5
しばらくは平穏な日々が続いた。
世俗から切り離された奥の院の生活は、やっぱり世俗とはかけ離れていて、ツバキの暮らしてきた厳格な家の暮らしとはまったく違うものだった。
まず時間にゆるい。油断すると陽が高くなるまで寝てしまう。
そして仕事や習い事がない。なにをしろ、というのがまったくない。
それでも庫裏やお社の掃除、着物の洗濯、食事の用意など、生活のことはしなくてはならないが、それだけのことだ。
教養のため、勉学に手習いにと一刻を惜しんでいた日々が嘘のようだった。
アゲハとは仲良く過ごすことができていた。
食料の備蓄は充分とはいえ、新鮮なものは自分で摂るしかない。
河原で魚を釣ったり、山で山菜を摂ったり。
そういったことを教えてもらうのはたのしかった。
山育ちで慣れているのだろうが、朱の浴衣を蝶のようにひらひらとさせながら岩を渡るアゲハの姿は、やはり男のものだ。
そう。
ただひとつツバキを悩ませているものがある。
ここでの生活は意外なほどすんなりと受け入れることが出来たし、山に閉じ込められた環境だというのに、むしろ本家よりも開放的だとすら思う。
だが、こんな近くに男がいる生活ははじめてだった。
本家の当主たる父は厳格で、娘といえど歳がいけば他人のように敬って接しなくてはならなかった。
いわゆる箱入り娘で育てられたツバキは、周囲を女だけで固められて生活してきたのだ。
相手が兄とはいえ、男と過ごす経験はなかった。
いや、兄としっかり認識できたならいい。
いきなり引き合わされて、これが兄さんだといわれただけなら、まだそれも出来ただろう。距離を取って接することもできる。
だがアゲハは女にしか見えないのだ。
だからふと、気を許してしまう。
それでいて時おり、ひどく男らしい所作を垣間見せるのだ。
それが油断したツバキの心の隙間を縫って入り、息が詰まりそうなほどドキリとさせるのだった。
自分がアゲハのことを、兄としてよりも男として見ているのではないか――。
小川にかかる小さな橋を渡る時、伸ばされた手の平の大きさにどぎまぎとしながら、ツバキは戸惑いを深めていた。
6
『器はここの生活に慣れたか?』
暗い場所――。
部屋を淡く照らすのは油を差した行灯の光。
ひどく心もとないそれが浮かび上がらせているのは、ユキの顔だった。
誰かに対してかしずいているのか、身をかがめたまま受け答えする。
「はい。順調に存じます」
『忌々しい仏教徒どものいう縁とやらも、本当にあるのかもしれぬな。壊れた巫女、殺されるはずの忌み子、封じられた妖――この山奥でひっそりと暮らしていくだけのはずが』
「私の望みは今も昔も同じ。御身のご復活でございます」
『…………』
部屋のどこからか響いていた声は黙り、変わりに青白い鬼火が跪いたユキの前に集まり始めた。
そのような怪異にも眉ひとつ動かさず、ユキは頭を垂れたまま身じろぎしない。
やがて鬼火は人型を作り、それは徐々に美しい銀色の髪をした女性を形作った。
紅白の千早をまとったその姿は本物の巫女のように見える。
しかし銀髪を割って生えるのは人のものではない大きな獣の耳。
切れ長の目は金色の瞳と暗い瞳孔を輝かせている。猫族のような縦長のそれだった。
そして千早の裾からは、長く毛の生えた尻尾が垂れている。
鬼火に支えられるようにして宙に浮かんだその女性は、むしろいたわるような調子で声なき声を部屋に響かせた。
『汝が望むなら、妾もそれを望もう。愛おしいユキよ。……気が変わらぬのなら、次の段階へ進むが?』
「はい」
『では、これより妾の魂をふたつに分ける。ひとつは雄の玉に。もうひとつは雌の玉に。それぞれ、アゲハと器に飲ませるがよい』
「はい」
『そこより先は汝といえど手出しは厳禁。あのふたりが真に望むことがそれであれば、自ずと事は成就されよう……』
「…………」
『……後悔はないな?』
「……あります」
『ほう?』
「本来であれば器の役目、この私が受けるはず。それが悔しくてならないのです」
『子を為すことの出来ぬ身体にされたのは、汝の責任ではなかろう。それに敵は討った』
「……はい。申し訳ありません、つまらぬことを」
『よい。それでははじめよう……』
女性の姿は燃えるように青白い炎で覆いつくされていく。
その炎は揺らめきながら二分割され、片方は青く、片方は赤く燃え盛った。
ふたつの炎はゆっくりと凝縮されていき、そして押し込められるように縮まって消えると、二個の玉となって床を転がった。
青と赤、そのふたつの玉を大事に広い、ユキは無表情に立ち上がった。
しばらくは平穏な日々が続いた。
世俗から切り離された奥の院の生活は、やっぱり世俗とはかけ離れていて、ツバキの暮らしてきた厳格な家の暮らしとはまったく違うものだった。
まず時間にゆるい。油断すると陽が高くなるまで寝てしまう。
そして仕事や習い事がない。なにをしろ、というのがまったくない。
それでも庫裏やお社の掃除、着物の洗濯、食事の用意など、生活のことはしなくてはならないが、それだけのことだ。
教養のため、勉学に手習いにと一刻を惜しんでいた日々が嘘のようだった。
アゲハとは仲良く過ごすことができていた。
食料の備蓄は充分とはいえ、新鮮なものは自分で摂るしかない。
河原で魚を釣ったり、山で山菜を摂ったり。
そういったことを教えてもらうのはたのしかった。
山育ちで慣れているのだろうが、朱の浴衣を蝶のようにひらひらとさせながら岩を渡るアゲハの姿は、やはり男のものだ。
そう。
ただひとつツバキを悩ませているものがある。
ここでの生活は意外なほどすんなりと受け入れることが出来たし、山に閉じ込められた環境だというのに、むしろ本家よりも開放的だとすら思う。
だが、こんな近くに男がいる生活ははじめてだった。
本家の当主たる父は厳格で、娘といえど歳がいけば他人のように敬って接しなくてはならなかった。
いわゆる箱入り娘で育てられたツバキは、周囲を女だけで固められて生活してきたのだ。
相手が兄とはいえ、男と過ごす経験はなかった。
いや、兄としっかり認識できたならいい。
いきなり引き合わされて、これが兄さんだといわれただけなら、まだそれも出来ただろう。距離を取って接することもできる。
だがアゲハは女にしか見えないのだ。
だからふと、気を許してしまう。
それでいて時おり、ひどく男らしい所作を垣間見せるのだ。
それが油断したツバキの心の隙間を縫って入り、息が詰まりそうなほどドキリとさせるのだった。
自分がアゲハのことを、兄としてよりも男として見ているのではないか――。
小川にかかる小さな橋を渡る時、伸ばされた手の平の大きさにどぎまぎとしながら、ツバキは戸惑いを深めていた。
6
『器はここの生活に慣れたか?』
暗い場所――。
部屋を淡く照らすのは油を差した行灯の光。
ひどく心もとないそれが浮かび上がらせているのは、ユキの顔だった。
誰かに対してかしずいているのか、身をかがめたまま受け答えする。
「はい。順調に存じます」
『忌々しい仏教徒どものいう縁とやらも、本当にあるのかもしれぬな。壊れた巫女、殺されるはずの忌み子、封じられた妖――この山奥でひっそりと暮らしていくだけのはずが』
「私の望みは今も昔も同じ。御身のご復活でございます」
『…………』
部屋のどこからか響いていた声は黙り、変わりに青白い鬼火が跪いたユキの前に集まり始めた。
そのような怪異にも眉ひとつ動かさず、ユキは頭を垂れたまま身じろぎしない。
やがて鬼火は人型を作り、それは徐々に美しい銀色の髪をした女性を形作った。
紅白の千早をまとったその姿は本物の巫女のように見える。
しかし銀髪を割って生えるのは人のものではない大きな獣の耳。
切れ長の目は金色の瞳と暗い瞳孔を輝かせている。猫族のような縦長のそれだった。
そして千早の裾からは、長く毛の生えた尻尾が垂れている。
鬼火に支えられるようにして宙に浮かんだその女性は、むしろいたわるような調子で声なき声を部屋に響かせた。
『汝が望むなら、妾もそれを望もう。愛おしいユキよ。……気が変わらぬのなら、次の段階へ進むが?』
「はい」
『では、これより妾の魂をふたつに分ける。ひとつは雄の玉に。もうひとつは雌の玉に。それぞれ、アゲハと器に飲ませるがよい』
「はい」
『そこより先は汝といえど手出しは厳禁。あのふたりが真に望むことがそれであれば、自ずと事は成就されよう……』
「…………」
『……後悔はないな?』
「……あります」
『ほう?』
「本来であれば器の役目、この私が受けるはず。それが悔しくてならないのです」
『子を為すことの出来ぬ身体にされたのは、汝の責任ではなかろう。それに敵は討った』
「……はい。申し訳ありません、つまらぬことを」
『よい。それでははじめよう……』
女性の姿は燃えるように青白い炎で覆いつくされていく。
その炎は揺らめきながら二分割され、片方は青く、片方は赤く燃え盛った。
ふたつの炎はゆっくりと凝縮されていき、そして押し込められるように縮まって消えると、二個の玉となって床を転がった。
青と赤、そのふたつの玉を大事に広い、ユキは無表情に立ち上がった。
4
夜更け――。
眠れるはずもなく、ツバキは布団の上で何度も寝返りを打っていた。
姉だと思っていた人物が男だったこと。
その男が育ての親とまぐわい続けていること。
そしてそれを見て昂奮してしまった自分――。
冷静になるにつれ、涙が出そうなほど情けなくなっていた。
年頃の娘だし、そういうことに興味もある。
しかし、なにも他人の情事――それも兄とその母に当たる人間の、異常な交合で我を忘れてしまうことはないはずだ。
自分はおかしいのだろうか。
ひとりきりの部屋で、ツバキの考えはどんどん穿った方向へ進んでいく。
足音がして、襖の向こうから小さな声がいった。
「ツバキちゃん……起きてる?」
アゲハだった。
返事をせず、襖に背を向けたままツバキはじっとしている。
「……話したいことがあるんだ。入ってもいいかな」
どうやら、起きていることはわかっているようだ。
ツバキは細い声で告げた。
「……どうぞ」
襖を開けて、アゲハは布団のそばへ座ったようだった。
ツバキは背を向けたまま、見もしなかった。
「……軽蔑したよね。ボクがユキさんとあんなこと」
つらそうな、さびしそうな声だった。
その声色にすこし心を動かされ、ツバキは違和感のようなものに気がついた。
――女の子の方がよかったのに。
夕餉の時にそういったアゲハの声と、いまの口調がそっくりだったのだ。
女の子になりたいアゲハが、なぜ男としてユキと交わるのか。
自分のように、ただ快楽や情動に流されただけだろうか?
「……なにか理由があるんですか?」
なんとなくそう思ったツバキは尋ねていた。
案の定、アゲハはうなずいた。
「うん。長くなるけど聞いてくれるかな」
「……ええ」
「ユキさんはね、壊れてるんだ。これはボクじゃなくて、本人がよくいってることなんだけど。多淫症……っていう病気、それに近い症状を持ってて、ボクと睦み合わないと気が変になるんだって」
「そんなの……巫女ともあろうお方が」
「その巫女のせいなんだ。昔、本殿でユキさんが神懸りの巫女っていわれてたころのこと、知ってる?」
「そんなには。生まれる前でしたし……。ただ、神をその身に乗り移らせて神託を告げる、類まれな才能のお方とは聞いています」
「うん。実はその神懸りの状態は、薬で作られたものなんだ」
「えっ!?」
驚いたツバキは、思わず身を起こして、アゲハの方を凝視していた。
「いま……なんて?」
「ボクもユキさんから聞いただけなんだけど、強力な薬で神懸りの状態を作って、それで神託を出していたらしいよ。まだほんの子供だったユキさんを使って、本殿の神官たちがね」
「そんな……」
「そのうちユキさんは薬でぼろぼろになって、中毒症状でまともな巫女が演じられなくなった。それでこの奥の院へ隠されたんだ。治療の名目でね。一応、本当に医者や侍従の人も付けてくれて、離れや増築した部屋なんかは、そういう人が使ってた名残なんだよ」
「…………」
「ボクも小さかったころのこと、ぼんやりと覚えているけど、昔のユキさんは骸骨みたいに痩せてて、窪んだ目の中で眼光だけがするどくてさ。正直不気味だったよ。あ、でも中毒症状が出ていないときはやさしかったから、大好きだったのは本当」
「好きなんですね、ユキさんのことが」
「うん」
「…………」
「あ、それでね。何年もかけてユキさんは薬の影響を克服したんだ。お医者さんも奇跡だっていうくらい、綺麗に。それからしばらくは、ボクたち、普通の親子みたいに暮らしていけたんだけど……」
アゲハが言いよどむ。いわずとも、その先のことはなんとなく想像できた。
「……何年か前、突然お風呂場でユキさんが襲ってきてさ。それまでボク、自分は女だって思ってたんだけど、それはユキさんや、周りの人たちが症状を抑えるためについていた嘘だったんだよ。何度も何度も風呂場で犯されて、ボクは男だって教え込まれて――あれは、つらかったな。……ふふっ、ごめん。こんな話はいいよね」
「……いえ」
それだけ応えるのが精一杯だった。ツバキは絶句していた。
アゲハは遠くを見る目で続ける。
「それ以来、多淫症の症状が復活しちゃったんだ。それからずっと、ああやってユキさんとまぐわい続けてる。変だよね。自分のお母さんと、毎日毎日――」
「ごめんなさい」
反射的にツバキは謝っていた。そうしないと、アゲハが泣いてしまいそうに見えたからだ。
「え?」
「わたくし、事情も知らずにあなたたちを異常だと思っていました。謝りますわ」
「い、いや。ツバキちゃんが謝ることじゃないんだよ。わかってくれただけでもすごくうれしい」
あたふたというアゲハに、ツバキは微笑んだ。
おそらくアゲハが女装にこだわるのも、女の子だった方がいいというのも、そのせいなのだろう。
自分が女だったらユキの症状が復活することもなかった。
どこかでそうやって己を責めている部分があるに違いない。
「ふふ。お兄様はやさしいのですね」
「え? ……えっ!?」
気がつくと、不思議なくらい自然に、ツバキの方からアゲハを抱きしめていた。
アゲハの髪からは、驚くほど懐かしい香りが漂っていた。
「あ……」
身体中から力が抜ける。
それは心の底から安心できる匂いだった。
無意識のうちにずっと緊張していた筋肉がほぐれて、急激に眠気が沸いてきた。
「あの……お兄様、お願いが……」
「う、うん」
「よろしかったら、いっしょに……添い寝していただけ……ません……か」
いい終えたころには、アゲハにしなだれかかったまま、ツバキは寝息を立ててしまっていた。
しばらく驚いた顔でツバキを抱きとめていたアゲハは、やがてふっと笑うと、その身体を布団へ横たえた。
「いいよ、ツバキちゃん。今日はたいへんだったもんね」
髪を撫でるアゲハの表情は、妹を慈しむ兄のようにも、姉のようにも見えた。
夜更け――。
眠れるはずもなく、ツバキは布団の上で何度も寝返りを打っていた。
姉だと思っていた人物が男だったこと。
その男が育ての親とまぐわい続けていること。
そしてそれを見て昂奮してしまった自分――。
冷静になるにつれ、涙が出そうなほど情けなくなっていた。
年頃の娘だし、そういうことに興味もある。
しかし、なにも他人の情事――それも兄とその母に当たる人間の、異常な交合で我を忘れてしまうことはないはずだ。
自分はおかしいのだろうか。
ひとりきりの部屋で、ツバキの考えはどんどん穿った方向へ進んでいく。
足音がして、襖の向こうから小さな声がいった。
「ツバキちゃん……起きてる?」
アゲハだった。
返事をせず、襖に背を向けたままツバキはじっとしている。
「……話したいことがあるんだ。入ってもいいかな」
どうやら、起きていることはわかっているようだ。
ツバキは細い声で告げた。
「……どうぞ」
襖を開けて、アゲハは布団のそばへ座ったようだった。
ツバキは背を向けたまま、見もしなかった。
「……軽蔑したよね。ボクがユキさんとあんなこと」
つらそうな、さびしそうな声だった。
その声色にすこし心を動かされ、ツバキは違和感のようなものに気がついた。
――女の子の方がよかったのに。
夕餉の時にそういったアゲハの声と、いまの口調がそっくりだったのだ。
女の子になりたいアゲハが、なぜ男としてユキと交わるのか。
自分のように、ただ快楽や情動に流されただけだろうか?
「……なにか理由があるんですか?」
なんとなくそう思ったツバキは尋ねていた。
案の定、アゲハはうなずいた。
「うん。長くなるけど聞いてくれるかな」
「……ええ」
「ユキさんはね、壊れてるんだ。これはボクじゃなくて、本人がよくいってることなんだけど。多淫症……っていう病気、それに近い症状を持ってて、ボクと睦み合わないと気が変になるんだって」
「そんなの……巫女ともあろうお方が」
「その巫女のせいなんだ。昔、本殿でユキさんが神懸りの巫女っていわれてたころのこと、知ってる?」
「そんなには。生まれる前でしたし……。ただ、神をその身に乗り移らせて神託を告げる、類まれな才能のお方とは聞いています」
「うん。実はその神懸りの状態は、薬で作られたものなんだ」
「えっ!?」
驚いたツバキは、思わず身を起こして、アゲハの方を凝視していた。
「いま……なんて?」
「ボクもユキさんから聞いただけなんだけど、強力な薬で神懸りの状態を作って、それで神託を出していたらしいよ。まだほんの子供だったユキさんを使って、本殿の神官たちがね」
「そんな……」
「そのうちユキさんは薬でぼろぼろになって、中毒症状でまともな巫女が演じられなくなった。それでこの奥の院へ隠されたんだ。治療の名目でね。一応、本当に医者や侍従の人も付けてくれて、離れや増築した部屋なんかは、そういう人が使ってた名残なんだよ」
「…………」
「ボクも小さかったころのこと、ぼんやりと覚えているけど、昔のユキさんは骸骨みたいに痩せてて、窪んだ目の中で眼光だけがするどくてさ。正直不気味だったよ。あ、でも中毒症状が出ていないときはやさしかったから、大好きだったのは本当」
「好きなんですね、ユキさんのことが」
「うん」
「…………」
「あ、それでね。何年もかけてユキさんは薬の影響を克服したんだ。お医者さんも奇跡だっていうくらい、綺麗に。それからしばらくは、ボクたち、普通の親子みたいに暮らしていけたんだけど……」
アゲハが言いよどむ。いわずとも、その先のことはなんとなく想像できた。
「……何年か前、突然お風呂場でユキさんが襲ってきてさ。それまでボク、自分は女だって思ってたんだけど、それはユキさんや、周りの人たちが症状を抑えるためについていた嘘だったんだよ。何度も何度も風呂場で犯されて、ボクは男だって教え込まれて――あれは、つらかったな。……ふふっ、ごめん。こんな話はいいよね」
「……いえ」
それだけ応えるのが精一杯だった。ツバキは絶句していた。
アゲハは遠くを見る目で続ける。
「それ以来、多淫症の症状が復活しちゃったんだ。それからずっと、ああやってユキさんとまぐわい続けてる。変だよね。自分のお母さんと、毎日毎日――」
「ごめんなさい」
反射的にツバキは謝っていた。そうしないと、アゲハが泣いてしまいそうに見えたからだ。
「え?」
「わたくし、事情も知らずにあなたたちを異常だと思っていました。謝りますわ」
「い、いや。ツバキちゃんが謝ることじゃないんだよ。わかってくれただけでもすごくうれしい」
あたふたというアゲハに、ツバキは微笑んだ。
おそらくアゲハが女装にこだわるのも、女の子だった方がいいというのも、そのせいなのだろう。
自分が女だったらユキの症状が復活することもなかった。
どこかでそうやって己を責めている部分があるに違いない。
「ふふ。お兄様はやさしいのですね」
「え? ……えっ!?」
気がつくと、不思議なくらい自然に、ツバキの方からアゲハを抱きしめていた。
アゲハの髪からは、驚くほど懐かしい香りが漂っていた。
「あ……」
身体中から力が抜ける。
それは心の底から安心できる匂いだった。
無意識のうちにずっと緊張していた筋肉がほぐれて、急激に眠気が沸いてきた。
「あの……お兄様、お願いが……」
「う、うん」
「よろしかったら、いっしょに……添い寝していただけ……ません……か」
いい終えたころには、アゲハにしなだれかかったまま、ツバキは寝息を立ててしまっていた。
しばらく驚いた顔でツバキを抱きとめていたアゲハは、やがてふっと笑うと、その身体を布団へ横たえた。
「いいよ、ツバキちゃん。今日はたいへんだったもんね」
髪を撫でるアゲハの表情は、妹を慈しむ兄のようにも、姉のようにも見えた。
「ユキさん、次はボクもイカせてね」
「え? ……あ」
とろんとした表情でユキは見上げるだけだ。
無抵抗なその肢体をアゲハは抱え上げ、足を肩に乗せて、両手で組み敷いた肩をつかんだ。
「え、待って、私イったばかりで、やああっ」
ユキのどこかかわいらしい抵抗など無視して、腰使いが再開される。
両の足は天井へ向かって伸ばされ、嵐に翻弄される竹のように揺れていた。
ユキの身体はくの字に曲げられ、がっちりとアゲハの腕で押さえられている。
足と肩を固定されているから、自由になるのは肘から先と首から上くらいのものだ。
「はんっ、はぁんっ、いい、すごい深い、深い、また来る、来る来る――」
まだ動きが始まって間もないのに、ユキはあられもない声を上げ始めた。
(こんな――こんなの)
まぐわいとはこういう行為だったのか。
女はまるで膳の上の料理みたいに、男によって好き勝手に味わわれるものなのか。
いつの間にか、ツバキはアゲハのことを、男としてはっきり見ていた。
(それでも……気持ちいいの?)
その疑問に答えるように、ユキは派手な声を上げて絶頂に達した。
抱え上げられた足がビクンビクンと痙攣し、宙を蹴っている。
正気を失ったような喉からは、馬鹿のひとつ覚えみたいに気持ちいいという言葉がくり返されていた。
(あっ……)
太ももに水の滴る感覚があった。
慌てて股間に指をやると、そこは自分でも驚くほど濡れてしまっていた。
(うそ……)
ためしに軽く淫裂を指先でなぞってみると、掻き出された蜜は指の付け根まで滴り落ちてくる。しかもそれは、あとからあとから湧き出してくるようだった。
(ああ……うそ、うそうそ……)
滴り落ちる淫らな蜜を全部掻き出してしまおうと、ツバキは指を走らせ続ける。
しかし無尽蔵に湧き出す欲情の泉はとどまることをしらなかった。
滑った指先がつい、敏感な淫核に触れてしまう。
(――っ!)
全身に電撃が走ったようにツバキは座り込んだまま、背筋を震わせた。
(なにこれ、知らない、こんなの知らない……!)
普段なら触れても痛痒いだけのその場所は、いまや脳髄を蕩かして虜にしてしまうような快楽をもたらしてくる。
ツバキはもっとその感覚を味わおうと、小さな豆を転がし続けた。
(くう……うぅ!)
思わず声を上げそうになり、とっさに片手の人差し指を口元へ持っていって咥える。
その間も股間へ伸ばされた指は貪欲に動き続けていた。
「あ――また、またくる、きちゃう、きたぁ、またきたっ!」
ユキがまたしても絶頂を迎えている。
押さえられた身体は身動きがとれず、せめてもの抵抗のように足だけが空中を掻いている。
無残にも見える状況なのに、アゲハの責めは止まるどころか、激しさを増しているようであった。
「もうだめ、赦して、お願いアゲハ。私、これ以上、変に、変にああああっ!」
「ダメ。今日は珍しく、ボクの好きにしていいって約束なんだから。それにボクももう少しで……」
「はっ、はやくイって、狂っちゃう、おマンコ狂っちゃう、よすぎて死んじゃうから、ああ、はぁん、はぅっ、赦してぇ、また、またぁ!!」
絶頂の感覚はあからさまに短くなっていた。
達してからアゲハがしばらく腰を振るだけで、次の頂点が訪れている。
足はもう痙攣しっぱなしのような状態だった。
「あ、ボク、ボクももうイっちゃうかも、ユキさん――」
「イって、おマンコの中に出して、いっぱい出して、熱いの欲しいの!」
「ユキさん、ユキさんっ! ねぇ、どこに欲しい? おマンコのどこに?」
「あぁ、知ってるくせに。子宮よ、膣なんかじゃ嫌なの。子宮の入り口にぶっとい先端を押し付けて、こじ開けるようにしながらたっぷり射精して! おなかの中に精子たくさん、注ぎこんで!」
ふたりの痴態は急速に高まりを見せていった。
ツバキも我を忘れ、食い入るように見つめている。
「はっ、はっ、はっ、はっ――」
荒い、犬のような呼吸が自分の吐息とも気づかずに、ひたすら恥部を慰めながら、嬌態が絶頂の高みへ登っていく様を見続けていた。
「イっちゃうよ、ほら、ここでしょ! このこりこりの中に押し付けて――うぅ、イ、イク!」
「ああああーーーーーーっ!!」
ユキはおろか、アゲハの身体も派手に震えた。
髪を振り乱しながら背を反らせ、そのくせ腰だけはユキの股間にくっついてしまったように密着させている。
「いい、気持ちいい、いっぱい出てるよユキさん!」
「うん、どくどくって、私の子宮に流れ込んできてる。わかる、またイっちゃう! 精子でイカされるぅ!」
「全部、全部出すから、おなかの中で呑んで!」
「ああぅ! ううううう」
(――ッ!!)
ツバキも己の淫核を押しつぶすように転がしながら、ふたりの気に当てられたように、同じ高みへと引き上げられていった。
頭の中に閃光が叩きつけられたような、はじめての感覚。
脳から流れ出した甘い蜜が背筋を蕩かして、それが股間の穴から流れ出していくようだ。
声だけは洩らすまいと指に齧りついて耐える。
しかしビクビクと震える太ももと腰の動きだけはどうしようもなかった。
ガタンッ!
前のめりになったツバキは、障子の端に肩をぶつけてしまう。
「あっ……!」
まだ射精中のアゲハが、それに気づいて目を剥いた。
ツバキも、己の裾の中へ手を突っ込んだ姿勢のまま、ばっちり視線を合わせてしまう。
「ツ、ツバキちゃ……!? うっ!」
驚きと射精の快感がないまぜになった表情で、アゲハは呻いた。
「あっ、あっ、み、見ないで、ツバキちゃん……! ボク、ボク!!」
「逃げるな」
腰を引こうとしたアゲハへ、絡め取るようにユキの足が巻きついた。
「いやぁ! ツバキちゃん……! う、あ、ああああっ!」
「あはっ。すごいぞアゲハ。勢いが増した。どぴゅどぴゅって、また出てきたあ!」
ユキは貪り尽くすつもりだ。
歓喜の声を張り上げると、子宮の中へ出される精液の感覚に酔いしれていく。
眉をしかめ、いやいやと首を振りながらも、アゲハは情動に抗えなかったようだ。
最後の一滴まで流し込むように、腰を振りたくり、押し付けていく。
ツバキの頭の中は真っ白だった。
先ほどからなにも考えていない。
ただ指だけは股間の上で、本能のままやわやわと蠢き続けていた。
「い……あ……うぅ……」
天井へ向けて喉を反らしたアゲハが、言葉にならないものを吐き出し、それからばったりとユキの上へ倒れた。
長い長い射精を受け止め続けたユキの方は、半ば焦点を失った目で笑みを浮かべながら、倒れてきたアゲハを抱きとめる。
「今日もいっぱい出したな、アゲハ……」
甘えてきた娘を慈しむように、乱れたアゲハの髪を撫でながら整えている。
徐々にツバキの頭は思考を取り戻していった。
理性が復活すると同時に、冷水を浴びせられたような、怖気に似た感覚が背筋を走っていった。
(わたくしは……なんてことを……なんてものを……)
ふたりの痴態を眺めながら、自慰に耽ってしまったのだ。
おそらく、ユキにもアゲハにも見られてしまった。
この隠れ家のような場所で、育ての親とその子がまぐわいをしている事実よりも、その方がツバキにとって衝撃的だった。
身体は寒気を覚えそうなのに、頬はかぁっと火照って、居た堪れなくなったツバキは立ち上がると、全力で駆け出した。
廊下を走るなんて、何年ぶりのことだろうか。
双子の妹が去った跡には、薄い水溜りが淫らに月明かりを受けてぬめっていた。
「え? ……あ」
とろんとした表情でユキは見上げるだけだ。
無抵抗なその肢体をアゲハは抱え上げ、足を肩に乗せて、両手で組み敷いた肩をつかんだ。
「え、待って、私イったばかりで、やああっ」
ユキのどこかかわいらしい抵抗など無視して、腰使いが再開される。
両の足は天井へ向かって伸ばされ、嵐に翻弄される竹のように揺れていた。
ユキの身体はくの字に曲げられ、がっちりとアゲハの腕で押さえられている。
足と肩を固定されているから、自由になるのは肘から先と首から上くらいのものだ。
「はんっ、はぁんっ、いい、すごい深い、深い、また来る、来る来る――」
まだ動きが始まって間もないのに、ユキはあられもない声を上げ始めた。
(こんな――こんなの)
まぐわいとはこういう行為だったのか。
女はまるで膳の上の料理みたいに、男によって好き勝手に味わわれるものなのか。
いつの間にか、ツバキはアゲハのことを、男としてはっきり見ていた。
(それでも……気持ちいいの?)
その疑問に答えるように、ユキは派手な声を上げて絶頂に達した。
抱え上げられた足がビクンビクンと痙攣し、宙を蹴っている。
正気を失ったような喉からは、馬鹿のひとつ覚えみたいに気持ちいいという言葉がくり返されていた。
(あっ……)
太ももに水の滴る感覚があった。
慌てて股間に指をやると、そこは自分でも驚くほど濡れてしまっていた。
(うそ……)
ためしに軽く淫裂を指先でなぞってみると、掻き出された蜜は指の付け根まで滴り落ちてくる。しかもそれは、あとからあとから湧き出してくるようだった。
(ああ……うそ、うそうそ……)
滴り落ちる淫らな蜜を全部掻き出してしまおうと、ツバキは指を走らせ続ける。
しかし無尽蔵に湧き出す欲情の泉はとどまることをしらなかった。
滑った指先がつい、敏感な淫核に触れてしまう。
(――っ!)
全身に電撃が走ったようにツバキは座り込んだまま、背筋を震わせた。
(なにこれ、知らない、こんなの知らない……!)
普段なら触れても痛痒いだけのその場所は、いまや脳髄を蕩かして虜にしてしまうような快楽をもたらしてくる。
ツバキはもっとその感覚を味わおうと、小さな豆を転がし続けた。
(くう……うぅ!)
思わず声を上げそうになり、とっさに片手の人差し指を口元へ持っていって咥える。
その間も股間へ伸ばされた指は貪欲に動き続けていた。
「あ――また、またくる、きちゃう、きたぁ、またきたっ!」
ユキがまたしても絶頂を迎えている。
押さえられた身体は身動きがとれず、せめてもの抵抗のように足だけが空中を掻いている。
無残にも見える状況なのに、アゲハの責めは止まるどころか、激しさを増しているようであった。
「もうだめ、赦して、お願いアゲハ。私、これ以上、変に、変にああああっ!」
「ダメ。今日は珍しく、ボクの好きにしていいって約束なんだから。それにボクももう少しで……」
「はっ、はやくイって、狂っちゃう、おマンコ狂っちゃう、よすぎて死んじゃうから、ああ、はぁん、はぅっ、赦してぇ、また、またぁ!!」
絶頂の感覚はあからさまに短くなっていた。
達してからアゲハがしばらく腰を振るだけで、次の頂点が訪れている。
足はもう痙攣しっぱなしのような状態だった。
「あ、ボク、ボクももうイっちゃうかも、ユキさん――」
「イって、おマンコの中に出して、いっぱい出して、熱いの欲しいの!」
「ユキさん、ユキさんっ! ねぇ、どこに欲しい? おマンコのどこに?」
「あぁ、知ってるくせに。子宮よ、膣なんかじゃ嫌なの。子宮の入り口にぶっとい先端を押し付けて、こじ開けるようにしながらたっぷり射精して! おなかの中に精子たくさん、注ぎこんで!」
ふたりの痴態は急速に高まりを見せていった。
ツバキも我を忘れ、食い入るように見つめている。
「はっ、はっ、はっ、はっ――」
荒い、犬のような呼吸が自分の吐息とも気づかずに、ひたすら恥部を慰めながら、嬌態が絶頂の高みへ登っていく様を見続けていた。
「イっちゃうよ、ほら、ここでしょ! このこりこりの中に押し付けて――うぅ、イ、イク!」
「ああああーーーーーーっ!!」
ユキはおろか、アゲハの身体も派手に震えた。
髪を振り乱しながら背を反らせ、そのくせ腰だけはユキの股間にくっついてしまったように密着させている。
「いい、気持ちいい、いっぱい出てるよユキさん!」
「うん、どくどくって、私の子宮に流れ込んできてる。わかる、またイっちゃう! 精子でイカされるぅ!」
「全部、全部出すから、おなかの中で呑んで!」
「ああぅ! ううううう」
(――ッ!!)
ツバキも己の淫核を押しつぶすように転がしながら、ふたりの気に当てられたように、同じ高みへと引き上げられていった。
頭の中に閃光が叩きつけられたような、はじめての感覚。
脳から流れ出した甘い蜜が背筋を蕩かして、それが股間の穴から流れ出していくようだ。
声だけは洩らすまいと指に齧りついて耐える。
しかしビクビクと震える太ももと腰の動きだけはどうしようもなかった。
ガタンッ!
前のめりになったツバキは、障子の端に肩をぶつけてしまう。
「あっ……!」
まだ射精中のアゲハが、それに気づいて目を剥いた。
ツバキも、己の裾の中へ手を突っ込んだ姿勢のまま、ばっちり視線を合わせてしまう。
「ツ、ツバキちゃ……!? うっ!」
驚きと射精の快感がないまぜになった表情で、アゲハは呻いた。
「あっ、あっ、み、見ないで、ツバキちゃん……! ボク、ボク!!」
「逃げるな」
腰を引こうとしたアゲハへ、絡め取るようにユキの足が巻きついた。
「いやぁ! ツバキちゃん……! う、あ、ああああっ!」
「あはっ。すごいぞアゲハ。勢いが増した。どぴゅどぴゅって、また出てきたあ!」
ユキは貪り尽くすつもりだ。
歓喜の声を張り上げると、子宮の中へ出される精液の感覚に酔いしれていく。
眉をしかめ、いやいやと首を振りながらも、アゲハは情動に抗えなかったようだ。
最後の一滴まで流し込むように、腰を振りたくり、押し付けていく。
ツバキの頭の中は真っ白だった。
先ほどからなにも考えていない。
ただ指だけは股間の上で、本能のままやわやわと蠢き続けていた。
「い……あ……うぅ……」
天井へ向けて喉を反らしたアゲハが、言葉にならないものを吐き出し、それからばったりとユキの上へ倒れた。
長い長い射精を受け止め続けたユキの方は、半ば焦点を失った目で笑みを浮かべながら、倒れてきたアゲハを抱きとめる。
「今日もいっぱい出したな、アゲハ……」
甘えてきた娘を慈しむように、乱れたアゲハの髪を撫でながら整えている。
徐々にツバキの頭は思考を取り戻していった。
理性が復活すると同時に、冷水を浴びせられたような、怖気に似た感覚が背筋を走っていった。
(わたくしは……なんてことを……なんてものを……)
ふたりの痴態を眺めながら、自慰に耽ってしまったのだ。
おそらく、ユキにもアゲハにも見られてしまった。
この隠れ家のような場所で、育ての親とその子がまぐわいをしている事実よりも、その方がツバキにとって衝撃的だった。
身体は寒気を覚えそうなのに、頬はかぁっと火照って、居た堪れなくなったツバキは立ち上がると、全力で駆け出した。
廊下を走るなんて、何年ぶりのことだろうか。
双子の妹が去った跡には、薄い水溜りが淫らに月明かりを受けてぬめっていた。
2
「あーっはっはっは。いやぁ、傑作だったぞ」
お猪口片手に呵呵大笑しているのは、ほろ酔い加減のユキだった。
夕餉の膳を囲み、むすっと不機嫌なツバキと、おろおろしているアゲハが向かい合っている。
「笑い事ではございません。わたくし、アゲハさんのことは双子の姉であると聞き及んでおりました」
ぴしゃりと言い放つと、笑っていたユキもさすがに口元を引き締め、うーん、とうなった。そもそも、すべて知っていてふたりを風呂場へ向かわせたのはユキなのだ。
「まぁ、本家の人間もアゲハを女だと思ってるしな。おそらくいまじゃ、こいつが男だと知っているのは、ここの三人くらいだろう」
「わたくしが訊きたいのは、なぜアゲハさんがこのようにふしだらな姿で生活しているかということです!」
「ふしだら……」
ぼそっとアゲハがつぶやいた。納得いってない様子だ。
ツバキがにらみつけると、あからさまに身を縮込めて膳に集中する振りをした。
「まぁまぁ。その件については、アゲハが悪いわけじゃない。すべて私の趣味だ」
「言い切りましたね」
「そもそも私だってこいつを預かる時、女だと思ってたんだ。赤ん坊のころはおチンチンがちっこくてな。玉の間にうずもれてて、それが女の子のワレメそっくりだったんだよ。加えていっしょに生まれたツバキが女子だった。双子といえば性別が同じって先入観もあるしな」
「左様ですか」
食事中にチンコだのワレメなど聞かされて、ツバキはすっかり食欲をなくしてしまった。
夕餉は騒動を起こしながらツバキが入浴しているうちに、ユキが用意してくれたものだ。そのあたり、やはり気の回る人間であるのは間違いないらしい。
夕餉に出された料理は、人里離れた場所とは思えない、さまざまな食材が使われたものだった。
食料は本殿の支援品のほか、かつてユキが巫女をしていたころの信者たちが持ってきてくれるらしい。ユキは神託によって村をいくつも救っており、土地によっては神のようにあがめられているのだそうだ。
「……ボク、女の子の方がよかったのに」
再びぼそりとアゲハがつぶやいた。今度はすねたような口調だった。
ツバキはあきれたようにいった。
「そうなんですか? お兄様」
嫌味がわかったのか、アゲハはむぅと膨れる。
「ずっと女の子だって思ってたんだ。いまさら男だなんて、考え方が切り替わらないよ」
「おいおい、アゲハが男だって自覚したのは何年も前だろ? いい加減あきらめろって。……ツバキ、一応こいつの名誉のために断っておくと、アゲハは同性愛者でもオカマでもない。他よりちょっと美少女顔で女装趣味の男の子さ」
ユキの弁護に、ツバキはため息で応じた。
「充分に変です。ユキさん、わたくし失望しました。このような場所で生活していけるのか、常々不安でしたけど、憂慮が深まった気持ちです」
そのまま箸を起き、立ち上がる。
あまり減っていない膳の中身に、ユキが眉をひそめる。
「なんだ、もういいのか?」
「ごめんなさい。おいしかったのですけど、あまり喉を通らなくて」
「ふむ。……ツバキ、ちょっと耳を貸してくれ」
「はい?」
手招きに応じて、ツバキはそばへ移動し、顔を寄せる。
「今宵、夜更けに私の部屋へ来てくれ。あまり足音を立てず、そっとな」
「はあ」
「アゲハがちゃんと男だってところを見せてやるよ」
にやりと笑ったユキに不審なものを感じ――ちらりとアゲハへ視線をやると、女装の美男子は一生懸命焼いたイワナから骨を外していた。
3
夜。
あてがわれた部屋で横になっていたツバキは、夕餉の時にいわれたことを思い出してユキの部屋へ向かった。
すでに庫裏の中は一通り案内してもらっている。
ユキがアゲハをつれて移り住んだ当時はもっと多くの人が住んでいたそうで、増築された離れやツバキの部屋になっている客間など、部屋数は思ったより多かった。
奥まった位置にあるユキの部屋へ近づくと、なにやらうめき声のようなものが聞こえてきた。
なにかを堪えるような、泣き声のような……。
ツバキは足を速め、わずかに開いている部屋の障子から、中を覗き込んだ。
「――っ!!」
そこで見た光景に、思わず大声を上げかける。
一組の男女が、布団の上で絡み合っていたからだ。
男女とは、ユキとアゲハのふたりのことだ。
「くっ……ふっ……うぅ……うん……」
泣き声のようなものは、組み敷かれたユキが結んだ唇から洩らす喘ぎ声だった。
裸体のアゲハが、割り入った股の間で、小刻みに何度も腰を動かしている。
お姫様育ちとはいえ、さすがのツバキもその行為がなんであるか、知らないわけではなかった。
(そんな……ふ、ふたりがまぐわいを……)
衝撃で膝に力が入らない。
すとんと落ちるように床へ座り込んでいた。
「くふっ……うぅん……ん? ……うふっ、ふふ……ぁあん!」
わずかな物音に気づいたユキが、仰向けのままツバキのほうに目を向けた。
口元に笑みを浮かべると、抑え気味の声を開放する。
アゲハのほうは夢中になっていて気づかなかったようだ。
「あんっ、あんっ、ああ、いい……! アゲハ、そこいい……!」
「だ、ダメだよユキさん。声……抑えないと。ツバキちゃんに聞こえちゃう」
「もう、いいじゃないの。どうせばれるんだから、聞かせちゃいなよ。ね?」
最後の問いかけは、ツバキのほうへ目を向けて発せられた。
半分腰の抜けたまま、ツバキは動けずにいる。
どうしていいのかわからずに、ただ目の前の情事を見続けるしか出来なかった。
アゲハの長い髪が川のように白い背中を流れている。
腰使いはひどく野生的で、暴力的で、そして――男性的だった。
力強かった。
大きな力の塊を、女の大切な部分へ叩き込むように、何度も何度もアゲハは交接し、そのたびに歓喜の声をユキは上げた。
(すごい……)
呆然としていたツバキは、すでに眼前の情景に呑まれている。
ふたりの交わりを横から見る形で、それが余計に、そこでどんな行為がどのように行われているのか、はっきりとわかることとなった。
(なよなよとしたアゲハさんが……こんな)
正直な印象はそれだ。
明るくて元気で、どこか子供っぽいアゲハが、長い手足や高い身長を使ってユキを羽交い締めするみたいに抱き、あけっぴろげに開かせた足の間で思うさま腰を振るっている。
昼間の様子からはまるで想像できない。
獣じみていて、野蛮な、本能まるだしのその動きは、やはり男のものだった。
(不潔……不潔よ……)
そう思いながらも、ツバキは目を逸らすことができず、自分の身体が熱く火照ってきていることにも気づかない。
「んあぁ! はぁっ、いい、最高、アゲハの、おチンチン最高! すごいの……奥まで、奥の――ああん! そこよ、そこ、奥の子宮の、そこ、そこ、そこぉ!」
ユキが本当に泣き出しそうな声で、布団を両腕でむちゃくちゃにかき回し始めた。
ツバキは喉を鳴らし、その痴態を見守る。
「そこいい! 子宮のこりこりいいの! もっと、もっとぐりってしてぇ、アゲハ、太くてたくましいあんたのチンポで、いっぱいして、突いてかきまわして!」
「んっ――ユキさん、一回先にイっちゃう?」
「うん、イカせて、チンポでいかせて。私、このまま、果てる、果てたいの。アゲハのたくましいので、思いっきりイカせてちょうだい!」
「なんだか、今日のユキさん、激しいよ――」
そういったアゲハの腰使いが明らかに変化した。
腰と腰が離れそうなほど引き抜き、一気にいきおいをつけて貫き通す。
パンッ、と肉のぶつかり合う音が濡れて響いた。
その瞬間、ユキが背中をぐいっと反らした。
「くぅん――いい――イク、イカされるぅ……!」
「いいよ、イっちゃって。ほら、ほらっ!」
アゲハはその大振りな動きをくり返し始めた。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ
卑猥な肉音が規則的に響き始め、ユキのあえぎ声はいよいよ切羽詰ってくる。
「イクッ、イクイクイクイク――くぅぅぅん!!」
激しい突き上げがくり返されているうちに、ユキの身体が跳ねるように暴れた。
ぎゅっと布団を握り締め、背筋が弧を描いてしなる。
アゲハは浮いたその背を抱きしめ、とどめとばかりに腰を打ち降ろした。
「……かっ……あっ……」
声をなくした喉からは、空気の塊だけが吐き出され、目を見開いたユキは仰け反った不自然な姿勢のまま、おこりのように震え続けている。
(し、死んじゃったんじゃないのかしら……)
あまりに異常なその様子に、ツバキはすこし恐怖を覚える。
やがて力が抜けてぐったりとするユキは、まるでアゲハという猛獣に狩られてしまった小動物のようだった。
豊満な胸を上下させて、荒い息を吐いているのが見える。死んではいないようだった。
「あーっはっはっは。いやぁ、傑作だったぞ」
お猪口片手に呵呵大笑しているのは、ほろ酔い加減のユキだった。
夕餉の膳を囲み、むすっと不機嫌なツバキと、おろおろしているアゲハが向かい合っている。
「笑い事ではございません。わたくし、アゲハさんのことは双子の姉であると聞き及んでおりました」
ぴしゃりと言い放つと、笑っていたユキもさすがに口元を引き締め、うーん、とうなった。そもそも、すべて知っていてふたりを風呂場へ向かわせたのはユキなのだ。
「まぁ、本家の人間もアゲハを女だと思ってるしな。おそらくいまじゃ、こいつが男だと知っているのは、ここの三人くらいだろう」
「わたくしが訊きたいのは、なぜアゲハさんがこのようにふしだらな姿で生活しているかということです!」
「ふしだら……」
ぼそっとアゲハがつぶやいた。納得いってない様子だ。
ツバキがにらみつけると、あからさまに身を縮込めて膳に集中する振りをした。
「まぁまぁ。その件については、アゲハが悪いわけじゃない。すべて私の趣味だ」
「言い切りましたね」
「そもそも私だってこいつを預かる時、女だと思ってたんだ。赤ん坊のころはおチンチンがちっこくてな。玉の間にうずもれてて、それが女の子のワレメそっくりだったんだよ。加えていっしょに生まれたツバキが女子だった。双子といえば性別が同じって先入観もあるしな」
「左様ですか」
食事中にチンコだのワレメなど聞かされて、ツバキはすっかり食欲をなくしてしまった。
夕餉は騒動を起こしながらツバキが入浴しているうちに、ユキが用意してくれたものだ。そのあたり、やはり気の回る人間であるのは間違いないらしい。
夕餉に出された料理は、人里離れた場所とは思えない、さまざまな食材が使われたものだった。
食料は本殿の支援品のほか、かつてユキが巫女をしていたころの信者たちが持ってきてくれるらしい。ユキは神託によって村をいくつも救っており、土地によっては神のようにあがめられているのだそうだ。
「……ボク、女の子の方がよかったのに」
再びぼそりとアゲハがつぶやいた。今度はすねたような口調だった。
ツバキはあきれたようにいった。
「そうなんですか? お兄様」
嫌味がわかったのか、アゲハはむぅと膨れる。
「ずっと女の子だって思ってたんだ。いまさら男だなんて、考え方が切り替わらないよ」
「おいおい、アゲハが男だって自覚したのは何年も前だろ? いい加減あきらめろって。……ツバキ、一応こいつの名誉のために断っておくと、アゲハは同性愛者でもオカマでもない。他よりちょっと美少女顔で女装趣味の男の子さ」
ユキの弁護に、ツバキはため息で応じた。
「充分に変です。ユキさん、わたくし失望しました。このような場所で生活していけるのか、常々不安でしたけど、憂慮が深まった気持ちです」
そのまま箸を起き、立ち上がる。
あまり減っていない膳の中身に、ユキが眉をひそめる。
「なんだ、もういいのか?」
「ごめんなさい。おいしかったのですけど、あまり喉を通らなくて」
「ふむ。……ツバキ、ちょっと耳を貸してくれ」
「はい?」
手招きに応じて、ツバキはそばへ移動し、顔を寄せる。
「今宵、夜更けに私の部屋へ来てくれ。あまり足音を立てず、そっとな」
「はあ」
「アゲハがちゃんと男だってところを見せてやるよ」
にやりと笑ったユキに不審なものを感じ――ちらりとアゲハへ視線をやると、女装の美男子は一生懸命焼いたイワナから骨を外していた。
3
夜。
あてがわれた部屋で横になっていたツバキは、夕餉の時にいわれたことを思い出してユキの部屋へ向かった。
すでに庫裏の中は一通り案内してもらっている。
ユキがアゲハをつれて移り住んだ当時はもっと多くの人が住んでいたそうで、増築された離れやツバキの部屋になっている客間など、部屋数は思ったより多かった。
奥まった位置にあるユキの部屋へ近づくと、なにやらうめき声のようなものが聞こえてきた。
なにかを堪えるような、泣き声のような……。
ツバキは足を速め、わずかに開いている部屋の障子から、中を覗き込んだ。
「――っ!!」
そこで見た光景に、思わず大声を上げかける。
一組の男女が、布団の上で絡み合っていたからだ。
男女とは、ユキとアゲハのふたりのことだ。
「くっ……ふっ……うぅ……うん……」
泣き声のようなものは、組み敷かれたユキが結んだ唇から洩らす喘ぎ声だった。
裸体のアゲハが、割り入った股の間で、小刻みに何度も腰を動かしている。
お姫様育ちとはいえ、さすがのツバキもその行為がなんであるか、知らないわけではなかった。
(そんな……ふ、ふたりがまぐわいを……)
衝撃で膝に力が入らない。
すとんと落ちるように床へ座り込んでいた。
「くふっ……うぅん……ん? ……うふっ、ふふ……ぁあん!」
わずかな物音に気づいたユキが、仰向けのままツバキのほうに目を向けた。
口元に笑みを浮かべると、抑え気味の声を開放する。
アゲハのほうは夢中になっていて気づかなかったようだ。
「あんっ、あんっ、ああ、いい……! アゲハ、そこいい……!」
「だ、ダメだよユキさん。声……抑えないと。ツバキちゃんに聞こえちゃう」
「もう、いいじゃないの。どうせばれるんだから、聞かせちゃいなよ。ね?」
最後の問いかけは、ツバキのほうへ目を向けて発せられた。
半分腰の抜けたまま、ツバキは動けずにいる。
どうしていいのかわからずに、ただ目の前の情事を見続けるしか出来なかった。
アゲハの長い髪が川のように白い背中を流れている。
腰使いはひどく野生的で、暴力的で、そして――男性的だった。
力強かった。
大きな力の塊を、女の大切な部分へ叩き込むように、何度も何度もアゲハは交接し、そのたびに歓喜の声をユキは上げた。
(すごい……)
呆然としていたツバキは、すでに眼前の情景に呑まれている。
ふたりの交わりを横から見る形で、それが余計に、そこでどんな行為がどのように行われているのか、はっきりとわかることとなった。
(なよなよとしたアゲハさんが……こんな)
正直な印象はそれだ。
明るくて元気で、どこか子供っぽいアゲハが、長い手足や高い身長を使ってユキを羽交い締めするみたいに抱き、あけっぴろげに開かせた足の間で思うさま腰を振るっている。
昼間の様子からはまるで想像できない。
獣じみていて、野蛮な、本能まるだしのその動きは、やはり男のものだった。
(不潔……不潔よ……)
そう思いながらも、ツバキは目を逸らすことができず、自分の身体が熱く火照ってきていることにも気づかない。
「んあぁ! はぁっ、いい、最高、アゲハの、おチンチン最高! すごいの……奥まで、奥の――ああん! そこよ、そこ、奥の子宮の、そこ、そこ、そこぉ!」
ユキが本当に泣き出しそうな声で、布団を両腕でむちゃくちゃにかき回し始めた。
ツバキは喉を鳴らし、その痴態を見守る。
「そこいい! 子宮のこりこりいいの! もっと、もっとぐりってしてぇ、アゲハ、太くてたくましいあんたのチンポで、いっぱいして、突いてかきまわして!」
「んっ――ユキさん、一回先にイっちゃう?」
「うん、イカせて、チンポでいかせて。私、このまま、果てる、果てたいの。アゲハのたくましいので、思いっきりイカせてちょうだい!」
「なんだか、今日のユキさん、激しいよ――」
そういったアゲハの腰使いが明らかに変化した。
腰と腰が離れそうなほど引き抜き、一気にいきおいをつけて貫き通す。
パンッ、と肉のぶつかり合う音が濡れて響いた。
その瞬間、ユキが背中をぐいっと反らした。
「くぅん――いい――イク、イカされるぅ……!」
「いいよ、イっちゃって。ほら、ほらっ!」
アゲハはその大振りな動きをくり返し始めた。
パンッ、パンッ、パンッ、パンッ
卑猥な肉音が規則的に響き始め、ユキのあえぎ声はいよいよ切羽詰ってくる。
「イクッ、イクイクイクイク――くぅぅぅん!!」
激しい突き上げがくり返されているうちに、ユキの身体が跳ねるように暴れた。
ぎゅっと布団を握り締め、背筋が弧を描いてしなる。
アゲハは浮いたその背を抱きしめ、とどめとばかりに腰を打ち降ろした。
「……かっ……あっ……」
声をなくした喉からは、空気の塊だけが吐き出され、目を見開いたユキは仰け反った不自然な姿勢のまま、おこりのように震え続けている。
(し、死んじゃったんじゃないのかしら……)
あまりに異常なその様子に、ツバキはすこし恐怖を覚える。
やがて力が抜けてぐったりとするユキは、まるでアゲハという猛獣に狩られてしまった小動物のようだった。
豊満な胸を上下させて、荒い息を吐いているのが見える。死んではいないようだった。
木漏れ日が縁側に降りかかる。
けだるい午後の澱んだ空気を、森からの澄んだ風が薙ぐように吹き払う。
アゲハは縁側から素足を投げ出し、くるくると髪を指へ巻きつけては、ほどいていた。
傍らには、いい歳なのに大の字で寝転んでいる妙齢の女性。
はだけかかった胸元から、熟れた果実が零れ落ちそうになっている。
「……ユキさん、だらしないよ」
くすりと笑って、アゲハは浴衣の襟をなおしてやる。
寝こけているユキは、すこしうなったきり起きる気配もない。
「もうすぐ人が来るっていうのに、そんな格好じゃダメだよ」
聞いてないのはわかっていたが、アゲハは上機嫌にそうつぶやいて、縁側から立ち上がった。
長い髪が本体を追いかけるようについてくる。
朱の浴衣はちょっと派手だが、一番気に入ってるものだ。
「これまでも、これからも、ずっとなにも変わらないと思っていたけど――」
歩き始めたが、どこへ行こうという当てはない。
ぶらりと、玄関へ向けて歩み始める。
「そんなことはないんだね。……たのしみだな」
今日、これから、生まれてからずっと離れ離れだった双子の妹がやってくる。
当分――もしかすると一生ここで住むことになるかもしれない。
本人にとっては不幸なのだろうが、アゲハにとってはうれしかった。
向かう先の玄関から物音がした。
妹がやってきたのだ。
「いらっしゃい――」
とたとたと床板を鳴らして、アゲハは駆け出していた。
1
荷物を門戸の脇へ下ろさせると、ツバキはひとつ息を吸い込み、いった。
「ここまでで結構です。みなさん、ご苦労様でした」
荷物持ちの男たちへ深々と頭を下げる。
実家の従者たちだが、これほど深く頭を下げたことは、かつてなかっただろう。
従者たちはとまどいを覚えたようだが、なにも言わずに礼を返し、来た道を戻っていった。
これで実家との縁も、世俗からも切れたことになる。
うっそうとした森。
霧に覆われた谷。
深山幽谷と表現するにふさわしい山奥にこの場所はある。
ツバキは開け放たれている門をくぐり、奥の建物を見上げる。
古いが頑丈そうな社だった。
その脇に、庫裏(くり)である建物、納屋や厠と思しき小屋などが見える。
斑鳩大社(いかるがたいしゃ)奥の院。
山のふもとにあるたいそう広々と立派な本殿とはかけ離れた奥の院だ。
登ってくるだけで、早朝出発したツバキは夕刻近くまでかかってしまった。
神社としても長く機能しておらず、訪ねる人も少ないだろう。
「…………」
これからツバキはここで暮らすことになる。
両親の死と本家の没落で、家督を親戚に乗っ取られてしまったのが原因だった。
ここに、双子の姉とその保護者がいるらしい。
彼らの元で暮らしなさいと、そういうお達しだ。
厄介払い、追放、言い方はいろいろあるが、家督を乗っ取られた家にいるわけにもいかず、かといってお姫様育ちのツバキは自活の術も知らず、結局のところ、諾々といわれるがままに従うしかなかった。
ツバキは庫裏へ足を向ける。人がいるなら、おそらくそこだろう。
不満がないわけではない。
だが実際のところ、ツバキは家督に未練も執着もないのが本当だ。
それに、そんなことに拘泥しては、姉の人生に申し訳が立たない。
つい最近までツバキは姉の存在を知らなかった。
秘されていたのだ。
慣習で双子は忌み嫌われ、その妹ないし弟は打ち殺される運命だった。
実家の慣習によると、先に出てきた方が妹、腹の中に残った方が姉となる。
つまり、ツバキは世間的には妹だが、慣習によって姉と判断され、子として育てられることになった。
姉は殺されるところを、この奥の院へ移り住むことになった巫女に保護され、いまも元気に暮らしているという。
そこにどういう経緯があったのか、推し量ることもできないが、事情はおいおい聞けばいいだろう。
いつの間にか、庫裏の玄関先へたどり着いていた。
「いらっしゃい!」
突然、目の前で横開きの戸が開き、
「きゃあっ!」
考え事に耽っていたツバキは悲鳴を上げてしまった。
「あ、ごめんごめん。びっくりさせちゃったね」
舌を出して屈託なく笑ったのは、腰まで届くような長い髪が印象的な少女だった。
すらりと背が高く、手足も長く伸びていて、およそツバキよりも頭ひとつ分上背がある。
朱の浴衣をまとった身体つきはかなり平坦で、胸や腰や尻に起伏がやたら多いツバキの体型とはずいぶん違っていた。
しかし顔立ちを見れば、同じ特徴を持つ部分をたくさん発見することが出来た。
おっとりとした目元、すっと流れる鼻梁、物を噛めるのか不思議なような小さい顎――。
「あの、だいじょうぶ?」
おずおずと訊かれて、ツバキははっと我に返った。
「ごめんなさい。だいじょうぶです。あの……お姉様?」
「お姉様……」
少女は一瞬視線を宙へ彷徨わせると、若干の間の後に明るく返事を寄越した。
「うん。ボク、アゲハっていうんだ。キミは?」
「わたくしはツバキと申します。……これから、お世話になります」
頭を下げる。
慌てたようにアゲハはいった。
「そんな、ご丁寧に……。じゃなくて、はやく上がってよ。ボク、すごく楽しみにしてたんだ。双子の妹がいるなんて、ぜんぜん知らなかったしさ。そうそう、ユキさんを起こしてこないと」
くるりときびすを返すと、ばたばたと足音も高く奥へ消えていってしまう。
ツバキはすこし呆気に取られていた。
「元気のいいお方……」
幼いころからきびしくしつけられたツバキは、廊下をあんな風に走るという概念がそもそも存在しない。
足音はすぐに戻ってきて、
「ツバキちゃん、そんなところに突っ立ってないで上がってよ! そこの座敷にユキさんを連れてくるから」
返事も待たずに再び消えていく。
「……わたくし、突っ立ってなどおりません」
多少憮然としながらも、ツバキは履物を脱いで玄関の板の間へ腰を降ろした。
土間には水を張った手桶と布が用意してあり、ツバキはそれを使って汚れた足を清めさせてもらう。
丁寧にぬぐっていると、また座敷のほうからすっとんきょうな声が響いた。
「あれぇ~? いない」
「だから寝ぼけて夢でも見たんだろ。こんなに早くつくはずない」
「馬鹿にしないでよ! まだ突っ立ってるのかも」
足音が戻ってくる。
「よっぽど突っ立っていることにしたいのですね」
苦笑を洩らしてつぶやく。
なんだか、アゲハの明るい態度を見ていたら、陰鬱な気持ちが全部吹っ飛んでしまった。
泣いても笑っても今日からここで暮らすのだ。
それなら、泣くよりも笑って過ごした方がいいに決まっている。
「あ。まだここにいたんだ」
アゲハが息をはずませながらいった。暑いのに走り回ったからだ。
「ええ。慣れない山道だったので、足を冷やしていたのです」
「なら先に風呂へいったらいい」
アゲハの後ろから現れた女性がいった。
歳は三十路ほど――後ろでひとつ括りにしただけの髪や、だらしなく着崩した感じのする浴衣、ぞんざいな口調など、およそずぼらな第一印象だった。
だがそれを補って有り余るほどの色気に溢れた女性だった。ツバキよりももう何段かふくらみを足した乳房や、首筋に降りかかる後れ毛など、同じ女から見てもぞくっと来そうなほどだ。
「あ、そうしたらいいよ。まずは疲れを癒してからだね」
にこにことアゲハがいう。
「こら、アゲハ。お前も汗をかいてるぞ。いっしょに入って来い」
「え?」
「聞こえなかったのか。いっしょに入って来いといったんだ」
「ええっ!? でもボク――」
「いいですよ、アゲハさん。ごいっしょしましょう」
ようするにこの女性は、ツバキとアゲハにふたりきりの時間をくれようというのだ。
はじめて会う双子の姉妹だ。
ぞんざいな風でいて、裏で気を利かす人間らしかった。
ツバキは女性を見上げ、
「あの、あなたが――」
「ああ。申し遅れたね。私がこの奥の院の巫女ってことになってる、ユキだ。よろしくな、ツバキ」
「はい」
にやりと笑うユキに、ツバキも笑顔を返す。
この人とも、うまくやっていける気がした。
想像していた巫女の人物像とはずいぶんかけ離れていたけれど――。
なにせ十数年前、この奥の院へ隠棲する以前は、神懸りの巫女として名高く、神童として奉られていたと聞いている。いまだに崇拝する人も多い。
「……じゃあボク案内するよ」
なぜかあきらめたようにアゲハはいって、土間へ降りてきた。
湯殿は離れにあるようだ。
手早く風呂釜に火を入れて、アゲハが湯浴みの準備をしてくれる。
脱衣所でツバキは衣服を脱ぎ落とす。
しなやかな、きめの細かい肌に滑らされるように、着ていた和服は布の堆積になっていく。
湯文字をつけたまま入ろうか暫時迷い、どうせ女同士とそれも脱いで全裸になった。
ユキほどではないものの、たっぷりとした乳房はツンと上向きの乳首を備えている。
ツバキの髪はアゲハほど伸ばしてはおらず、肩口よりすこし先くらいまで。前髪は切りそろえていて、周りはよくお人形のようだといっていた。
振り向くと、脱衣所の隅でまだアゲハは着物を着たまま、縮こまっている。
「どうしました?」
訊ねると、ビクッと震えた。
「あの、ボク、や、やっぱりいいよ」
「あら。ひょっとして照れていらっしゃるの? だいじょうぶですよ、わたくしたちは姉妹なんですから。裸なんて恥ずかしくありません」
自分より背の高いアゲハがおどおどしているようすは、なんだかとてもかわいらしく思える。
ツバキは微笑みながら近寄って、アゲハの浴衣を脱がそうとした。
「だ、ダメ……」
アゲハは壁ぎりぎりまで下がって、胸元を押さえている。
「もう、強情な方。えい!」
すこしいじわるをするつもりで、ツバキは浴衣の帯を引き抜き、アゲハが動揺して手を放した隙に、その胸元を掻き開いた。
「――え?」
逆に硬直したのはツバキのほうだった。
ぺったんこな胸だとは思っていたが――それが原因で恥ずかしがっているのだと思っていたが、開いた浴衣の中にあった乳房は、ふくらみもなにもなく、真平らなのだった。
「え? あれ?」
思わず、確認するようにぺたぺたと手で確かめてしまう。
伝わってくる感触は、筋肉と骨の角ばった硬さだった。
「ツ、ツバキちゃん。あのね」
アゲハも動揺しつくした感じで、それでもなんとか伝えようとしている。
「あの……ボク、実は男の子なんだ」
「はあ」
「だからその……いっしょにお風呂っていうのは……」
「ひっ!?」
そこでツバキは自分が一糸まとわぬ裸体なことを思い出す。
胸を手で覆い、床にしゃがみ込んで絶叫した。
「いやあああああぁぁぁぁぁっ!!」
「わあああ! ご、ごめんなさいっ!」
アゲハは半裸のまま脱衣所を飛び出していく。
どたばたと足音が遠ざかっていった後も、ツバキは触れたアゲハの胸板の感触を思い出し、しばらく呆然としていた。
けだるい午後の澱んだ空気を、森からの澄んだ風が薙ぐように吹き払う。
アゲハは縁側から素足を投げ出し、くるくると髪を指へ巻きつけては、ほどいていた。
傍らには、いい歳なのに大の字で寝転んでいる妙齢の女性。
はだけかかった胸元から、熟れた果実が零れ落ちそうになっている。
「……ユキさん、だらしないよ」
くすりと笑って、アゲハは浴衣の襟をなおしてやる。
寝こけているユキは、すこしうなったきり起きる気配もない。
「もうすぐ人が来るっていうのに、そんな格好じゃダメだよ」
聞いてないのはわかっていたが、アゲハは上機嫌にそうつぶやいて、縁側から立ち上がった。
長い髪が本体を追いかけるようについてくる。
朱の浴衣はちょっと派手だが、一番気に入ってるものだ。
「これまでも、これからも、ずっとなにも変わらないと思っていたけど――」
歩き始めたが、どこへ行こうという当てはない。
ぶらりと、玄関へ向けて歩み始める。
「そんなことはないんだね。……たのしみだな」
今日、これから、生まれてからずっと離れ離れだった双子の妹がやってくる。
当分――もしかすると一生ここで住むことになるかもしれない。
本人にとっては不幸なのだろうが、アゲハにとってはうれしかった。
向かう先の玄関から物音がした。
妹がやってきたのだ。
「いらっしゃい――」
とたとたと床板を鳴らして、アゲハは駆け出していた。
1
荷物を門戸の脇へ下ろさせると、ツバキはひとつ息を吸い込み、いった。
「ここまでで結構です。みなさん、ご苦労様でした」
荷物持ちの男たちへ深々と頭を下げる。
実家の従者たちだが、これほど深く頭を下げたことは、かつてなかっただろう。
従者たちはとまどいを覚えたようだが、なにも言わずに礼を返し、来た道を戻っていった。
これで実家との縁も、世俗からも切れたことになる。
うっそうとした森。
霧に覆われた谷。
深山幽谷と表現するにふさわしい山奥にこの場所はある。
ツバキは開け放たれている門をくぐり、奥の建物を見上げる。
古いが頑丈そうな社だった。
その脇に、庫裏(くり)である建物、納屋や厠と思しき小屋などが見える。
斑鳩大社(いかるがたいしゃ)奥の院。
山のふもとにあるたいそう広々と立派な本殿とはかけ離れた奥の院だ。
登ってくるだけで、早朝出発したツバキは夕刻近くまでかかってしまった。
神社としても長く機能しておらず、訪ねる人も少ないだろう。
「…………」
これからツバキはここで暮らすことになる。
両親の死と本家の没落で、家督を親戚に乗っ取られてしまったのが原因だった。
ここに、双子の姉とその保護者がいるらしい。
彼らの元で暮らしなさいと、そういうお達しだ。
厄介払い、追放、言い方はいろいろあるが、家督を乗っ取られた家にいるわけにもいかず、かといってお姫様育ちのツバキは自活の術も知らず、結局のところ、諾々といわれるがままに従うしかなかった。
ツバキは庫裏へ足を向ける。人がいるなら、おそらくそこだろう。
不満がないわけではない。
だが実際のところ、ツバキは家督に未練も執着もないのが本当だ。
それに、そんなことに拘泥しては、姉の人生に申し訳が立たない。
つい最近までツバキは姉の存在を知らなかった。
秘されていたのだ。
慣習で双子は忌み嫌われ、その妹ないし弟は打ち殺される運命だった。
実家の慣習によると、先に出てきた方が妹、腹の中に残った方が姉となる。
つまり、ツバキは世間的には妹だが、慣習によって姉と判断され、子として育てられることになった。
姉は殺されるところを、この奥の院へ移り住むことになった巫女に保護され、いまも元気に暮らしているという。
そこにどういう経緯があったのか、推し量ることもできないが、事情はおいおい聞けばいいだろう。
いつの間にか、庫裏の玄関先へたどり着いていた。
「いらっしゃい!」
突然、目の前で横開きの戸が開き、
「きゃあっ!」
考え事に耽っていたツバキは悲鳴を上げてしまった。
「あ、ごめんごめん。びっくりさせちゃったね」
舌を出して屈託なく笑ったのは、腰まで届くような長い髪が印象的な少女だった。
すらりと背が高く、手足も長く伸びていて、およそツバキよりも頭ひとつ分上背がある。
朱の浴衣をまとった身体つきはかなり平坦で、胸や腰や尻に起伏がやたら多いツバキの体型とはずいぶん違っていた。
しかし顔立ちを見れば、同じ特徴を持つ部分をたくさん発見することが出来た。
おっとりとした目元、すっと流れる鼻梁、物を噛めるのか不思議なような小さい顎――。
「あの、だいじょうぶ?」
おずおずと訊かれて、ツバキははっと我に返った。
「ごめんなさい。だいじょうぶです。あの……お姉様?」
「お姉様……」
少女は一瞬視線を宙へ彷徨わせると、若干の間の後に明るく返事を寄越した。
「うん。ボク、アゲハっていうんだ。キミは?」
「わたくしはツバキと申します。……これから、お世話になります」
頭を下げる。
慌てたようにアゲハはいった。
「そんな、ご丁寧に……。じゃなくて、はやく上がってよ。ボク、すごく楽しみにしてたんだ。双子の妹がいるなんて、ぜんぜん知らなかったしさ。そうそう、ユキさんを起こしてこないと」
くるりときびすを返すと、ばたばたと足音も高く奥へ消えていってしまう。
ツバキはすこし呆気に取られていた。
「元気のいいお方……」
幼いころからきびしくしつけられたツバキは、廊下をあんな風に走るという概念がそもそも存在しない。
足音はすぐに戻ってきて、
「ツバキちゃん、そんなところに突っ立ってないで上がってよ! そこの座敷にユキさんを連れてくるから」
返事も待たずに再び消えていく。
「……わたくし、突っ立ってなどおりません」
多少憮然としながらも、ツバキは履物を脱いで玄関の板の間へ腰を降ろした。
土間には水を張った手桶と布が用意してあり、ツバキはそれを使って汚れた足を清めさせてもらう。
丁寧にぬぐっていると、また座敷のほうからすっとんきょうな声が響いた。
「あれぇ~? いない」
「だから寝ぼけて夢でも見たんだろ。こんなに早くつくはずない」
「馬鹿にしないでよ! まだ突っ立ってるのかも」
足音が戻ってくる。
「よっぽど突っ立っていることにしたいのですね」
苦笑を洩らしてつぶやく。
なんだか、アゲハの明るい態度を見ていたら、陰鬱な気持ちが全部吹っ飛んでしまった。
泣いても笑っても今日からここで暮らすのだ。
それなら、泣くよりも笑って過ごした方がいいに決まっている。
「あ。まだここにいたんだ」
アゲハが息をはずませながらいった。暑いのに走り回ったからだ。
「ええ。慣れない山道だったので、足を冷やしていたのです」
「なら先に風呂へいったらいい」
アゲハの後ろから現れた女性がいった。
歳は三十路ほど――後ろでひとつ括りにしただけの髪や、だらしなく着崩した感じのする浴衣、ぞんざいな口調など、およそずぼらな第一印象だった。
だがそれを補って有り余るほどの色気に溢れた女性だった。ツバキよりももう何段かふくらみを足した乳房や、首筋に降りかかる後れ毛など、同じ女から見てもぞくっと来そうなほどだ。
「あ、そうしたらいいよ。まずは疲れを癒してからだね」
にこにことアゲハがいう。
「こら、アゲハ。お前も汗をかいてるぞ。いっしょに入って来い」
「え?」
「聞こえなかったのか。いっしょに入って来いといったんだ」
「ええっ!? でもボク――」
「いいですよ、アゲハさん。ごいっしょしましょう」
ようするにこの女性は、ツバキとアゲハにふたりきりの時間をくれようというのだ。
はじめて会う双子の姉妹だ。
ぞんざいな風でいて、裏で気を利かす人間らしかった。
ツバキは女性を見上げ、
「あの、あなたが――」
「ああ。申し遅れたね。私がこの奥の院の巫女ってことになってる、ユキだ。よろしくな、ツバキ」
「はい」
にやりと笑うユキに、ツバキも笑顔を返す。
この人とも、うまくやっていける気がした。
想像していた巫女の人物像とはずいぶんかけ離れていたけれど――。
なにせ十数年前、この奥の院へ隠棲する以前は、神懸りの巫女として名高く、神童として奉られていたと聞いている。いまだに崇拝する人も多い。
「……じゃあボク案内するよ」
なぜかあきらめたようにアゲハはいって、土間へ降りてきた。
湯殿は離れにあるようだ。
手早く風呂釜に火を入れて、アゲハが湯浴みの準備をしてくれる。
脱衣所でツバキは衣服を脱ぎ落とす。
しなやかな、きめの細かい肌に滑らされるように、着ていた和服は布の堆積になっていく。
湯文字をつけたまま入ろうか暫時迷い、どうせ女同士とそれも脱いで全裸になった。
ユキほどではないものの、たっぷりとした乳房はツンと上向きの乳首を備えている。
ツバキの髪はアゲハほど伸ばしてはおらず、肩口よりすこし先くらいまで。前髪は切りそろえていて、周りはよくお人形のようだといっていた。
振り向くと、脱衣所の隅でまだアゲハは着物を着たまま、縮こまっている。
「どうしました?」
訊ねると、ビクッと震えた。
「あの、ボク、や、やっぱりいいよ」
「あら。ひょっとして照れていらっしゃるの? だいじょうぶですよ、わたくしたちは姉妹なんですから。裸なんて恥ずかしくありません」
自分より背の高いアゲハがおどおどしているようすは、なんだかとてもかわいらしく思える。
ツバキは微笑みながら近寄って、アゲハの浴衣を脱がそうとした。
「だ、ダメ……」
アゲハは壁ぎりぎりまで下がって、胸元を押さえている。
「もう、強情な方。えい!」
すこしいじわるをするつもりで、ツバキは浴衣の帯を引き抜き、アゲハが動揺して手を放した隙に、その胸元を掻き開いた。
「――え?」
逆に硬直したのはツバキのほうだった。
ぺったんこな胸だとは思っていたが――それが原因で恥ずかしがっているのだと思っていたが、開いた浴衣の中にあった乳房は、ふくらみもなにもなく、真平らなのだった。
「え? あれ?」
思わず、確認するようにぺたぺたと手で確かめてしまう。
伝わってくる感触は、筋肉と骨の角ばった硬さだった。
「ツ、ツバキちゃん。あのね」
アゲハも動揺しつくした感じで、それでもなんとか伝えようとしている。
「あの……ボク、実は男の子なんだ」
「はあ」
「だからその……いっしょにお風呂っていうのは……」
「ひっ!?」
そこでツバキは自分が一糸まとわぬ裸体なことを思い出す。
胸を手で覆い、床にしゃがみ込んで絶叫した。
「いやあああああぁぁぁぁぁっ!!」
「わあああ! ご、ごめんなさいっ!」
アゲハは半裸のまま脱衣所を飛び出していく。
どたばたと足音が遠ざかっていった後も、ツバキは触れたアゲハの胸板の感触を思い出し、しばらく呆然としていた。