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プラナリア
 やっぱり広島のかきは旨いね。
 ほら、どんどん食べなよ。箸が動いてないじゃないか、遠慮することはない。
 せっかくの旅なんだから、きみももっと楽しんだらいいよ。
 僕はこのあたりの出身でね。もう少し瀬戸内よりの、田舎なんだけど。
 ここへくる途中にオレンジ色の屋根に覆われた一帯が見えただろう?
 あの辺りだったはずだ。あれは油瓦って言ってね、雪国特有のものだ。瀬戸内って温暖なイメージがあるだろうけど、あの辺りは盆地になっていて、冬場はひどい冷え込みがある。雪が降るんだよ、たくさん。こどもの頃はみんな、雪焼けの真っ赤な鼻をして学校へ通っていたものさ。
 ああ、すまないね。おじさんの昔話なんか退屈だったかな。はは。
 さあ、どんどん注文しよう。かきは好きなんだろ? 全部僕が喰ってしまってるじゃないか。佐原くん、ちょっと仲居さんを呼んできてくれないか。
 ――いや、やっぱりいい。きみ、顔色が悪いみたいだね。さっきから黙りこくって。体調がよくないのかい? 休むなら床を用意してもらっても……。
 え? う、うん……。きみがそう言うなら、ね。でも無理しちゃだめだよ。なにかあって、二人っきりで旅館入りしてるのがばれたら、困るのはお互い様だ。きみは生徒、僕は教師なんだから。
 急に湿っぽくなっちゃったな。
 湿っぽいついでに、勉強の話をしておこうか。実はこの旅行の間に、きみに足りないところを補習しておこうと思ってたんだ。
はは、なんだよその顔は。僕たちがこう言う関係だからって、成績に手心を加えたりはしない。そのかわり教えられることはこうやって教えてあげよう。自分で努力することを忘れたら、駄目な人間になってしまうからね。
 それでね、次のレポートだけど、プラナリアの実験で提出してもらったらと思ってる。
 知ってるでしょ、プラナリアくらい。うちのゼミ生なら。
 そう、あの気持ち悪いやつね。水棲の扁平動物。三角形の頭をしてて、身体の真ん中に口のある、平たい蛭みたいなやつだ。
 実はプラナリアって、とても面白い生き物でね。半分に切っても両方が再生するくらい強い再生力を持っているんだ。脳を持った一番原子的な生物ともされている。学習するんだよ。信じられないだろ? 条件反射を仕込んでやると、だいたい三十日くらいそれが続くんだ。
 面白いのはその記憶が、再生体にも現われるってことだ。半分になったお互いが、仕込まれた条件反射を起こす。だから記憶は遺伝子にあるんじゃないかって研究がされてるんだ。
 きみにやってほしいのは次の実験だ。
 まず学習させたプラナリアAを、未学習のプラナリアBに捕食させる。
 するとどうなるか。
 プラナリアBはAの学習を記憶するんだ。
 例えば光に反応するようにしたAをBに喰わせると、反応しないはずのBが反応を見せるようになる。
 面白いだろ? これを発見した学者は、応用すれば記憶剤が作れると宣言してブームを呼んだらしいけど、そんなわけないね。人間とプラナリアじゃ構造の複雑さが違いすぎるんだ。
 でもね、……ん? どうしたんだい、ますます顔色が悪いよ。真っ青だ。
 食べてもないかきに当たったってことはないだろ。
 なんだい。
 ああ、そうか。かきは殻を外して中身を食べるんだったね。殻ごとじゃだめなのか。そうかそうか……。
 驚かせちゃったようだね。どうも記憶の定着が安定しないようだ。
 さて、さっきの話に戻るよ。
 プラナリアの捕食の実験は、僕が子供の頃なんかに流行ったものでね。いわば子供だましだ。いまさら大学生がレポートするようなもんじゃない。
 もっと巨大で高度なプラナリアが存在した場合、それに捕食されたらどうなるか?
 実に興味深いだろう。
 これは実験の第一段階に当たるものでね、もう実験済みなんだ。僕自身を被験体にしてね。
 いや、誤解ないように言っておくと、そんな実験しようと思ったわけじゃない。事故だったんだ。逃げ出したサンプルに頭から貪り食われてね、いやはや。
 でもこの通り僕はここにいる。さあ、一生懸命考えて。ここにいる僕はなんなのか?
 そうだ。言葉になってないけどそう言うことだ。
 その高度なプラナリアは記憶だけでなく、姿形まで模写できるんだよ。ただし体構造は元のままだけどね。今の僕の身体は、かご状神経に覆われた肉の塊に、消化管が隅々まで行き渡っているだけの状態だ。おそらくね。
 それでね、きみにやってほしい実験は、第二段階のものだ。
 第一段階を経た者に捕食された場合、記憶はどうなるか? そしてその場合、体を切断して再生した個体は別人格足りえるか。
 面白いだろう?
 さあ、佐原くん、結婚しよう。恋は盲目って言うからね。
 僕は浴衣の衿をかき開き、食道の真上にぽっかりと空いた口を佐原くんに見せてあげた。


                              ――おわり



ホラー短編集 Nightmare TrackBack
*エロに飽きた方はどうぞ。

---シリーズもの---
◆終双書 -owari sousho-
<1>ナイト・イズ・オーバー
<2>ラブ・イズ・オーバー

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---短編---
■死体預かりマス
■はさまれたメモ
■落し物
■傷痕
■プラナリア 07/12/27
■待ち合わせ 07/12/27
■忘れ物 08/01/23
■つらら 08/02/07

傷痕
 夜、洗面台に向かって歯を磨いていると、腹が痒くなった。
 手を当てると服に指が沈んだ。腹の中まで。
 Tシャツを捲り上げるとぱっくりと大きな傷跡が披いていた。
 その傷の真ん中に赤子の顔があった。
 そいつは鏡ごしにおれの目を見つめ、“けたけた”と飛び出した目玉で嗤った。

 気がつくと携帯が鳴っていた。腹の傷は無かった。
 数ヶ月前に遊んだ女が、携帯の向こうから「堕ろしたの」と言った。
落し物
「もしもし、落し物ですよ」
 肩を揺すられて、私はぼんやり目を開けた。
 温厚そうな顔の老婆が目を細めて覗き込んでいる。すぐに電車内だと言う事を思い出し、私は姿勢を正した。
「あっ、どうもどうも」
 差し出された封筒を受け取り、まだ眠気ではっきりしない頭のまま、それをポケットに仕舞い込んだ。
「いえいえ」
 老婆は笑い顔のまま背を向け、歩いていく。
 そしてすぐに、これは私の物ではないことに気がついた。私の持ち物はバッグ一つなのだ。
「あの」
 と声をだしても、老婆は耳が遠いのか気づかなかった。次の瞬間、電車は駅に止まって、空いていた車内にどっと乗客が押し寄せてきた。
 立ち上がって老婆を探したが、乗客にまぎれて見当たらない。降りたのかもしれなかった。
「なんなんだ」
 私の席は立ち上がった瞬間に取られている。少しいらいらした。
 思い返せば、あの近辺に座っていたのは私だけだ。誰か他の人が通りすがりに封筒を落としたのだろう。いらぬ親切心と言うわけだ。
 終点の駅で私は降りると、ゴミ箱へ封筒を放り込んだ。
 どうせ持ち主のわからないものだ。駅員に渡すのもうっとうしい。
 駅の構内では、何を急いでいるのかわからないがみんな早足だ。
 私もここへ来てから早足になった。もっとゆっくり歩きたいのだが、流されるように歩いているうち、自然と早足になる。
 意にそぐわないことだ。
 そう、まったく意にそぐわない。
 あの女もそうだ。ただの遊びだとお互いわかっていたはずなのに、妊娠した途端手の平を返しやがる。
 意にそぐわないことは大嫌いだ。
 ほとんど無理やり堕ろさせて、その結果女は妊娠できない体になった。ぐずぐずしている方が悪い、と思ってみても、やはりこちらにも良心はある。入院費から全部負担し、相当の金を積んで示談した。女は受け取らなかったが、女の親が受け取ったから同じだ。
 あれからだ。私はすぐいらつくようになった。仕事のストレスを女遊びで解消していたのに、遊ぼうと言う気にならないのだ。ストレスばかりが溜まっていく。
「もしもし」
 背中を叩かれて、私は立ち止まった。なんだろう、と振り向き、ぎょっとする。
 先ほどの老婆が細い目で見上げていた。
「これ、落としましたよ」
 差し出したのは捨てたはずの封筒だ。唖然とした。
「あ、はぁ」
 ため息のような相槌しか打てない。老婆はしっかり私の手に封筒を持たせると、
「お気をつけなすってね」
 と言い残して歩き去った。
 私は捨てたのだ。蓋付きのゴミ箱の中に、きっちりと。
 落としたんじゃない、捨てたんだ。なんでそれを拾い上げて持ってくる。
 私は突然に激昂した。
ふざけている。嫌がらせだ。そうじゃなきゃ狂ってる。
これは私のじゃない!
大声でそう叫びたかった。だがあいにく私には社会人としての理性がある。
 虫のような人ごみも、路上に転がったホームレスも、床に散らばる黒いガムの染みも、全部が私の神経を逆撫でに刺激した。
 今まで味わったことのないほどひどい気分だった。なぜかあの女の顔が脳裏にちらついている。余計にいらいらした。
 競歩のような速度で家まで歩き、マンションのドアを閉める。
 部屋に入ってネクタイを解き、バッグをソファの上に投げ捨てて、すぐ冷蔵庫を開けた。缶ビールだけはいつも冷やしてある。
 一気に半分ほど飲み干して、ようやく少し冷静になった。
 封筒はバッグの上に横たわっている。捨てたらまた老婆がやってきそうな気がしたのだ。途中にゴミ箱がなかっただけだったかもしれない。
「ったく……」
 毒づきながら拾い上げる。
 中身はどうやら、手紙などではないようだった。もぞもぞと糸のような束が膨らんでいる。封筒は投函するためではなく、入れ物としてちょうどよかったからのようだ。
 中を見てから捨てようと思った。缶ビールをテーブルの上に置き、その横で口を開いて逆さまにする。
「わっ」
 ぼた、と落ちてきたのは、黒い髪の毛だった。髪の毛の束。それだけだ。
「なんだ、気持ち悪い」
 腕を触ると、鳥肌を立てている。落し物だと言われた封筒に入っていたのは長い髪の毛だったのだ。
空恐ろしいような、不気味な感覚が背筋を寒くした。少し混乱した私は、まずは落ち着いて状況を整理しようと缶ビールを手に取った。
 その瞬間電話が鳴る。
 受話器を取った私は、何度か聞いたことのある声を聞いた。
あの女の母親だ。
母親は私に、女が森で自殺したと告げた。娘の死を説明するにしては、淡々としていた。
『一つ聞きたい事があるの』
「なんですか」
 私の声はかすれていた。
『通報される前に、誰かが髪の毛を切り取って行ったみたいなの。もしかしてあなた、それ持ってない? なんだかそんな気がするのよ』
 受話器が手から滑り落ちた。
 私は呆けた表情でテーブルの上の髪の束を見つめた。
 それは私が、綺麗だよとよく褒めていた部分だった。
はさまれたメモ
「あなた、ちょっと」
 夜遅く家に帰るとすぐに奥から妻の声がした。硬い声色から察するに、また私のことを色々詮索しようと言うのだ。たしかに正美とはもう会っていないことになっているが、疑り深い妻は気づきはじめている。このところ帰りが遅いのを問い詰めようと言うのだろう。
「風呂だ、風呂!」
 奥へ叫ぶと、私は居間を迂回して脱衣所へ向かった。まったく不愉快だ。だがもう少し待てば、正美の身辺整理も終わって私と一緒になれる。それまで我慢するだけでいい。
 浴槽の中で私は文庫本を開いた。
 ゆっくりぬるいお湯につかりながら読書をすることは、夜の日課とも言うべき趣味である。
 半身浴は健康にいい。本を読むことが目的だから、長風呂も退屈しない。風呂場にテレビなど設置しなくてもいいから、節約にもなる。
 問題は湿気で本がふやけてしまう場合があることだ。もちろん浴槽に落としたり、水しぶきを散らせたりするヘマはしないが、湿気だけはどうしようもない。
 だから私が持ち込む本は、たいてい古本と決まっていた。
 今日持ち込んだのも、近所の古書店で買い求めた一冊である。
 夏だからと言う単純な理由で、私はホラーを読もうと思っていた。もとより乱読悪食の私は、ジャンルも作家名も気にせずなんでも読む。
 目に留まったのは薄い古びた本だった。
 作家の名前どころか出版社も聞いたことがない。『はさまれたメモ』と言うタイトルよりも、古印体の文字が使われていたことで、それがホラーであることを知れる装丁だ。
 実はいわゆるB級、C級、の作品も好きな私は、ぺらぺらとページをめくって即購入を決めた。稚拙な文体はそのどこかに必ず輝かしい一文を残している。無名の著者が心血を注いで作り上げたものは、必ずそうである。
 私はまず奥付を開いた。驚いたことに、昭和50年代の出版だ。まともなチェーンの古本屋なら、まず店頭に並ばない。近所の“古書店”表現するに相応しい店だからこそいつまでも埃をかぶっていたのである。
 次に目を通したのはあとがきだ。後ろから読むタイプなのである。
 あとがきはなかった。代わりに短い文章で、この本が出版されたいきさつが記されていた。
 それによるとこの本は、執筆後謎の死を遂げた著者に代わり、友人数名が自費出版で出したものらしい。いつか本を出版したいと言う著者の夢を、遺稿でかなえてやったのである。
 私は本文を読む前からのめり込んでいた。
 もし書かれていることが嘘八百でも、ホラーとしてこれほどうまい演出はない。冒頭へページを戻し、夢中で読み始める。
 予想したとおり、内容自体はたいしたものでなかった。主人公が図書館でたまたま見つけた呪いの本にはさまっていたメモの暗号を解いていくというものである。実はそのメモこそが呪いで、解読した瞬間呪いが発動するのだ。暗号が奇抜であればもう少し面白かったかもしれないが、数字の羅列は本のページ数、行番号、列番号を座標的に示したもので、使い古されたものだ。暗号の答えは記されず、呪いの発動によって唐突に主人公は死に、物語は終わっていた。
 読み終わるのに一時間もかからなかった。体もちょうど温まってきたころだ。
 湯船を出て身体を洗おうと本を閉じた私は、ひらりと舞い落ちたものに気づく。
 慌てて拾い上げると、湯に浸かった紙切れは一枚のメモだった。作中と同じように数字の羅列が刻んである。
 なるほど、前の持ち主がいたずら心を出したらしい。私はにやりとする。それならあまんじて挑戦を受けようじゃないか。
 しかし次の瞬間、おかしなことに気づいた。私は何度もページを繰っている。メモはどこにはさまっていたのだろう。
 怪訝な顔のまま、浴槽の淵に腰掛け、物語の主人公と同じようにメモと本を見比べる。ミステリーもよく読む私にとって、この手の古典的な暗号など児戯だ。
『後・の・前・お』
 数字と本のページを符合させた私は、再び怪訝な顔に戻った。前の持ち主が仕掛けた謎は、ここからようやく始まると気づいたからだ。
 うしろのまえを、とはどういうことだろう。
 身体を洗いながら考えることにして、私は洗い場に移るとシャンプーに手を伸ばした。
 後ろの前と言われてすぐ思い当たったのはかごめかごめの歌だ。あれは後ろの正面だったか。あの歌は歌詞自体が謎に満ちている。それで直感的に思い当たったが、そこまで壮大な謎かけではないだろう。
 もっと単純な何か。
 髪を洗う手が止まった。簡単なことじゃないか。私はメモを逆に解いてしまっただけなのだ。
『お前の後』
 おまえのあと、いやうしろか。それがメモの暗号の答えだ。
 お前の後ろ?
 それが、どうしたと言うのだ。お前と言うのは、次に本を手に取った人物――つまり私のことだろう。私の後ろが、なんなのだ。
 急にぞくっとした。
 髪を洗っている時と言うのは、得てして後ろが怖く感じるものだ。私は背中に物理的な寒さと、人の気配を感じた。
 なにくそ。そんなものは気のせいだ。
 これこそメモをはさんだ人物の思う壺じゃないか。
 私は力を込めて髪を洗い始め――すぐにやめた。
 いる。
 私の後ろには何かいる。荒い息遣いを抑えて、何者かが私の後ろに立っている。
 私は泡のついた手で目をぬぐうと、振り向いた。
 妻が青い顔で立っていた。
「一緒に死んでちょうだい」
 妻は見たことの無い目で私を見下ろし、包丁を振りかざした。
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