2ntブログ
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
大江戸玩具桃色屋 その参の1
その参


 その日、蜜柑がいつものように店番をしていると、夕暮れ間際になって戸口の鈴が鳴った。
「はぅ……いらっはい」
 居眠りしていた蜜柑が番台から顔を上げ、よだれを拭いているうちに、その人物はするすると店内へ入り込んで、寝ぼけまなこの前に歩み寄った。
 濃紺の不思議な服で、すっぽりと身体を覆っている。それはマントと言うものだと、昔に教えてもらったことがあった。顔はマントと一体になっている頭巾のような布で覆い隠されていて、わずかに口元しか見えない。
「あ……イカボットさん……こんにちは」
 しばしばする目をこすりつつ蜜柑は挨拶する。この妖しげな人物は、林檎がいつも素材を仕入れるのに利用している貿易商なのだった。
「こんにちは、ミカンさん」
 やや語感はおかしいしゃべり方だが、綺麗な女声でイカボットも挨拶を返す。たしか英国人だったはずだ。鎖国している幕府とは通商のない国のはずだが、一部例外はいくらでもあるらしいし、このところは鎖国令もゆるくなっていると言う噂だ。密貿易が跡を絶たず、締めてだめなら緩めてみようと言う事である。
「林檎姉、呼んできます」
「かまわないデス。いつものところ、いるでしょう?」
「はい。じゃあお上がりください」
「失礼デス。ミカンさん、ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
 つられて変な挨拶を返し、マントのすきまから振られた手を振り返す。
 前は三ヶ月に一度くらいの出入りだったのに、このところ週に一回は来ているようだ。特にこの月に入ってからは、ほとんど毎日顔を見せている。いや、かたくなに取ろうとしない頭巾の下をのぞいたことはないから、顔は見たことないが。
 その割に林檎の新製品は鳴りをひそめていて、蜜柑はひそかに退屈していた。二日おきくらいに試作品を持ち込んできた時期は迷惑したが、なければないでさびしいものがある。すっかり身体の慣れてしまった蜜柑にとって、林檎の試作品は自慰をするかっこうの理由付けでもあったからだ。
 なにしてるんだろう……。
 客もなくうす暗いだけの店内をぼーっと見渡しながら、蜜柑はイカボットがおとずれる理由に考えをめぐらせてみた。
 まず考えられるのはふたりがイチャイチャしていることだが、イカボットも林檎もあまりにつかみどころがなさすぎて、想像が働かない。そもそもイカボットが何歳なのかまるで見当もつかなかった。
 となるとなにかすごいものを開発している可能性のほうが高い。そこまでいっしょうけんめい自慰具を開発しなくてもいいんじゃないかと思うが、林檎のような天才がこんなところで埋もれている時点で、幕府にとって大きな損失だろう。林檎いわく、あのような張り型の仕組みなど、あふれ出る才能の先走り汁くらいのものらしい。蜜柑には意味がよくわからない。
 想像をめぐらせているうちに、なんだか興味が沸いてきてしまった。
「蜜柑ちゃん、店番代わろうか?」
 ちょうど折よく、杏子が顔を出してきたので、蜜柑は一も二もなくうなずくと、すぐに林檎の部屋へ向かった。
 日は暮れ始めると早く、もう宵闇が中庭へとばりを広げていた。
 蜜柑はそーっと林檎の研究室の戸を開き、中を覗き見る。
 中にいるふたりはこちらに背を向けていた。台の上に寝かされているなにかをしきりといじくり回しているようだが、背が邪魔になってそれがなんだか見えない。
「……なにが足りないの」
 悩みきった林檎の声が聞こえる。
「あきらめないで、リンゴさん。もう99%上手くいってマス。あとほんのひと振り、スパイスが足りないだけ……」
「それがなんだかわからなけりゃ、完成しないでしょう」
「落ち着いてくだサイ。足りないのはワタシの分野のモノかもしれません。もう一度起動試験を」
「……わかった」
 なにをしてるんだろう。
 目の当たりにしても、蜜柑には疑問が解消しなかった。なにかを作っているのは間違いなさそうだが……。
 やがて台の上に電力の輝きが満ち始め、バリバリと青い火花を散らした。
 よくみると台の周りにはいつも見ないいろんな機器が接続されていて、どうやらそれらが全力で稼動している。電動機が回り、扇が廃熱し、ちょっとした騒音が響き渡った。
 夜中に林檎姉の部屋から変な音がすると思ったら、これか……。
 蜜柑は納得すると、状況を見極めようと目を凝らした。
 そのうち、台の上のものがゆっくりと起き上がり始めた。
 人型をしている。髪も、長く伸びていた。
 細い肩、稜線を帯びた丸い体つき――女性だ。いったいいつの間に連れ込んだのか。そしてなにをしているのか。
 その人影が顔を上げた。
「――!?」
 蜜柑は思い切り息を呑んだ。叫び声が出なかったのは、驚きが強すぎたためだ。
 被検体と思しきその人物は、杏子だった。
 ショックで震えながらも、ふと脳裏に疑問がよぎる。
 さっき店番を交代したのは、杏子だったのではないか。
 林檎とイカボットは、気づかずに会話を続ける。
「やっぱり……だめね」
「イイエ。ワタシにはわかりました。足りないものが」
「ほんと!?」
「最後の儀式が必要デス。それに要るのは、女の愛液が――」
 ぽんっ、と肩に手を置かれる。
 今度こそ大声を上げかけた口をふさがれ、蜜柑は後ろからきた人物にそっと引きずられて、戸口から離された。やわらかな声がささやく。
「……見ちゃったのね」
「杏子姉!?」
「完成したら、蜜柑ちゃんにも教えようと思っていたの。……本当よ」
「杏子姉、あれなに、なんなの」
「落ち着いて。あれは林檎ちゃんのね、悲願なのよ」
「え……」
「本当は林檎ちゃん、長崎で学問所の研究員になるはずだったの。ここでいっしょに住めるはずなんてなかった。でも研究員の地位を捨てて、ここであれを作る道を選んでくれたのよ」
「話が見えないんだけど」
「ふふ。そうね。あれは私を模したカラクリ人形。完成すれば私とまったく同じ、生き写しのようなものになるはずよ。イカボットさんもそれに協力してくれてる」
「なんで杏子姉の……」
「それは私が頼んだこと。もう少し、込み入った事情があるんだけど、それはあれが完成してからゆっくり話すわ。ね、お願い」
 杏子がわずかに腰を下げ、蜜柑の目線と自分の目線を合わせた。
「お姉ちゃんを信じて。林檎ちゃんのことも。私たちは姉妹なんだから」
「……うん。信じる。信じてるよ」
「ありがとう。蜜柑ちゃんはいい子ね。さ、そろそろ夕餉の時間だから、お店閉めるの手伝って」
「あの、ひとつだけ」
「うん?」
「林檎姉は長崎を離れたくなかったのかな。あれを作るためにここへ来たのかな」
「……長崎に未練があったのは確かでしょう。でも、林檎ちゃんの作りたかったものは、長崎の学問所では受け入れてもらえなかった。なぜなら、機械仕掛け以外の要素も必要だったから。ここなら、学問所の研究資金を当てにしなくても、充分に資金を出してくれる人がいる」
「え?」
「――あら。ちょっと口を滑らせちゃったかしら。失敗失敗」
 ぺろりと舌を出した杏子は、なにごともなかったように店の方へ歩いていった。
 林檎に資金提供する何者か。
 そして杏子が普通は許可されないさまざまなものの許可をもらい受けてくる何者かも、繋がっているような気がする。
 桃色屋の裏にはだれがいるのだろう。
 そんな疑問が芽生え、しかし杏子も林檎も口を開くことがないであろうことは、薄々と感じられた。
コメント
この記事へのコメント
能書き
イカボットのキャラはけっこう好きです。
この作品全体的に言えることですが、文章が変になってるところが見受けられますね。
直しません!
2008/07/30 (水) | URL | 七輪 #grGQ8zlQ[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
copyright © 2003-2008 アスティア地球連邦軍高速駆逐艦タケミカヅチ all rights reserved.
Powered by FC2 blog. Template by F.Koshiba.