、机、べとべとにしちゃって……」
「コレ、はじめてじゃないよな」
「うん。生徒会で遅くなったらたまにここでしてたの。それでね、あたしの愛液で汚れた机にね、次の日シュウちゃんが突っ伏すように寝てるのを見ながらね、じゅ、授業中もスカートにペンを突っ込んで、クリちゃんをコスコスってしてたの! あぁん!」
 告白しながらまた絶頂へ達したランが、ポロポロ涙をこぼしながら身体を痙攣させた。
「とんだ変態だったんだ、ランは」
「ごめ……ごめんなさいシュウちゃん。でも、高校に入ってからシュウちゃん昔みたいにいっしょにいてくれなくなったし、最近は他の女の子ともしゃべるようになって、どんどんあたしから離れていっちゃってる気がして、そう思ったらあたしどうしていいかわかんなくて」
「ラン……」
 ようやくわかった。
 ランがおれのことを好きでいてくれていること。
 お互いが近すぎて、そんなことすら気づかなかったのだ。
 そしてランもまた、気づいていない。おれがどれだけランのことが好きなのかを。
 ――でも。
 ここで胸の内を打ち明けて、恋人になってしまうことはできない。
 そう確信する。
 このまま普通の恋人になってしまったら、おれはいずれ自分の凡人ぶりに悩み、快活なランに嫉妬し、疑心暗鬼に陥ってしまうだろう。
 いままでがそうだったように。
 おれは昔からランのことを知っている。
 命令されれば拒めないこと。逆に、命令されないと不安を感じること。
 そういう部分はなくなってしまったと思っていた。
 でもそれが変わってないなら――おれは、ランのすべてを支配したい。
 なにもかもを捨てさせるくらい、支配して、おれだけのものにしたい。
「ゆるして、シュウちゃん。あたしなんでもするから。あたしのそばにいて」
 心が決まった。
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